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第14話 終局を招く究極

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「ううっ……みんな無事か?」

「うん……何とか……」

 ザデラムの破壊光線が命中したAJOC本社ビルの十階は、フロアの半分を木端微塵に爆砕されて半壊状態となっていた。広い社長室の右側にいた未玖と拓矢、宏信と佳那子は爆風を浴びて手などに火傷を負いながらも運良く無事だったが、左側は全て跡形もなく吹き飛んでしまっており、そこにいたセルゲイとアミード、そしてラーティブの姿はどこにもない。

「あの人たち……死んでしまったのかしら」

「ああ。ザデラムのビームをまともに浴びたんじゃ、人体なんてたちまち蒸発だろう」

 無惨に焼け落ちた部屋の跡を見やって、宏信と佳那子は揃って息を呑んだ。巨万の富を築いて栄華を極め、更なる野望を抱いて世界を揺るがす今回の事件を起こした石油王とその一味の哀れにして壮絶な最期。ずっと自分を騙して利用していた悪人たちとはいえ、宏信はそのむごたらしい末路に同情を禁じ得なかった。

「でも困ったわね。階段もエレベーターも吹き飛ばされてしまって下に降りられないわ」

 怪獣たちを目の前にしてビルの十階で身動きできなくなってしまった自分たちの状況を見て取って、佳那子が焦った声で言った。一部に大穴が開けられたことで建物のバランスは失われ、このままではいつ倒壊してもおかしくはないし、もしまた流れ弾が飛んで来てどこかに当たったりすれば間違いなくビル全体が崩れてしまうだろう。ヘリコプターなどを使った救助隊が早く来てくれるのを祈るしか、彼女らにできることはなかった。

「しかし、このビルが倒れようが倒れまいが、単に死ぬのが早いか遅いかの差でしかないのかも知れないな。ザデラムはもはや誰の命令も聞かない暴走状態となった。全てを破壊し尽くすまで、奴は止まらないだろう」

 遠くに立つザデラムの恐ろしげな姿を見つめて、宏信は世界の終末を覚悟したかのように言った。光線を乱射して石油コンビナートを火の海に変えたザデラムは、燃え盛る炎の中で不気味な奇声を発しながらファルハードと対峙している。不快な金属音に似たその声をかき消そうとするかのように、ファルハードも真っ赤な猛火に巻かれながら口を大きく開け、ザデラムに向けて咆え返した。

「……ファルが、勝つわ」

「ん? 何だって?」

 呟くように、短くそう言った未玖の方へ宏信が振り向いて反射的に訊き返す。未玖が答えるより先に、彼女の隣に立っていた拓矢が拳をぐっと握り締め、強い確信を込めた声を上げた。

「そうだよ。ファルハードは絶対勝てる。あいつならきっとやってくれるさ!」

 夜空を焦がす業火の中、熱せられた空気を大きく吸い込んだファルハードは口から赤いビーム状の火炎を吐いてザデラムを攻撃した。地を這い、燃焼する大量の石油を更に激しく爆発させながら飛んで行ったフレアの奔流はザデラムを直撃し、魔力で強度を高められたその土のボディに火柱を噴き上げさせる。

「確かに、ファルハードはあの時よりも数段強くなっている。あの悪魔のようなザデラムさえ、今なら倒せるかも知れない」

「そうね。未玖たちが大事に育ててあげたあの竜を、今はとにかく信じるしかないわ」

 ほとんど一方的に敗れてしまった旭川での第一戦とは違い、ファルハードは第二形態のザデラムとも互角以上の勝負をして徐々に相手を劣勢に追い込みつつある。もう何年も前、自分たちが全く知らない間に娘たちが育てて固い絆を結んでいたというファルハードの勇猛な戦いぶりに、宏信と佳那子は畏怖の念にも似たものを感じつつ目を見張った。

「何にせよ、これが最後の決戦だ。全てはこの一戦で決まる」

 宏信が言った通り、ファルハードとザデラムは今ここで決着をつけようと闘志を剥き出しにして互いに一歩も引かない。猛然と突進し、距離を詰めたファルハードは正面からザデラムに組みついて肉弾戦を挑んだ。
 左右の前脚でパンチを繰り出しながら、ファルハードは長い尻尾を振るって先端のスパイクで相手の側面にも同時に殴打を加える。ザデラムは両手に装備した鎌で応戦し、ファルハードの肩や頬を何度も突き刺して硬い鱗を貫き多数の傷を負わせた。体のあちこちから流血して怒ったファルハードは頭の角にエネルギーを集めて頭突きを浴びせ、爆発と共にザデラムを大きく後ろへ弾き飛ばす。

「頑張って! ファル!」

 足の鉤爪を地面に突き立てて踏みとどまり、鎌のついた両手を大きく広げて構えたザデラムの身に変化が起こったのは、未玖がファルハードに声援を送ったその時のことであった。
 素早く異変を感じ取ったファルハードが追撃の突進を止め、警戒しながら唸る。ザデラムの下半身が溶けて柔らかい泥となり、アメーバのように動いてその形状を変えようとしていた。第一形態から第二形態に変形した時と同じ現象が、再び起こったのである。

「最初の飛行形態に戻るのか……? いや、違うな」

 一瞬、形勢不利を悟ったザデラムは第一形態になって空を飛んで逃げるつもりかと思った拓矢だったが、泥と化したザデラムの下半身は宙に浮くことなく、むしろ樹木が根を張るかのように地上に大きく広がって長い八本の脚となった。脚の先端は槍の穂先のような太く鋭い一本の爪となって固化し、地表のアスファルトに刺さって亀裂を走らせる。ティラノサウルスのような前屈みの二足歩行から、蜘蛛を彷彿とさせる重心の低い八足歩行へとザデラムは変形したのである。

「あれは……!」

 これが意味するものが分かるのは、この場では宏信ただ一人だけだった。数年前にニカラグアで発掘された太古の碑文に記されていた、破滅をもたらすザデラムの最終形態。ザデラムを造った超古代の魔術師たちでさえ、あまりに破壊力が高すぎるものを生み出してしまったと恐れて戦争での使用をタブーにしたという、全てを焼き尽くす第三にして究極の姿が今ここに現れたのである。

「これはとんでもないことになったぞ。ザデラムは自らの意思で、課されていた禁忌を破ったんだ。邪魔なファルハードを倒し、破滅をもたらすという己の使命を果たすために……」

 蜘蛛の脚を持ったオパビニア。そうとでも形容すべき禍々しい姿に変身したザデラムは最前列にある二本の前脚の爪を青く発光させると、その光を稲妻に変えてファルハードに向けて撃ち出した。ジグザグの軌道を描いた二発のビームが、ファルハードの左右の肩に同時に炸裂して爆発を起こす。

「ファルっ!」

 稲妻を受けたファルハードは両肩から煙を噴き上げながら横向きに倒れ、その体勢のまま口から熱線を発射してザデラムに反撃した。だが高熱のブレスに平然と耐えたザデラムは重戦車の如く進撃し、倒れていたファルハードの目の前まで接近すると、エネルギーを帯びて妖しく輝き続けている二本の前脚の爪でその胸を刺す。

「まずいぞ。ファルがやられる……!」

 破壊力を持つビームを纏った槍のような爪がファルハードの皮膚を抉り、血と火花が飛び散る。激痛に呻くファルハードの上にのしかかって組み伏せたザデラムは八本の脚を代わる代わるに振り下ろし、ファルハードの全身を容赦なく突き刺した。

「ひどいわ……。見てられない」

 なぶり殺しとでも言うべき凄惨な光景に佳那子が思わず目を背けるが、ファルハードは尻尾の先にエネルギーを溜めて振り上げ、懸命にザデラムを横から殴りつけてなおもしぶとく抵抗する。だが灼熱のエネルギーを帯びたスパイクで激しく殴打されながらもザデラムは苦しむ素振りもなく、馬乗りになったままファルハードを執拗に痛めつけ続けた。

「負けるな! ファル!」

 ファルハードの優れた聴覚は遠くから叫ぶ拓矢の声をしっかりと捉え、萎みかけていたその闘争心を再び点火させた。血まみれになりながらも、ファルハードは自分の喉元を狙って突き立てられたザデラムの右の前脚に齧りつき、倒れたまま首を大きく振るって勢いよく引っ張る。猛烈な力で、ザデラムの右の前脚は根元から引き千切られて胴体を離れた。

「やったわ……!」

 例え敵とはいえ脚がもがれるという残酷な場面を目にして身震いしながらも、未玖はザデラムを怯ませて自分の上から払いのけたファルハードが何とか立ち直ったのを見て手に汗を握る。口に咥えていたザデラムの脚をファルハードが足元に放り捨てると、地面に転がったその脚はたちまち溶解し泥となって崩れ落ちた。生物ではなく土製のゴーレムであるザデラムは体の一部を切断されても痛みを感じたりはせず、破損箇所を軽く一瞥してダメージの程度を確認しただけで平然としていた。

「だが、これでザデラムも本気になったようだ。フルパワーで撃ってくるぞ」

 ザデラムの残った七本の脚の爪が一斉に青い光を放ったのを見て、宏信が慄く。発射された七発の稲妻が互いに交錯し合いながら飛んで行き、ファルハードに襲いかかった。

「きゃぁぁっ!」

 巻き起こった凄まじい爆発が、周囲のコンビナートごとファルハードを呑み込む。高熱を乗せた爆風は離れた場所にいた未玖たちの元にまで届き、ビルの中にいる彼女らまでも吹き飛ばした。

「ううっ……何て奴だ」

 床に打ちつけた体の痛みを堪えて立ち上がった拓矢と未玖は、割れた窓のすぐ傍まで駆け寄って遠くに立ち昇っている巨大な爆炎を見つめた。
 稲妻の猛爆を受けたファルハードはどうなっただろうか。炎が徐々に収まって煙が晴れ、その向こうの景色が次第に視認できるようになってゆく。ファルハードの姿を探して、二人は必死に目を凝らした。

「ファル……!?」

 心臓が止まりそうになるほどの強いショックを受けて、未玖は蒼ざめた表情のまま硬直した。ファルハードが立っていた場所は地表を深く抉られ、そこにあったもの全てを爆砕されて、まるで隕石が衝突した跡のような大きな穴の開いた更地と化していた。そして、そこにいたはずのファルハードの姿も跡形もなく消えてしまっていたのである。

「そんな……! ファル……ファルっ!」

 コンビナートの中央にできた巨大なクレーター。超高熱のビームで全てを消し去られたその無惨な焼け跡に向かって、未玖は悲痛な叫び声を上げた。
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