52 / 60
復活編
スカイウォーク
しおりを挟む
─199X年 アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ
パントドンより帰還したテルこと星野輝臣の目の前に広がっていたのは、オリンピックのレスリング会場だった。この光景を忘れるものか。決勝でロシア代表のアレクサンドル・モルドフに手も足も出ずに負けてしまったあの日の事を。
あそこで負けてしまったからこそ、以後の人生もトップに立てず終わったのだ。星野にとってオリンピックは人生における重要なターニングポイントだったのだから。
決勝戦がやってきた。相手はスキンヘッドの大柄な白人。紛うことなきモルドフその人の姿だ。
「……よし」
と、一言を残し星野は試合のマットへと向かう。その顔も、足取りも鼓動も、全てが落ち着き払っている。今の星野は齢50を迎えた後、転生先のパントドンで獣同士の死闘を制したテルの精神状態である。人間同士の、ルールに守られた競技《スポーツ》など恐るるに足らず。
干支乱勢の持つ獣の能力《ちから》はもう無いが、今の星野には若い体がある。そして、闘魂があるのだから……
アレクサンドル・モルドフに勝利した星野の首から下がる金メダルは輝いていた。日本のマスコミから次のシドニーオリンピックについて聞かれるも、彼は
「アマレスの世界は制したので、もう用はありません!次はプロのリングに上がります!!」
とだけ答えた。1周目の時は、控え室で落ち込む星野の元に真日本プロレスから田山聡一がスカウトしに来たのを覚えている。このまま控え室で待てば田山が訪ねてくる筈なので、スカウトを快諾すれば次のステージである。
だが、2周目の星野には先にすべき事があった。
会場の観客席を見渡す星野。……居た!探していた相手を見付け、星野は走る。
「あー、エクスキューズミー!?」
星野は帰り支度をしていた一人の男に話し掛ける。年齢は星野より少し若いが、2メートルを超える長身、銀髪の白人男性。
「Вы что-то хотели?」
彼の今の顔を見るのは初めてだが、誰かは直感で解った。
「やっぱりアンタか、ヴィーカ!」
男の名はヴィクトール・カトレンコ。オリンピック柔道100キロ超級ロシア代表選手である。
「ヴィーカ?女の子みたいな呼び方をしないでくれ。私にはヴィクトールという名がある。というか君は……」
ヴィクトールは星野と目が合うと、妙な既視感に襲われる。
「……テル!」
「お互い、本来の姿で会うのは初めてだが、パントドンでの事は覚えてるみたいだな!」
ヴィクトール・カトレンコ……またの名を寅の干支乱勢・ヴィーカ。
「覚えている……というより思い出した。……死ぬまでの全ての記憶もな」
ヴィクトールの脳内に刻み込まれてゆく、未来で起こりうる事の記憶。最後にロシアの隣国で仲間に射殺された事すらも。
「なあヴィクトール、辛いことまで思い出させてしまったかもしれんが、俺に協力してくれ。というかコレは二十数年後に起こるお前の死を回避する為でもある」
ヴィクトールの見た星野の眼差しは、真っ直ぐでいて、澄んでいた。
「……本来なら、二回戦でヒカルに負けた時点で今こうしてこの場に居る事すら叶わなかった。私が復活出来たのも君のお陰だ。喜んで協力させてくれ」
ヴィクトールが差し出した右手をテルは握り返す。
「スパシーバ!じゃあ、お前にやってもらう事を伝えるぞ……」
テルはヴィクトールにそっと耳打ちする。
オリンピックから1ヶ月後、星野の真日本プロレス入門が決まる。オリンピック金メダリストという実績から入門テストは受けずに新弟子となった星野だが、なんせ新弟子としての生活も二度目である。猛練習も雑用も先輩のシゴキも、難なくこなし同期生達はおろか先輩レスラー達からも一目置かれる存在となっていた。
「箸元《ハシモト》先輩が鹿島《カジ》の部屋にセミを200匹入れるイタズラを手伝うの、二回目だからカジには余計に申し訳なかったな……」
と、言いつつも同期の鹿島聡がセミだらけの部屋でパニックになる様を笑って見ていた星野。入門半年でプロデビュー、更に半年後にはFWUインターナショナルとの対抗戦に若手ながら抜擢される等の好待遇。将来を期待されるエー ス候補として星野のプロレスラー人生は再スタートを切った。
ここまでは、1周目と変わらない。いや、むしろ前よりもスムーズに進んでいる。問題は、これからなのだ。星野を、真日本を、日本のプロレス界を永久凍土に変えてしまった前代未聞の大災害、“プロレス冬の時代”こと、総合格闘技ブームが訪れるまであと数年後に迫っているのだから……
パントドンより帰還したテルこと星野輝臣の目の前に広がっていたのは、オリンピックのレスリング会場だった。この光景を忘れるものか。決勝でロシア代表のアレクサンドル・モルドフに手も足も出ずに負けてしまったあの日の事を。
あそこで負けてしまったからこそ、以後の人生もトップに立てず終わったのだ。星野にとってオリンピックは人生における重要なターニングポイントだったのだから。
決勝戦がやってきた。相手はスキンヘッドの大柄な白人。紛うことなきモルドフその人の姿だ。
「……よし」
と、一言を残し星野は試合のマットへと向かう。その顔も、足取りも鼓動も、全てが落ち着き払っている。今の星野は齢50を迎えた後、転生先のパントドンで獣同士の死闘を制したテルの精神状態である。人間同士の、ルールに守られた競技《スポーツ》など恐るるに足らず。
干支乱勢の持つ獣の能力《ちから》はもう無いが、今の星野には若い体がある。そして、闘魂があるのだから……
アレクサンドル・モルドフに勝利した星野の首から下がる金メダルは輝いていた。日本のマスコミから次のシドニーオリンピックについて聞かれるも、彼は
「アマレスの世界は制したので、もう用はありません!次はプロのリングに上がります!!」
とだけ答えた。1周目の時は、控え室で落ち込む星野の元に真日本プロレスから田山聡一がスカウトしに来たのを覚えている。このまま控え室で待てば田山が訪ねてくる筈なので、スカウトを快諾すれば次のステージである。
だが、2周目の星野には先にすべき事があった。
会場の観客席を見渡す星野。……居た!探していた相手を見付け、星野は走る。
「あー、エクスキューズミー!?」
星野は帰り支度をしていた一人の男に話し掛ける。年齢は星野より少し若いが、2メートルを超える長身、銀髪の白人男性。
「Вы что-то хотели?」
彼の今の顔を見るのは初めてだが、誰かは直感で解った。
「やっぱりアンタか、ヴィーカ!」
男の名はヴィクトール・カトレンコ。オリンピック柔道100キロ超級ロシア代表選手である。
「ヴィーカ?女の子みたいな呼び方をしないでくれ。私にはヴィクトールという名がある。というか君は……」
ヴィクトールは星野と目が合うと、妙な既視感に襲われる。
「……テル!」
「お互い、本来の姿で会うのは初めてだが、パントドンでの事は覚えてるみたいだな!」
ヴィクトール・カトレンコ……またの名を寅の干支乱勢・ヴィーカ。
「覚えている……というより思い出した。……死ぬまでの全ての記憶もな」
ヴィクトールの脳内に刻み込まれてゆく、未来で起こりうる事の記憶。最後にロシアの隣国で仲間に射殺された事すらも。
「なあヴィクトール、辛いことまで思い出させてしまったかもしれんが、俺に協力してくれ。というかコレは二十数年後に起こるお前の死を回避する為でもある」
ヴィクトールの見た星野の眼差しは、真っ直ぐでいて、澄んでいた。
「……本来なら、二回戦でヒカルに負けた時点で今こうしてこの場に居る事すら叶わなかった。私が復活出来たのも君のお陰だ。喜んで協力させてくれ」
ヴィクトールが差し出した右手をテルは握り返す。
「スパシーバ!じゃあ、お前にやってもらう事を伝えるぞ……」
テルはヴィクトールにそっと耳打ちする。
オリンピックから1ヶ月後、星野の真日本プロレス入門が決まる。オリンピック金メダリストという実績から入門テストは受けずに新弟子となった星野だが、なんせ新弟子としての生活も二度目である。猛練習も雑用も先輩のシゴキも、難なくこなし同期生達はおろか先輩レスラー達からも一目置かれる存在となっていた。
「箸元《ハシモト》先輩が鹿島《カジ》の部屋にセミを200匹入れるイタズラを手伝うの、二回目だからカジには余計に申し訳なかったな……」
と、言いつつも同期の鹿島聡がセミだらけの部屋でパニックになる様を笑って見ていた星野。入門半年でプロデビュー、更に半年後にはFWUインターナショナルとの対抗戦に若手ながら抜擢される等の好待遇。将来を期待されるエー ス候補として星野のプロレスラー人生は再スタートを切った。
ここまでは、1周目と変わらない。いや、むしろ前よりもスムーズに進んでいる。問題は、これからなのだ。星野を、真日本を、日本のプロレス界を永久凍土に変えてしまった前代未聞の大災害、“プロレス冬の時代”こと、総合格闘技ブームが訪れるまであと数年後に迫っているのだから……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる