月夜の猫

平野 裕

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1.白銀の猫

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  消え入りそうな夜がある。
 こうすればよかった、ああすればよかった、こうしたら傷つけずに済んだのに。傷つけてしまう自分が嫌になって、同じ思考がぐるぐると回って、答えは出ずに朝が来る。
 この日はそんな日で、こんな時は早くに寝てしまうに限ると、目を閉じた。
 ただ、今日は特別月の明るい日のようで、カーテンの隙間から淡く光が漏れている。普段暗い部屋が少しでも明るいと気に泣てしまうもので、ふらりと外へ出た。
 外に出てみると、大きな明るい月が正面から少年を照らしていた。その眩しさに目がくらみ、眠い目をこすっていると、視界の端に動く影……いや、光が見えた。少年が視界にとらえたそれは、猫だった。月の光を全身に浴び、仄かに輝く白銀の毛をなびかせた猫は、こちらの姿を認めると、ひとつゆっくりと瞬きをした。
「やぁ、いい夜だね。」
    まるで友人のように親しげに、優しい声で、白銀の猫は少年に声をかけた。
「そうだね、眩しくて目が覚めたよ。」
少年は少し戸惑ったが、すぐに言葉を返した。
「君は冷静だね。もっと驚くかと思ったんだけど。」
白銀の猫はそう言って、金色の目を丸くした。吸い込まれそうなその目をなんとなく見ていられなくなり、すっと目を逸らした。
「…こんな月が出ているんだ。猫だって話し始めそうでしょ。」
「はは、違いないね。」
    白銀の猫は少年の足元にすり寄り、ひくひくと鼻を動かしたかと思うと、甘えた声で「にゃあ」と鳴いた。少年はその背を1度だけ撫でてやった。
「君は運がいい。目が覚めてしまったのなら一緒に散歩しないかい。いい場所を案内するよ。」
「いい場所?」
白銀の猫はひとつ伸びをすると、ついて来てというようにするりと足元をなで歩き、月に向かって歩き始めた。

                                        * 

    しばらく白銀の猫と連れ立って歩いて行くと、狭い路地へ入っていった。
「私はいつも使えないのだけれど…、今日は君がいるからね。こっちの道を使おうと思って。」
そう言った白銀の猫はするすると路地を歩き、時々立ち止まってはきちんと少年がついて来ているか様子をうかがった。
「ついて来てるよ。」
少年がそう言うと、安堵した顔をしてゆっくりと歩き始める。この問答が必要な程度にはそこは狭く、少年が通るのでやっとだった。
「もう少しだから。」
    そう言われてしばらくすると、ふっと息がしやすくなる。体を真っ直ぐに向けられるほどに道が広くなったようだった。その道の先で、白銀の猫は壁を見つめていた。
    白銀の猫に追いつき壁をみると、その壁には建物の隙間からか一筋の月光が差しており、また、よく見てみるとドアが静かに佇んでいた。猫がいなければ、おそらく通り過ぎていただろう。ドアを見てぼぅっと立っていると、猫が足をつついた。
「ここは入口。人間用だからいつもは使えないけどね。さ、開けておくれ、目的地はここだから。」
そう言ってドアをつつく。
    ひんやりとするドアノブに手をかけると、少しずつ手前に引いた。ドアは意外と重く、手の熱がすっかり冷たくなってしまった頃にやっと全て開いた。ドアの向こうは真っ暗だった。しかし、少しだけ風が流れてきている。
    躊躇っている少年に、猫は優しく促した。
「建物の中じゃないの?風が吹いてる。」
「このドアは唯一月光が届くドア…どこへでも行けるんだよ。まぁでも、ある意味じゃ部屋かも。」
まぁ入ってみて、大丈夫だから。そう言われるままに、少年は一歩踏み出した。
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