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2.赤毛の猫
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暗闇を輝く猫の淡い光だけを頼りに進んでいくと、暗闇がさっと晴れ、薄暗い森のような場所が現れた。少し肌寒い風が吹き、少年は身を震わせた。くるりと辺りを見渡すと、周りの木に何かがぶら下がっているのが見える。「葡萄だ」そう呟くと、
「おや、こりゃ珍しい客人でさぁ。」
そう、ゆったりとした声がした。
声のした方を見ると、大きな赤毛の猫が木々の間からのっそりと歩いてきていた。
「葡萄に悪さをする奴らが迷い込んできたのかと思ったら、あんただったか白銀の。」
「やぁ赤毛の。久しぶりだね。」
赤毛の猫は白銀の猫にゆっくりとした足取りで近づき、ゆっくりとひとつ瞬きをした。
「ところで、その子供は連れかい。」
「あぁ、そうさ。月光に起こされた少年だよ。一緒に散歩をしているんだ。」
「初めまして。」
少年はそう言いながら、赤毛の猫の前にしゃがんだ。赤毛の猫は二、三度少年の手を嗅ぐと、少しだけ顔をしかめた。
「……そうかい。随分とまぁ霞んでる。これも君の気まぐれか、白銀の。」
そう言われた白銀の猫は、ふん、と鼻を鳴らした。
「まぁね。後は私の都合もある。」
「どういうー……。」
そこまで言いかけたところで、少年の腹が大きな音を鳴らした。先程から葡萄の甘い匂いが鼻をくすぐり、少年は無性に腹を空かせていた。
「んははは!すまないねぇ、気づかなかった。ここの葡萄はピカイチでさぁ。食べてみるといい。」
赤毛の猫はそう言って身を翻して木を登ると、爪をうまく使い、少年の手のひらへ葡萄を一房落とした。
葡萄は一つ一つの実が大きく、ずっしりとした重みを感じた。後ろでもう一つ落ちた音がすると、白銀の猫が目を輝かせながら葡萄を頬張っている。それをみた少年も猫に倣い実を一つ口に入れると、実を包んでいた薄い皮が風船のように弾け、ぶわりと葡萄の香りが口いっぱいに広がった。そのまま実を噛むと、あとからあとから果汁が溢れ、食べた後の満足感といったら。こんな美味しい葡萄は初めてで、少年は目を白黒させた。
「美味しいでしょう。」
いつの間にか木を降りていた赤毛の猫は、下に落ちていた葡萄をひとつ口に含んだ。
「美味しい。こんな葡萄は初めてだよ。」
少年がそう言うと、赤毛の猫は満足そうに眼を細めた。
「そうだろう、そうだろう。」
「……どうしてこんなに美味しいの。」
少年はもう一つ実を口に入れながら言った。赤毛の猫はゆっくりと毛繕いをしながら答えた。
「そいつらを、甘やかしすぎないことが大切なんでさ。」
そう言って葡萄をつついた。
「甘やかしすぎない……?。」
「そう、そいつらを尊重してぬくぬく育てるだけじゃ、そうはならないんでさぁ。」
「ほう?それは是非とも教えて欲しいね。」
葡萄を一通り食べ終わったのか、白銀の猫は話しながら自身の口や手を舐めている。
「あぁ、構わないさ。まぁ要するに、そのままぬくぬくと育ててたら木がひよっちまうのさ。」
「ひよる?」
「そう、その環境が最適なら、それ以上の実をつけようとしなくなるんでさぁ。そのままじゃ美味しくならない。だから、あえて厳しい環境に変えてやる。一種の、木と私の喧嘩みたいなものなのさ。そうすると実を強く、美味しくしてくれるんでさぁ。」
赤毛の猫は誇らしげに胸を張った。
「……それは、枯れちゃわないの。」
少年が問うと、赤毛の猫はゆっくりと少年を見つめた。
「無論、リスクはありまさぁ。実際、一、二本、いやもっとか、枯れちまった。でも、そこに合わせて理解してくれた木が、そういうとびきり美味しい実をつけるんでさぁ。逆に、しなかった木には実の成長はない。リスクがあってもするべきだと、私は思っているんでさ。」
赤毛の猫はそう言いその自慢の実を一粒、味わうようにじっくりと咀嚼した。それを見ると、少年も一粒とり口に運んだ。この美味しい実が出来るのならと思うが、少年はどうしてもその過程で枯れてしまった木を思わずにはいられなかった。
「……僕は、消えちゃうくらいなら波風立てたくないな。」
そう呟くと、赤毛の猫はもう一つ口に放り込みながら、
「じゃ、そこで行き止まりだな。」
と言った。
*
白銀の猫が毛繕いを終えてすっくと立ちあがると、赤毛の猫が「もう行くのか。」と声をかけた。
「あぁ、たらふく食べたし、君もたくさん話をしたみたいだから。」
「そうか。……次来るときは教えてくれよ?また追い回されるのはあんたもごめんだろう。」
「もちろん。」
白銀の猫はそう言うと踵を返し、暗闇へ向かって歩き始める。少年は追いかける前に赤毛の猫へ向き直った。
「……ねぇ。」
「なんですかい。」
「“霞んでる”って何?」
赤毛の猫が少年に向け言った言葉。ずっと気になっていたが、聞く機会を失っていたのだった。
赤毛の猫は少し考える素振りを見せると、
「……悩みでさ、悩みの匂い。それが何か、あんたが一番わかっているんじゃないか。」
そう言って少年に一房葡萄を渡すと、木々の間へと消えていった。
「おや、こりゃ珍しい客人でさぁ。」
そう、ゆったりとした声がした。
声のした方を見ると、大きな赤毛の猫が木々の間からのっそりと歩いてきていた。
「葡萄に悪さをする奴らが迷い込んできたのかと思ったら、あんただったか白銀の。」
「やぁ赤毛の。久しぶりだね。」
赤毛の猫は白銀の猫にゆっくりとした足取りで近づき、ゆっくりとひとつ瞬きをした。
「ところで、その子供は連れかい。」
「あぁ、そうさ。月光に起こされた少年だよ。一緒に散歩をしているんだ。」
「初めまして。」
少年はそう言いながら、赤毛の猫の前にしゃがんだ。赤毛の猫は二、三度少年の手を嗅ぐと、少しだけ顔をしかめた。
「……そうかい。随分とまぁ霞んでる。これも君の気まぐれか、白銀の。」
そう言われた白銀の猫は、ふん、と鼻を鳴らした。
「まぁね。後は私の都合もある。」
「どういうー……。」
そこまで言いかけたところで、少年の腹が大きな音を鳴らした。先程から葡萄の甘い匂いが鼻をくすぐり、少年は無性に腹を空かせていた。
「んははは!すまないねぇ、気づかなかった。ここの葡萄はピカイチでさぁ。食べてみるといい。」
赤毛の猫はそう言って身を翻して木を登ると、爪をうまく使い、少年の手のひらへ葡萄を一房落とした。
葡萄は一つ一つの実が大きく、ずっしりとした重みを感じた。後ろでもう一つ落ちた音がすると、白銀の猫が目を輝かせながら葡萄を頬張っている。それをみた少年も猫に倣い実を一つ口に入れると、実を包んでいた薄い皮が風船のように弾け、ぶわりと葡萄の香りが口いっぱいに広がった。そのまま実を噛むと、あとからあとから果汁が溢れ、食べた後の満足感といったら。こんな美味しい葡萄は初めてで、少年は目を白黒させた。
「美味しいでしょう。」
いつの間にか木を降りていた赤毛の猫は、下に落ちていた葡萄をひとつ口に含んだ。
「美味しい。こんな葡萄は初めてだよ。」
少年がそう言うと、赤毛の猫は満足そうに眼を細めた。
「そうだろう、そうだろう。」
「……どうしてこんなに美味しいの。」
少年はもう一つ実を口に入れながら言った。赤毛の猫はゆっくりと毛繕いをしながら答えた。
「そいつらを、甘やかしすぎないことが大切なんでさ。」
そう言って葡萄をつついた。
「甘やかしすぎない……?。」
「そう、そいつらを尊重してぬくぬく育てるだけじゃ、そうはならないんでさぁ。」
「ほう?それは是非とも教えて欲しいね。」
葡萄を一通り食べ終わったのか、白銀の猫は話しながら自身の口や手を舐めている。
「あぁ、構わないさ。まぁ要するに、そのままぬくぬくと育ててたら木がひよっちまうのさ。」
「ひよる?」
「そう、その環境が最適なら、それ以上の実をつけようとしなくなるんでさぁ。そのままじゃ美味しくならない。だから、あえて厳しい環境に変えてやる。一種の、木と私の喧嘩みたいなものなのさ。そうすると実を強く、美味しくしてくれるんでさぁ。」
赤毛の猫は誇らしげに胸を張った。
「……それは、枯れちゃわないの。」
少年が問うと、赤毛の猫はゆっくりと少年を見つめた。
「無論、リスクはありまさぁ。実際、一、二本、いやもっとか、枯れちまった。でも、そこに合わせて理解してくれた木が、そういうとびきり美味しい実をつけるんでさぁ。逆に、しなかった木には実の成長はない。リスクがあってもするべきだと、私は思っているんでさ。」
赤毛の猫はそう言いその自慢の実を一粒、味わうようにじっくりと咀嚼した。それを見ると、少年も一粒とり口に運んだ。この美味しい実が出来るのならと思うが、少年はどうしてもその過程で枯れてしまった木を思わずにはいられなかった。
「……僕は、消えちゃうくらいなら波風立てたくないな。」
そう呟くと、赤毛の猫はもう一つ口に放り込みながら、
「じゃ、そこで行き止まりだな。」
と言った。
*
白銀の猫が毛繕いを終えてすっくと立ちあがると、赤毛の猫が「もう行くのか。」と声をかけた。
「あぁ、たらふく食べたし、君もたくさん話をしたみたいだから。」
「そうか。……次来るときは教えてくれよ?また追い回されるのはあんたもごめんだろう。」
「もちろん。」
白銀の猫はそう言うと踵を返し、暗闇へ向かって歩き始める。少年は追いかける前に赤毛の猫へ向き直った。
「……ねぇ。」
「なんですかい。」
「“霞んでる”って何?」
赤毛の猫が少年に向け言った言葉。ずっと気になっていたが、聞く機会を失っていたのだった。
赤毛の猫は少し考える素振りを見せると、
「……悩みでさ、悩みの匂い。それが何か、あんたが一番わかっているんじゃないか。」
そう言って少年に一房葡萄を渡すと、木々の間へと消えていった。
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