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大会編

subconscious

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 ハリケーン・ボルト。─それは、とあるボクシング漫画に登場する技の名である。その作品において、メインキャラクター達はみなそれぞれ必殺技を持っており、その中で最も小柄な体格をしたキャラクターが放つ必殺ブローこそが、このハリケーン・ボルトなのだ。空高くジャンプし、落下しながら相手を殴りつけるという、この無茶苦茶な技はボクシングのルール上は反則ではないとされる。
 しかし、これを実際のボクシングやその他格闘技の試合で再現した者は居なかった。いや、出来なかったと言った方が正しいか。

 上空から降下したエリの拳を、テルは×バツの時に交差させた腕で顔面を覆い、防いでいた。

「ふむ」

 仰向けになったテルの上を蹲踞で跨ぐ形になったエリは、技の入りが浅いと見る飛び退いて立ち上がる。マウントポジションを取る事も可能だが、彼に総合格闘技の心得は無い。レスラー相手にグラウンド勝負を仕掛けるのはご免被りたいのだ。
 ダウンカウントが入る前にテルは立ち上がる。ハリケーン・ボルトを受けた右前腕はひどく痛むが、骨折や筋断裂には至っていない。そして咄嗟に顔を覆っていなければ確実に負けていただろう。

「……忘れてたぜ。お前が漫画好きだって事をよ」

 エリは一回戦でも、仕合中や仕合後に漫画の台詞を引用していたほどのコミックマニアである。彼の漫画への情熱、持ち前の運動神経、そして干支乱勢の小柄な体格が、荒唐無稽な技を実現させたのだ。

「リンカケも、ジョーもイッポも、おれの大好きなボクシング漫画でな」

 エリは得意げに笑ってみせ、おまけに両腕をだらりと垂らす、8の字に上半身を動かしてみせるなどという余裕を見せた。

「こんなに強くて面白ぇ奴と闘えるなんて、最高じゃねえか!」

 テルもエリ同様、笑っていた。願わくば大勢の観衆の中、アトラス星野として、エリック・ジョーンズと真日本プロレスのリングで闘いたかった、と。

「テル、おれのパンチの速さ強さと、お前の反射に打たれ強さ、どちらが優れているか、一撃で決めようじゃないか」

 エリは右拳を突き出す。

「いいぜ。それに俺もお前に一つ食らわせてやりたい技があるからな!」

 テルは両腕を広げ、構える。それがOKのサインであった。

「ギャラクティカっ…マグナム!!」

 エリの右拳が吠える!

「ウオォぉぉぉぉっ」

 音速並みに速いエリの拳をテルはギリギリでかわす。左頬を掠めた拳により皮膚が裂かれ出血。しかし、テルはそれをものともしない。有刺鉄線凶器持ち込みデスマッチで流した血の量と傷の深さは、こんなものではない。

「目には目を!漫画には漫画だぜ!」

 エリの右ストレートを潜るように踏み込んだテルは、右腕をエリの首に掛け、頭をエリの右脇に、左手でエリのトランクスを掴む。そしてエリの首を支点に抱え上げた。

『これは…ブレーンバスター!!』

 ブレーンバスター……かつて、パイルドライバー、バックドロップ、ジャーマンスープレックスと並んでプロレス4大必殺技と呼ばれた投げ技である。

「ウッシャァー!!」

 通常のブレーンバスターが担いだ相手を背面から落とすのに対し、テルが放ったのは「垂直落下式」と呼ばれる極めて殺傷力の高い形式だった。
 頭部を叩きつけられたエリは、技名通り脳天《ブレーン》を破壊《バスター》されたかのダメージを負った。

1ウーヌム2ドゥオ3トリア……」

 審判ゴーレムがダウンカウントを開始する。

8オクトー9ノウェム10デケム!……勝者、テル!!」

『テル選手の勝利です!Aブロックから準決勝へ駒を進めたのは子《ゲッシ》国!!』

 実況がそう告げる中、エリは意識を取り戻した。

「テルよ…最後の技は、何てキャラクターのマネなんだ?」

「東三四郎《あずまさんしろう》……俺の大好きなプロレス漫画の主人公だ」

「そうか…読んでみたかったよ、その漫画も……」

 言い残すと、エリの体は光に包まれ、ビーグルに似た子犬の姿へ。

「俺も、読ませてやりたかったよ。コンバヤシ先生の漫画は全部面白いんだぜ……」

 テルは子犬の頭を撫でると、振り返らずにリングを後にした。その表情は悲しみとも怒りとも付かない。
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