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11 お風呂への誘い

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 狭い室内に三人目が入ってくる。
 僕とマリエルがベッドに座り、ファーが丸椅子へと座っている。
 隣にいるマリエルの顔が赤い。

「馬鹿な事いってるんじゃないわよっ」

 ファーは涼しい顔で受け流している。

「もちろん冗談ですよ、食事を持っていっただけなのに帰りが遅いからです。
 申し訳ありませんが、一応聖騎士であるマリエル隊長を、ヴェルさんがどうこうできるとは思いませんし」
「一応聖騎士ってのは何よっ。
 あっ、ファーこそヴェルの部屋に何しにっ」
「お風呂でもと」
「お風呂?」

 マリエルがファーの言葉を繰り返し聞き、同じ答えを言うファー。
 風呂? 
 ファーは包みを僕に手渡してくれた。
 中身を開いてみると、新品ではないが汚れの無い服と、タオル。
 それにせっけんだ。

「ですから、お二人とも。
 いえ、マリエル隊長は置いておいても、ヴェルさんは疲労が溜まっているかと思い。
 幸いこの町にあるお風呂ですけど、そこの離れの施設は貸切で抑えてありますので」
「あーっいいわね。
 さっすが頼りになる副官だわ、私達も昨日入ったんだけど天然のお湯に色んな木が浮いて気持ちよかったよ」
「木ではなくて。精神を安定させる葉です」

 そういえば、温泉施設があったな。
 タチアナの町はいくつかの温泉施設が整っていたのを思い出す。
 湯は使い放題、火を起こす必要も無い、体もリラックス出来ると中々評判もいい。
 僕も何度が誘われて入った事はある。

「じゃ、ヴェル。
 案内つけるから用意できたら下に」
「では、ヴェルさん失礼しますね」

 強引に決まり、二人は部屋から出ていた。
 自分の服装を見た。
 あちこちが破れていたり、土や血の後が着いている。
 汗も掻いていたのかちょっと匂っている。

「さすがにこれは不味いか」

 ファーに隠すために慌ててまいた包帯を、きれいに巻きなおす。
 廊下から一階へと戻ると、酒場には既に何人か聖騎士団の女の子が戻っていた。
 僕の姿を確認した女性達が、手を振ってくる。
 どう返したらいいのかわからず、とりあえず頭を軽く下げた。

「いたいた、ヴェルー」

 声のするほうを振り向くと、マリエルとミントが立っている。
 近くに行くと、笑顔で僕に話しかけてきた。

「一応今日までは、皆も休みって事だから、護衛はミント副隊長って事で」
「はーい、ミントがんばるなのだ」

 マリエルの紹介でミントが八重歯を見せ笑っている。
 最初に会ったときと違い、小さな青いマントをロープのように着ていた。

「えっと、ミント?」
「似合ってるなのだ?」

 くるりと回ると僕にどう? と、聞いている。

「似合ってると思うよ」
「嬉しいなのだっ」
「はいはい、ミントも仕事忘れちゃダメよ」
「わかってるなのだ」

 ミントは元気よく酒場を出て行く。
 僕とマリエルはあっけに取られてその姿を見送った。

「ちょ、ミント。
 ヴェルを置いていってどうするのよっ!」

 マリエルが叫ぶと、ミントが走って戻ってきた。
 てへへと、笑って誤魔化している。

「えーっと、じゃぁヴェル頼んだわね」

 護衛される側に頼む事じゃないだろと思いつつも、僕は頷く。
 離れの温泉施設まで一緒に歩く事になった。
 宿からはかなり離れており、マリエルからは町の東側にある山岳地帯に湧いていると、教えてもらっている。
 
「温泉なのだー、温泉なのだー」

 ミントが割りと大声で歌っているので、すれ違う人の視線が集まる。
 聖騎士の服装に身包んだ子供と、うす汚れた僕。
 見ないほうがおかしいというか。

「ヴェルにい、ついたら一緒に入るのだ」

 大きな声で言うので、思わずつまづく。
 慌てて周りをみると、誰も居ない。
 よかった聞かれていない。

「どうしたのだ?」
「どうしたも、こうしたも……」

 子供に見えるミントだって女の子だ。
 それに聖騎士、家族や兄妹でもないし一緒には不味い。
 
「それはダメと思うよ」
「なんでなのだ? たいちょーが護衛を任せるっていったのだっ」

 護衛も何も風呂の中まで一緒とは言ってないだろうに。

「ヴェルにい、一緒に入りたくないのだ?」

 人によっては、お金を払っていても入りたい人間はいるだろうけど、僕はそうじゃない。

「気持ちを落ち着けるに一人になりたいんだ」
「なのだー、ヴェルにい、わかったなのだっ」

 本当にわかったのだろうか、謎である。

「施設はまだ遠いの?」
「まだなのだ」

 思ったよりも遠いな。
 すれ違う人は温泉の後なのだろう、笑顔で道を譲ってくれる。

「所でなんで僕を、ヴェルにいってよぶのかな」
「だめなのだ?」
「いや、ダメじゃないけど」
「たいちょーの恋人だからなのだ」

 そっか、恋人ならしょうがないな……。
 あまりにミントが当たり前に言うので納得しそうになった。

「いやいや、違うから。
 なんでそういう話になってるのかわからないし。
 僕みたいな人間とマリエルとは釣り合いにもならないし。
 いや、釣り合ったからどうかというわけじゃなく――――」
「ヴェルにい、早口すぎるのだ……」

 ミントに突っ込まれて、僕は深呼吸をする。
 ゆっくりと話す。

「とにかく違うからね」

 納得してない顔を僕に向けてくる。
 話題だ、話題を変えたほうがいいだろう。

「所で、全員女性だけど男性はいない?」
「うんっ、マリエルたいちょーはねー。
 女性でもかつやくできる場を作ったえらい人なの。
 ファーちゃん言ってたの」

 と、なると、マリエルの部隊はやっぱり特殊なのか。
 ミントが急に駆け出していく。
 大きな滝を囲むように、木造の板が壁になっていた。
 左右に入り口があり、それぞれ男と女と印がついている。
 地下からの温泉と、滝からの水で丁度よくなっているのだろう。

「むー、入り口は別れているのだ」
「本気で良かった……、ミントもありがとう。
 休みと言っていたけど、僕のために仕事になって」  
「だいじょうぶなのだ」   

 ミントが立ち止まるので、僕も立ち止まる。
 かわいらしい顔で、両目の端っこを横によっぱり細めにする。
 口を尖らせて喋りだした。

「『いい? ミント、うちの隊には男にうえた女が多いから、あなたが護衛に行ってもらっていい』って」

 誰の物真似なのか、わかってしまった。
 ファーの物真似をミントに思わす小さく笑う。
 なるほど、だから酒場でも手を振ったりする子が多いのか。

「おおっ、ヴェルにいが、笑ったなのだ」
「そんなに、僕は笑わないかな?」
「うんっ」
「そうかな? じゃ、男湯はあっちだから」

 先に上がったほうが、外の大岩の前で待つと約束して、男と書かれた小屋へと入る。
 棚には、アミ状のかごが置いてある。
 これに衣服をいれればいいのか。
 右腕の包帯を外す、着替えの中には新しい包帯も入っていた。
 全てを脱いだ後、もう一枚扉があり僕はその扉を開き洗い場へと入った。
 
「すごいな……」

 幾つもの岩を置いて巨大な湯船になっている。
 滝の水しぶきと、お湯の熱で湯気が立ち上っていた。
 村でも風呂に入ったりもするけど、小さな池を作り焼いた岩を入れるか、小屋の中に焼いた岩を置き水をかけ蒸気で体を拭いたりするぐらいだ。

 入り口部分には、使い込まれた桶が無造作に転がっていた。
 一つを取りお湯の場所へいく。
 温度を確かめ体にかけた。
 全てが洗い流される気分だ。

「あ、せっけんを脱衣所にわすれてきた……」
「はい、ヴェルにい。
 せっけんなのだ」

 僕の斜め後ろから白い手と共に、せっけんが視界入ってきた。
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