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#4 オーディンの話
しおりを挟むアーネストが捕虜としてとらえられてから数日が経過した。といっても相変わらず拘束具はないし不便があれば即改善され、求めるものは何でも与えられる。アーネストの方が不安になるほど、オーディンはアーネストに従順だった。そう、初めての恋人に浮かれていた騎士見習い時代の同期と目が同じなのだ。
(好かれるようなことをした覚えはないんだけどなあ……)
どちらかといえば印象は最悪だったと思うのだが、世の中には高飛車な令嬢をとりあげて「そこがいいんじゃないか!」と力説する者だっているのだ。考えた末に、アーネストは物は試しとオーディンに剣の返却を求めてみた。
「いいよー」
オーディンの返答は簡単だった。そういえば忘れてた、くらいのニュアンスで、アーネストは比喩でなく頭痛がした。支給品だが持ち主の意図を汲んでくれる良い剣だ。もちろん、戻ったのは素直にうれしい。うれしいのだが。
「オーディン、おまえ、私がこれで寝首をかこうとしたらどうするんだ」
「え~? 別にかまわないよ。やれるもんならどうぞ、くらいなもんでさ」
「!」
「あなたは僕のジュテームだけど、戦士だ。戦士からの挑戦はいつでも受けるのが僕のあなたに対する礼だよ」
そのかわり、とオーディンは内緒話をするように身をかがめた。
「恋人の寝所にしのびこむのだから、もちろんそのときはちゃんと覚悟を決めておいてよね」
「! 誰が恋人だ、誰が!」
アーネストが怒って剣をふりまわすと、オーディンがけらけらと笑いながら逃げた。
*
オーガの門、その生活区は、たとえるならのどかな田舎町といった印象だった。日が出てくると活動を始め、日没とともに各自家へと帰っていく。人間の社会と大きく異なるのは彼らが貨幣を持たないことだろうか。品物と品物で交換し、相手が承諾しなければ決闘によって決定する。
(このあたりはオーディンがいうところの戦士の種族というわけか)
野蛮、と非難したいところだが騎士の世界でも往々にして見られる光景なのでアーネストは言及を避けた。話し合いと交渉の過程があるだけ十分に理性的だ。
そのオーガたち、こと門内に暮らす彼らの役目はむろん外敵(魔王討伐隊のことだ)を排除である。が、これは決まった日にしか現れないため、それ以外はどうしているのかというと鍛錬に励んでいるという。定期的にトーナメント戦などもおこなわれ、とにかく強くなることに貪欲なのがわかる。
アーネストは汗をぬぐった。まさに戦士はかくあるべしの手本のような種族だ。
(冗談じゃないぞ、ただでさえ馬鹿みたいに強いのにそのうえ努力家だなんて)
オーディンにその話を聞いて以来、いてもたってもいられなくなったアーネストである。もとより「その日」のための鍛錬は続けるつもりではあったが。
(その日、か……)
アーネストは握っている剣を見た。そこへオーディンのものではない明るい声が聞こえてくる。
「よう、オーディン! 頼まれてたものを持ってきたぜ……ってあれ?」
「!」
しまった、と思ったときには遅い。すでに来客はアーネストのいる寝室をのぞいてアーネスト発見に至っていた。
「やっべ。オーディン、出かけてる?」
日当たりはリビングの方がいいが、やはり突発の来客を考えると奥の方がいいのでは、と提案をうけ「ひっこし」をしたのが昨日。アーネストは柄を握る手指に力をこめる。
(友人……だよな?)
現れたオーガは手に鳥かごらしいものを持っていた。中には青い羽根の小鳥(というのはオーガの基準であり、人間のアーネストから見れば馬ほどある)が入っていておとなしく木にとまっているのが見える。
「あ、これ? これをな、オーディンに頼まれたんだ」
アーネストの視線に気づいたらしいオーガがカゴを軽く持ち上げてみせた。こちらも若いオーガらしく体毛に艶があるが、オーディンより赤みが少ない。
アーネストは剣を下ろした。少なくとも襲撃者であればここまで堂々と自分の存在をアピールしながら入ってはこないはずだ。
「悪い悪い、びっくりさせたよな。約束した時間より俺が早くきちゃったんだ」
言って、オーガがどっかりと床に座った。そうすることでアーネストとやや視線の高さがそろう。
「俺はフレイグ。うちの親父がオーディンの親父と親友なわけ。だから安心していーよ。ていうかあんたの怪我治したの、俺だしね」
「なんと。これは大変な失礼を。知らぬこととはいえ無礼をお許しください」
オーディンとの戦いは文字通り命がけだったし、とても一朝一夕で治るような怪我ではなかったはずだった。それをこのオーガ――フレイグはすっかりきれいに治してしまったという。
基本的に薬草の類は本人の持つ回復力だとか自己治癒力を高める効果しかないと言われている。たとえば本来十日で治る怪我を、薬草を服用することで七日程度に短縮するといった具合だ。対してそれをゼロにしてしまうのが「魔法」と呼ばれる奇跡である。
「母親が妖精なんだ、俺。魔法が得意な妖精。それで少しだけ使える。まあ、オーガは生命力が半端ないからほとんど芸みたいなもんだけど」
どこか違和感はないかと問われ、アーネストは首を横に振った。よかった、とフレイグが胸をなでおろす。
「じゃあこれ、置いてくな。性格は気難しいんだけど、その分一回懐いたらすごいから。名前つけてかわいがってやってよ」
「オーディンと約束をしたのでは?」
「これを見ればわかるからいいさ。そもそもあいつの約束なんてケチなけん制以外の何物でもないし。ほら、うちの親父とあいつの親父がさ、昔オンナを争ってたからそれで警戒してんだ。馬鹿だろ~?」
フレイグが腰をあげながら悪そうに笑った。女? とアーネストは聞き返してしまう。
「そ。オーディンの母親。うちの親父はその後ハゲができるほど傷心したんだけど、当時から親父に片思いしてたうちの母親が慰めて無事まとまったんだって」
恋物語を得意とする流行作家が書きそうな関係図だなと思ったが、さすがに失礼にあたるだろう。さりとて無言でいるのも失礼なような気がする。なんとか気の利いたコメントができないものかと悩むアーネストの前、フレイグが肩をすくめた。
「っていう話を酒飲むたびに聞かされたわけ。オーディンの親父さんが死ぬまではね」
「オーディンの父君は、亡くなっていたのか」
初めて聞く話だ。
思えば、アーネストが最初に両親についてたずねたときはうまくはぐらかされたのかもしれない。曰く、現在門内で最強の名をほしいままにするオーディンよりも強かったが、魔王討伐隊との戦いの最中、不慮の事故で亡くなったということだ。
「不慮の事故……?」
嫌なぼかし方だと、アーネストは眉根を寄せる。不慮の事故。しばしば人間の世界でも作為的に用いられる表現だ。
フレイグはただやさしげな微笑を浮かべただけだった。
「かっこいいヒトだったぜ、ボルドルさんっていうんだけどな。男気があって強くて賢くて物知りで『英雄』っていうのを具現化したみたいなヒトでさ。特に胸毛がやばかったよなあ。あれで当時のオンナたちはみんなやられてたって話だ」
「む、胸毛?」
「胸毛だけじゃないぜ、タテガミだってすごかった! 夜にほえればその切なさに月が涙し、怒れば風が荒れ狂う。俺たち男の子はみんなボルドルさんにあこがれたもんさ!」
ボルドルは門の誰よりも勇敢で強かったが、外敵である人間たちをただ蹴散らすだけの排除一辺倒のやり方に疑問を呈していた。世界が違うからこそ互いを学び、互いのよいところをとりいれてともに発展していく必要があるのではないかと仲間たちに説いた。その一つが共同浴場であり、ボルドルは魔王のもとへも足しげく通ったという。
だが、それは戦士の種族であるオーガの性質とは相反するものだ。一部のオーガはボルドルの考え方に強く反発し、ひそかに人間たちと共謀して魔王に反逆するつもりなのではないかと彼を疑った。
つまり。
アーネストは愕然とフレイグを見上げる。鳥かごの中で小鳥が悲しげな声で鳴いた。
(殺されたのか。オーディンの父君は、仲間に)
これにもフレイグは答えない。やさしい手つきで鳥かごを撫でる。
「戦いの中での死は俺たちにとって名誉なことだ。それがどんな手であってもケチをつけることは俺たちにとっては戦士に対する冒涜になる。だからさ、オーディンのこと、気をつけてやってくれないか? オーディンのジュテーム」
あいつ、味方も多いけど、ボルドルさんと同じくらい――いや、たぶんボルドルさんよりも敵も多いんだ。
そういって帰っていったフレイグを見送って一人、アーネストは鳥かごの前でたたずむ。常であれば「オーディンのジュテーム」というフレーズに訂正を入れていたところだが、フレイグから受け取った情報の処理でそれどころではない。
(平和的な交流、か……。本当に僕たちが魔物よりも「すぐれて」いる種族だというのなら真っ先に彼らに提案するべきではなかったのか?)
カゴに山ほどの花を入れてオーディンが戻ってきたのはそれからまもなくのことだった。
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