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一章「火の女神アナトとオークの叛乱」

4話 「冒険者ミカエル」

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「久しいな、城から出るのは」
 「何でいきなり転移するのよ、まだセアルに言ってやりたいことがあったのに」

  デュノスの転移魔法により、アナト領内の深い森に降り立っていた。
  アナトは今だ、セアルへの怒りが冷めないようだ。

 「貴様らのいつ終わるとも知れぬ争いに付き合っていられるほど、余も暇ではない」
  セアルの魔法により、冒険者の姿となったデュノスが周りの森を見渡しながら言う。
 「なによ、暇なくせに。いつもあの仰々しい椅子に、偉そうにふんぞり返ってるだけじゃない」
  アナトもまた、セアルの魔法により女戦士の姿になっていた。

 「それが余の仕事だからな。それより貴様の言う、人間が連れ去られたというのは、どこなのだ。貴様らがケンカをするから、とりあえずアナトの国の中心付近に転移したが」
  デュノスがアナトに視線を向ける。
 「丁度この辺りの村よ。ほとんどズレてないからわかってたのかと思ってた」
  といって、アナトも周りの森を見渡す。
 「余とて、透視する能力はない。たまたまだ」
 「どーだか、アンタならあってもおかしくないけどね」
  アナトは信用していない様子だ。

 「その村へ行く前に、一つ言っておくが」
  デュノスが言うと、アナトはデュノスの顔を見る。先の言葉を待っているようだ。
 「この先もし戦闘になった場合、貴様は女神の力を使うな」
 「さすがに、それくらいはわかってるわよ。それより、アンタもその『余』とかいうの、やめたほうがいいわよ、如何にも魔王って感じだから」

 「そうか、……確かにそうだな。ならば、『我』でよいか?」
 「全然変わってないじゃない!」
 「ならば、『我輩』か」
 「少し〝小者感〟は出てるけど、あんまり変わらないわね」
 「『拙者』?」
 「いきなり飛びすぎでしょ! 普通に『僕』とか『俺』でいいじゃない」
 「ツッコミご苦労であるな。魔王が火の女神からツッコまれるというのも、乙なものだ」
 「アンタ……私のことなんだと思ってるのよ……」
  アテナは力なくため息をつく。

 「冗談はさておいて……」
  デュノスの顔の筋肉が緊張する。
 「剣を構えろ、アナト、何か来るぞ」
 「舐めないで、これでも女神なのよ、九時の方向ね」
  アナトは腰に挿してある剣を、鞘から抜き気配のする方へ構える。

  ザッザッ、という草木を踏む足音。一人ではない、複数人いるようだ。

 「――ウォオオリャァァァ!」
  雄たけびと共に、剣を手に持った黒髪の青年が飛び出してくる。そのまま、デュノスに斬りかかった。
――キーンッ、という金属音。青年とデュノスの間に剣を盾にしたアナトが飛び込んでいた。青年は飛びのいて一度距離を取る。

 「――うおっ、人だ!」
  青年は初めて、敵の姿を確認したのか、デュノスとアテナを見て驚いている。
 「待ってよー、ミカエルくーん」
  遅れて、魔道服を身につけ、手には杖を携えた少女が走って疲れたのか、息を荒げながらやってくる。

 「なぁ、アーシェ、この人たち魔物じゃないよ」
 「……ハァ、ハァ……えぇ? そ、そんなはずないんだけどなぁ、確かにこっちの方から、とてつもなく禍々しいオーラを感じたんだけどぉ」
  アーシェと呼ばれる少女は、息を整えながらも不思議だと、首を傾げている。
 「なんだよ、魔王かと思ったのになぁ」
  ミカエルと呼ばれる青年は、剣を背中の鞘に収めながら残念そうな顔をする。
 「なんだよじゃないよぉ、本当に魔王だったらどうするのよ、今のアタシ達じゃ勝ってこないよぉ?」
 「それはそうだけどさぁ」
  ミカエルは口を尖らせて、不満そうにしている。

 「貴様ら」
  デュノスが二人に話しかける。アナトも二人の様子を見て、剣を腰の鞘に収める。
 「あぁ! ごめんなさい、僕勘違いしちゃって!」
  ミカエルが思い出したように、デュノスたちに頭を下げる。
 「本当にごめんなさい! この子直情型で、ブレーキってもの知らないんです! 許してあげてください!」
  アーシェもミカエルと一緒に深々頭を下げ、謝罪する。
 「よい、猪突猛進なら俺の知り合いにもいるのでな、気持ちは察する」
 「へえ、誰のこと?」
  デュノスの皮肉を、アナトは本気で理解できていないようだ。

 「……、それはそうと先ほど、禍々しいオーラと言っていたが」
 「あぁ、そうだ! なんかこう……魔王っぽい感じの人見ませんでしたか!?」
 「ミカエルくん、それじゃさすがにわかんないよ」
  興奮して尋ねるミカエルを、アーシェが落ち着いて諌める。
 「我々以外に人は見なかった、すまないな」
 「あれー、そっかぁ、アーシェが間違えるなんて珍しいな」
 「アタシだって間違えることぐらいあるよー、……でもあれだけのオーラを間違えるかなぁ……」
  アーシェは顎に指を当て、眉を寄せて唸っている。
 「でも、今は何も感じないんだろ?」
 「……うん、アタシがミカエルくんを追いかけてる時に、突然消えちゃった」
 「なら、勘違いだったんじゃないか?」
  ミカエルが両腕を頭の後ろに組みながら、アーシェに言う。アーシェは「……うーん、そうかもねぇ……」と、仕方なく納得した様子で頷く。

 「それより、貴様らはなぜこんなところにいるのだ」
  デュノスが二人に尋ねる。
 「さっきも言ってたけど、初対面で『貴様』はさすがに失礼なんじゃない?」
  アナトが横から言う。
 「……フム、確かにそうだな」
 「アハハ、いいですよ。そんなの全然気にしませんから、な? アーシェ」
  ミカエルが笑ってそういうと、横に立っているアーシェも「うん」と微笑みながら頷く。「そもそも、勘違いでいきなり襲い掛かっちゃったアタシたちの方が失礼だしね」と付け加える。
 「確かに!」と言って、ミカエルは笑っている。優しい青年たちのようだ。

 「オークの噂、知ってますか?」
  ミカエルが顔の表情を引き締め、デュアルの質問に答える。
 「この辺りの村から人を攫っている、というやつか?」
 「そうです、なんだ、貴方たちもその噂を聞いて来たんですか?」
 「……ウム、まぁそんなところだな」
  デュノスが誤魔化す。
 「アタシたちは旅の冒険者なんですけど、旅の途中、オスロ村の住人が攫われてるって話を聞いて。そしたら、ミカエルくんが『助けにいく!』って言い出すから……」
  アーシェは困った顔をしている。
 「アーシェだって反対はしなかっただろ? それに困ってる人を見捨てられるのか?」
  ミカエルがそう言うと、アーシェは首を横に振り「それはできないけど……」と弱々しく答える。
 「だろぉ? ならいいじゃん」
  アーシェは「そうだけど……」と続けた。

 「なるほど、ならば目的は我々と一緒と言うわけだ」
 「え!? あなたたちも、オークを倒しに来たんですか!?」
  ミカエルが驚いている。
 「そうだ」とデュノスが頷く。
 「ね? 言ったでしょ? アタシたちみたいな初級冒険者が行かなくても、他の強い人たちが倒してくれるって」
  アーシェがミカエルに抗議するように文句を言う。
 「いいだろ、一人でも多い方が」
  ミカエルも負けじと反論する。
 「アタシたちじゃ足手まといになるだけだよー」
 「うるさいなぁ」とアーシェにミカエルが続き、ケンカになりそうな雰囲気だ。
  デュノスは女神やセアルのやり取りを思い出し、少し微笑む。

 「ほらぁ、あの人にも笑われてるよ」と、アーシェがデュノスを指す。
 「馬鹿にしておるのではないぞ、知り合いが毎日のように似たようなやり取りをしておるのでな。少し思い出した」
 「へえ、誰のこと?」
  アナトは先ほど同様、全く理解できていない様子だ。デュノスはあえて無視した。
 「アハハ、ごめんなさい。僕たち幼馴染みで、昔からこんな感じなんです」
  ミカエルが頭をかいて恥ずかしそうにしている。
 「ケンカはよくないわよ、仲良くしなきゃね」
  アナトが腰に手を当てて、偉そうにしている。
 「貴様が言うのか」
 「え? 何か問題ある?」
  アナトに皮肉は通じないと、改めて学習したデュノスであった。

 「えっと、お名前窺ってもいいですか?」
  アーシェの言葉に、デュノスは少し考えた後「俺はデュアル、この女はアリアだ」と偽名を答えた。
  さすがのアナトも、これは察したようで「アリアよ、よろしくね」と二人に微笑みかける。
 「僕はミカエル、初級冒険者です。こっちはアーシェ、幼馴染みでアーシェも初級冒険者です」と言って近くに居たデュノスに腕を差し出す。握手を促しているのだろう。
 「よろしく頼む、ミカエル」デュノスは握手に答え、お互いに手を握る。アナトとアーシェも挨拶を交わしながら、握手をした。

 「……あのー……」
  握手を終えると、アーシェがおずおずと口を開いた。
 「どうした?」デュアルが返す。
 「もし、良かったらなんですけど……アタシたちと一緒に行動してくれませんか……?」
 「何言ってるんだよ、アーシェ!」
  ミカエルが語気を強めて、アーシェに詰め寄る。
 「だって、この人たちとっても強そうだし、アタシたちだけじゃ、どの道何もできないよぉ」
 「それはそうかもしれないけど……」
  そう言って二人は黙ってしまった。

  アナトがデュノスの顔を窺うように視線をむける。任せるということだろう。デュアルは少し考えて口を開いた。

 「我々は構わんが……」
 「え!?」ミカエルとアーシェ、二人の声が重なり、同時に驚いている。
 「なぜ、驚く。貴様らが提案してきたことだろう」
 「い、いや、ダメもとだったので……まさかOKして貰えるなんて……」とアーシェが言う。
 「僕たち、本当に初級の冒険者なので、足手まといになるだけだと思うんですけど」
  二人とも、申し訳無さそうな顔をしている。
 「よい、貴様が――いや、ミカエルが先ほど言ったように、人数は一人でも多いほうがいい。……ただ、自分たちの命は己で守って貰うがな」デュノスが微笑みながらいう。
  二人はパッと表情を輝かせ「はい!」と力強く返事をした。
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