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復活編

ヤンキーステーション

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 若手レスラー達によるリーグ戦「ヤングライガー杯」を刺した星野はアメリカへの武者修行へ旅立った。何年かの海外武者修行を終え、帰国した若手は一人前のレスラーとしてスターを目指す…というのが真日本プロレスに入門したレスラーのお決まりコースだ。だが、星野の場合は違った。
 シカゴでの試合を終えた星野の元へ、1本の電話が入る。電話の主は真日の現場監督・山口ケン。かつて革命紳士の異名で一時代を築いた往年の名レスラーである。

「おう星野、日本に帰ってこい。これは稲城会長の命令だ。断ったら形を変えるぞコノヤロー!」

 大先輩にそう言われ、あまつさえアントニウス稲城の名まで出されたのだ。帰らないわけにはいかない。星野輝臣…アメリカでの名はケンドー・ホシノの海外武者修行は僅か3ヶ月で終わったのだ。

「……ついに来たか」

 星野は自分が呼び戻される理由を知っていた。何て事はない。今や日本は空前の格闘技ブームが訪れている。かつて稲城が異種格闘技戦を行い最強を標榜した真日本プロレスも格闘技のリングに参戦しようというのだ。そこで白羽の矢が立ったのがレスリング五輪金メダリストにして次代のスター候補・星野輝臣である。
 しかし、星野はでそれが誤りであったことを痛いほど味わっている。

「どう断るかな……断ったら山口さんに形を変えられちまうのかな……」

 星野はそうつぶやきながら、滞在先ホテルの外へ出る。帰る前に少しでもアメリカの風に当たっておこうと。外に出たその時だった。ドン!という衝撃が星野の腹筋に伝わる。一人の少年にぶつかったのだ。

「大丈夫か?ボウズ」

 たどたどしい英語で、尻餅をついた少年に手を貸す星野。星野は少年の顔に見覚えがあった。

「ホシノ!ケンドー・ホシノだ!!」

 今日の試合を見に来ていた少年だった。嬉しそうに小さな両手で星野のごつごつとした太い腕を掴む。

「ねえホシノ、Tシャツにサインしてよ!」

「いいぜ。アメリカでのファン第一号だからな!」

 星野はサインペンで少年の着ているTシャツに、いつかするためにデザインしていたサインを書く。

「ありがとう!僕もホシノみたいに強くなれるかな?」

「なれるさ。大きくなったら真日本プロレスの門を叩け。応援してるぜ、ジョナサン」

 と、言って星野は去って行った。一人残された少年は嬉しそうにTシャツのサインを見た。

“For Johnny Ozma"と添えられている。

「……僕、ホシノに名前を言ったっけ?」

 彼の名はジョナサン・オズマ。10年後、ジョニー・オズマの名で世界的トップレスラーとなる男であった。



–東京都世田谷区 真日本プロレスリング本社

 社長室を訪れた星野の前にいたのは、真日本プロレス創始者“燃え盛る闘魂”アントニウス稲城こと稲城寛造、稲城のタッグパートナーを長年務め現在は真日本プロレスリング取締役社長“ビッグ・サカ”坂内英二《さかうちえいじ》、現場監督として所属選手を取り纏める“革命紳士”山口ケンの3人だった。3人とも現役を退いた身ながら、そのオーラは健在である。一度死を経験し、干支乱大武繪を制した星野ですら、気圧されそうになる。

「星野、話は既に聞いていると思う。総合格闘技のリングに上がれ」

 稲城は鋭い眼光と尖った顎で突き刺すかの様に星野に命じる。

「……稲城会長、俺は“プロレス”がしたくて真日に入ってプロレスラーになったんです。プロレス以外のリングへ上がるつもりはありません」

 毅然と答える星野。

「星野テメエ、何が言いたいんだタココラ!!」

 山口の怒声に怯みそうになるも、星野は姿勢と考えを曲げない。

「……プロレスラーとして、総合の格闘家を負かすんじゃ駄目なのか?」

 稲城が山口を抑えながら星野へ問う。

「時代はもう、会長がアフマド・アリー達と戦った頃とは違うんです。格闘技の技術は日々進化して、プロレスの技術じゃ太刀打ち出来ない領域まで来てます。プロレス団体は総合格闘技には迎合せず、プロレスだけをやるべきですよ!」

 星野は必死に説得を続ける。もし稲城の考えを変える事が出来れば、冬の時代を回避出来る可能性もあるからだ。

「星野、我々はプロレスからは引退した身だが、今は会社の運営として闘う立場なのだ。それはお前が思ってる以上に辛い闘いでもある」

 坂内の言葉から感じられる重みは、会社のフロント側の誇り (プライド) から来ているのだ。

「星野、会社の方針が呑めないというのなら、残念だがお前は……」

「もうウチの敷居を跨ぐなよ!?跨ぐな!!」

 星野輝臣はこの日を以て、真日本プロレスを解雇された。
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