だから、おまえとはもうしない

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#24 こんなにえっちな体になりました

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 第二寮との三試合のうち礼音たちは一試合を勝利し、リーグ戦は敗者復活戦に移行する。
「明さんまた打った!」
「さすがキャプテン!」

 敗者復活戦一戦目。守仁との一種魔力的契約じみたセックスの効果は打線のつながりに反映された。
 球が停まって見えたと言ったのは康介だ。勇多たちとのコンビプレーはもちろん、彼らに負けず劣らずの働きを見せた。会場をわかせたのは三塁から一塁への送球で、まさに矢を射たような球威に相手チームの走者が腰を抜かすという場面もあった。
 ただ効果はセックスをした直近の一戦のみらしく、翌日の練習ではもとに戻っていた。そのため、礼音は試合のたびに守仁とセックスをしなくてはならなかった。

 もう一つの問題は礼音の性欲だ。どういうわけか守仁とセックスをして以来、希薄だった礼音の性欲が異常に強くなってしまい、おかげで礼音はこそこそと一人で処理するはめになっている。三日に一回は守仁とセックスをしているにも関わらず、だ。しかも抜いても抜いても楽にならなくて、何度明に泣きつこうと思ったかしれない。
 いよいよ窮まった礼音が思いついたのが、守仁の服を使うことだった。守仁に頼ることはできないけれど、においから彼をイメージすることはできる。よしそうしよう。そうして実行に移し、まんまと本人に見つかってしまった。
 そして現在に至る。

(もどかしい)

 声が漏れないように枕に顔をうずめながら、礼音は両手を握りこむ。体は自分でいじった分と守仁に触られた分で、もはや後にひけない状態になっているのだ。早く、もっと強く、欲しい。
「礼音さん、指」
 気づいた守仁が礼音の指をほぐした。一本一本ていねいに解いて、かわりのように与えられたのが、礼音がさっきまで使っていた守仁の上着。

「もう少し、待って」
「い、いらないっ」
 まるでぬいぐるみか何かみたいに握らされて、礼音はいたたまれなくなってしまう。一人遊びを守仁に見つかったときだって死にたくなったのに、このうえなんのプレイだ。
 礼音は恥を丸めて捨てた。
 いいから、と言う。

「いいから、…もう、」

 早くどうにかしてくれと恥を忍んでうったえるのに、守仁はでも、と言った。
「まだきつい。傷つけるのは嫌だ」
「オレがいいって言ってるんだからいいんだよ。てか守仁、オレのことそういう意味で好きじゃねーじゃんっ」
 苦しいし欲しいし早く楽になりたいし羞恥プレイのような真似をされて恥ずかしいしで、だだっ子みたいになるのは許してほしい。だって守仁には見えているはずなのだ。守仁がほしくてほしくて、早く早くとうねる礼音のそこが。みっともないくらいだらしなくゆるんで、甘えるみたいに収縮するそこが。

(やさしくすんな)

 守仁は礼音に恋愛感情を持っていない。かといって勇多たちのように礼音のフェロモンに魅了されている様子もない。だから礼音には不思議でならない。
 なぜ守仁は礼音を抱いてくれるのだろう。
 ベルフェゴールになにか言われたのかもしれない、というのが最初の考えだった。礼音に恋愛感情を持っていない守仁が進んで礼音に応じたとは考えにくいからだ。
(でも、だからって、する? 言われたからって、)
 しかも素面で。けれど意思を操られていたようにも見えなかった。

「守仁、なあ、守仁ってば!」

 困ったように小首をかしげている守仁がいい加減憎らしくなってくる。頭ではわかっている。守仁は礼音の体を痛めないように気遣っているだけだ。だけど。
「もう、いい」
 礼音は体を起こして守仁の肩を押した。しっかりと膨張してそそりたつ守仁のペニスをつかんで、自分の尻穴にあてる。礼音さん、と守仁がびっくりしたように呼んだけれど、知るもんか。えいやっとそのまま自分の体内へとつきさした。

「あっあっ入ったっ守仁のおっきいの、入った、ああっ」
 きもちいい、と思う。やっとやっと求めていたものがきてくれた喜びで、礼音のペニスが精を飛ばした。けれどまだ足りない。もっと足りない。礼音は腰を動かして、体内にある守仁のペニスを誘導する。

「…っ」
 気持ちのいいところを掻くように腰を深め、あるいは浅く揺らす。そのたびに喉が、体が震えて、礼音は唇を噛んだ。
 そうしながら、まるで守仁のペニスを使って自慰を続けてるみたいだと思う。罪悪感は、けれど次の快感で消し飛んだ。守仁は礼音のしたいようにさせてくれている。

「は、…ぁ」
 気持ちがいい。止まらない。礼音は陶然と守仁をむさぼる。また熱がたまってきて、自分のペニスに手を伸ばした。
「…ん、んっ」
 裏筋を擦ったり先端の部分を押したりするけれど、たぶん腰の方にどうしても気がいってしまうせいだろう、思うように快感が得られない。もう少しなのに。

「…礼音さん、かわいい」

 守仁が笑った。礼音の真似をするように、下から腰をゆさぶってくる。うっかりあられもない悲鳴をあげさせられ、礼音は守仁を睨んだ。
「あとはぼくがやる」
 言うやいなや、守仁が礼音と体勢を入れ替えた。一度ペニスを引き抜かれた礼音の尻穴がおいすがるように動いたのを、きっと守仁もわかっただろう。

 無言のなか、互いの視線が交わった。守仁が礼音の手をとって、指にくちびるを寄せる。
 かたちのいい唇から舌がのぞいて、ぺろりと爪をなめた。そのままくるもうとするように、守仁の舌が動く。
「えっえっ守仁、何して、」
「楽にしてあげる」
 最後にちゅ、とキスをして、守仁が礼音の両ひざをとった。待ってというまもなく、それが礼音の体内に戻ってくる。
「やだやだ守仁、いきなり深くしちゃやだあ!」
 礼音のうったえは、後半から喜びの声に変わった。


       *


 二人で寝落ちていたらしい。いろんな体液で汚れた体を濡らしたタオルで拭き、同様に汚れたシーツをはぎ取る。守仁が自分の方で寝ては、と薦めてくれたけれど、礼音は丁重にお断りをした。せっかくしずまったのに、今守仁のにおいに包まれたら、きっと思いだしてしまう。
 ので、守仁には自分のベッドに戻ってもらい、礼音は自分のところで横になった。かすかに守仁のにおいが残っている。すん、と嗅いで、礼音は自分の行動を悔いた。完全に無意識だった。何やってんだ。

(走りにいこうかな)
 時計はまだ四時前だけど、目がすっかり冴えてしまっている。悶々とした邪念を払うには、二時間くらい外の空気を吸わないとだめかもしれない。
「礼音さん、駄目だよ」
 ベッドを出ようとしたところで守仁の声が止めた。お見通しらしい。礼音はぎくりとして、正直に眠れないことをうちあける。

「何か話してよ」
「話?」

 そう、と礼音は返した。
「前組んでた投手のこと。少し、話してくれたけど、…チームのこととか、守仁はそこでどんな野球やってたのかとか」
「……」
 守仁が沈黙した。そりゃあそうだろう、と礼音は危険物の混合実験を行った科学者のような心もちで思う。守仁のおそらく一番触れられたくないだろう場所に、まさに土足をぶちこんだのだ。
 だけど、今まで通りあたりさわりなくなんてもうできない。気づいても気になっても見ないふり、隠して、遠慮して、関心を持たない。表面上だけの良好な関係。

 だってリーグが終わればもとの関係のない他人に戻るのだ。深くかかわったってしかたがない。
 きっと礼音の内心にそういう思いがあったのだろう。だから気になっても踏み込んでこなかった。
 だけど、自覚してしまった。礼音が試合で投げるときにキャッチャーミットを構えてくれるのは守仁じゃなきゃ嫌だと。
 知りたいと思ってしまった。彼がなぜ恐れるのか。何に傷つき、何をこわがっているのか。過去に何があったのか。

(理解したい)

 見ないふり気づかないふりはもうやめだ。たとえこの世界限りの縁だとしても、後悔したくない。自分に嘘はつかない。
 一人でマウンドに残されるのは嫌だ。
「…成績的には無名のチームだったよ。地区大会の予選で消えるような弱小校だった。何代か前の校長先生がすごく野球好きで、部を立ち上げたのがはじまりらしいけど」

 長い長い沈黙だった。知り合ったばかりの頃なら無視されちゃったかなとか寝ちゃったかなとか思うくらいの。
 守仁の声が続く。
「あいつが野球部に入ってきたのは、中学一年の冬だった。季節外れの転入生が、廃部寸前だった野球部を冷やかしにきたんだ」
「野球経験者?」
「素人。さすがにバットとボールは知ってたけど、キャッチャーって何って言われた」
「……」
「たぶん、旭河さんと同じタイプなんだと思う。教えることを全部吸収して、そのうえで一段階も二段階も進んだかたちで返してくる。楽しかったよ、教える方としても一緒にやる方としても」

 顔が見えなくてよかったと礼音は思う。守仁はいまきっと、“彼”と当時を思いだして顔をほころばせてる。
(…ちゃんと聞けよ)
 勝手だ。自分で知りたいって思ったくせに、自分の知らない守仁の過去に嫉妬してる。守仁に期待されただろう投手がうらやましくて、やきもちを焼いている。

 礼音はぎゅっとこぶしを握った。さらにやわらかくなった守仁の声が、そこからの軌跡を語る。
 道具が揃わなくて校長室でみんなで頭を下げたこと。結果を出すという約束をとりつけたこと。他部の選手を借りて猛練習をしたこと。夜通しでグラウンドを使って怒られたこと。クラスの女子生徒有志からさしいれをもらったこと。
 部員が増えたこと。練習試合で初めて勝利したこと。まわりの大人が応援してくれるようになったこと。地区大会で一勝したこと。快進撃が続いたこと。

「全国に行けるかもしれないって、そのうち誰かが言いだした」
「うん」

 そうだろうなと礼音は思う。それまで地区予選敗退だった学校が勝ち始めたのだ。期待ムードになるのはごく自然のことだ。
「…守仁?」
 不意に守仁の声がとだえて、礼音は体を起こす。鳥が窓の外で鳴いて、礼音は空が白み始めていることに気づく。広大が起きだしたらしく、階段を下りていく音が聞こえた。
 奥にしまいこんだ重たいものをようよう運び出してきたような息を、守仁がついた。
 礼音さん、と言う。

「こんな捕手だよ、ぼくは」

 それでもいいの、と守仁がわらう。自分を傷つけるように。
「投手の球を怖がってミットを投げ出すような臆病な捕手だ。投手から逃げて、投手を傷つけるような捕手だ。なのにミットを捨てられなくて、…自分勝手で、」
「……」
「礼音さんは前にバッテリーについてぼくに聞いたけれど、…ぼくたちは、“バッテリー”じゃなかった。投手の気持ちを一番うけなきゃいけないポジションなのに、一緒に戦わなきゃいけないのに、そのためにミットはあるのに、ぼくは、あいつの球を受けるのが嫌でたまらなかった…!」
「うん」

 つらかったな、と肯く。階段から上の段をのぞきこむように体を伸ばして、守仁の頬をすくった。
 問う。
「…後悔してる?」
「後悔」
「わかんない。でも、なんか聞いてるとその子とオレ、いろいろ共通点ありそうだから。…やり直したいのかなって」
 すくってもすくっても、守仁の涙はあとからあとから落ちてくる。まるでその心の痛みと傷の深さを表すように。

(痛い)

 杭を打たれたらこんな痛みなのかもしれないと思った。ミットを自ら焼くほど、大好きな野球から離れるほど、守仁はまだそのかつての相棒に心をとらわれている。彼に似た投手をもう一度選ぶくらいに。
(痛い…!)
 これ以上聞きたくない。これ以上自分が選ばれた理由を知りたくない。代わりだということを思い知りたくない。
 だけど話題を振ったのは自分だ。礼音は笑え笑えと自分に命じる。

「話したくなかったらいいんだけど、…そのあと、その子はどうしたんだ? …その、守仁が組んでた――」
「センザキ?」
「そう、“センザキ”くん」
 そういえば最近もどこかで同じ名字を聞いたなと礼音は記憶を探る。守仁は首を横に振った。
「怪我の後すぐにまた転校してしまったから。…だけど、」
 叶うならもう一度話をしたい。
 守仁のひとみはそう言っているようだった。

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