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三章

104 堕落した兵士達

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 カーヴェの町を出て数日が立つ、僕はいま馬車の御者(ぎょしゃ)をしている。
 ホロ付の馬車で馬は一頭。
 隣には欠伸をしながらのジャッカルが座っている。

「さてと、見えてきたぜ」

 見えてきたというのは王都マミレシア。
 海があり、王国と隣接している。
 その王国を守るように大きな塀があった。
 以前の記憶では大きな門は開けはなれていたけど今は閉まっている、なんでも警備上の理由から特定の人間以外出入り禁止令が出されているからだ。

 僕らが近づくと、向こうも当然気づく。
 中年の兵士と若い兵士が十人ほど気だるそうに寄って来た。

「おいっ、そこの馬車止まれっ!」

 言われた通りに僕は馬車を止める。
 取り囲み僕らを馬車から降りるよう命じてきた、素直に従う。
 相手は十人、力押しで突破しようと思えばいける人数である。
 中年の兵士が欠伸をしながら話しかけてきた。

「現在マミレシアは一般人は入れない」
「入れないってそりゃどう言う事っすかねぇ」

 ジャッカルだ。
 兵士の一人が、にやにやと笑う。
 以前来た記憶では、こんなにも嫌な顔の兵士は見た事がない。

「そのほうも知っているように女王が死去された。
 現在は新王マルボイ様になり、一般人は出入りを禁止している。
 わかったのなら帰れ、でなければ斬る」

 周りの若い兵士は嬉しそうな顔で、中年の兵士へと向き直った。
 隊長、今日こそ俺が最初に切らしてもらうんですからねと話しているのが聞こえた。
 馬車の中で大きな音が鳴った、恐らくは床を叩いた音だろう……。
 音に気づいた、いや気づかないほうがおかしいけど兵士長が叫ぶ。

「おいっ、積荷はなんだっ!」
「いやぁ、大事な商品でさあ。斬る斬らないで怯えたと思いますんで」
「積荷を確認させて貰うぞ」

 そういうと、中年の兵士長は若い兵士へと見て来いと命令する。
 万が一危険な物だったら困るから部下に行かせたのだろう。
 ジャッカルが僕に目配せをする。

「ご心配には及びません、今見せますので」

 僕は馬車の後方を部分の布を少しだけめくる。
 鉄の檻(おり)があり、首輪と裸に近い服装を着た女性が四人座っていた。
 カツラや、肌の色を化粧で塗り替えたマリエル達だ。
 顔はなるべく見せないように下を向いたり背中を向けたりしている。

「何だお前ら奴隷商か」
「いえいえ、滅相もない。
 見世物小屋みたいな商売をしております、新王はその手の商売に寛容(かんよう)と聞いて」

 国内では奴隷商は禁止されていた。
 まぁそれでも、隠れてやっている人間は居たし、なんだったら盗賊なんてそういう職業もかねてる。

「確かに、貴族共は好きそうだしなぁ。でもまぁ、入れるわけにはいかねえな。
 それに、もっと若い方がいいんじゃねえか?」

 ちらっとマリエル達をみると、若干一名の背中がぷるぷると震えている。
 背格好からしてマリエルだ。
 僕はそっと、布を戻して馬車の中を隠す。
 ジャッカルが僕に命令をする、今の僕の立場は奴隷商に使える下っ端だ、ジャッカルはその親分。

「二人ほど歳いってますが、あれはあれで客が好むんでさ。
 おいっお前もボサっとしてねえでアレをもってこい」

 頭を叩かれた僕は、馬車から皮袋を五つ掴む。
 背中から、すいません使えない奴でと聞こえてきた。
 頭を叩かれた僕は、馬車から皮袋を五つ掴む。
 中に入っているのは金貨だ、僕はその皮袋を一番威張っている兵士長へと手渡した。

「な、なんだこれは!?」
「いえ、警備も大変とおおもいまして。
 こちらも話は伺っております、こちら、とある方からの紹介状です」

 ジャッカルの笑みに、兵士達も得意げな顔になった。
 いくら出入りを監視したからって、王都だけではやっていけない。
 現在は、物流に限り紹介状があれば出入りは出来るようになっている。
 もちろん正式な紹介状なんてあるわけじゃない、僕が手渡したのは紹介状と偽った金貨袋だ。

「なるほど……随分と軽い紹介状だな」
「これはこれはっ、おいっ」
「は、はいっ」

 僕はさらに追加の皮袋を手渡す。

「まぁこんなもんだろう」

 中年の兵士は満足した顔になり、他の部下にマリエル達の両腕を確認させた。
 ハグレになった聖騎士を警戒しての事だろう。
 今はジャッカルが持ってきた薬で全員が篭手を外しているし、篭手は馬車の中へと隠していて見つかる事はない。

「よし、町の中まで我々が護衛する。黙ってついてくるように。
 お前とお前、あと、お前達も来い。
 後の者は警備を続行しろ、他の場所を警備するのを思い出したので暫く戻ってこないからそのつもりで居ろ」

 前三人、後ろ二人という兵士に付き添われて城下町へと入った。
 昔の記憶と違い、入った印象は活気が無いの一言だ。
 どこかどんよりしているし、人影が少ない兵士の姿を見ると走って逃げていく人も見かける。

「よーし、止まれ」

 僕は馬車を止める。
 止めた場所は大きな馬車小屋の中だ、ただ周りには壊れた馬車はあれど馬も居なく寂れている。
 ジャッカルが兵士長へと尋ねる。

「あのー、なんで皆さん剣を抜いているんですかね?」
「そのほう達、禁止されている奴隷商とみた。
 王に代わって成敗いたす」

 言葉だけ聴くとかっこいいはずなんだけど、全員が全員嫌な笑みを浮かべている。
 これじゃ、どっちが賊なのかわからない。
 うわー俺人殺すの初めてなんっすよっ、楽しみだなや、隊長今度の女は壊さないで下さいよっ、など声も聞こえてくる。

「そ、そんな。騙したんですかいっ!?」
「騙したも何もない、安心しろお前らの商品は俺達が買う」
「い、いかほどで?」
「代金はこれだよっ!」

 兵士長の剣がジャッカルへと襲う。
 普通の人間なら切られるスピードだ、でも、四十年以上も裏家業に居た男だ顔付が変わると既にナイフで兵士長の喉を突いていた。
 呆気に取られていた他の兵士も地面へうずくまる、こっちは僕がやった。
 手加減はしたけど、骨の数本は簡便してほしい、僕らは兵士が着ている服を適当に破くと手足や口を縛った。

「ちょっと、早く開けなさいよ」
「ヘイヘイ」
「ヘイは一回でいいわよ」

 ジャッカルが馬車の檻を開けた。
 中で着替えていたマリエル達が降りてくる。
 服を着ただけでカツラなどは取っていない、アデーレとサナエはすぐに小屋の中を物色し、ミントは拘束された兵士を突いて遊んでいる。

 マリエルはジャッカルをにらみ付けていた。

「で、誰と誰か年増なのよ?」
「ありゃ、聞いてたのか?」
「聞こえるに決まってるでしょうにっ。
 なーにが、俺様に任せておけば穏便に入れるよっ、結局力技じゃない、これだったら最初から――――」
「でも入れただろ? 文句ばっかり言うと小じわが増えるぞ」

 マリエルが口をパクパクすると、深呼吸をし始める。
 落ち着いたのか周りを確認し始めた。
 死体が一つと骨が折れた数人の兵士。

「ま、悪いけどコイツみたいに成りたくなかったら今しばらくは騒がない事ね」

 死体を指差すと、周りの兵士は首を縦に何度も頷く。

「本当は全員に死んで貰いたいぐらいだけど……」
「そうだな、どうせ他の旅人も同じような感じで殺してたんだろ?
 ま……っとっと名前を呼ぶ所だったぜ。
 ねーさんよ、こいつらも殺しておいたほうがいいと思うぜ」

 ジャッカルの言葉に兵士達は必死に首を振る。
 人を殺すのは良くて殺されるのは嫌か、まぁ誰でも殺されるとわかったらそうだろうけど……。
 ともあれ僕らは王都に入る事は出来た。
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