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第一章

第37話 俺が教えてた時はサボろうもんなら、おっさんを全員美女に見える呪いにかけてやったっけな。解除した時の顔……あれは今でも忘れない。

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 サブロウのスパルタ思考……その理由の一端が語られ――っていうか、お前もう元気だろ? もういいから早く出てこいって。いちいち説明すんの面倒くさいからさ。

「一号くんは今まで何をしていたんだい? 君が弱点を克服したいって言うから教えてあげたのに……。全然、習得できてないじゃないか?」
「いや……【黙令眼】ってメチャクチャ難しいんだよ、おじさん? むしろ習得できた、おじさんの方が異常っていうかなんていうか……」

 さて、こちらではサブロウが絶賛、一号くんにお説教中。
 男の娘特有の三角座りで縮こまる一号くんに対し、サブロウが見下ろす構図は、まるで先生と生徒のよう。

 そんな光景を前にリリスは幾分か拍子抜けした様子で近寄る。

「あのさぁ、サブロウくん? ものすんごいバトル展開に突入したのに、一発目でお説教はやめない? せっかく盛り上がりそうな感じだったのに……」

 するとサブロウは、

「だってさ、一号くん? 君が努力しなかった所為で、オーディエンスのテンションはだだ下がりだ。わかる? この罪の重さ?」

 リリスから出た珍しい正論を曲げに曲げ、再び一号くんを責め立てる材料に変換する。

「ごめんなしゃいぃ……」

 既にブレイクハート気味の一号くんは、可哀想にも涙で瞳を滲ませていた。
 リリスは「何か思ってたのと違う……」と虚無的な視線を見せ、当のサブロウはこれ見よがしな溜息をつくと、落ち込んでいる一号くんに語りかける。

「いいかい、一号くん? 僕がこんなに厳しく言うのは、君が兄貴の一番の側近だからだ」
「ボクが……?」
「ああ。兄貴は強い……。だからといって一号の名を冠している君が、サボっていい理由にはならない。無茶苦茶な人だけど、一応僕の命の恩人で兄弟子だから……ちゃんと守ってもらわないとね? 君ならそれができると、僕は信じてる」

 サブロウは先程とは打って変わり、目線を合わせるようにしゃがみ込み、優し気に寄り添っては一号くんの肩に手を置く。そうなると当然――

「サブロウおじさん……! うん! ボク、頑張るよ! サブロウおじさんに認められるよう、いっぱい修行するね!」

 パァァ……っと可愛らしく咲き誇る笑顔と共に、一号くんの戦意は完全に消え去っていった。

 キラキラトーンをバックにした二人の薄っぺらいやり取り……それを若干引き気味に見つめていたリリスは、徐々にサブロウの真意に気付き始める。

(なんかいい感じ風にしてるけど、サブロウくん……あなた、ただ戦うの面倒くさかっただけでしょ⁉)

 そう。サブロウは面倒くさかったのだ。
 何かそれらしいことを言って誤魔化そうとしているだけだった。

 サブロウのやっていることは、まさに飴と鞭。あーだこーだと説教しつつも、最後には『君ならできる』とか、あっさい言葉で褒めるだけの、非常にシンプルな手法だった。

 しかし、一号くんには効果抜群。
 元々、信頼度が蜜柑農園を経営する何処ぞの純血派並みに限界突破しており、サブロウが【黙令眼】という一朝一夕では習得できない無理難題を押し付けたのも、飴と鞭戦法を行使できるようにするための布石でしかなかった。

 ちなみにリリスにブリッツの性事情を話したのも、最強の男と喧嘩することを避けるために用意した周到な作戦。この私のナレーション能力まで利用するとは……ある意味末恐ろしい男だ。

「サブロウくん……あなた、そこまでして戦いたくないのね……」

 後方から浴びせられるリリスのドン引きな台詞に、サブロウは立ち上がり――

「うん。戦いたくない」

 真っ直ぐな、やる気のなさを伝えた。
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