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長い片想い
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「おい、みや子、それは花瓶じゃないよ」
「ええー?いいじゃないの、もう優子さんが飾ってくれるでもないし」
みや子は英二が止めるのも聞かず、コップに水を入れて花を挿す。
「英二ったら優子さんが亡くなってからめっきり元気ないからさ、花でも活けて元気出してもらおうと思ってさ」
満足げにコップに活けた花を見るみや子に、英二は思わずため息をつく。
英二とみや子は今年で八十年もの仲になろうか。所謂幼なじみという関係である。お互いに結婚し、しばらくは疎遠になっていたが、それでも一年に一度は顔を合わせている。昨年、英二の奥さんである優子が亡くなってからは、顔を合わせる機会が多くなった。
「あの時ああ言っていたら」英二はこのところ、そればかり考えている。優子のことももちろん好きだったし、子どもにも恵まれ、幸せな生活を送っていた。でも。もう一度人生がやり直せるとしたら。
「英二ー!」
みや子の声で目を覚ますのが常だった。
「んん~」
「早く起きて!遅刻するよ!」
幼い頃から一緒に育ったみや子と英二は、学校に通うのもいつも一緒だった。英二は嫌々一緒にいると装っていたが、みや子と過ごす時間が好きだということは薄々気がついていた。
みや子は学校ではマドンナ的存在。英二はみや子のおてんばなところばかり目についていたからか、好きだとは思うものの、マドンナとして扱う級友たちを不思議な目で見ることしかできなかった。
だから安心していた、と言ってもいい。
「お前はもうちょっと女らしくできないのか」
英二の不満気な声にみや子は首をすくめて見せた。
「英二にかわいいとこ見せたってあたしの何の得にもならないじゃない」
英二はみや子の言葉にむっとした。得にならないとはなんだ。
と同時に、少し悲しいような気持ちが心をかすめる。
そんな英二の様子に気づいたのか気づかないのか、みや子はそこでにこっと笑い、振り向く。
「ま、あたしが起こしてあげてるのは英二だけなんだから、感謝しなさいよね」
「感謝も命令かよ」
英二だけ、の部分だけで機嫌を治した英二は口調は乱暴なままだが足取り軽く学校へ向かうのだった。
そんな毎日に安心していた。
みや子が隣にいることが当たり前だと思っていた。
当たり前が崩れたのはある冬の寒い日のことだった。
その日、みや子は英二の家に来なかった。
英二はバカも風邪をひくんだな、くらいの気持ちで学校へ向かった。
寒さで首を縮めながら学校へ向かうと、みや子の後ろ姿が見えた。
なんだ、いるじゃないか。
朝寄らなかったことをなじろうかと後ろ姿を追いかけたが、
ふと、みや子が一人でないことに気が付いた。
隣のクラスの垣内、といったか。
英二とはあまり縁のない坊主頭がみや子の隣を歩いているではないか。
英二は驚きと戸惑いで歩みを緩めた。
なぜ、みや子が垣内と……?
英二とみや子の交友関係はほぼ似たようなものだったから、自分が仲のいい友人しかみや子の周りにもいないものだとばかり思っていた。
しかも、戸惑う英二をよそに、みや子は顔を赤らめている。
あんなみや子の顔を見たことがあっただろうか。
英二は自分が足を止めていることにも気付かず、ただ二人が歩いていくのを茫然と見ていることしかできなかった。
こんな日に気付くだなんて、なんと鈍いんだろう。
英二は自分の気持ちにはっきりと気付いてしまった。
今気付くくらいなら、気付かなければよかった。
どうしようもなく、みや子のことが、好きだ。
仲睦まじく歩く二人が恋仲だとみや子の口から聞いたのは、戸惑いの朝から、二週間ほど経ったときだった。
英二は落ち込んだが、みや子も一時の迷いだろうと気を持ち直し、自分の気持ちを保つため、表向きは応援しようという姿勢を見せた。
みや子は一瞬、驚いたように目を開いたが、英二の応援を素直に受け入れたようだった。英二がいつも見ていたより、何倍もかわいらしい笑顔でうなずいた。
みや子と垣内は、校内でも有名なカップルとなり、大学へ仲良く進学し、就職を機に結婚の話になった。
英二の予想に反し、二人は着実に歩んでいた。
いやいやいや、なぜみや子は自分でなく垣内と生きる道を選ぶんだ?
英二は信じられない気持ちでみや子の花嫁姿まで見送ってしまった。
そこからの人生を、英二はあまり覚えていない。
そんなことを言ったら優子に失礼だろうな、と我に返った英二は力なく微笑む。
みや子ほど目立つ女性ではなかったが、控えめな美人で気立ての良い優子はを嫁にもらった英二は幸せな人生を歩んできた。
ただ、何十年も前の後悔をひきずっているということ以外は……。
「なあ、みや子」
「何よ改まった顔して」
「もし生まれ変わったらさ、きっと俺はお前にプロポーズするよ」
みや子は突然の英二の言葉に思わず固まった。
「な、何言ってるの?!あんた、今さらそんな……!」
心なしかみや子の頬が赤い気がするのは英二の思い上がりだろうか。
「だから、生まれ変わったらって言っただろ」
英二は自分の後悔にかられて発した言葉に自分で戸惑うように口ごもった。
「ばか。生まれ変わったらじゃ、遅いわよ」
みや子は口の中だけで呟き、英二の肩を力を込めて叩いた。
「ボケたかと思ったわ。さ、晩ご飯食べに行きましょう。今日はお寿司の約束よね?」
生まれ変わりがあるとして。
「ええー?いいじゃないの、もう優子さんが飾ってくれるでもないし」
みや子は英二が止めるのも聞かず、コップに水を入れて花を挿す。
「英二ったら優子さんが亡くなってからめっきり元気ないからさ、花でも活けて元気出してもらおうと思ってさ」
満足げにコップに活けた花を見るみや子に、英二は思わずため息をつく。
英二とみや子は今年で八十年もの仲になろうか。所謂幼なじみという関係である。お互いに結婚し、しばらくは疎遠になっていたが、それでも一年に一度は顔を合わせている。昨年、英二の奥さんである優子が亡くなってからは、顔を合わせる機会が多くなった。
「あの時ああ言っていたら」英二はこのところ、そればかり考えている。優子のことももちろん好きだったし、子どもにも恵まれ、幸せな生活を送っていた。でも。もう一度人生がやり直せるとしたら。
「英二ー!」
みや子の声で目を覚ますのが常だった。
「んん~」
「早く起きて!遅刻するよ!」
幼い頃から一緒に育ったみや子と英二は、学校に通うのもいつも一緒だった。英二は嫌々一緒にいると装っていたが、みや子と過ごす時間が好きだということは薄々気がついていた。
みや子は学校ではマドンナ的存在。英二はみや子のおてんばなところばかり目についていたからか、好きだとは思うものの、マドンナとして扱う級友たちを不思議な目で見ることしかできなかった。
だから安心していた、と言ってもいい。
「お前はもうちょっと女らしくできないのか」
英二の不満気な声にみや子は首をすくめて見せた。
「英二にかわいいとこ見せたってあたしの何の得にもならないじゃない」
英二はみや子の言葉にむっとした。得にならないとはなんだ。
と同時に、少し悲しいような気持ちが心をかすめる。
そんな英二の様子に気づいたのか気づかないのか、みや子はそこでにこっと笑い、振り向く。
「ま、あたしが起こしてあげてるのは英二だけなんだから、感謝しなさいよね」
「感謝も命令かよ」
英二だけ、の部分だけで機嫌を治した英二は口調は乱暴なままだが足取り軽く学校へ向かうのだった。
そんな毎日に安心していた。
みや子が隣にいることが当たり前だと思っていた。
当たり前が崩れたのはある冬の寒い日のことだった。
その日、みや子は英二の家に来なかった。
英二はバカも風邪をひくんだな、くらいの気持ちで学校へ向かった。
寒さで首を縮めながら学校へ向かうと、みや子の後ろ姿が見えた。
なんだ、いるじゃないか。
朝寄らなかったことをなじろうかと後ろ姿を追いかけたが、
ふと、みや子が一人でないことに気が付いた。
隣のクラスの垣内、といったか。
英二とはあまり縁のない坊主頭がみや子の隣を歩いているではないか。
英二は驚きと戸惑いで歩みを緩めた。
なぜ、みや子が垣内と……?
英二とみや子の交友関係はほぼ似たようなものだったから、自分が仲のいい友人しかみや子の周りにもいないものだとばかり思っていた。
しかも、戸惑う英二をよそに、みや子は顔を赤らめている。
あんなみや子の顔を見たことがあっただろうか。
英二は自分が足を止めていることにも気付かず、ただ二人が歩いていくのを茫然と見ていることしかできなかった。
こんな日に気付くだなんて、なんと鈍いんだろう。
英二は自分の気持ちにはっきりと気付いてしまった。
今気付くくらいなら、気付かなければよかった。
どうしようもなく、みや子のことが、好きだ。
仲睦まじく歩く二人が恋仲だとみや子の口から聞いたのは、戸惑いの朝から、二週間ほど経ったときだった。
英二は落ち込んだが、みや子も一時の迷いだろうと気を持ち直し、自分の気持ちを保つため、表向きは応援しようという姿勢を見せた。
みや子は一瞬、驚いたように目を開いたが、英二の応援を素直に受け入れたようだった。英二がいつも見ていたより、何倍もかわいらしい笑顔でうなずいた。
みや子と垣内は、校内でも有名なカップルとなり、大学へ仲良く進学し、就職を機に結婚の話になった。
英二の予想に反し、二人は着実に歩んでいた。
いやいやいや、なぜみや子は自分でなく垣内と生きる道を選ぶんだ?
英二は信じられない気持ちでみや子の花嫁姿まで見送ってしまった。
そこからの人生を、英二はあまり覚えていない。
そんなことを言ったら優子に失礼だろうな、と我に返った英二は力なく微笑む。
みや子ほど目立つ女性ではなかったが、控えめな美人で気立ての良い優子はを嫁にもらった英二は幸せな人生を歩んできた。
ただ、何十年も前の後悔をひきずっているということ以外は……。
「なあ、みや子」
「何よ改まった顔して」
「もし生まれ変わったらさ、きっと俺はお前にプロポーズするよ」
みや子は突然の英二の言葉に思わず固まった。
「な、何言ってるの?!あんた、今さらそんな……!」
心なしかみや子の頬が赤い気がするのは英二の思い上がりだろうか。
「だから、生まれ変わったらって言っただろ」
英二は自分の後悔にかられて発した言葉に自分で戸惑うように口ごもった。
「ばか。生まれ変わったらじゃ、遅いわよ」
みや子は口の中だけで呟き、英二の肩を力を込めて叩いた。
「ボケたかと思ったわ。さ、晩ご飯食べに行きましょう。今日はお寿司の約束よね?」
生まれ変わりがあるとして。
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