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第7話 大人の香り
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運動が苦手な人間にとって、体育の授業は苦痛、そして体育祭などは地獄極まりない日だ。
もちろん、私は運動が苦手だ。体育祭に異常なまでに情熱を燃やす生徒がいるが私には理解できない。
そして、その体育祭は訪れた。
私の目の前に広がる光景は地獄にしか見えない。何だか教師たちが鬼に見え、体育祭を歓迎できない生徒達はさしずめ地獄に落ちた人間。
私は二人三脚に参加、当初は冴えない同級生の青木とだったが突然腹痛に襲われた青木は保健室へ。残された私は競技に参加せず戻ろうとした時、田中先生がやって来た。
「他の代役を探すのも面倒だから俺が一緒に走ってやるぞ」
「……どうも」
田中先生は普段、歴史を担当している。30代後半で妻子持ちである。青木同様に冴えない。
私の右足と田中先生の左足が紐で結び付けられる。田中先生は私の腰に手を回してきた。大胆すぎる、レディの腰に手を回すなんて。大人の男性の体、手の大きさ、ほんのりと香る加齢臭。冴えないと思っていた田中先生に対して胸の鼓動が早くなる。
「位置について、よーい」
スタートする直前、田中先生の手の力が強くなったことが腰から伝わってくる。これはひょっとして私に対してのアプローチか?
「虎夏、お前のことを始めてみた時から運命の出会いと感じていたんだ。俺と付き合わないか」
「ちょっと待て、いきなり過ぎる。それに先生には奥さんが」
「お前と一緒になれるのであれば妻とは別れる」
「本気? 本気なら私は信じていいのね」
「おい藤ヶ谷、大丈夫か? 大丈夫なんだよな」
「私は大丈夫」
……て、ここはどこ?
私は先ほどまで運動場にいた筈なのに、気がついたら保健室にいた。
「気づいたか? 」
声の方へ視線を向けると、田中先生がいた。保健室、田中先生、2人きり……まさか私達はいつの間にか関係をもってしまったのね。
「先生、ちゃんと奥さんと別れてくださいね」
「なぜに? 」
「私も覚悟を決めたんだから、あんたも覚悟を決めるのが筋でしょ」
「だからなんの話をしてるんだ? 」
「関係を持った以上は私達、もう後戻りできないのよ」
「噂通りの妄想だな。おい、正気に戻れ」
……田中先生の愛情ビンタにより妄想タイムが終了した。私がどうして保健室にいるのかの経緯を聞くことにした。
「スタート直後、お前が にやにやしながら突っ立って動かなくなったんでスタートできなかったんだよ。そしたらお前のクラスメイトたちが一斉にそいつは変態だから気にせず引きずって走れーって叫んできたんだ」
何つークラスメイト達だ。
「迷ったが、チームのためにも即座に俺はお前を引きずってゴールを目指したんだ」
「……」
「最初は左手でお前を支えてたが、途中から支えきれず お前と俺の繋がりは右足と左足だけとなった。当然だが、お前の顔面は地面に引きずられて血まみれの惨状となったが、3位という結果を手にすることができた」
それで保健室に私がいると。
「でも、お前の肌が丈夫で良かったよ。怪我も出血もしてなくて驚いた」
肌の丈夫さを褒められてもあまり嬉しくないものだ。
「俺は戻るから、大丈夫ならお前も戻ってこいよ」
「イエッサー」
田中先生が保健室を去って行く。私は体育祭に参加するのも面倒なのでお昼の時間まで取りあえず保健室で体が痛いと言う理由を利用して時間を潰すことにした。地獄の体育祭の日にまさか寝ていることができるとは幸せだ。
しばらくするとガラガラっと扉が開き、誰かが入って来た。怪我人か? 保健室の先生か?
「大丈夫ですか? 」
聞き覚えのある声に反応して私は体を起こす。
「湖乃佳ではないか? どうした」
「怪我をしたみたいだったから心配で」
「わざわざ、お見舞いとは有難い」
さすが友達、私には親友がいないから本当に嬉しいよ心配してくれる人がいると。
親友と言うのか友達と言うのか他に誰かいたような気がするけど……十佳め、ここはお前が心配して来るべき場面ではないのか。
しばらくの間、私と湖乃佳は特に何も話すことなく見つめ合っていた。
……何だ? これは。湖乃佳とは友達にはなったが、実際にはあまり会話をしたことが無いため場の空気が少々重いな。この空気を打破するには恐らく私が話を振らなきゃいけないようだな。
「そう言えば以前、十佳から聞いた話だけど湖乃佳はおならが自分から出ているものだと最近まで知らなかったんだって? 」
「……」
湖乃佳の顔は見る見るうちに真っ赤に熟したトマトのように赤くなっていった。
「そう、熟す必要もあるまい。私達は友達なんだろ?お互いの恥を曝け出しあおう」
「それ、私のことじゃありません」
「……」
「私じゃなくて、十佳のことだよ」
おならが自分から出ているものだと最近まで知らなかったのは湖乃佳ではなく、十佳の方だと言うのか? もしそれが本当なら十佳は自分の事を然も湖乃佳のことのように話していたことになる。
だが、本当に犯人は十佳でいいのか? 湖乃佳は恥ずかしくて十佳に濡れ衣を被せている可能性も否定できない。そもそも十佳ほど人を見下すタイプは変に他人に弱点を知られたくない性質があるので おならの様な格好の餌となるような事を知らずに育つか?
やはり、湖乃佳が犯人であることの方が確率は高い。だが、わざわざこれ以上掘り起こして辱める必要もないのでこの話は無かったことにしよう。
ぷーっ。
おならの話題から離れようとした矢先に保健室に響く音。この音は明らかにおならの音……。
まさか、湖乃佳? と言うか、私と湖乃佳しか保健室には居ないから確実に湖乃佳がおならしたよな。
「……」
「……」
互いに言葉が出ない、日の浅い友達なので変に「おならしたでしょ」何て言えず。気まずい空気がより気まずくなっていく。
ぷーっ。ぷーっ。ぷっぷっー。
……て、湖乃佳。どんだけおならしてるんだー。臭いが漂い始めてきたぞ。
「藤ヶ谷さん、ひょっとしてお腹痛いんですか? 」
「別に」
……湖乃佳、まさかだけど、おならしているのを私に押し付けようとしてないか。
「湖乃佳、おならしてるよね? 」
「へ? 私じゃないですよ。藤ヶ谷さんがおならしてるんでしょ? 」
互いにおならをしたのはお前だろ的に擦り合いが始まってしまった時だった。
隣の仕切り用カーテンが突然開け、ベッドに座る人物が現れた……隣に私たち以外に人がいたことに驚きだ。
登場したのは二人三脚のペアの相手で早々に腹痛を訴えて離脱していた冴えない同級生の青木だ。疲弊した表情で薄笑いを浮かべ私達に話しかけてきた。
「腹の調子がまだ悪くてね。おならが臭くてごめん」
「……いや、お大事に」
お前のおならかよー。おかげでおならの擦り合いしてしまったじゃないかー。
もちろん、私は運動が苦手だ。体育祭に異常なまでに情熱を燃やす生徒がいるが私には理解できない。
そして、その体育祭は訪れた。
私の目の前に広がる光景は地獄にしか見えない。何だか教師たちが鬼に見え、体育祭を歓迎できない生徒達はさしずめ地獄に落ちた人間。
私は二人三脚に参加、当初は冴えない同級生の青木とだったが突然腹痛に襲われた青木は保健室へ。残された私は競技に参加せず戻ろうとした時、田中先生がやって来た。
「他の代役を探すのも面倒だから俺が一緒に走ってやるぞ」
「……どうも」
田中先生は普段、歴史を担当している。30代後半で妻子持ちである。青木同様に冴えない。
私の右足と田中先生の左足が紐で結び付けられる。田中先生は私の腰に手を回してきた。大胆すぎる、レディの腰に手を回すなんて。大人の男性の体、手の大きさ、ほんのりと香る加齢臭。冴えないと思っていた田中先生に対して胸の鼓動が早くなる。
「位置について、よーい」
スタートする直前、田中先生の手の力が強くなったことが腰から伝わってくる。これはひょっとして私に対してのアプローチか?
「虎夏、お前のことを始めてみた時から運命の出会いと感じていたんだ。俺と付き合わないか」
「ちょっと待て、いきなり過ぎる。それに先生には奥さんが」
「お前と一緒になれるのであれば妻とは別れる」
「本気? 本気なら私は信じていいのね」
「おい藤ヶ谷、大丈夫か? 大丈夫なんだよな」
「私は大丈夫」
……て、ここはどこ?
私は先ほどまで運動場にいた筈なのに、気がついたら保健室にいた。
「気づいたか? 」
声の方へ視線を向けると、田中先生がいた。保健室、田中先生、2人きり……まさか私達はいつの間にか関係をもってしまったのね。
「先生、ちゃんと奥さんと別れてくださいね」
「なぜに? 」
「私も覚悟を決めたんだから、あんたも覚悟を決めるのが筋でしょ」
「だからなんの話をしてるんだ? 」
「関係を持った以上は私達、もう後戻りできないのよ」
「噂通りの妄想だな。おい、正気に戻れ」
……田中先生の愛情ビンタにより妄想タイムが終了した。私がどうして保健室にいるのかの経緯を聞くことにした。
「スタート直後、お前が にやにやしながら突っ立って動かなくなったんでスタートできなかったんだよ。そしたらお前のクラスメイトたちが一斉にそいつは変態だから気にせず引きずって走れーって叫んできたんだ」
何つークラスメイト達だ。
「迷ったが、チームのためにも即座に俺はお前を引きずってゴールを目指したんだ」
「……」
「最初は左手でお前を支えてたが、途中から支えきれず お前と俺の繋がりは右足と左足だけとなった。当然だが、お前の顔面は地面に引きずられて血まみれの惨状となったが、3位という結果を手にすることができた」
それで保健室に私がいると。
「でも、お前の肌が丈夫で良かったよ。怪我も出血もしてなくて驚いた」
肌の丈夫さを褒められてもあまり嬉しくないものだ。
「俺は戻るから、大丈夫ならお前も戻ってこいよ」
「イエッサー」
田中先生が保健室を去って行く。私は体育祭に参加するのも面倒なのでお昼の時間まで取りあえず保健室で体が痛いと言う理由を利用して時間を潰すことにした。地獄の体育祭の日にまさか寝ていることができるとは幸せだ。
しばらくするとガラガラっと扉が開き、誰かが入って来た。怪我人か? 保健室の先生か?
「大丈夫ですか? 」
聞き覚えのある声に反応して私は体を起こす。
「湖乃佳ではないか? どうした」
「怪我をしたみたいだったから心配で」
「わざわざ、お見舞いとは有難い」
さすが友達、私には親友がいないから本当に嬉しいよ心配してくれる人がいると。
親友と言うのか友達と言うのか他に誰かいたような気がするけど……十佳め、ここはお前が心配して来るべき場面ではないのか。
しばらくの間、私と湖乃佳は特に何も話すことなく見つめ合っていた。
……何だ? これは。湖乃佳とは友達にはなったが、実際にはあまり会話をしたことが無いため場の空気が少々重いな。この空気を打破するには恐らく私が話を振らなきゃいけないようだな。
「そう言えば以前、十佳から聞いた話だけど湖乃佳はおならが自分から出ているものだと最近まで知らなかったんだって? 」
「……」
湖乃佳の顔は見る見るうちに真っ赤に熟したトマトのように赤くなっていった。
「そう、熟す必要もあるまい。私達は友達なんだろ?お互いの恥を曝け出しあおう」
「それ、私のことじゃありません」
「……」
「私じゃなくて、十佳のことだよ」
おならが自分から出ているものだと最近まで知らなかったのは湖乃佳ではなく、十佳の方だと言うのか? もしそれが本当なら十佳は自分の事を然も湖乃佳のことのように話していたことになる。
だが、本当に犯人は十佳でいいのか? 湖乃佳は恥ずかしくて十佳に濡れ衣を被せている可能性も否定できない。そもそも十佳ほど人を見下すタイプは変に他人に弱点を知られたくない性質があるので おならの様な格好の餌となるような事を知らずに育つか?
やはり、湖乃佳が犯人であることの方が確率は高い。だが、わざわざこれ以上掘り起こして辱める必要もないのでこの話は無かったことにしよう。
ぷーっ。
おならの話題から離れようとした矢先に保健室に響く音。この音は明らかにおならの音……。
まさか、湖乃佳? と言うか、私と湖乃佳しか保健室には居ないから確実に湖乃佳がおならしたよな。
「……」
「……」
互いに言葉が出ない、日の浅い友達なので変に「おならしたでしょ」何て言えず。気まずい空気がより気まずくなっていく。
ぷーっ。ぷーっ。ぷっぷっー。
……て、湖乃佳。どんだけおならしてるんだー。臭いが漂い始めてきたぞ。
「藤ヶ谷さん、ひょっとしてお腹痛いんですか? 」
「別に」
……湖乃佳、まさかだけど、おならしているのを私に押し付けようとしてないか。
「湖乃佳、おならしてるよね? 」
「へ? 私じゃないですよ。藤ヶ谷さんがおならしてるんでしょ? 」
互いにおならをしたのはお前だろ的に擦り合いが始まってしまった時だった。
隣の仕切り用カーテンが突然開け、ベッドに座る人物が現れた……隣に私たち以外に人がいたことに驚きだ。
登場したのは二人三脚のペアの相手で早々に腹痛を訴えて離脱していた冴えない同級生の青木だ。疲弊した表情で薄笑いを浮かべ私達に話しかけてきた。
「腹の調子がまだ悪くてね。おならが臭くてごめん」
「……いや、お大事に」
お前のおならかよー。おかげでおならの擦り合いしてしまったじゃないかー。
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