だから、おまえとはもうしない

＃１６ 異世界における野球の勝ち方

　たっぷりとした粘液が礼音の右足、親指をふくむ。皮のうすい指間をぬるぬると往復していた舌が、いたずらするようにときどき関節のうすい皮膚をつくのがくすぐったい。腰にばかり溜まるもどかしさをどうにかしたくて、礼音は自身の指を噛む。
「礼音さん、指」
　だめ、と千歳が言った。口から落ちた唾液が礼音の指まで糸をひいて落ちる。健康的なピンク色の舌。口腔にひそむように光沢を放っているのを見ると改めて内臓なのだなと思う。あたたかくてすべりの潤沢なうちがわ。
　ただでさえ過敏になっているところを巧妙にかつ敏く愛撫されて、早くも礼音は息も絶え絶えだ。礼音でも気づかないような反応を拾って、千歳ははたちまちに礼音の足指を性感帯に変えてしまった。
　指は駄目。千歳がくり返す。

「噛むなら別のにして。あとできればなるべく噛みしめないで。あごに負担かかるから」
　注文が多い。
　礼音の心の声が聞こえたみたいに、千歳が言う。
「気持ちがいいとこ、声出して、教えて。その方がたぶん、礼音さんも楽だから」
「礼音」

　礼音を膝枕するようにしていた明が、礼音の口の中に指を入れた。上着の裾をむなもとまでまくりあげて、空いている方の手でふにふにと礼音の乳首を押す。
「あきら、それ、やめて」
　逃げるように体をよじると、礼音のペニスも連動するように揺れる。勃起してまるだしのペニス。きついだろ、と明が脱がしてくれたのだが、断固拒否するべきだった。はずかしい。しにたい。
　居場所のなくなった両手がとにかく股間にいきたがるのと羞恥とで、礼音は守仁の上着を握る。顔を隠すようにかぶせると、明が含むように笑った。

「すこし、…妬ける」
　が、無理にはぎとるつもりはないらしい。そのまま千歳と連携して礼音に三度目の射精をうながす。
「や、――あ！　あ！」
　杭をうたれたような強い性感に、礼音はたまらず声を出した。全身がおおきく痙攣して、それから弛緩する。
「あ、…ぁ、……」
「礼音さん、気持ちよかった？　たくさん出たね」
「うう…」

　力を失った礼音のペニスを千歳がはくりとくわえた。明の手が礼音のあごの下をなだめるようになで、それから額にキスをする。そうしてまたも性感を煽っていこうとするのへ、礼音は問うた。目の端から涙が落ちる。
「どうして、…。頼んだの、オレだけどさ…二人とも、嫌だろ…」
　ふたりがかりの献身的な愛撫に、礼音のペニスがまもなく硬さをとりもどした。腰のあたりにしつこくこびりついて残っていたうずきがもぞもぞとうごめき始める。
（軽蔑されるって思ってたのに）
　ベルフェゴールに残された部屋。恥ずかしくて情けなくてなかなか口を割らなかった礼音に先にふれたのは明だった。

「嫌じゃない」

　明が礼音を抱きあげた。膝の上にのせられると、ごり、と尻の下に当たるものがある。その正体に思い至って、礼音はぎょっとした。思わずふりむくと、明がこまったように眉尻を下げる。
「嫌じゃないから、こまってる」
「…明、」
「見るな」
　明が逃げるように礼音の首筋へ顔をうずめた。いつもおおらかな声がよわよわしく震えるので、礼音はびっくりしてしまう。ついでのように、尻のしたのごりごりしたものが硬さと大きさを増した。
　千歳がにっこり笑って、礼音の両脚に膝をすすめる。

「俺も別に礼音さんのこと嫌いじゃないからかまわないよ。いろいろ納得したし、かえって話がわかりやすくなった」
「わかりやすく？」
「覚えてるかな、礼音さん」

　千歳の舌が礼音の陰嚢をすくうように舐めた。千歳の頭をとっさにはさんだ礼音の腿を両手でひらきながら、それから、ペニスの幹部分へ舌を動かしていく。先端部分をつるりと撫でる。
「俺が野球したくて寮のある学校選んだって話、覚えてる？　あの話、続きがあってさ」
　千歳の与えてくる快感に悲鳴を小さくもらしながら、礼音は視線で先を乞う。敏感な鈴口付近をくるむように、千歳が舌を回転させた。

「廃部になった」

　近所の犬猫のようすやクラスメイトとの他愛ない話でも披露するみたいな声だった。明もあぜんとしているのがわかる。
「自慢するわけじゃないけど、結構強豪校でさ、だからか上下関係も厳しいかったわけ。けど、ちょっと行き過ぎたとこも確かにあって、先輩たちに言ったんだ」
　そしたら。
　くすんと、千歳が笑った。廃部。熱のあるせつなげな吐息のなかで続ける。

「もー、殴るわ蹴るわバット持ちだすわで大騒ぎになってさ、びっしり組んであった練習試合が全部キャンセルだろ、地区大会は出場停められるし、顧問も監督もコーチも辞めさせられて、気づいたら部ごとなくなってた」
　きゅ、とくちびるで礼音の先端をしぼった。
　刹那、胸をしぼられるような痛みが礼音の脳天に至る。脳髄から花火のように散った甘い陶酔がはらはらと全身へ落ちていく。

（廃部……）
　天井をあおいだまま、礼音は口をひらいた。耳の裏あたりを、さっきから明のペニスがずっとあたりっぱなしだ。硬くて大きくてほしいところにまんべんなく届く雄のペニス。雌を呼ぶ発情のにおいが礼音の渇きを強くしていく。口の中に唾液をあふれさせるにおい。
　守仁の上着を抱きしめるようにしながら、礼音はきゅっと尻穴に力をいれる。これだけ射精しても、否、これだけ射精したからこそ、いよいよその事実が礼音にせまってくる。

　ね、礼音さん。
　千歳が礼音の内股をなでた。いたずらをするようにやわく歯を立てられて、礼音は小さく悲鳴をもらす。
「俺さ、今だから言うけど、実はわくわくしてたんだよ、野球やれって言われて。礼音さんキャッチャーって何とか言うしまじかーって思ったけど。設備あって長篠みたいな捕手がいて、旭河みたいなおもしろいやつがいるじゃん？」
　楽しい、と千歳が言った。

「受験勉強しながら毎日毎日思い描いて夢見てた部活はできなかったけど、できるならなんでもいいんだ、俺。練習して、試合に出て――そういうのがしたい」
　だから、とひとみがたわむ。飼い主にくっついて無邪気に甘えていた犬がにわかに野生を取り戻したような獰猛な光がそこにはあった。黄色。いつも礼音に元気をくれる千歳らしいオーラが、けれど今は、ぞくぞくと礼音の飢えを煽っていく。
「なんだってやる。“野球”をやるためなら」
　千歳の指が礼音の陰嚢からくだって、肛門にふれた。応えるように、礼音の筋肉がやわらかく収縮する。



　　　　　　　＊



「やだ、やだ、早くしちゃやだあ！」
　しっかりとしめた礼音の内股を、明の硬いペニスが何度も往復する。予想していた通り明のペニスはエラが張っていて、礼音は思わずごくりと喉を動かしてしまった。そのペニスが、礼音のペニスの裏と陰嚢、それから内股をこすっては、礼音に甘い甘い官能をうえつけていく。
「あ、あ、もう、むり、むりっいぁああ！」
　うしろからの素股。
　聞いたときは拍子抜けした。明のペニスが理想的な凶暴さで現れただけに、礼音の心のどこかが落胆めいたため息をついたけれど、気楽な気持ちでうけた。ここまで奉仕してもらって何も返さないのも落ち着かない。
　ところが、行為がはじまったとたん、礼音は絶望に叩き落とされた。今までの比にならないくらい気持ちがいいのだ。

「やだやだ明、もういい、もういいからあっ」
　まず、明のペニス自体が気持ちがいい。合間合間にたっぷりとぬるついて硬いそれがしてくる、礼音の尻穴をマッサージするようないたずらも気持ちがいいし、しっかりと礼音の腰骨をつかんで強引なくらいの腰遣いをしてくるのにたまらなく興奮を煽られる。礼音が悲鳴をあげるたび、明の大きな手のひらが許しを乞うように背中を撫でてくるのも。
「礼音」
　泣きじゃくる礼音に明がやさしく言う。
「青島が困ってる」
「うう、…明の鬼畜野郎……」
　連続して与えられた強烈な性感のせいで、頭の中がとろけきっている。そうだ、千歳にもお返しをしなければ。礼音はぼうっとした思考のまま、口をあけた。千歳のしっかりと盛り上がった股間部分を布のうえからくわえる。

「ちょっと、俺はいいって！」

　千歳がベッドから転がり落ちた。のぼせたように顔が真っ赤になっている。きょとんと見つめる礼音に、千歳はぶんぶんと顔を横に振った。
「なんでもするっていうのは、礼音さんに対してだけ！　おさわり禁止！　断固拒否します！」
　言って、千歳がクローゼットを開けた。ハンガーから守仁の服をべりべりはがして、礼音にぽいぽい放る。

「わかんない！？　素股なんかで済ませてる明さんの理性がおかしいんだってば！　変態！　チートすぎて同じ生き物だとは思えない！　旭河に今心から同情してるわ、俺！」
　涙目でわめいて、その場にうずくまってしまった。おかしいだの変態だのと散々にののしられた明が「ひどい言われようだ」と感想を漏らす。
「…決めたからな」
　青い光。最初にみたときよりも色が濃くなっている。
「え、――あ！」
　思わず見入って、反応が遅れた。礼音のペニスに手を伸ばし、明は直接にこすってくる。

「ちょっと、もう、いい――ひゃあんっ！」
　後で思いだしたら死にたくなるような声が出た。なんだ、今の。
　思考がおいつかないまま、礼音はひたすら喘がされる。明の手つきが性急で乱暴になって、それがさらに礼音を気持ちよくする。
　奥、奥。
　礼音のうわごとを明が聞きとめたかはわからないが、明の指が礼音の尻穴をついた。腹でまず触って、それからはっきりと侵入する。

（それ、）

　脳髄の割れるような歓喜が礼音の全身をゆらした。口の端からあふれた唾液が抱えっぱなしの守仁の上着をますます濡らしていく。
「んっ、んんっ―――！」
　マットをしきりにこすっていた足の爪先が氷枕を蹴った。体内を暴れ回る衝動のやり場を求めて、礼音はがぶりと守仁の服に歯を立てる。噛む。噛む。

（もり、ひと）

　礼音の反応を観察しながら丁寧に慎重に礼音のうちがわをほぐしていた明の指が、太くて長くて男らしい指が、しあげのようにそこに触れた。そう、そこにずっと触れてほしかった。一番気持ちのいいところ。触ってえぐってこすってほしいところ。うごめいていた粘膜がはっきりと歓び、波うつ。
「あ、――ぁ、あ、やああ！　ぁ！」
　意味をなさない声がひっきりなしに礼音の喉から出続ける。礼音が逃げないように引っ張られて骨が悲鳴をあげているけどかまわない。白んでいく意識のむこう、もっともっと大きな何かをめざして、礼音は手を伸ばす。早く、早く、そこへ。
　そこへ。
「礼音！」
　合図のような明の声。礼音はようやく目指していた場所へ到達する。そして礼音の意識は強い強い爆風に吹き飛ばされた。

　　　　　　　　＊

　まじか、とつぶやいたのは誰だったろう。試合終了がコールされたグラウンド、礼音たちは得点板から目を離すことができないでいる。
　そこには信じがたい数字が並んでいた。
「勝った…？」
　まず千歳が確認をし、それから広大を見た。明を、勇多を見る。礼音を。最後に守仁を。
「第二寮に勝った……」
　先日のタイガーライオンズとの練習試合に引き続き、二戦目。ほんの少し前には大敗を喫した第二寮に、礼音たちは圧勝したのだった。