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第二章
第83話 師匠と兄弟子と、その弟子と③
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【輪廻掌握】とは――
己が身体を特定の状態に変換することで、六道の理から外れる冒涜魔術の一種だ。
簡単に言うと自分の年齢を操作することで、現世に留まり続けることができる魔法ということ。聞いた話によれば、ソフィアもその魔法を使って若い状態を保っているとか。解説終了――
ブリッツはその魔法の名を聞き、何度か小刻みに頷く。
「なるほど……元に戻すのではなく、年齢そのものを変えるってことか。……俺みたいに」
「お主のは簡易的なものじゃがな。ま、それでも冒涜魔術ゆえ、魔力信号の遮断はできんがのう」
ソフィアは再び煙管を手に持ち、優雅に煙を吸う。
俺みたい? ……そうか! ブリッツがリリスに責められた時、よぼよぼの爺さんになったのは、ソフィアの呪いの所為だったのか! ただのギャグじゃなかったんだな……
「お陰で精神が弱まった時だけジジイになっちまう。ハッ……身近すぎて逆に気付かなかったぜ」
「お主らは目先の力に囚われ過ぎなんじゃ。そもそも弟子たちに重荷を背負わせたくないのなら、幻惑魔術か何かで誤魔化せば済む話じゃろうて」
ソフィアの提案も御尤も。しかし、サブロウにとっては意に反するようで、すぐ不服を申し立てる。
「そういうわけにはいきません。せめて、あの子たちが一人前になるまでは、いつでも守れる状態でいないと……。この身体じゃ、いざという時、動けませんからね」
その想いを聞いたソフィアは、フッと微笑を浮かべる。
「もうこの世界に、お主を倒せるような者は居らんよ。例え子供の状態であろうがな」
「いえ、一人いますよ……兄貴がね?」
サブロウは振り返ると同時に兄貴分を見上げる。
それを受けたブリッツは「ほう?」と喜色を露にした。
「この人が居る限り、僕は永遠にNo.2です。二番手の役目ってのは、一を超えることであり、継ぐことであり、そして――止めることです。だから僕は……このままじゃいられない」
通じ合う二人の視線に、ブリッツは堪らず高笑いを上げた。それはもう部屋中に響き渡るほどのな。
「俺はお前のそういうところが好きだぜ、サブ。やっぱオレを止められるのは……お前だけだな」
ブリッツはそう言い残すと踵を返し、満足気に去っていった。
そんな勝手に来て勝手に去っていく己が弟子を、師であるソフィアは呆れ眼で見送る。
「彼奴は結局、何しに来たんじゃ……?」
「兄貴は付き添いで来てくれたんです。僕が師匠と会いづらいからって。で、今帰ったってことは、目処がついたってことなんでしょう」
サブロウも悪い気はしてないようで、微笑みながらソフィアへと向き直る。
「妾はまだ手を貸すとは言ってないぞ?」
「では、どうしたら貸していただけますか? 【輪廻掌握】という繊細かつ強力な魔法は、師匠しか執行できません。恐らくタイプ的に習得することも不可能でしょう。であれば、もう師匠しか頼る先がありません。お願いします! 次からは必ず、言うこと聞きますから」
頭を下げるサブロウ少年。
果たして土下座の効力がこの世界に通用するかは定かではないが、少なくとも周りのメイドたちの心は動かしたようで、後押しするようにソフィアを見つめている。
そんな彼女たちを前にばつが悪くなったのか、ソフィアは視線を彷徨わせたのち、肩を落とすように溜息をついた。
「……サブ。お主は二度も妾の仕事を邪魔した。恐らく次があったとしても、自分の意にそぐわぬのなら、お主はきっと言うことを聞かんだろう。……ま、そういう風に育てたんじゃがな」
「師匠……」
サブロウがその言葉に面を上げると、ソフィアがフッと笑みを零す。
「良かろう。そこまで言うなら執行してやる。ただし分かっておるな? 【輪廻掌握】を受け入れるということは、妾に人生を握られるということじゃ。いつでも子供に戻せるし、ブリッツのようにジジイにして、無力化することもできる。この先、絶対服従の身……それでも良いのか?」
「はい。お願いします」
サブロウは迷いなく、そう答えた。
「その心意気や潔し……」
ソフィアは一旦瞳を閉じ、緩やかに開けながら眼球を高速で動かし、そして――
「執行――【輪廻掌握】」
真っ黒に輝くその瞳で、サブロウの小さき身体を瘴気に包み込んだ。
己が身体を特定の状態に変換することで、六道の理から外れる冒涜魔術の一種だ。
簡単に言うと自分の年齢を操作することで、現世に留まり続けることができる魔法ということ。聞いた話によれば、ソフィアもその魔法を使って若い状態を保っているとか。解説終了――
ブリッツはその魔法の名を聞き、何度か小刻みに頷く。
「なるほど……元に戻すのではなく、年齢そのものを変えるってことか。……俺みたいに」
「お主のは簡易的なものじゃがな。ま、それでも冒涜魔術ゆえ、魔力信号の遮断はできんがのう」
ソフィアは再び煙管を手に持ち、優雅に煙を吸う。
俺みたい? ……そうか! ブリッツがリリスに責められた時、よぼよぼの爺さんになったのは、ソフィアの呪いの所為だったのか! ただのギャグじゃなかったんだな……
「お陰で精神が弱まった時だけジジイになっちまう。ハッ……身近すぎて逆に気付かなかったぜ」
「お主らは目先の力に囚われ過ぎなんじゃ。そもそも弟子たちに重荷を背負わせたくないのなら、幻惑魔術か何かで誤魔化せば済む話じゃろうて」
ソフィアの提案も御尤も。しかし、サブロウにとっては意に反するようで、すぐ不服を申し立てる。
「そういうわけにはいきません。せめて、あの子たちが一人前になるまでは、いつでも守れる状態でいないと……。この身体じゃ、いざという時、動けませんからね」
その想いを聞いたソフィアは、フッと微笑を浮かべる。
「もうこの世界に、お主を倒せるような者は居らんよ。例え子供の状態であろうがな」
「いえ、一人いますよ……兄貴がね?」
サブロウは振り返ると同時に兄貴分を見上げる。
それを受けたブリッツは「ほう?」と喜色を露にした。
「この人が居る限り、僕は永遠にNo.2です。二番手の役目ってのは、一を超えることであり、継ぐことであり、そして――止めることです。だから僕は……このままじゃいられない」
通じ合う二人の視線に、ブリッツは堪らず高笑いを上げた。それはもう部屋中に響き渡るほどのな。
「俺はお前のそういうところが好きだぜ、サブ。やっぱオレを止められるのは……お前だけだな」
ブリッツはそう言い残すと踵を返し、満足気に去っていった。
そんな勝手に来て勝手に去っていく己が弟子を、師であるソフィアは呆れ眼で見送る。
「彼奴は結局、何しに来たんじゃ……?」
「兄貴は付き添いで来てくれたんです。僕が師匠と会いづらいからって。で、今帰ったってことは、目処がついたってことなんでしょう」
サブロウも悪い気はしてないようで、微笑みながらソフィアへと向き直る。
「妾はまだ手を貸すとは言ってないぞ?」
「では、どうしたら貸していただけますか? 【輪廻掌握】という繊細かつ強力な魔法は、師匠しか執行できません。恐らくタイプ的に習得することも不可能でしょう。であれば、もう師匠しか頼る先がありません。お願いします! 次からは必ず、言うこと聞きますから」
頭を下げるサブロウ少年。
果たして土下座の効力がこの世界に通用するかは定かではないが、少なくとも周りのメイドたちの心は動かしたようで、後押しするようにソフィアを見つめている。
そんな彼女たちを前にばつが悪くなったのか、ソフィアは視線を彷徨わせたのち、肩を落とすように溜息をついた。
「……サブ。お主は二度も妾の仕事を邪魔した。恐らく次があったとしても、自分の意にそぐわぬのなら、お主はきっと言うことを聞かんだろう。……ま、そういう風に育てたんじゃがな」
「師匠……」
サブロウがその言葉に面を上げると、ソフィアがフッと笑みを零す。
「良かろう。そこまで言うなら執行してやる。ただし分かっておるな? 【輪廻掌握】を受け入れるということは、妾に人生を握られるということじゃ。いつでも子供に戻せるし、ブリッツのようにジジイにして、無力化することもできる。この先、絶対服従の身……それでも良いのか?」
「はい。お願いします」
サブロウは迷いなく、そう答えた。
「その心意気や潔し……」
ソフィアは一旦瞳を閉じ、緩やかに開けながら眼球を高速で動かし、そして――
「執行――【輪廻掌握】」
真っ黒に輝くその瞳で、サブロウの小さき身体を瘴気に包み込んだ。
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