きみと明日の約束をしないで

おく

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#28 ここから見てる

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 魔物だ、と声が上がったのは早朝のことである。ユーゴはヤンガルドの地元の青年有志が私設した魔物討伐隊と合流し、ともに行動していた。最終的にヤンガルドに決めたのは、彼らのその後が気になっていたのと、エドモントの情報がよりリアルタイムに得られるのではないかと踏んだからだ。
 槍をとって天幕を出る。やや出遅れたのはタイムラグがあったせいだ。夢と現実のギャップを埋める作業から入るのでその分スタートが遅れるのである。

「ユーゴさん!」

 外に出たのとほぼ同時に魔物が迫ってきて、ユーゴはとっさに槍をつきだした。ユーゴの記憶ではこのあたりの掃討を昨日で終えて、じゃあ次に行こうかというタイミングだったはずだが、どう少なく見積もっても500以上はある。陣内でこれなのだから、第一報時点では800を超えていたかもしれない。

(人間がいる限り、終わらないって言ってたっけ)
 子狐の話だ。負の魔物は人間の負のエネルギーを源にして発生しているので、人間が人間である限り、たとえ目の前の魔物を倒したとしても負の力が一定数溜まればまた発生するという理屈らしい。
 それにしたって少し多すぎやしないかとユーゴは思う。くわえてやっかいなのは、敵が進化らしい変化をしていることで、「鳥」「虫」といったかたちをベースに手足が生えたり体長が大きくなったりしているのだ。そのくせすばしこくて、上下左右の死角から攻め込んでくる。

(死ぬなよ)

 こちらは全部合わせても100少々、しかも全員が熟練者というわけではない。ジーンの弓なら発見の時点でもっと数を減らせただろうなあとかアーガンジュならもっと広範囲でカバーしてやれただろうなあとか考えて、ユーゴは自身の気弱を笑った。怪我をして倒れた者を助け起こし、押され気味の周囲をエドモントの力で援護する。どうせ誰も見ちゃいない。

「中隊、下がれえっ!」

 銅鑼の音が響いて、河の方から火のついた矢が降ってきた。こちらが応戦している間に用意したのだろうが、下がれと言われてさがれるような状況ではない。まじか、とユーゴが思ったところへ突然、だが、風がやってきた。矢と同じ方向からやってきたそれは砂埃を礫のように含んで、ちょうどユーゴたちの頭上へ着弾するはずだった矢を拾い、かつ魔物たちへ襲いかかる。
(河風を読んだのか!)
 それならそうと先に教えておいてほしかった。が、ともかくも反撃だ。俄然勢いづいた青年たちは手に手に武器をとり、結果、早朝の戦いは人間側の逆転勝利に終わった。

「ユーゴさん、今朝はお世話になりました」

 数名がそろってやってきたのは朝食の準備が終わったころのことだった。青年というよりはまだ少年といった風情の彼らはめいめい朝食を持ち寄り、ユーゴのそばに位置をとる。
「ユーゴさんて、魔法使いなんですか?」
 自己紹介ののち、彼らが澄んだ瞳でユーゴにたずねた。曰く、最近隊に入ったらしいのだが、恐慌状態だったわりに当時の記憶ははっきりしており、ユーゴは内心で己の軽率を悔いた。

 槍を指さし、槍の性能によるものであると説明する。まして、ピンチであればあるほど、体験がより鮮烈であればあるほど、記憶というのはそれにふさわしく演出しようとするものだ。そういう風に見えただけだろうとユーゴが言うのへ、さいわい新人たちはすなおに頭を掻いた。
「いやあ、実は俺もそう思ってたんですよ。エドモントの四祖さまじゃあるまいし、そんな豪快に火が飛ぶわけないですよね」
「そうそう。だいたいここ、ヤンガルドだし」
「ですよねー」
 あはははーとなごやかに笑い合う。どこで手に入れたのかと問われ、ユーゴは話をでっちあげた。

「流れの武器商人」
「な、流れの武器商人!?」

 流れどころか南町に現在も店を構えている武器屋で購入したものである。しかも最新の型式じゃないことを理由に値切りまでしたのだが、まさかそんな話をするわけにもいかない。新人たちが槍に触ろうとするのをさりげなく断って、ユーゴはさもそんな人物がいたかのように話をしてやる。
「曰くつきとか骨董品とかの中に混ざってることが多いよ。まっとうな店にないこともねーけど、一見うさんくさそうな店がいい。何かあっても足がつかないように、そういうとこは売るもの売って金が入ったらさっさと消えちゃうんだ」
「へえええええ!」

 いつのまにか周囲に聴衆が集まっていた。すっかり興奮した新人たちが「うおおお」と雄叫びをあげる。
「雷出るやつとかあるんすかね、雷!」
「俺は風がいい! 『古のときより神々に呪われし黒き風よ、贖罪の刃を汝の敵に放て!』(低音)とか呪文いうとビュウウって切り裂くやつ!」
「かっけえええええ!」
「かっけええええええええッ!」

 そのあとは「俺が考えたかっこいい詠唱呪文を聞け」大会になり、しばらく現場で各々絶叫する男たちの姿が見られたのだが、ネタが尽きたところを魔物に襲われ怪我をするというパターンが続出したため禁止された。ちなみに、“流れのうさんくさそうな武器商人”は見つからなかったそうである。

「ユーゴおにいちゃん!」

 三か月ぶりに訪れた隊は規模が大きくなったことで知らない顔ぶれも増えていたが、ユーゴにとって嬉しい再会も待っていた。ドハラと洞窟にいた子どもたちだ。
 何度目かわからない大きなあくびをしながら、「おう」とユーゴは手を振り返してやる。
「戦い方もゴーカイだけど、あくびもゴーカイだね」
 子どもたちがおかしそうに笑った。この隊の中では比較的年少だが、あちこちで頼りにされている姿をみかける。先日の早朝の戦いにおいてももっとも戦闘の激しかった場所にいて、怯む仲間たちを励まし助けたそうだ。
 そうしてると大きな動物みたいだね、と少女が言う。

「今日はもう終わりなんでしょ? 夕ご飯まで寝てた方がいいんじゃない?」
「んー…」

 本音をいえば「眠りたくない」のだが、無理をおした結果迷惑をかけたり隊の足を引っ張るのはごめんだ。天幕に戻った方がいいのではという彼らの勧めに、ユーゴは従うことにする。
 歩きながら、少女がユーゴをのぞきこむように体をかたむけた。
「寝心地が悪いとか、誰かいびきがうるさいとか? あたしたちは女同士で入れてもらってるけど、男の人の方は詰めるだけ詰めて雑魚寝なんでしょ?」
「ああ、それもあるけど」
 ルーファスもジーンも静かだった分最初は閉口したものだ。だが、眠り方さえ心得ていればたいした要素ではない。問題はその“眠っている”間なのである。
 ユーゴはあくびをしながら続ける。

「夢見がちょっと悪くてさ……」
「夢?」
「うん、内容自体はたぶん、そんなに悪くねーと思うんだけど、起きたときすげー疲れてんの」
「見て、ユーゴさん」

 一人が懐から布をとりだして、ユーゴに見せた。大事そうな手つきでひらいていったそこには小さな野花が載っている。途中で摘んだのだと彼は嬉しそうに言った。
「俺たちの国は、まだ完全に死んだわけじゃないんだなあって思って」
「あたしたちと一緒で、まだ生きてるのね」
「……だな」

 魔物討伐隊はただ魔物と戦うだけではない。王都の方へ移動しながら、魔によってけがされた土を処理したり集落のあった場所をとむらう作業をしている。終わった場所には小さな目印を立て、あとで訪れた家族がわかるようになっていた。
 あの日この国で何が起きたのか。彼らの旅はすなわち、故郷がどのように死んだのかをたどっていくことだった。今なお生々しく広がる壊れた故郷のありさまを、ユーゴがミュッセンに発った間も、彼らはずっとこの場にいて向き合い続けている。
 それはどんな気持ちだろうとユーゴは思う。そんな彼らにとってときおり見つける小さな植物は希望そのものだった。

「あげる」

 少年がユーゴの手の上に布を載せた。
「きっと今日は、いい夢が見られるよ」
「…うん」
 大事なものなんじゃないのかという言葉を、ユーゴは飲みこむ。かわりに「ありがと」と礼を返した。
「お守りね!」
 子どもたちがうれしそうに笑った。



      *



 隊の青年たちが拠点と呼ぶそこにはユルトと呼ばれる天幕が並べられ、全員で集団生活を営んでいる。南町では主に食料品の価格が通常五倍以上にまで跳ね上がっているというのに食料供給は安定しているようで、目につくような奪い合いはない。これは彼らの活動に理解を示している組合の者たちが融通しているためだ。入隊希望者が増えたのにはそういう背景もあるのだろう。
 ヤンガルドを支援していた主にエドモントからの流通がとどこおり始めているのだと、南町では言っていた。魔物が増えたことでエドモントでは人々が家に閉じこもりがちになり、生産量が落ちているせいだ。あんなにも活気に満ちていたヴァッテンも、現在では半数以上の店が閉まっているという。
 そういった情報が、新規に加わった隊員たちからもたらされた。その日加わった新規隊員は曰く、閉店したヴァッテンの一店で働いていたということだ。

「ルーファス王子が結婚するそうで」
「はああああ!?」

 なぜかいっせいに、ごく一部の視線がユーゴに集中した。「なんでそこでおれを見るんだ」とユーゴが心もち上体をうしろへ引くのへ、「だって」「ねえ?」と互いに言い合う。
 彼らは前回ユーゴたちとともに戦った者たちで、ユーゴやルーファスにとっては「顔見知り」にあたる。隠す理由がなくなったのとかえって不自然になると思い、ユーゴは彼らとの再会にあたって、ルーファスがエドモントの王子であることを告げていた。

「この反応」
「ルーファスくんかわいそう……」
「てか片思いだったんだ」
「つきあってないってなんだっけ?」

 ひそひそと言い合う。新規隊員が席を外したあとにしてくれたのは、事前に口外しないでほしいと頼んであるためか。批難がましく彼らに視線を向けられ、ユーゴはなぜか居心地の悪さを感じる。
「王子様なんだから、世継ぎが必要なのはあたりまえだろ」
 言って、解散を告げた。
 
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