ガレキの楽園

リョウ

文字の大きさ
上 下
2 / 3

2・コスモス

しおりを挟む
2.コスモス



坂上華一はいつの間にか転校してきて、いつのまにか同じクラスに居た。そんな少年だった。

どちらかと言うとおとなしく地味で、ほとんど人とは話さない。



僕は寮棟の廊下を歩くと、華一の部屋の前で立ち止まる。

この学校施設の寮は3階建てだ。

校舎の方が若干小さくて寮の方が広い。

僕はそんな寮の中の、普段あまりこない3階の華一の部屋の前に居た。

ノックすると扉が開き華一が顔をだす。



「こんばんは!」

なるべく明るい声を出した。けれど華一は僕に迷惑そうな顔を向ける。



「何、何の用?」

つっけんどんな言い方にちょっと凹む。けれど頑張って笑顔を作るとやさしく話しかける。

「最近ずっと学校の方に出てきてないだろう? どうしてるかと思って……」



華一は顔を伏せた。

その様子に彼がウサギの死から立ち直っていなかった事に気付いた。

「中に入れてくれる?」

無理矢理部屋の中に入った。

部屋の中は僕の部屋と同じようなものだった。

置いてある小物が違うだけで、備え付けのベッドや机などはまったく同じだ。



華一の部屋は僕の部屋より更に殺風景な部屋だった。

僕は勝手にベッドの上に座り込むと華一に言う。



「みんな、華一の事を心配してるんだよ。あれ以来すっかり塞ぎこんで元気がなくてさ」

華一は睨むように僕を見た。



「みんな? みんなって誰だよ?」

「ユウとかの事だよ。ユウはすごく心配してるんだよ」

「ユウ? 誰それ?」

その言葉にムっとしながらも答える。



「白崎優だよ。背が高くて格好良い優等生の。ユウはいつも君の心配してるんだよ。ユウは誰にでもやさしいすっごく良いヤツだよ」



華一は思い出そうとしてるのか、顎に手をあてながら渋い顔をする。

「ふーん。ユウ君ね。俺、同じクラスのヤツもまともに覚えてないんだよね……」

心配になって僕は訊ねる。

「もしかして僕の事も覚えてなかったり?」

その問いに珍しく華一は微笑んだ。

「ああ、君と道標の事だけは覚えてるよ。二人ともいつも目立ってたから」



僕は驚いた。目立っていた? この僕が? 道標直弥だけでなく?



「道標はあんなだからね。自己中でヘンなしゃべり方で、意味のよく判らない行動してたり、そのくせやけに整った顔でね。あんまりにギャップがすごいから覚えてた」

直弥に関する感想に納得していた。僕もほぼ同じ感想だ。



「じゃあ、僕の事は何で?」

華一はマジマジと僕を見る。

「……人間、自分の事はよく判らないみたいだね。君もずいぶんと目立ってるよ」

ドキリとした。自分の評判を他人から聞くのはすごく緊張する。



「君も同じだよ。整った顔のくせにヘンなヤツって、それだけ。まあ、顔がそんなに整ってなかったら、他の人間とたいして変わらないけど」

複雑な気持ちになった。これは褒められたのだろうか、けなされたのだろうか。



「別に、顔なんかたいした問題じゃないと思うんだけどな」

そう言った僕を、華一は睨みつけた。



「人間ていうのはさ、顔の美醜で他人に対する態度が変わるもんなんだよ!」

あまりの勢いに驚いた。



「俺はまあ、見て判る通り美形じゃない。君と違ってね。じゃあ、君と違う俺が今までどんな生活を送ってきたか、君には想像も出来ないだろう? 教えてあげるよ。俺はね、この施設に来る前に居た場所でさ、差別されて育ったんだよ。年上のヤツラには不細工だってだけで苛められた。パシリに使われたりさ。年下のヤツもそんな俺の事は嫌がって誰も懐いてこなかった」

華一の勢いに言葉を挟めない。



「君はそのキレイな顔で守られて、そんな目には遭ってないだろう? 俺は違う。差別を受けて生きてきた。君はもっとその美しい顔に感謝すべきだよ。その顔で生まれただけで、それだけのコトで、この俺より何倍も幸せな人生を送ってるんだからさ!」

その非難に身体が小刻みに震えた。反論の言葉を必死で探す。



 「で、でも、顔の良し悪しでエデンに行けるか決まるわけじゃない……だから……」

 「エデン? 何寝ぼけた事言ってんだよ? そんなお前の夢より、今の方が大事なんだよ。今現在をどうやって幸福に生きるか。だから俺は人間との付き合いを絶ったんだ。俺には動物が居れば良い。動物は顔で人間を選んだりしないからさ!」

僕は震えながら言った。



「でも、人ともちゃんと付き合わないと……」

話の途中で吐き捨てるように華一は言った。

「お前みたいな幸せな甘ちゃんには、俺の気持ちなんか判んないんだよ!」



僕は両手を握りしめる。

「判るよ! だって僕だって……!」

大声を出した僕を華一が驚いたように見つめる。



「……僕だって何だよ?」

「……」

頭が真っ白になった。

僕だって何だろう? 僕は何を言おうとしたんだろう?

思い出せなかった……・。





暫くの間の後で華一は溜息をついた。

「もう、良いよ。君は俺とは違うんだ……帰れよ……」



腕を引っ張られてドアまで押しやられた。

暫く呆然としていたが、ちゃんと華一に言わないといけないと思った。

優ともそう約束してきていた。

ドアから出る直前にもう一度華一に言った。



「僕の事が気に入らないなら、それは仕方がないと思うけど、でも授業にはおいでよ。ユウや他のヤツも待ってるしさ」



華一は僕の事を見つめた。

それはさっきまでとは違い穏やかな表情だった。

そんな華一に僕は心を込めて言った。



「大切にしていたウサギが死んだのはショックだったと思うけど、でも元気出してよ。僕もみんなも待ってるからさ」

それだけ言うとドアを閉めた。





僕は自分の部屋へ戻ろうと歩き出した。

華一の部屋は3階だったが、僕の部屋は2階にあった。

中央と左右の3箇所ある階段のうち、左側の階段を選んで歩いた。

その階段を下ろうとした時だ。



階段踊り場の窓の前に、一人の少年が立っていた。



知らない少年だった。

暗い廊下で、かすかな蛍光灯に照らされて立っている。

その少年は僕がじっと見ていると微笑んだ。



「やあ、初めまして、かな?」

見知らぬ存在に戸惑っていると、再び彼が口を開く。



「俺は黒瀬カタル。これからよろしくな」



知らない名前だった。

転校生?



カタルは全身黒い服を着て暗闇に立っている。

蛍光灯の明かりから外れた暗がりに、その身を隠すようにしているカタル。

まるで彼の存在自体が闇だとでも言うかのように……。



「カイチは君に本当の事を言ってないよ」



ビクリとした。

何故彼は、僕が華一の所に行った事を知っているのだろう?

そしてまるで会話を聞いていたかのように言うんだろう?



僕の困惑をよそに、カタルは微笑む。その笑顔を不気味なものに感じた。

不吉な嫌な笑顔だと思った。



「ウサギは死んだんじゃないよ。殺されたんだよ」



衝撃的な言葉に動揺して、階段から落ちそうになった。

慌てて手すりに捕まりながらカタルを見る。



「本当だよ。カイチに聞いてみるといいよ」



それだけ言うとカタルは階段を下りだす。

追いかけて階段を下ったが、踊り場についた時にはすでにカタルの姿は見えなくなっていた。

僕は呆然と階段を見下ろす。

カタル。黒瀬カタルとは何者なんだろう……?









「黒瀬カタル?」

首を傾げながら優が呟く。

「知らない名前だな……」



いつものように自室で、優と話をしていた。

最近はナナツが丘に居ない事を知っているので、僕達は授業が終わった後は部屋ですごす事が多くなっていた。

季節が移って外が寒くなってきたというのも理由の一つだった。

ここは島だから海から吹きつける風が冷たい。

僕はベッドの端に腰かけながら、優を見つめて言った。



「ユウでも知らない生徒がいるんだね」

「知らない生徒の方が多いよ。よほどの特徴がないとなかなか全員は覚えられないよ」

「そうなの?」

「ああ。同じクラスの子位しか完全には覚えてないよ。入れ替わりも激しいしね。その黒瀬カタルっていう子も転校生かもしれないね」

「転校生か……」



学校施設での転校の多さを考えて、なんとなく怖くなった。

馴染んだ人が急に居なくなるのは淋しい。

優がもしもいなくなったら、僕は生きてはいけないと思った。



華一が言っていたイジメの話も、きっと優がいるから僕はその対象とされていないのだと思う。

いつも側に優がいて、兄のように守ってくれる。だから僕は苛められないでいる。

僕はその事をよく理解している。

だから僕は優がいないと生きていけないんだ。



「カタルが言ったんだよ。ウサギは死んだんじゃなくて殺されたって。それって随分大きな違いだよね?」

優は形の良い顎を手で押さえて考えている。



「僕もチラっと噂でしか聞いてなかったんだけどね、ウサギはヒドイ死に方だったみたいなんだ」

「どんな?」

つい聞いてしまった。すると優は眉を顰めて僕を見つめる。



「刃物で体を裂かれてたみたいだよ。ウサギ小屋は血だらけだったって……」

「うわ! ほ……本当に?」



僕はビックリして大きな声を出した。優は頷く。



「噂だけどね、ナイフみたいなもので切られたんじゃないかって……」

「あれ、でも、それっていつの事だっけ? 確か今もウサギ小屋にはたくさんのウサギが居るよね。どの子も懐いてて、僕も結構触ったりするよ」

僕は疑問を口にする。



「ああ。殺されたのは一匹だけ。それもよりにもよってカイチの可愛がっていたウサギだけが殺されたんだ。カイチが可愛がっていたのは黒いウサギでね、その子だけが殺されていた」

ゾクリとした。



華一の黒いウサギ。

昨日の華一の話を思い出す。

苛められてイヤガラセされていた華一。

じゃあ、ウサギも? そのウサギも華一を苦しめるために誰かが?

そう考えて僕は震えた。

「怖い……」

震える僕の肩を、優はやさしく撫でた。

「大丈夫だよ。僕がマサトの事は守ってあげるからさ」

その言葉に心が軽くなる。優が居れば大丈夫。僕はそう思った。



「ウサギを殺したのは誰だと思う?」

優に問いかけた。優は考えながらポツポツと言う。

「……判らないな。鬱積がたまってた誰かがやったんだろうけど、その理由だと生徒だけじゃなくて教師だってやりかねないと思うし」

僕は自分の意見をのべる。



「でも、ウサギ小屋にはいつも鍵がかかってるじゃん? 僕はウサギに触らせてもらう時は、飼育係りの友達に開けてもらってるよ。だから鍵を持ってない人は犯人じゃないんじゃないかな?」

優は首を傾げる。



「どうだろう。そうとは限らないかもしれないよ。ウサギ小屋の鍵は先生と飼育係の生徒が持っているけど、飼育係はカイチ含めて全部で3人はいる。でも鍵なんかこっそり誰かが盗んでも気付かないんじゃないかな? 飼育係の生徒達はいつも乱雑に机の中に鍵を入れっぱなしにしてるしね」

「じゃあ、犯行は誰にでも可能って事?」

「そうだね」

僕は溜息をついた。



「はー。じゃあ犯人なんか見つからないって事?」

その言葉に優は言う。

「イヤ、殺されたのが一匹だけって言うのがヒントになるよ」

「黒い、カイチのウサギがって事?」

「そうだよ」

考えたが、答えなんか僕には想像も出来なかった。







僕は優に言われて、それから何度か華一の部屋を訪ねてみた。

華一は今も授業には出てきていない。



そんな華一を教師達は注意をしているのか、していないかよく判らなかった。

ここは放任主義だから声もかけてないんじゃないかと思っていた。

僕は毎日のように授業が終わると華一の部屋を訪ねる。



「ねえ、カイチ、僕とユウとでウサギ殺しの犯人を捜そうと思ってるんだけど、君も一緒に探さないかな?」

「……」

華一は気乗りしないのか、冷たい、鋭い瞳で僕を見た。



「……そんな事したってクロが生き返るワケじゃないだろう?」

「クロ? ああ、ウサギの名前か。確かにクロちゃんは生き返らないかもしれないけど、でも部屋で塞ぎこんでも仕方ないじゃん」

何を言っても華一の反応は薄かった。

「いいから放っておいてくれよ……」

僕は黙り込んで、仕方なく帰ることとなった。





今回も左側の階段に向かって歩いた。

そこに先日と同じように黒瀬カタルが立っている事に気付いた。



今日はまだ午後の3時で階段は明るい。

彼の着る黒い服に黒い髪が、日光に照らされている。

そしてカタルの強い瞳が僕を真っ直ぐに見ている。



「カイチは犯人探しをしないって言ったんだろう?」



突然の言葉に返事が出来ない。けれどそんな僕を無視してカタルは話し続ける。



「カイチは犯人を知っているんだよ。だから犯人を捜さないんだ」



驚いている僕の反応を楽しむように、タカルは微笑む。



「カイチを丘に誘ってみると良いよ」

「丘に?」

呟くとカタルは笑んだまま頷く。



「あそこには今、コスモスが咲いているからね」

「コスモス……?」

ワケが判らず呟いた。

すると次の瞬間にカタルの姿が消えた。驚いて息を止めた。

階段を何段か下ってみる。

ずっと先の方に、階段を下っていくカタルの姿が確認できた。



カタルという人間が急に消失したのではない事に安堵した。

追いかける事は諦めた。

暫しそこで彼に言われた事を考えた。





自室に戻ろうと歩いていると、前方から道標直弥がやってきた。

またヘンなのと会ってしまったと溜息をつきたくなった。

このまま無視して行こうかと思ったが、案の定、直弥が話しかけてきた。



「お久しぶりぴょん。今日は時間があるのかにゃ?」



いつもにも増しておかしい……。そう思って辟易しながらも返事をする。



「これからユウに相談があるんだ。だから悪いけど今日も時間がないんだ」

直弥は微笑みながら言う。

「残念だにょー」

ぜんぜん残念そうじゃない。そのまま通り過ぎようとしてふと思った。



「ねえ、君は黒瀬カタルって生徒、知ってる?」

「黒瀬?」

考えるように直弥は呟く。

「黒い服を着た僕達と同じ位だから14、5歳位の男の子なんだけど。たぶん転校生だと思うんだ」

説明すると、直弥は首を傾げた。



「僕は知らないな。でも、もしかすると……」

「もしかすると?」



聞くと直弥は何故か悲しそうな顔で言った。



「白崎優と同じ存在なのかも」



意味が判らなかった。





僕は部屋に戻ると優に報告をした。

華一と話した事と、黒瀬カタルに会った事を伝えた。

直弥の意味の判らない話はあえてしなかった。



「コスモスの咲く丘ね……」

呟きながら優は考えこんだ。

僕は自分のベッドに寝ころがりながらそんな優を眺める。

僕達はいつもこんな感じで役割分担が自然に出来ている。

考えるのが優の仕事。質問、行動が僕の役目。

僕はこんな二人の関係をすごく上手くいっていると考えていた。



「とりあえず、ただ考えていても仕方がないから、誘ってみようか」

「丘に?」

優は頷いた。





翌日の放課後。僕達は華一の部屋に行くと、無理矢理部屋からひっぱり出した。



「どこに行くんだよ?」

不服そうな華一の手を引っ張って歩く。



「良いもの見せてあげるから、黙ってついてきて」

僕が華一を引っ張って、その後ろを優が歩いてくる。

その間にも空はどんどん暮れだしていた。

季節は秋。日が沈むのが早い。





丘に続く細い道を三人で歩いて行く。

歩道は舗装されてはいるが、幅は1メートルもない細い道だ。

両脇はすぐに雑木林だ。



丘の上には展望台という名目で、ベンチが一つ置かれている。

以前ナナツが銀河鉄道を見ていたあの丘だ。

最近ナナツがそこへ行かないので、僕達も随分と久しぶりに来る。



道を歩いている間も空は暮れていき、辺りを赤く染めた。

こんな夕焼けを久しぶり見た。

まわりのすべてを赤く染めていく様は、まるで血の色のようだと思った。

血……。

なんだか嫌な感じを受けながら、丘への道を進んだ。



僕達が丘の上まで辿りつくと、そこからは予想外の風景が見えた。



「あ……」



その光景に言葉をなくした。

いつ誰が植えたのか、丘の頂上から海に向かう斜面にコスモスが咲き乱れていた。

銀河鉄道を見に来ていた頃はただの草むらだと思っていた。

その草むらがすべてコスモスに変わっている。



去年まではここにコスモスはなかった。

なのに今はコスモスが咲いている。

誰かが植えたんだとしても、僕達は聞かされていなかったので予想外の光景に驚いていた。



「クロ……」



その呟きに華一を見た。

クロ?

それはウサギの?

でも何で今、その名前を口にするのか判らなかった。



すると華一の身体が地面に落ちた。

驚いていると華一は頭を地面につけて、その頭を手で覆いながら泣いていた。

そんな華一を呆然と見つめる。



「クロ、クロ、クロ……生まれ変わっていたんだな……」



その言葉に衝撃を受けながら考えた。

生まれ変わり。

それはこのコスモスたちの事だろうか?

僕は一面のコスモスを見つめた。

つまりはこうだろうか?

華一は死んだクロをここに、この丘に埋めた。

その上にコスモスがたくさん咲いた。

それを生まれ変わって会いに来てくれたと考えた?



それはなんて美しい話だろうと思った。

ちらりと華一を見た。その瞬間、予想外の言葉を聞いた。



「クロ、クロ、俺を許してくれたんだな……」



足が震えだしていた。

華一の言葉の意味は、意味は……?

華一は暫く泣きじゃくっていたが、やがて僕達の存在を思い出したのか、顔をあげて僕を見つめた。



「なぁ、マサトにも見えるだろう? この花がクロだよ」



僕はかすれた声で聞く。



「君が……クロをここに埋めたって意味……? それとも……」

怖くてそれ以上の事が聞けなかった。けれど華一は何でもないように言った。



「ああ、俺が殺して、発見したフリをして、そして泣きながらここに埋めたんだ」



予期していた言葉に絶望しながら聞いた。



「なんで、なんで、かわいがっていたクロを殺したの?」

華一は涙を拭いながら言った。



「俺があんなにかわいがったのに、特別にかわいがっていたのに、なのにクロは他の人間にも懐いたんだ。俺が世話をしてあげたのに。あいつも他の人間と同じように俺をバカにしたんだ……」



僕は絶望的な思いでそれを聞いていた。

そんな事でかわいがっていた動物を殺せるのだろうか?

刃物で引き裂いて。そんな残酷な事を……。



「俺だって後で後悔したんだ。なんて事したんだって。だからずっと部屋に引きこもっていたんだ」

僕は納得した。

華一は罪悪感で部屋から出られなかったのだと。



「でも、クロは俺を許してくれたんだ。だからこうやって姿を変えて会いに来てくれた!」



華一は嬉しそうにコスモスを見ながら言った。

赤い夕焼けに染められた一面のコスモスを。



僕はそれを黙って見ている。解釈の違い。そう思った。

同じものを見てどう思うか、感じ取るか。

ただ咲いただけのコスモスを見て、裂かれて殺されたウサギが甦った、生まれ変わったと思う。

許されたと思う。

一つの現象に対してどう受け取るか、それは本人次第。

僕は黙ったままだった。

華一がそう受け取ったなら、解釈したなら、僕が言うべき言葉は何もないと思ったからだ。





ふと優を振り向いてみた。

さっきから一言も優が話していない事に気付いたからだ。

僕は驚いた。



そこには今まで見たこともない顔をした優が立っていたからだ。

優は赤い夕日を受けながら、コスモスを見て恍惚とした顔をしていた。



「ユ、ユウ?」



声をかけながら近寄った時、気付いた。

優が小声で呟いている。



「……そうか、そうなんだ……生まれ、変わるんだ……」



優がこの丘で何を感じ取ったのか判らなかった。

けれど優を今までになく遠い存在に思えた。



僕は再び一面のコスモスを見た。僕はコスモスに何も感じない。

コスモスはコスモスでしかない。

では、優は何を感じ取ったと言うのだろう?

僕には判らなかった……。





様子がおかしくなった優と途中で別れ、寮棟の階段を登っていた。

するとそこに黒瀬カタルが居た。

僕はもう驚かずにカタルを見つめた。



「犯人が誰だか判った?」



そう言うカタルに疑問を口にする。



「なんで、丘に行くように言ったの? カイチがした事を君は知っていたの?」



カタルは階段の踊り場にある窓の枠に寄りかかる。



「見たんだよ。前にあいつがウサギを埋めに行くのをさ」

その言葉に違和感を覚えた。

埋めに行くのを見たと言うのなら、彼は転校生ではないのだろうかと。

でも僕が口を開くよりも先に、カタルは信じられない事を口にした。



「それに俺は彼がここにくる前にした事を知ってたからさ。だから答えは簡単だったのさ。犯行っていうのは繰り返されるものだろう?」



僕は固まった。犯行。それはいったい……。

カタルは淡々と言う。



「彼はこの学校施設に来る前にも動物を虐待してるんだよ。飼ってたイヌを殺したんだよ。かわいがっていたのにね。ちょっとした事で彼はキレて攻撃をするんだ。まあ、君も気をつけた方が良いよ。いつ攻撃対象が人間になるか判らないからね」



僕は震えていた。カタルの話すすべてが怖かった。



「何故君はその事を知ってるの……?」



カタルは黒い髪をかきあげる。

「……別に。ここに居て耳をすましていれば誰にだって聞こえてくる話さ。まあ、耳を塞いでいる君には聞こえないかもしれないけどね」



返す言葉が見つからなかった。





翌日。僕は久しぶりにナナツと廊下で会った。

華一の事があって暫くナナツと話す時間がなかった。

だから僕は以前と同じ調子でナナツに話しかけた。



「ナナツ、もう銀河鉄道を見に行ったりしないの?」

ナナツは冷たく僕を睨んだ。



「君は何を言ってるの? 銀河鉄道なんてものが、この世の中にあるとでも思っているの? バカな話を僕にふらないでくれよ。僕も君みたいに頭がおかしいと思われたら困るだろう」



ナナツは背中を向けて歩いて行ってしまった。

僕は呆然とそれを見送るしかなかった。

ナナツは別人のように変わってしまった。これは一体何だろう?



あの時の、エデンの教師と個別授業の話を思い出した。

個別授業……。それはもしかして人間の人格を変える授業なのではないか?

僕はそう思って恐怖に戦慄いた。





数日後。



ある教師から聞かされた。

星野ナナツはこの学校から転校していったと。

なんの挨拶も、なんの別れの言葉もなく、ナナツはいなくなってしまった。

僕は悲しくなった。







丘の上にコスモスが咲く。

薄紫の花弁。白い花弁。黄色の花弁。桃色の花弁。

群生する可憐な花。風に華奢な茎が揺れる。揺れる。ゆれる……。



コスモスはやさしく揺れる。ザワザワ……サワサワ……。

久しぶり、元気だった? 僕達は君に会うために生まれ変わってきたんだよ? また僕達は一緒だよ。

無数のコスモスが囁いていた。









しおりを挟む

処理中です...