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一章「火の女神アナトとオークの叛乱」
8話 「アナトたちの戦い」
しおりを挟む「……あの洞窟ね」
山の中腹までたどり着いたアナト、ミカエル、アーシェの三人は村の女が囚われている洞窟を見つけた。入り口の両脇には二体のオークが槍を構えて立っている。先ほどと同じく、目が赤く光り口と鼻から体液を垂れ流している。
「あの中に村の人たちが……」
手に持つ杖を強く握り締め、アーシェが呟く。
「待っててね、村長さん。すぐに連れて帰るから……」
ミカエルが自分に言い聞かせるように言う。
「いい? 恐らく、中には大量のオークがいるわ。今のアンタたちではオークを倒すのは無理」
「でも、やってみなくちゃ――」
「――無理よ、言うことを聞きなさい」
アナトの力の篭った声が、ミカエルの反論を許さない。
「私がオークたちを倒しながら進む、アンタたちは後ろから援護をしつつ着いて来て。村の人たちを見つけたら、すぐに助け出して山を下りなさい。いい? 絶対に村の人たちを守るのよ?」
「アリアさんはどうするんですか?」
アーシェが心配そうな表情で尋ねる。
「私は追ってこないようにオークを全て倒したら、その後ちゃんと追いかけるわ」
「……わかりました」
渋々、ミカエルが納得する。アーシェも同様に、渋々頷く。
「それじゃあ……私が入り口の二体を倒したらここから出てきて。どこから襲われてもいいように、しっかり構えてね」
「は、はい!」
二人が力強く返事をする。その様子を見て、アナトが微笑む。
「それじゃ、少し待っててね」
そう言うやいなや、アナトが木の陰から飛び出し入り口に向って疾駆する。
オークたちが迫り来るアナトに気づいた時にはすで遅く、二体とも泡を吹いて昏倒した。
「……え!?」
アーシェが驚きの声をあげる。アーシェにはアナトが何をしたのか全く確認することができなかったのだ。
「ほ、ほとんど見えなかった」
アーシェより目のいいミカエルでさえ、アナトがオークに殴りかかる瞬間の僅かな動きしか見ることができないほどだった。
アナトは肩に剣を担ぎながら、笑顔で手招きをしている。
「やっぱり、あの人たち……只者じゃなかったんだね」
「う、うん……い、いこ? アリアさんが呼んでるよ」
「そ、そうだな」
二人は困惑しつつも、木の陰から飛び出しアナトの待つ入り口へ向った。
「よし、準備できたわね。急いで女達を連れてきましょう」
「あぁ、そうしよう」
山頂には、豪華な金の装飾が施された大きな扉が、置かれている。
慌てて準備したのだろう。二人の顔は、重力に負けた汗の粒がポタポタと滴っていた。
「おい、早くしろ!」
急いで山を駆け下りる二人。男は焦って、遅れる女を急かす。
「うるさいわよ! 普段あんまり走ったりしないから、慣れてないのよ!」
息を荒げながら女が抗議している。
「は、早くしないと――」と男が言いかけたその時。
「――『早くしないと』……どうなるというのだ」
さっきまで何も無かった、何も居なかったはずの場所にデュノスが立っていた。
「――ヒッ!?」
二人は硬直する。声をかけられただけ、ただそれだけのはずなのに、まるで首元に研ぎ澄まされたナイフを突きつけられているような錯覚に陥る。
「どうした、余は貴様らに問うておるだけだ。答えよ、早くしないとどうなる」
「だ、誰よアンタ!」
女が今にも奇声を上げながら、この場から立ち去ってしまいたい、早く逃げなければ命が危ないという恐怖を、必死に押さえつけ、なんとか搾り出した上ずった声で叫ぶ。
「フム、貴様らは余の顔を知らぬのか」
デュノスが口を動かしながら、ゆっくりと一歩足を踏み出す。
距離を取ろうと意識したのか、それとも、目の前に立っている尋常ならざるオーラに気圧されたのか、二人も一歩後退する。
「だ、だったら何だ!」
次は男が、裏返った声でデュノスに返す。
「まだ〝向こう〟に余の顔を知らぬ者が居るとはな、驚きだ。さては貴様ら、下っ端であるな」
デュノスはまた、一歩踏み出す。
「〝向こう〟って、……どうしてお前がそれを……」
言いながら、二人も一歩下がる。
「説明が必要か?」
「い、言いなさいよ!」
デュノスが口元を歪めながら、また一歩前に出る。
「まずは、貴様らが展開していた透明の壁、アレはアーティファクトを媒介にされていた」
「…………」
二人は歯軋りをしながら、また一歩下がる。二人は全身を覆ったフードを捲り、腰に挿された剣の柄に手をかける。
「次に、オークたちは〝何者かによって〟操られていた。そして、余が〝壁〟を破壊した直後に聞こえたラッパの音。アレもアーティファクト、その力を使って操っていたのだろう」
「…………」
デュノスはさらに続ける。
「極めつけは、山頂の扉だ。あのような趣味の悪い装飾、貴様ら以外に使うものなどいない」
「…………」
両者共に足を止め、不気味な沈黙が流れる。
「そうであろう? ――天界の使途よ」
二人はギリリ、とさらに強く歯を食いしばる。
「お、お前は何者だ!」
男の問いに、デュノスは両手を広げ、不気味に笑う。
「……余は――――魔王だ」
「ど、どうしようアーシェ」
「……う、うん」
「アリアさんに援護を頼まれたのに……」
「……う、うん」
「僕たち、……何もすることがないよ」
ミカエルの言う通り、二人の先を行くアナトが襲い掛かってくる操られた無数のオークを、時には素手で、時には足で、時には剣の柄の底を使って、次々になぎ倒していく。
「ハァッ! ヤァッ!」
洞窟内に響くのは、アナトの掛け声と、オークの呻き声、そしてドサドサとオークが倒れていく音だけだった。
「強いね……アリアさん」
「強いなんてもんじゃない、アリアさんは〝バケモノ〟だよ」
「女性に――ハッ――向って――タァッ――〝バケモノ〟はないんじゃない? トォリャッ!」
アナトは喋りながら、クルクルと舞うようにオークを気絶させていく。
「し、しかも地獄耳だ」
「……う、うん」
二人は驚きに戸惑っている。
「……フゥ、あらかた片付いたようね」
アナトが腰の鞘に剣を挿しながら一息つく。
「本当に一人で全部倒しちゃった……」
アーシェが通ってきた道にゴロゴロと転がっているオークたちを見ながら呟く。
「それにしても、デュアルさんは大丈夫なんですかねぇ、一人でどこか行っちゃったけど」
「大丈夫よ、デュノ――じゃなかった、デュアルは私より強いから」
「アナトさんよりですか!?」
ミカエルが驚いている。
「そうね、悔しいけど私じゃ歯も立たないでしょうね」
「そ、そんなに……」
アーシェが杖を持つ手には力が入っている。
「バ、バケモノだ」
「フフッ、アイツの場合は本当に〝バケモノ〟かもね」
アナトが悪戯っぽく笑ってみせる。
三人はところどころ置かれたロウソクに沿って、オークが襲ってくることがなくなった細い洞窟の道を進む。
数分歩くと、細い道の先に広い部屋のような場所を発見した。
「ゴォ……ゴォォ……」
そこには、槍を構えたオークが村の女達が幽閉された檻を囲むように立っていた。女達はお互いに肩を寄せ合い、恐怖に身体を震えさせていた。
「あっ! 居た!」
女達を見つけたミカエルが声を出す。その声に反応してオークたちが一斉に赤く光る瞳をミカエルたちに向ける。
「す、すみません、思わず」
「ミカエルくん……」
謝るミカエルを、白い目で見るアーシェ。
「いいわよ、すぐ終わらせるから」
アナトはそう言うと、例の如く常人には見えないほどのスピードでオークたちを倒していく。
ここに来るまでに慣れてしまった二人に引き替え、囚われている女達は、目の前で起こっている状況に困惑し、ポカンと口をあけて、次々に倒れていくオークたちをただただ見つめている。
「さて、終わりね。ごめんなさいみんな、遅くなって。急いでここを出るわよ」
最後の一体を倒し終えたアナトが、檻の中の女たちに優しく語り掛ける。
やっと思考が追いつき、状況を把握できた女達は歓声をあげ、隣の者と、自分の娘や母と、抱き合って泣いて喜ぶ。
「それで? 檻には鍵がかかってるみたいだけど」
アナトが呆けている二人に言う。
「あ、あぁ、僕たちが探します!」
「うん! 探そう!」
二人はどたばたと辺りを探る。
「私も手伝おうか?」
「やめてください!」
二人が声を重ねて叫んだ。
「な、なによ、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「ダメです! 僕たち、ここに来てから何もしてないんですから!」
「そうです! 命まで助けてもらって、何もしないんじゃアタシ達、冒険者なんて名乗れません!」
普段、控えめなアーシェもこの時ばかりは大声で主張する。
「そ、そう……わかったわよ」
二人の尋常ではない勢いに押され、アナトは大人しく待つことにした。
「ありましたー!」
アーシェが顔を綻ばせながら、洞窟最深部の脇に置かれた小袋の中から見つけた檻の鍵を天に掲げて叫ぶ。
「よくやったアーシェ! さすがだ!」
なんとか役に立てたことに安心したミカエルが、アーシェを褒めながら頭をくしゃくしゃと撫でる。
「……へへへ……」
アーシェは照れくさそうにしながら、頬を染めている。
「さあ、皆さん! これでここを出られます! 急ぎましょう!」
アーシェから受け取った鍵で檻を開けたミカエルが、今だ歓喜に沸く女達に言う。
女達は頷くと、先導するミカエルとアーシェに続いた。
アナトは念のため殿につく。
(デュノスの心配はしてないけど……アイツめちゃくちゃ怒ってたし、大丈夫かしら。ここ……)と、心の中で山の心配をしつつ歩くアナトであった。
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