世界を救った魔王と囚われの五人の女神

紅き鮮血に染まりし肛門

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一章「火の女神アナトとオークの叛乱」

3話 「アナトの国」

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 「デュノス! どうなってんのよ!」
  アナトがもの凄い勢いで扉を開け、玉座の間へ入ってきた。
 「あ、あなた、失礼ですよ、突然。ミノタウロスは何をして――」
 「――セアル、よい」
  デュノスはアナトを止めようとしたセアルを諌める。
  アナトの様子から、ただ事ではないであろうことを予測したからである。
 「どうした、アナト」
 「どうしたもこうしたもないわよ! アンタんとこの魔物、どうなってんのよ!」
  アナトは凄い剣幕だ。早足で玉座に向いながら叫ぶ。

 「余の部下が、なんだ」
  デュノスは玉座に頬杖をついたまま、慌てるアナトに問う。デュノスに掴みかかろうとしたアナトを、セアルが間に入り制止する。
 「アンタの部下のオークよ!」
  アナトはセアルの肩越しに、デュノスに言う。
 「落ち着いてください、興奮しすぎです」
  セアルがアナトを諌めようとする、がアナトは聞く耳持たぬと語気を荒らげたまま続ける。

 「オークが、うちの国の民を攫ってるのはアンタの支持!?」
 「いや、余は知らぬが、どうだセアル」
 「いいえ、その様な命令はしておりません。現在は特に、イベントも行なっていませんので」
  セアルが答える。
 「はあ? イベントぉ? ……って何のことよ」
  アナトが片方の眉を吊り上げながら尋ねる。
 「アナトさんは本当に何もご存知ないんですね」
  セアルが呆れるように首を小さく振る。
 「な、何よ、いいから答えなさいよ!」
 「セアル、教えてやれ」
  デュノスがひらひらと手を振りながらセアルに促す。
 「……仕方ありませんね」
  セアルはそう言って、小さくため息をついて説明する。

 「人間たちが魔王様への恐怖心や、敵対意識を忘れぬよう、魔王城主催で定期的に人間を攫ったり、時には村をまるごと石に変えたりといった、ネガティブキャンペーンを行なっています」
 「え!? そんな悪いことしてたの!?」
  アナトはふざけている様子ではなく、本当に驚いているようだ。
 「余は魔王だ、悪行を重ねることこそ余の仕事だ」
 「その後、冒険者たちの働きによって、魔物は倒され攫った人間は解放される……という結末ありきのイベントですが」
  セアルは書類に視線を落としながら、淡々と言う。

 「なんでそんなことやってんのよ」
 「先ほどセアルが申した通り、余や、余の部下たちへの敵対意識を忘れさせぬため……それと、冒険者たちへの仕事の斡旋だ」
 「斡旋?」
 「そうです、定期的にある程度大きめのイベントを起こして、冒険者やギルドなどに活気を与え、魔物を討伐したことによる報酬、人々からの羨望を得るチャンスを、魔王様がお与えになっておられるのです」

 「へ、へえ……なるほどねぇ……」
  アナトは目を泳がせ、明らかにおどおどしている。
 「貴様、理解しておらぬな」
  デュノスが馬鹿にするように口元を吊り上げながら言う。
 「し、したわよ! て、ていうか、そんなことはどうでもいいの! アンタんとこのオークが私の国の人たちを攫って、酷いことしてるんだけど!」
  アナトは思い出したように、また怒りを露にする。

 「事実であれば由々しきことだが、酷いこと、とは具体的にどのようなことだ」
 「私の国にある村の老人や子供を含む女の人を攫って、身代金を要求してんのよ」
  アナトは悔しさを噛み締めながら説明する。

 「……フム……」
  デュノスは考えるように腕を組む。
 「……暴走かもしれませんね、デュノス様」
  セアルが、腕組みするデュノスに向って言う。
 「最近の陳情の多さから見るに、余への不満が溜まっているのかもしれぬな」
 「デュノス様は部下のために尽くしていらっしゃいます! 何を不満を持つことがありましょうか!」
  セアルが必死に否定する。デュノスはそんなセアルに一度視線を向け、また考え込む。
 「とはいえ、魔物である部下たちに戦闘を除いて、命令なく冒険者や人間たちを傷つけたり、殺めることを禁じておる。結果、冒険者に余裕を与え、先日のスライムのような一件を引き起こしてしまったとも言えなくはない。余に対し、不満を持つのも妥当と言える」
 「――そんなことありません!」
 「しかし、アナトが申すことが事実であれば、そう考える他あるまい」
  デュノスは必死に否定するセアルに淡々と話している。
 「私は本当のことしか言ってないわよ、嘘だっていうの?」
 「そうは言っておらん、そんな嘘をつく理由もない。それに、もし余を謀った場合にどうなるかも、いくら何も知らない貴様とはいえ理解しておるだろうからな」
 「…………」
  玉座の間を、重たい沈黙が包む。

 「……仕方ない、行くか」
  デュノスが腕組みを崩し、玉座から立ち上がる。
 「デュノス様自らですか!?」
  セアルが慌ててデュノスに尋ねるがデュノスは「このことを他の部下に知らせ、いらぬ心配をかけたくない。余が、余の目で見てこよう」とセアルの肩に手を添えながら諭す。
 「で、でしたら私が――」
 「よい、セアルには城に残り、アナトの国以外の状況を至急調べてもらいたい。もしかすると、他にも同じような事態が起こりそうな地域があるかも知れぬ。何か起こっていれば女神たちが来るだろうが、実際に起こる前の些細な異常などには気づけぬであろう」
 「で、ですが……」
  セアルは尚も納得できない様子で俯く。

 「セアル」
  デュノスが名前を呼ぶと、セアルは伏せていた目をデュノスに向ける。
 「普段、余の右腕として尽力してくれているそなたにしか頼めないことだ……、やってくれるな?」
 「ひ、卑怯です……私がデュノス様の頼みを断れないことを知ってらっしゃるくせに……」
  セアルは頬を染めて、恥ずかしそうに視線を逸らした。デュノスはセアルの表情を確認すると一つ頷き、前に立つアナトを見る。

 「行くぞ、アナト」
 「え!? 私も行っていいの!?」
  アナトはまさかと驚きながら聞き返す。
 「貴様が居らねば、どこに行けばよいかわからぬではないか」
 「……ア、アンタと二人で?」
  アナトもセアルのように恥ずかしそうな顔をする。デュノスは不思議そうな表情をしつつ「何か問題があるか?」と返す。
 「も、問題はないけどさ……」
  尚も頬を染めているアナトを、面白く無さそうにセアルが睨む。
 「アナトさん、あなたの国の民を救うために行くのですよね? 私情は挟まないでください」
 「私情!? 私情ってなによ、私はこんなヤツと二人きりになったら、自分の身が心配で……」
  アナトは焦って否定する。

 「仲が良いのは良いことだが、急がねばアナトの民が危ないのではないのか」
  デュノスは、今にもケンカを始めそうな勢いの二人に言う。
 「仲良くないわよ! でも、そうね、アンタの言う通り急がなきゃ」
  アナトは否定しながらも、表情を戻し切り替えたようだ。

 「よし、では参ろう」
  デュノスが右腕を掲げる。すると、右手が黒い光を放った。

 「お、お待ちください、デュノス様!」
 「なんだ、どうしたセアル」
  デュノスは慌てるセアルに止められ、一度腕を下ろす。同時に光も消えて無くなる。
 「そのままの格好で行かれるおつもりですか!?」
 「そのつもりだが」
  デュノスが自分の服を見ながら言う。
 「さすがに、その格好のままでは……いえ、凛々しく、神々しいお姿なのですが……」
 「禍々しいの間違いでしょ」
 「いらぬ茶々を入れないで貰えますか? あなたもですよ、アナトさん。みすぼらしい格好とはいえ、その服のままでは女神だとばれてしまう可能性があります」
 「――みすぼらしい!? 女神のドレスを指してみすぼらしいって言ったわね!?」
  アナトはまた興奮してセアルに突っかかる。
 「やめよ、一々興奮するな。セアルもわざわざ煽るでない」
  デュノスが諌めると、セアルはデュノスに向って「申し訳ありません」と頭を下げ、アナトも渋々引き下がった。

 「確かに、セアルの申す通りだ。ここのままでは少々問題だな、セアル頼めるか?」
 「はっ」
  セアルは即答し、指をパチンと鳴らす。すると、デュノスとセアルを光が包む。
 「うわぁ!?」
  アナトが驚き、声をあげる。

 「いかかがでしょうか?」
 「ウム、上出来だ」
  デュノスが頷く。光が消えると、デュノスは禍々しい魔王の格好から、如何にも冒険者というような、全身を包むフードに旅人の服、腰には剣が挿してある姿に一変していた。
 「――なによこれぇ!?」
  同様に光が消えると、アナトは異様に肌が露出された踊り子の服に変わっていた。
 「いつも、バタバタと踊り狂っているあなたには、お似合いの格好かと思いましたが」
  セアルが含みのある笑顔で言う。
 「踊り狂ってるってどういうことよ! ちゃんとしてよ!」
 「確かに、胸の薄い〝ペチャパイ〟のアナトさんには踊り子は相応しくありませんね」
 「ウム」
  デュノスが頷く。
 「なによ、デュノスまで!」
 「余は合理的に判断したまでだ。アナトは女剣士などで良いのではないか?」
 「そうですね、できるだけ上半身は露出されないような鎧に致します」
 「うるさ――」

  反論しようとするアナトを無視して、セアルは指をもう一度鳴らす。また光に包まれ、今度は、分厚い甲冑を身に纏った女戦士へと姿を変えた。
 「ウム、似合っておるぞ、アナトよ」
  デュノスがいう。
 「え!? ……そ、そう? 私、似合ってるかな?」
  アナトは照れながらも、まんざらではない表情をしている。

 「えぇ、我ながら、粗暴で下品で野蛮で、猪突猛進的な女戦士がよくできていると思います」
  セアルが満足気に言う。
 「はあ? 粗暴でも下品でも野蛮でもないわよ! ちょ、〝チョトツモウシン〟ってなによ!」
 「意味がお分かりにならないと……申し訳ありません、今後はなるべく簡単な言葉で煽るように致します」
 「あー、もームカツク! さっきから私のこと馬鹿にしてぇー!」
  アナトはキーキーと声を上げながら、地団駄を踏んでいる。
 「さっきから、というのは語弊がありますね。私は初めてお会いした時からずっと、あなたを馬鹿にしています」
 「……もう怒った、キレたわ。火の女神完全にブチ切れ。――勝負しなさい、セアル」
 「かまいませんが……女神が一人、かけることになりますよ?」
 「デュノスには敵わないかもしれないけど、私も腐っても女神よ、アンタぐらいなら勝てるわ」
 「ウフフフッ……相手の力量も測れないとは愚かですね」
  二人の間に火花が散る。今にも爆発しそうな勢いだ。

 「いい加減にせよ、二人共。これで何度目だ」
  またデュノスが諌める。やれやれ、と手で額を押さえている。
 「も、申し訳ありません……つい」
 「『つい』じゃないわよ!」
 「アナトももうよせ、セアル、よろしく頼むぞ」
 「はっ」
  セアルはデュノスの意図を察して、返事をする。
 「待ちなさいよ! 私はまだ――」
  デュノスは切りがないと判断し、まだ何か言っているアナトを無視して、腕を掲げた。
  すぐにデュノスとアナトは、禍々しく黒い光に包まれ王座の間から姿を消した。
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