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#3 体毛の手入れって結構大変なんですよ
しおりを挟む「オーディン、たずねたいことがあるのだが」
翌日、ようやく名を口にしたアーネストに対して彼のよろこびようといったら、アーネストの方が恥ずかしくなるほどだった。
「なになに? なんでも言って!」
アーネストが生活区として使っている収納まで飛ぶようにやってきてオーディンが身をかがめる。
(犬か)
勢いもふ、と顔にあたったオーディンの体毛を感じながらアーネストはつっこみを飲み込んだ。それにしても昨日も感じたことだが立派な体毛だ。我知らず伸びかけた手を、アーネストはパシリとつかまえる。
「その、使っていないボウル、というか容器はあるだろうか」
「ボウル? あるよ。でも、何に――」
あ、とにわかに声をあげ、オーディンの耳がピンと立った。きらきらと目が輝き、「ちょっと待ってて」と飛ぶように引き返していく。
(すごいな。ボウルでわかるのか)
再びアーネストの前に戻ってきたとき、オーディンの手にはほかほかと湯気を立てる湯をたたえた木製の容器があった。何か工作をしているような音が聞こえると思ったらわざわざ薪をくりぬいて作ったらしい。しかも湯からハーブのような香りまでする。
もしかして。
アーネストはおそるおそるたずねた。
「オーガにも入浴の習慣が?」
「なかったけど、最近ね。入浴はいいよねえ、毛艶もよくなるし。皮膚病の予防にもいいんだってね。こんな状況でなければ共同浴場につれていってあげたかったけど」
「共同浴場?」
曰く、オーガの集落で入浴の習慣がはじまったきっかけは魔王討伐隊の襲来だった。オーディンの父が「人間」の生態に興味を持ち、彼らをより理解するためにその文化を自分たちの生活にとりいれたのだという。
(その先駆けが共同浴場というわけか。ときどきこいつからやけに観察めいた視線や言動を感じるのは父君の影響なのかもしれないな)
体を拭くものとしてオーディンがハサミを入れた古布をアーネストによこした。なかなか服を脱ごうとしないアーネストに入らないのかと問う。
(もちろん、今すぐに入りたいとも)
旅の途中で共同浴場に何度か寄りはしたが、ユカナン・ユナイテッドに入るまでは冷たい水で絞った手拭いで体をぬぐうしかできなかった。断る理由などない。ないのだが。
アーネストは飼っている小動物を観察するような若いオーガを見た。
「できれば、向こう側を向いてもらえると」
「オス同士なのに?」
「そりゃあ、婦人ではないのだから普段は気にしない。だが、そうまじまじと見られればさすがに気にはなる」
「ふうん、そういうものなんだ」
首をかしげながら、ともかくもオーディンが背を向けた。アーネストはほっと息をつき、さっさと脱衣を済ませる。
「は、ァ~……」
はしたないとわかっていても声が出てしまうというものだ。少し熱めの湯と、何よりハーブの香りがいい。湯を両手にすくって、アーネストは顔を何度か濡らした。
「人間って本当に体毛がないんだあ」
「あ、こら!」
するりと背中を撫でた感触に振り向くとオーディンがこちらを見ていた。どんぐりのような金色の目にあるのは完全に人間の子どもが新しい玩具に向けるのと同じ色で、アーネストは閉口してしまう。
「傷だらけだ」
オーディンが言った。そりゃあ、騎士なのだから当然だ。アーネストが答えようとして、だがオーディンが言葉をつづけた。
「ジュテームはどうして王の討伐に志願したの? 過去の例を知っているなら当然、帰ってこられないってわかっていたでしょ?」
「そうだな。家族にも反対されたし、出発の日も最後まで母と妹たちは泣いていた。それでもゆかねばならぬと思ったのだ」
命じられれば死地に赴く騎士の身ではあるが、アーネストだって好んで死にたいわけじゃない。先にオーディンに語った通り、畑を耕しその日の恵みを天に感謝し、家族を増やし、そうして質素に素朴に天寿をまっとうする生活こそ幸福だと思っている。
アーネストの濡れた前髪から水滴が落ちた。
「私にもよくわからん。あるいは、法王様の執着するこの不毛な遠征が何を得るためなのか、自分で見てみたかったのかもしれない」
「あなたは心のまっすぐな人なんだね。とてもきれいだ」
「は?」
ちょうど自分が本来敵であるはずのオーガ、それも子どもに愚痴を吐いていたことに気づき自己嫌悪していたときだったので、オーディンの感想はアーネストを驚かせた。
オーディンがうっとりと頬を染める。
「ますます好きになってしまうなあ……」
「なぜそうなる」
生真面目に返しながら、アーネストは自分が無防備にも生まれたままの姿をさらしていることに思い至る。そういえばこのオーガ、つがいがどうのと言っていなかったか?
(いや、待て。だから同性同士だぞ!?)
乙女のように体を隠そうとして、アーネストはそんな自分の行動に混乱した。だいいち、体長だけでもアーネストの何倍あると思うのだ。入るわけがない。
(破裂するだろ)
アーネストはぞっとした。ぞっとして、大きなくしゃみをする。湯を溜めただけの入れ物なので時間がたてば当然冷めてくる。早く上がって体を拭かなければ体調を崩してしまうとわかっているのに、オーディンが気になって湯から上がることができない。
「ふふ」
じろじろともの言いたげな視線をぶつけられているはずなのに、なぜかオーディンが機嫌よく笑った。
「あなたってかわいい人だなあ、僕のジュテーム」
「いいから向こうをむいていてくれ!」
とうとう耐えられなくなったアーネストが立ち上がると、頭からふわりとタオルが落ちてきた。
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