きみと明日の約束をしないで

おく

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#27 遠い

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 ジーンたちと行動するうち、ユーゴはミュッセン国内にジーンを熱烈に信奉し支持する勢力と、国王の主張する通り魔物の使役によってミュッセン国内に不吉な病をもちこみ滅ぼそうとする者としてジーンを排除しようとする勢力があることを知った。先の商人は前者で、大胆にも彼はジーンにクーデターをささやいたのである。ジーンが“第一王子”として名をあげ蜂起するのであれば我々は助力とバックアップを惜しまない、と。
 ジーンを支持する陣営には、独自に兵力を持つ家が多い。本来、有事の際には国王の名のもとに兵を出す者たちである。ユーゴは固唾をのむような気持ちでジーンの返答を待ったが、彼はやんわりとそれをかわして見せた。それによって商人は立ち上がって感激し、ジーンへの傾倒を深くしたというのは余談だ。

『もう無理! 今日は無理!』

 弓から戻った子狐がその場にぽてっと転がった。「今日はもう働かないからね!」と大の字になって主張するのへ、ジーンが肩で呼吸をしながら汗をぬぐう。
 朝からはじめて、もう夕方だ。魔物の群生地を見つけては潰していくという作業なのでずっと戦い通しというわけではないが、だからこそ体力的精神的にも疲労がかさんでいく。
 ユーゴは子狐を見た。知らん顔をしているが、ジーンを気遣ったのだろう。ユーゴはジーンへ先に戻るよう言う。
「おれはもう少し片付けてくよ。そうすりゃ、あとが楽になるだろ」
『エディ』
「では、俺たちは晩餐の用意といこうか。このあたりは可憐な野花が多いから少し摘んでいこうかな」

 子狐が何かを言おうとするのを手に取って、ジーンが去っていく。数日中にはこのあたりにもジーンに協力している貴族たちが魔物討伐のための兵を回してくれるそうだが、夜の間に魔物たちが付近の村を襲わないとも限らない。槍を杖のように頭上で大きく回して、ユーゴは前後四方から襲いかかってくる魔物たちを焼き払う。
 ぐう、と腹が鳴った。ほかに魔物の気配がないのを見ながら、ユーゴはあたりがすっかり暗くなっていることに気づく。
 途方もないなと思った。槍を地面に刺してうつむくと、汗が雨のように落ちていく。

(ドハラのやつ、こんなのを一人でやってたのか)

 本来四祖は力を貸すだけの側で主体となって動くのは人間であったはずなのに、いつのまにか贄だなんだと言いだし、ケチな小細工までやりだして王座でふんぞりかえっている。四祖のおかげで今日の生活があるのだという考え方自体はひとびとに浸透してはいるが、力の補充経路が決まっている以上、完全に四祖側が貧乏くじだ。
 そりゃあキレたくもなるよなあ、とはじめてユーゴはドハラに共感した。風がふわりと吹いてきて、ユーゴは濡れた肌を乾かすように前髪を上げる。

(そういや腹、全然空かないな)

 体感でいえば、今の方がよほどエドモントの力を使っている。なのに、人間の肉体としての空腹感はあるものの、四祖の方は微動だにしないのだ。ありがたいことではあるが、できるならできるで最初からやってくれれば、あんなふうに何度も恥をさらすような真似をしないで済んだのにとユーゴはうらめしい気持ちになる。
(そうだよな…だってあいつと会うまでは普通だったんだ。飯をちょっと人より多く食うくらいで)
 離れた今だからこそ飢えそうなものだが逆で、近くにいたからこそおかしな体質になっていたのだろうか。だったらなおのこと離れて正解だったのではとユーゴは思う。

 そのルーファスは帰国後、王子としての公務に励むかたわら、単身国内の魔物退治に奔走しているそうである。その胸中についてユーゴには想像することしかできないが、彼なりに自身のあり方を示そうとしているのかもしれないと思った。
 というのも、エドモント国王はとんでもない発表をしていたのだ。『ルーファス』の存在を公表する際、第一王子が終末の際四祖にささげる贄の役目を負っていること、ゆえに姫と偽っていたのだと明かしたのである。
 なんだそれ、と思わず声を荒げた。たしかに、貴族がたわむれに令嬢と偽ってきた令息の種明かしを社交界相手にするのとはわけが違う。だが今、この状況下でそんな発表をして、誰が一番民衆の非難を受けるか。矢面に立つことになるのか。

 ほとんど人前に姿を現さない。

 それが『リュカ』に関する人々の基本情報である。いぶかしむ声をユーゴは幾度か耳にしたことがある。自分で立って歩けないほどの病弱だとか陽の光に当たると消えてしまうらしいとか、冗談のような噂も聞いた。
 だが、ここへきて理由が明かされた。何も知らなかった頃なら、ユーゴはきっと“ルーファス”という人間についてこう思ったろう、“命を惜しんで性別を偽り、王族としての誇りを忘れたクソ王子。何が『四大国一の美姫』だ”。

「くそったれ!」

 ユーゴは槍の柄を握る。駆けだして再び魔物の群につっこんだ。
 いったい誰が思うだろう。命を惜しむどころか、ルーファスは自らの命を捧げるつもりでいるかどうかもわからぬ四祖を探しに出たのだと。民や地上を守るため、祖先の非礼を詫びるため、むしろエドモントの王子としての誇りをもって国を出たのだと。

(せめて『リュカ』がもう少し外に出てたら)
(『リュカ』の人となりが、知られていたら)

 地面を蹴って跳ぶ。着地と同時に炎が爆発して魔物たちを吹き消した。空高く膨らんだ火炎がちぎれてあとには火花とすすけたような臭いが残る。
(おれは知ってる、あんたが臆病者じゃないって。知ってるよ、あんたがちゃんと覚悟をもって城を出たことだって――)
 砂糖菓子がとけるようなルーファスのやわらかい笑顔とおだやかな声がユーゴの目裏を過ぎていった。旅の間、ルーファスはしきりにユーゴをほめたが、ユーゴの情報収集を円滑にしたのは彼のあの笑顔だ。ルーファスがにこにこと笑ってるのに毒気を抜かれてつい口を滑らせた者は少なくあるまいとユーゴは思っている。

(あいつと話して、嫌な気持ちになるやつはいねーだろ)

 まじめで素直な性格を知っている。つつけばすぐに泣いてしまいそうな見目のくせに、意外と芯が強いこと。頑固なこと。一度こうと決めたら曲げないこと。見ていてあぶなっかしいくらいに。
 オルトには会えなかったが、王城でのできごとがルーファスに明確な目標を作ったことをユーゴは感じていた。ミュッセンではジーンという天性との出会いがあった。それらを経てルーファスはあの夜、別邸を出していったのだと思っている。己のやるべきことを見つけたのだと思った。
 彼はもう一人で立っていける。自分で決めて困難に立ち向かうための力と自信を得た。だから彼は、すべてが自分にとって不利な状況下で、自分にできることをしようとしているのだ。

 大丈夫だ。ユーゴは顔を上げる。
 たしかにタイミングは悪かった。悪い条件が重なってしまった。不幸なくらいに。
 時間はかかるだろう。けれど、ひとびとだって愚かではない。きちんと生身の自分で接していけば、理解者はかならず得られるはずだった。今のルーファスなら、かならず。

(”おれの贄”なんだろ、あんた)

 火と力をつかさどる赤き獅子四祖エドモントの盟友。誇りが、孤独のなかにあるだろうルーファスを支え、勇気となって彼に寄り添うはずだった。一人ではないのだと、彼に語りかけるはずだった。
『おっかえり~!』
 先に帰してからずいぶん時間が経っていたはずなのに、ユーゴが野営地に戻ると、子狐が寄ってきて迎えた。まるでちょうどタイミングよく夕食が完成したかのようにジーンが並べていくのは、ユーゴが教えたヤンガルドの山岳料理だ。米がないので小麦粉で代用している。

「すっげーな」
 摘んできた色とりどりの花や葉を使った美しい盛りつけに、ユーゴは素直に感嘆した。ジーンにかかればそっけない野営料理も華やかに姿を変えてしまう。初めてそのできばえを見たときは、ここにルーファスがいたらなあと思った。きっと「きれい」と言って喜んだだろう。
(あいつ、ちゃんと飯食ってるのかなあ)
 ユーゴがうまいうまいと言って食べると、ジーンが「そうかい」と言ってはにかんだ。



        *



 流行病はますます猛威を振るい、いまだ有効な対策をとることのできない国王に対する民の不満も強まっているそうだ。そういう不安定な気持ちがさらにあの黒い魔物や正体のわからない病に力を与えているとも知らずに。
『何が起きているかわからないなりに、感じているんだろうね。“不安”なのが駄目だって。だからユージーンを国王にすえたいヒトたちは、そうすることでそういう気持ちをなくそうとしてる』
 子狐がどうでもよさそうに言う。
 ユーゴはジーンに振った。

「あんたのせいだって言われたり、英雄みたいに扱われたり、あんたも大変だな」

 ミュッセン国王の危篤がユーゴたちにつたわったのは雨の日のことだ。ジーンと交流のある青年貴族はジーンの到着を歓迎し、それから自らのアトリエに通した。
 驚かないんだなとユーゴが問うと、ジーンがくすりと笑う。青年貴族からあずかった手紙をゆっくりと開いた。
「俺は、実際に見ているから」
『……』
 青年貴族が席を外したのをいいことに、子狐はトコトコとアトリエ内を歩き回っている。見、ジーンが続けた。

「魔が巣食っていた。…全身に。だから、長くないだろうと思った」

 差出人は弟王子で、曰く、城内では弟王子に王位がうつるつもりで動いているという。また、王子王女とも、周囲の者よりユージーンという名の兄王子の存在を伝えきいており、ともに涙を流したということだった。手紙はぜひ正式に第一王子として名乗ってほしい、というジーンに対する嘆願だったが、ジーンはこれを丁重に辞退した。かわりに、“ジーン”の名を使うことを許したという。
「オレゴテッド家自体にこれといった力や地位はないが、王子は俺の絵が好きだそうだから、俺に絵を習うこともあるだろう。方々に近況を伝える機会があれば一言そのように添えてくださいとお願いしたよ」
「それだけ?」
「それでいいのさ」

 貴族さまの高度なコミュニケーションは時に難解で、傭兵であるユーゴにはよくわからない。だが、ジーンが言うのなら、そちらはそれで解決するのだろう。
 ユーゴは銀皿の小玉リンゴをとった。この家の主人がさしいれてくれたものだ。形といい色つやといい、まごうことなき一級品だとわかる。ふわりと香るリンゴ独特の甘酸っぱいにおいを吸い込むようにして、ユーゴはそれを歯でかじった。当たり前のことだが、尻穴はうずかない。
 ミュッセン国王の崩御が伝えられたのは、それから数日後のことだった。ユーゴはひと月少々ジーンたちとともに行動し、別れた。
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