ガレキの楽園

リョウ

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1・銀河鉄道

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「ガレキの楽園」



世界の崩壊には巨大な悪は必要ではない。

超人も天才も政治家も悪人も善人も、誰一人必要としない。

世界の崩壊。

そこにはただ一人、自分だけが在ればいい……。









1.銀河鉄道



銀河鉄道を見ているのだと彼は言った。

彼の名前は星川ナナツ。



ナナツはいつも丘の上に来ては夜空を眺めている。

そこからは銀河鉄道が見えるのだと言う。

僕は親友の白崎優と一緒に、その丘に来てはそんなナナツを見ていた。



「ユウには見える?」

僕が聞くと優は静かに微笑みながら答える。

「イヤイヤ、まさか」

「だよね」

後ろからナナツを見ながら囁きあった。



今は西暦2446年。

技術的、科学的に進歩した人類社会でも、流石にそんな科学的? イヤ、非現実的な乗り物が作れるワケもない。





ナナツは現実を見ていない。

それがこの学校施設に暮らす友人たちの共通した認識だ。

けれど僕も優もナナツの話に合わせて会話をする。

決してナナツを否定するような言葉は言わない。それはこの学校で生活する為の暗黙のルールとも言える。

他人には干渉するな。それが暗黙の了解。

きっと誰もみな自分の考えを、アイデンティティを否定、拒絶されるのはイヤだろう。

だからこの学校に居る人間はそれをしない。干渉しない、否定しないことでここの世界は保たれている。





僕達はナナツに近寄ると、彼の座るベンチの横に立つ。

「今日は、銀河鉄道は見える?」

ナナツは夏の夜空を見たまま首を振る。



「今日は見えないよ。でもこの丘から西の方角に、見える時は見えるんだけどね」

そう言いながらナナツは西の空を眺めている。



空は真っ黒の闇だった。夜空の星はよく見えたけれどそれだけ。他には何も見えない。

鳥も飛ばない夜の闇。人工物の明かりも見えない。

本来この闇の向こう、はるか彼方には一つの陸がある。

それはこの世界の中心。エデンと呼ばれる楽園だ。

僕達は大人になるまでこの学校施設ですごす。

両親とは学校に入る時に決別し、以後、面会がない限りは会う事が出来ない。







西暦2448年、現在。

世界はエデンとその他の地域社会で成り立っている。



人類は極端な人口下降の末に一つのまとまった国となった。それがエデン。

けれど楽園であるエデンはやがて排他的な国へと育っていった。

いくつかの勢力が衰退を繰り返した結果、一部の人間が世界のルールを決めた。

楽園であるエデンには下等な人間は住めなくなった。

知能、才能、技術力、あらゆる面での優れた人間だけがエデンに住む事を許され、標準以下と判断された人間はエデンの外に出された。



そして人類の生き方が決まった。

子供は生まれてから10歳までは家庭で育つ。

それ以後、学校施設で暮らす。そこで20歳まで教育される。

あらゆる試験、検査を重ね20歳の卒業時に自分がエデンに住む事の出来る人間か判定を下される。

そこで選ばれた人間となれば人生は素晴らしいものになる。

けれど標準以下だと判定されれば、エデンの外に行かされる。



エデンの中は秩序ある楽園で犯罪もない美しい理想郷だ。

けれどその外側は犯罪が頻発する、生きにくい世界だった。

エデンの外側の地域社会は一般に砂漠デザートと呼ばれている。

砂漠では生活出来ても決して楽な暮らしは出来ない。

いつでも毎日の生活の心配をしないといけない、そんな世界だった。





人間は10歳で学校に入り、そこであらゆる教育を受ける。

そして検査、試験を重ねる。その成績が一生を左右する。

だから僕達は毎日の検査、試験にはいつもシビアだ。他人の事になどかまっていられない位に。





学校はエデンの管理化にある。家族と別れてから20歳までは学校施設だけが住みかとなる。

そこでは日々転校が繰り返される。エデンの基準によっての転校。

能力あるものは上のクラスの学校へ、ないものは下の学校へ移動させられる。



僕達はいつの間にか増えた学友と語り、そして気がつくとそんな学友がいつのまにか学校から消えている。

ふと気付くと周りにいた人間の顔が変わっているんだ。

けれど僕達はそんな世界に、ただ順応して慣れていく。

家族と会えなくなって淋しいという感情もやがては消えてゆく。

たまに面会はあるが、その時も厳重な警備の元での面会となる。

家族に会いたいがために学校施設を脱走しようとするものも現れるが、それらはことごとく失敗している。

何故なら学校は島にあるからだ。



島。文字通りの島。



僕は幸か不幸か今の学校施設しか知らない。

10歳からの4年間をこの施設で暮らしている。

だからもしかすると他の施設は島ではないのかもしれない。

けれどこの僕、城郷マサトの住む施設は島にあった。



丘の上には小さな展望用ベンチが一つ。

その眼下には海が広がっている。そして夜空には星。







僕はナナツを見つめた。

ナナツはここから銀河鉄道が見えるのだと言う。

銀河鉄道。

それがどういったものか僕は知らない。

物語で読んだ事があるので、銀河を走る列車なのだという想像はつく。

けれどその列車はどこまで行くのだろう。目的地はあるのだろうか?



ナナツは西の空に列車が上って行くのを見たのだという。西。それはエデンのある方。

その列車とはエデンに向かう人を乗せているのだろうか?

あるいはエデンから空、宇宙? へと飛び立つものなのだろうか。



いくらエデンの科学力、技術力が優れていても銀河鉄道はあきらかに無理だろう。

人工衛星、ロケット、コロニー、そこまでは許せても銀河鉄道は納得がいかない。

そんな物が作れるのは科学者ではなく文豪、文筆者、いわゆる作家というヤツだ。

科学力ではなく空想力。







「ナナツ、銀河鉄道は僕達にも見えるものかな?」

僕はナナツに聞いてみた。

するとナナツは首を傾げる。

華奢で色白なナナツは、そんな動作だけで首が折れるんじゃないかと思わせる。



「さあ。知らないな。僕には見えるけど、他の人が見えるっていうのは聞いた事がない」

僕は質問を変えてみた。

「じゃあ、銀河鉄道はどこに向かっているんだと思う? 目的地は?」

ナナツは細めの目を伏せて考え込む。



「……判らない。でもきっと、誰か人に会いに行くんだと思うよ」

「人?」

「ああ。誰か親しい人に会いに行けるんじゃないかな」



親しい人。

僕は家族の顔を思い出そうとしてやめた。

家族とはもう決別してしまっているんだ。思い出しても意味がない。

僕は親しい家族の代わりとばかりに、隣に居た優を見た。

白崎優。この学校で得た僕の親友。穏やかでやさしく頼りになる、まるで兄のような存在。



「何?」

優が僕の視線に気付いて聞く。なので僕は微笑む。



「ああ、うん。ユウとだったらその列車に乗ってみるのも悪くないなって思ったの」

そう言うと優も微笑んだ。照れたような優の顔が好きだと思った。





学校の生活は午前中は知識的、技術的な勉強、午後は道徳の時間といった感じだった。

道徳の時間というのは古めかしい表現だが、簡単に言えばそうなってしまう。

実際はメンタル的な精神的な修行みたいなものの時間だ。

教師と一対一で話し合い討論する。

将来の展望と過去の歴史の事、思想教育、それらの事をひっくるめて僕は道徳の時間だと思っている。









その日は島の学校施設の中を歩いていた。

島全部が学校というわけではない。島の中に学校施設がある。



施設の外には商店街やいろんな施設や建物があると聞いている。

僕は行った事がないので判らないがそういう噂だ。

ここに来る以前の記憶は幼なかったためよく覚えていない。

外の風景はおぼろげなセピアカラーで記憶している。家族の顔もおぼろげ。

住んでいた町(砂漠)の風景もおぼろげ。すべてがおぼろげだった。





学校敷地の中から多少、島の景色が見える部分もある。

けれどそれは石垣や石畳やアスファルトの道という風景ばかりだった。

たまに人が見えても豆粒サイズで、あまりおもしろくなかった。



学校施設の中には学業棟と寮棟と職員棟の三つがあった。

建物自体はどれも大きな物ではない。生徒の数はおよそ50人。教師は10人位だ。

建物の周りは植物園のような庭と運動場などだった。



ナナツが銀河鉄道を見ている丘というのは、温室の更に奥にある小高い山の上の事だ。

海に面しているので丘からは海がよく見えた。

学校の敷地の回りは高い壁で囲まれているので、もちろん脱走などは出来ない。

まあ、ここから出られても島からは出られないという仕組みになっている。

島の広さは約7ha。その半分近くが学校の敷地なので、かなり広く閉塞感はない。

学校施設はそれだけで一つの世界、僕達にとっては安全で安心出来る場所なのでエデンと似たようなものだった。









僕は午後のノルマを終えて一人庭を彷徨っていた。

すると前方から見知った顔の人物が歩いてきた。

茶色の髪に柔和な顔立ちの少年。

道標直弥だった。



「やあ、マサト。暇なら僕と話さないかにゃ?」

彼の独特の話し方が気になる。何回話しても慣れる気がしない。



「何、なんかイヤそう?」

僕は首を振る。

「そんな事ないけど……実はそう、これからユウと待ち合わせだから!」



嘘だった。思いつくままに優の名前を出して僕はこの場を乗り切ろうとしていた。

「ユウ?」

「そうだよ。白崎優」

「ああ……そのユウ君ね。君は彼と一番仲が良いんだもんね。そっか、忘れてたよ、フフ……ユウ君か……」

そう言ってうすら笑う直弥が気味の悪い物に思えた。なんだか寒気がする。



「僕はユウと……彼と丘で待ち合わせてるんだ」

「そう、残念なり……」

僕の嘘を信じたのか、微笑んだまま直弥が言った。

「ごめん、じゃあまた……」

それだけ言うと逃げるように駆け出した。









僕は道標直弥がニガテだった。

あの美しい笑顔で不思議な話術で、僕はいつも絡めとられてしまうような感覚になる。

なんて言うか、彼と話していると自分の立っている場所をぐちゃぐちゃのぬかるみにされてしまうかのような、そんな感じにさせられる。

禅問答のような会話やおかしな話し方につきあっていると、自分のアイデンティティを崩壊されるような、そんな感覚にさせられるんだ。

だから僕は直弥がニガテだ。







夏草を掻き分けて丘まで来ると、そこにはナナツが居た。彼はまたも空を眺めている。

「銀河鉄道を待っているの?」

ナナツの座るベンチの横に勝手に腰を下ろした。



「うん。でも僕は夜中にしか見た事がないからね、本当はこんな明るい時間に待ってても無駄だって知ってるんだ」

「それでも待つの?」

「うん。待つこと以外にここではする事はないからね」



僕は黙り込んで西の空を見つめる。

まだ夕方前で夏の空は明るい。

あの空の向こうにはエデンという名の大陸がある。太陽の沈む場所に。



「銀河鉄道に乗ったらナナツは誰に会いたいの?」

ナナツは空を見たまま答える。

「お母さんに……家族に会いたいんだ……」

ドキリとした。

ここに来てからも家族の事を想う人間は居る。けれど僕はそうではなかった。

僕は家族の事を思い出す事はない。僕は将来エデンに行きたい。エデンで暮らしたい。



「楽園」と「砂漠」は厳重に区切られ、検問所を通らないと行き来が出来ない。

しかも「楽園」の人間が「砂漠」に入る事は許可されているが、その逆は許されていない。

両親は「砂漠」側の人間だった。「楽園」を目指す僕には両親は尊敬出来る存在ではなかった。

僕はいずれここを出て「楽園」で暮らす。エデンを目指す自分には家族など不必要な物だった。



「家族ね」

僕は呟いて西の空を見つめていた。









寮に戻ると優に声をかけて僕の部屋で話をした。

狭い部屋なので僕は備え付けの机の椅子に、優はベッドに腰掛けて向かい合う。



「さっきナナツの様子を見に行ったんだ。それで聞いてみたんだけど、ナナツは銀河鉄道で家族に会いに行きたいみたいだよ」

「非現実的な話だね」

「まあね。でも良いじゃん。メルヘンでさ」

優は薄く微笑む。

「そうだね。確かにこういう世界に居るんだから夢位は見るべきだね。閉塞された場所で生きるのには夢は必要なものだと思うよ」

僕は優を見つめる。澄んだ青い目が僕を見つめ返してくる。



「ユウにも、夢があるの?」

聞くと優は僕のベッドに座ったまま黙り込む。

「ユウ?」

怪訝に思って声をかけると、ユウは微笑んだ。



「僕に夢はないよ。まぁ、あるとしたら君とずっと一緒に居たいって事かな?」

頬が熱くなった。ちょっと照れる。でも嬉しかった。

優に必要とされている、誰かに必要とされる、そういう喜び。僕はそれを噛み締めた。



そう、この優の言葉がどういう意味だったのか、この時の僕は正確に理解する事もなく単純に喜んでいたんだ……。





「マサトにも夢があるんだろう?」

そう聞く優に頷く。

「エデンに行くこと」

「まあ、妥当だよね。ここに居る誰もがそれを望んでいるしね。まあ、それもちゃんとした夢だよね。君はそれを叶えると良いよ」

「ユウは違うの? もちろんエデンを目指してるんだろう?」

その問いに優は翳りのある表情を浮かべ、ベッドに深く体重をかけた。

「……僕はたぶんエデンには行けないよ」

「何で!?」

つい声が大きくなってしまった。すると優は宙を見ながら呟いた。



「だって……にぃさんを……」

「え?」

よく聞こえなくて聞き返した。すると優はそんな僕に向き直り、やさしく微笑んだ。

「……そんな気がするだけ」

納得がいかなかった。



「ユウは成績だって良いし優秀じゃないか? それにさっき僕とずっと一緒に居たいって言ったじゃないか? なのにエデンに行かないって言うのかよ? 話がめちゃくちゃじゃないか!?」

怒ったように言う僕に、優は兄のようにやさしく宥めるように言う。



「僕は行かない、じゃなくて行けないと思うと言ったんだよ。行けるなら僕だって行きたいよ。それに僕達がここを卒業する20歳まであと6年もあるじゃないか? それまで転校する事もなく一緒に居られたら、僕はそれで満足って意味だよ」

「そりゃ、まだあと6年はあるけど、でも、その後だって一緒に居たいじゃんか……」

恨めしく言う僕の頭に、優はそっと手を乗せた。



「大丈夫。まだまだ先の話だよ。それまでは転校する事もなくずっと一緒に居よう」

その言葉に満足し、僕はやっと平常心を取り戻した。

「うん。そうだな。僕達は親友だからな」

優は肯定するように微笑んだ。

その笑顔で僕はやっと安心する事が出来た。





優は機嫌を直した僕を見ると、ふいに予期せぬ事を言ってきた。



「そういえば最近カイチを見た?」

「カイチ?」

「坂上華一。可愛がってたウサギが死んでから、ずっと落ち込んでただろう。もう復活したのかなと思って」

僕は考えた。1年位前に転校してきたカイチは無口で朴訥とした少年だった。

動物が好きで、ここで飼っている動物の世話を率先してやっていた。



「そう言えば何ヶ月か前にウサギが死んでから引きこもってたんだよね。このままじゃ下のクラスの学校に転校させられちゃうんじゃない?」

僕が言うと優が指を立てた。

「だからさ、そうならないように僕達でどうにかしてやろうよ」

「どうにか?」

「ああ、せっかく出会えたんだから仲良くしたいじゃん」



僕はあまり乗り気ではなかったが、優がそう言うので協力する事にした。

優は僕と違い大人びた性格で、他人にも気を遣える少年だ。

そんな優に憧れ尊敬し、そしてほんのちょっと、僕以外の人間に気を向ける事に不満を抱いていた。

優が僕だけにやさしかったら良かったのにと。









その日、一日のカリキュラムを終えて校舎の廊下を歩いていると、ナナツに会った。

すると声をかけるよりも早く、ナナツが僕の腕を掴んできた。

ナナツは僕を廊下の奥の階段まで連れていった。

そこは屋上に続く階段で、普段は人気のない場所だった。

ナナツはそんな所まで連れてくると、じっと見つめてきた。



「な、何だよ。どうしたんだよ?」

ただならぬナナツの様子に緊張しながら訊ねた。

ナナツは真面目な顔で僕に顔を近づけた。あんまり顔が近寄ってきて驚いて腰がひけた。

そんな僕の両肩をナナツはガシリと掴む。



「昨日、銀河鉄道が下りてきたんだ」



驚いて瞬きを2回した。

「……銀河鉄道が下りてきたって、この島にって意味?」

「この施設のあの丘にだよ」

ナナツは煌めくような瞳でそう言った。普段おとなしいナナツが興奮しているのが判った。



「銀河鉄道に乗ったの?」

恐々聞いた。するとナナツはニヤリと笑う。



「ああ、そうだよ。僕はあの列車に乗ったんだ。昨夜も僕はいつものようにあの丘で銀河鉄道を見るつもりだったんだ。そしてあのベンチで待った。すると西の空に小さく光る点が見えた。興奮しながらその光点を見つめていると、それはやがて漆黒の闇の中を走る列車になった。車窓から漏れる明かりが広い夜空に繋がるように浮かんだんだ。その列車は方向を変えてこの島の、この施設の方に向かってきた。そして僕が声をあげるよりも早く、ほんの一瞬で目の前に巨大な姿を現した。たぶん音速とか光速とかを超えた、超絶したスピードで列車は移動したんだ」



僕はその話を呆然と聞いた。何も言葉が出ない。

そんな僕を無視してナナツはまた話しだす。



「目の前に巨大な列車が止まって驚いた。ドアが開くのが見えて、僕は慌ててそれに乗り込んだ。今乗らないと二度とこの列車には乗れないと思ったからさ。そして僕はその列車に乗った。この島から列車は走り出し、空に上がった。そして僕は宇宙空間まで行ったんだ。宇宙空間を列車は走って走って宇宙世界を一周して、そして僕はまたここに戻ってきたんだ!」



「……」

僕は興奮するナナツを黙って見ていた。

ナナツはそれは楽しそうに嬉しそうに話している。



銀河鉄道?

そんなものが実在するワケがない。僕はそう思う。

そう思うが、どうしてもその言葉は出てこなかった。



ナナツはおとなしい性格の少年で、いつもはよけいな事はしゃべらない静かな少年だ。

そんなナナツがこんなに楽しそうに話している。

それを僕が台無しにする権利があるだろうか?



僕はナナツに話を合わせる。

「それで家族には会えたの?」



答えようとナナツの口が再び開く。その時。

「ナナツ」



ナナツを呼ぶ声に僕達は振り向いた。

「先生……」



そこには教師が一人立っていた。白い白衣に身を包んだ、長身の30代らしき教師だった。

彼は冷ややかにこちらを見ていた。そして階段前に居る僕達に近づいてくる。

何故だか心臓がドキドキとした。それはきっとこの先生の雰囲気のせいだ。

眉を顰めて不機嫌そうに近づいてくる。その表情が冷たくて機械的で、僕は恐怖を感じている。



「ナナツ。君はこのあと確か個別のプログラムがあっただろう? 急がないと時間に遅れるよ。私が部屋まで送るから一緒に行こう」



先生はナナツの肩に手を廻して階段を下りだした。

取り残された僕は呆然とそれを見送った。

頭の中にいろんな疑問だけが残った。



銀河鉄道に乗ったというナナツ。

その話を途中で止めるように現れた教師。

このタイミングは偶然だろうか?

それとも……。





その時、僕は自分に注がれた視線に気付いた。

階段の上を見た。

そこには道標直弥がいた。



直弥の姿にドキリとした。いったいいつから居たのだろう?

いつから会話を聞かれていたのだろう?

黙って見つめていると、直弥はいつもの調子でニコリと笑う。



「そんな怖い顔で睨まないでほしいにゃ。別にワザと立ち聞きしたワケじゃないんだよん」

いつも微笑んでいる直弥。僕はそんな直弥を信用できないと思う。



「どこから聞いてたの?」

「どこって聞かれたら最初からだよん。だって僕がこの上の階段踊り場で休んでたら、君達が現れたんだからさ。僕は何も悪くないんだよん」

その言い方にちょっとムっとした。



「それにしても良いタイミングで先生が現れたにゃ」

それは僕も思っていた事だった。

先生はまるで、どこかで見ていたかのように現れた。

そして銀河鉄道の話を中断するとナナツを連れ去った。

まるで銀河鉄道の話をこれ以上されたくないかのように……。





教師はすべてエデンの出身者だ。銀河鉄道とエデンは何か関係があるのだろうか?

そう考えると直弥に聞いてみたくなった。



「君は銀河鉄道の存在を信じる? 本当にあるものだと思う?」



もしかしたらエデンは銀河を走る列車を開発していて、砂漠の人間には黙っているのではないかと思った。



「銀河鉄道かぁ……」

直弥は夢見るように呟いた。

「残念ながら僕には見えないよん。でもさ、それが存在するか、しないのかっていうのは本人の問題なんだよ」



僕は瞬きをした。

「どういう意味……?」

すると直弥は目を細めて僕を見る。



「そんな事は僕なんかより、本当は君の方がよく判るんだと思うけどにゃ」



意味がまるで判らない。

僕が呆けていると、直弥は階段をスキップするように一段ずつ下ってくる。

その度に茶色の髪がふわりふわりと揺れる。



「はい、とーちゃく!」



一番下まで下ると直弥は僕の体を突き飛ばしながらそう言った。

僕はよろめいて直弥に道を譲る形となる。



「って……無茶すんなよ」

むっとして言ったのに直弥は微笑んだ。



「フフフ、怒んないでよ。僕はこれでも君の事が結構好きなんだからさ!」

直弥は軽やかに踊るように廊下へと向かった。

「フフ……また今度遊んでね」

僕は心の中で舌を出しながら直弥を見送った。



道標直弥。何を考えているのか判らない不思議な少年。







その日を境に、丘で銀河鉄道を待つナナツを見かけなくなった。

僕と優が二人で何度丘に行ってもナナツは居なかった。



「なんでナナツは丘に来なくなったんだろう?」

ナナツがよく座っていたベンチに座りながら優に聞いた。



「判らないよ。でも授業にはちゃんと出てるんだろう?」

「うん。でも僕が話しかけても無視するようになったんだ。僕が銀河鉄道について言っても、エデンの話をしても、心ここにあらずって感じで、僕をちらっと見ては視線をそらすんだ」

「ふーん……」



優は顎に手をあてて言う。



「銀河鉄道に乗ってしまったから、夢が叶ってしまって逆に情熱がなくなったとか?」

「夢が叶って情熱がなくなるもの? 普通もっと盛り上るんじゃないの?」

聞くと優は首を傾げる。

「どうだろう、そうとは限らないんじゃない? 叶えた夢に絶望するなんてよくある事だよ」

僕は考え込んだ。あの日の様子では絶望したような感じではなかったのに……。





あの日、タイミング良く現れた白衣の教師の事を思い出しながら言った。

「個別授業があるって言ってたけど、それと関係があるのかな?」

「個別授業ね……」

優は呟く。



個別授業。ナナツはそこで何をしていたというのだろうか?

僕は暗い夜空を見ながら考えていた……。









夜空を銀河鉄道が走る。

黄色に輝く車窓達。美しい光の群れ。

目の前に現れる巨大な列車。

鋼鉄の機械の乗り物が僕を連れて行く。

銀河ステイション「エデン」それが僕の目的地。







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