ハッピーエンドはカーテンコールのあとで

おく

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#14 ごめんなさい

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「ア、アバル……?」
 須王の声にアバルは反応しない。どこを見ているのかわからない濁ってうつろな目があるだけだ。まるで自分がいま何をしているのかさえわかっていないかのような。
 血が静かに流れていく。
 ぼうぜんとする須王を、修道服の男が高らかに笑った。

「あーっはっはっは! さすが、傲岸不遜で苛烈と評されようとも、かつて神々に反旗を翻した元天使さまはお優しいこって! 贄にされるはずだった人間の娘、200人ぜーんぶ自分の奥さんにしちゃったんでしょ? 神の贄になるなら当然美女ばっかだったろうし、うらやましい話だねえ」
「……」

 声は聞こえない。ただ、静かな怒りばかりが重圧のように須王の中にあるだけだ。
「うちの王様の話通りの性格なら、さぞかし腸が煮えくり返っているでしょう。でも出てこない。出てこられない。そりゃあそうだ、今少し表に出、力をふるおうものならば、その少年の魂はその瞬間にプチッと消えちまいますもんねえ!」
「……ッ」
 マズルを隙間に押し込もうとする獣のようにアバルの顎が動く。須王の小さな体を支配しているのは叫び、のたうち回りたいほどの壮絶な痛みだったが、須王はこらえた。

「ほんのご挨拶にうかがっただけですんで、今日はこのへんで。うちの王様ったらはりきって、わざわざ手土産まで用意したんですから。ね、喜んでもらえました?」
「『あまりオレを舐めるなよ、下郎が……!』」

 一つの椅子に同時に二人が座ったような圧迫感、もしくはたとえるなら風の強い日に外に出たときのような息苦しさだった。もしくは乗り物から振り落とされそうな。
「『チッ』」
 声の方もすぐに気づいたらしい。再び奥へひっこんでいく。須王は呼吸が明らかに楽になったのを感じた。

(オレを、守るため?)

 詳細はよくわからないがおそらくそうだろうと推察できる程度には、須王は声の主についての理解をはじめていた。まるでずっと前からその人となりを知ってるみたいだ、と須王は思う。
 修道服の男は言いたいことを言って満足したらしくすでに姿はない。実に性格の悪いおっさんだった、と悪態をつきたいところだったがその余力はなさそうだった。

 いまだ脇腹に噛みついているアバルへと、須王はかすみはじめている目をやる。どこで聞いたか、こういう日がいつか来ることを誰かが言っていたなと思った。
(だからそのために、オレはアバルと――しなくちゃいけないって)
 底のない泉に落ちたように須王の意識は沈んでいく。その須王と入れ替わるように須王とは異なる熱量の塊が浮上していくのを、須王は見た。



       *



 目覚めたとき、アバルは自分が須王を殺そうとしたことを覚えていなかった。そもそも朝市にでかけた以降の記憶がおぼろげであるらしいが。
(なんでか知らないけど助かった)
 須王は名も知らぬ神様に感謝した。どういう理屈かはしらないしどうでもいい、須王にはまったく興味がない。なぜならアバルがどんなふうに悲しみ、傷つくのかを容易に想像ができるからだ。自分はこうして平気でいるのにアバルが自分のことで悲しむなんて、須王には耐えられない。
 アバルが無事に帰ってきて家族の誰も痛い思いをしていない。万事それでいいのだ。

 目下の問題はそれ以外の、たとえば修道服の男に破壊された壁だったり畑だった。一応寺ということで仏罰を恐れてのことか頭から金目のものはないと思われているのか、はたまたせっせと出入りしている財前何某の名が利いているのか。繁華街の中心から外れた辺鄙な場所かつ住人も子どもという条件のわりに、この寺は「安全」だ。一度物取りに遭ったには遭ったが、そのときも何も盗まれずに終わったという。

 事実通り「あやしい黒い修道服の男が突然襲いかかってきた」と一言で済めばよかったのだが家族、こと小さな弟妹たちに不安の種を与えるのは須王の本意ではない。仕方なく須王は自ら濡れ衣をかぶり、壁の修復にあたっているわけである。畑はともかくこの場所にあの男を誘導したのは須王なので。

「オレ、このまま死ぬんだって思ったのに治っちゃうんだな。おかげでアバルたちに余計な心配かけないで済んだけど」
 不思議なことに、アバルに噛まれた場所は次に意識の主導権が須王に戻ったときにはなくなっていた。曰く、須王のご先祖による恩恵の一つであるらしい。すなわち室町幕府を興したヤマトタケルだが、須王の知る限り、「人間」はえぐれた腹がまたたくまにふさがったりはしない。

(ヤマトタケルって、人間じゃなかったのかな?)

 そうするとその子孫である自分も人間ではないということになるが、須王が覚えているかぎり「手当てもせずに傷が治る」なんて現象はなかったはずだった。擦り傷や打ち身なら程度によるが数日、骨折も相応の間生活の不便を強いられた。つまり「ひとなみ」だったはずだ。
 そこまで考えて、「あ」と須王は思い至る。須王が「ヤマトタケル」の子孫であるということは、つまり。

「きょうだいがいるのか、オレ」

 室町幕府はヤマトタケルによって開かれ、将軍家はその血筋によって成っている。大人たちがいうには当代将軍家はまだ少年なのだそうだ。北辰寺のきょうだいたちはもちろん大切だし、声の言う通り須王の正体が事実「そう」であるのならどうして須王だけがあぶれたのかはわからないけれど。
 「自分とは何者であるか」という問いから逃れることはできない。

(『さてな。オレもあれについて一から知っているわけではない』)

 ただ、と声が続けた。
(『あれは自らをある妖魔の末裔と名乗っていた。さもなくば今この地にはまったく異なる風景があったろう』)
「妖魔?」
(『人間どもに畏れられ疎まれ、ゆえに退治されるモノ。まつろわぬゆえに末路へと落とされた神、と』)
「ふうん、よくわかんね。じゃあ、“カナンのアシズ王”って? あのおっさんが言ってたのってあんたのことだよな?」
 王様だったのなら、この偉そうな物言いも納得がいく。200名もの嫁をひきとったという話も。

「王様って呼んだ方がいいかな? 違った、いいですか?」
(『よい。カナンはすでになくオレも王などではない。オレに不快を与えるだけが目的の安い野次よ。ふむ、やはり今からでも殺しに行くか』)
「やだよ、寒いもん」
(『……これだから。これだから子どもは好かんのだ……ッ』)

 疑問が解消したことで満足し、須王は集中して作業を進める。空が暗くなり始めた頃にはすべての穴をふさぎ終えた。様子を見にきたらしいアバルが「おつかれさま」と須王をねぎらう。
「うわあ、やっぱり器用だなあ、新しく作ったみたいだ」
 子どもたちがアバルを好きなのは、アバルがまず褒めてくれるからだ。須王はないはずの尻尾を振ってえっへんと胸を張る。

「この須王様にかかればこの程度の雑用など朝飯前よ!」

 言って、須王は内心違和感に首をかしげたが、その違和感の部分がアバルにはうけたらしい。くすっと笑って須王の髪をなでた。
「朝飯前か。さすが須王だなー」
「もっと褒めていいぞ」
 片づけをしてアバルと本堂に戻る。夕飯が終われば就寝だ。夜更かしをしようにもすることがないので皆だいたい寝てしまう。須王はぱちりと目を開け、部屋を抜け出した。

 向かう先はアバルの部屋である。
 おそれていたことが起きてしまった。一刻も早くアバルと交合をしてアスモデウスの毒の魔力アニマを上書きしなければ手遅れになってしまう。
 アザゼルが言うには本来アスモデウスは死者を意のままに操るすべをもっているのだそうだ。戦死者の多く出る戦場は、そのためアスモデウスにとって無尽蔵の武器庫であり兵舎だった。敵も味方も死者となってのちは区別なくすべてアスモデウスの手ごまとなった。

 今洛土で起こっている吸血鬼騒ぎとアスモデウスはおそらく無関係ではない、というのがアザゼルの見立てのようだ。アスモデウスは洛土中の人間を吸血鬼にしたてあげて、いったい何をしようというのだろう。
 アバルの部屋に入って、眠っている彼のかたわらに腰を落とす。ひとよけと、万が一アバルが起きたときの対策はした。が、いざはじめるぞという段になってもアザゼルはぐちぐちと文句を言っている。

(『長生きはしてみるもの、とは年寄りどもの口癖だが、よもやこのオレが他人の、それもあのアスモデウスめのおさがりをあてがわれる日がくるとは!』)
「おさがりって言うな。だいたいその前にもケムエルがアバルに祝福を与えてるんだからアスモデウスだって同じじゃんか」
(『うむ。こうして連ねてみるとこの男、とんでもない尻軽よ。それも大物ばかり狙いよる』)
「違うよ。だって全部アバルが自分で望んだわけじゃない」

 「須王」の瞳の色が変わる。須王は知らないがアバルが「未来の須王」と評したその姿は、アザゼルがかつて約束を交わした往年のヤマトタケルのものだ。
「『まったく貴様の言う通りなのだ』」
 「須王」の表情が本来の須王のそれよりも大人びて、シニカルなものになる。

「『ケムエルは偶然だったろう。オレについてもまあ、そのうちの一つに数えてやってもよい。この二つの名が揃った時点でアスモデウスも仕方あるまい』」

 だが、と口の中でつぶやきながら、「須王」は部屋の隅へと視線をやる。「三郎さん」と命名された地蔵はほかの二体同様、かつて封印の依として使われた一つだが、消失したのか適切な器を見つけたのか中に同胞の気配は感じない。
 ここに封じられたのは誰だったか。「須王」が思案するかたわら、唇がすやすやと眠るその人にゆるしを請う。

「『ごめんなさい、アバル』」

 やっぱりきれいな人だなと抱く思慕はどちらのものか。陽を照り返す金色の髪も白い肌も、長いまつげやほっそりとした肢体も全部全部、神様がつくったみたいにきれいだ。なのに案外口が悪くて、素行はよいがときどき行儀が悪いときがある。
 それらを、アバルは長い時間をかけて直してきた。直しながら気を付けている。須王たちのために。須王たちに悪い手本にならないようにアバルはいつも気を配っている。

 親なしだからと馬鹿にされないように。それみたことかと後ろ指をさされないように。
 父がなくとも母がなくともたとえ誰かに望まれた命ではなくともしあわせになれる。ちゃんと「まっとう」に育つのだとアバルは自分がそうなることで須王たちに示そうとしているのだ。

 みじめなんかじゃない。かわいそうなんかじゃない。獣ではなく人間として生きる。ちゃんと生きる。しあわせをわかちあう。
 アバルのそういうところが、「須王」は好きだ。須王だけじゃない、きっとみんなが。
「『ごめんなさい』」
 そっと額に口づける。そうして寝間着の紐をといた。
 オレを愛してくれるあなたにこんな汚い気持ちを抱いてしまって、ごめんなさい。


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