アイドルグループ脱退メンバーは人生をやり直す 〜もう芸能界とは関わらない〜

ちゃろ

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終幕までのカウントダウン

02





「リオンさん、元気でネ…?」
「ボクたちのコト忘れナイでネ…?」
「忘れるわけないよ!むしろ俺のこと忘れられないか心配なくらいだよ?」
「サミシイ…」
「ゼッタイ、ゼッタイ、連絡してネ…?」
「絶対するって約束する!みんなも元気でね?デビューの日を楽しみにしてるから!お互い頑張ろうね!」



最終日。
たった3ヶ月レッスンを一緒にさせてもらっただけなのに、練習生の子たちがお別れ会をしてくれた。
いい大人だけど感動に泣きそうになった。
なんていい子たちなのだろう。これからもその綺麗な心のまま大人になってほしい。



「…オマエのコト、認めナイ…………コトも、ナイ。マタ、遊ビ来ルト、イイヨ」


そして何より!!
そのお別れ会で俺に敵意を向けていた子たちまで参加してくれたどころか、また遊びに来いと言ってもらえたのだ。それも日本語で!
どういった心境の変化なのかはわからないが認めてもらえたみたいで、懐かなかった猫が懐いてくれたみたいで、俺の為に日本語で話そうと覚えてくれたその努力がそもそも嬉しくて、俺は舞い上がるくらいに浮かれてしまった。


みんな大好き!!
写真をたくさん撮って、連絡先を交換して、最後にThank you!とハグをして俺の留学生活は終わりを迎えた。
空港にて別れを惜しんでくれるオーナーとも留学中は頻繁にご飯に連れて行ってもらったりしてかなり仲良くなったので、最後に熱い友情のハグを交わした。


楽しかった分、みんなと今までのように会えない寂しさはある。けれど連絡のやり取りはできるし、来ようと思えば来れなくない距離だからそこまで悲しむ必要はないだろう。湿っぽいのは苦手なので後悔は無いし、彼らの今後の活躍を楽しみにまた会えると信じているからこそ、笑顔でお別れできたように思う。



お別れ会でのふわふわ幸せな気分の余韻を引き摺ったまま、空港から家までどうやって帰ろうかと考えているとどこからどう見ても知っている奴が待ち構えていた。こちらに気付いて大きく手を振っている。
そうだよな。そうなんだよ。伊月が出迎えに来ないわけないんだよな。
小走りに駆け寄ってくる伊月が相変わらずで笑ってしまった。



だからその夜がどうなったのかは言うまでもないだろう。死ぬかと思った。
感情激重男の我慢3ヶ月分は冗談抜きで死ぬかと思った。明日からの地獄の前に既に地獄を見た心地だ。あの男マジでイカれてる。更にその日は1日中どこに行くにも引っ付いて離れないから無駄に格闘して大変だった…。




そして翌日。
事務所に顔を出してからが本当の地獄の始まりである。
1日目のソロと2日目のコラボ。
俺は2つのステージを作り上げて完成させなければならない。短い時間でどれだけやれるのか。打ち合わせや練習、レコーディングに衣装合わせ、撮影などなど予定は毎日朝から深夜までみっちり詰まっている。覚悟はしていたが、帰国したばかりだというのにスケジュールの組み立てに容赦がなかった。


伊月とのコラボ曲はイベント後にリリースされることが既に決定している。イベントで登場する際に流す映像の撮影とはまた別に、リリースに向けたMVなどの撮影も急ピッチで行われる予定だ。これらの撮影が重なる中盤が個人的に1番しんどい山場になるだろう。



伊月は現在俳優タレント活動がメインの上、所属するグループが無いので1日目のステージには立たない。だがその分、並行して個人の仕事があるので予定は日によって違えど休みのないスケジュールという点は共通している。

お互い詰め込まれた予定をこなしつつ、空いた時間はひたすら自主練習に割き、毎日帰宅する頃にはヘロヘロなんてことはザラだった。不規則な生活になったことも重なり体力的なしんどさはかなりあったけれど、やりたいことでもあったので、楽しさが断然に勝つからしんどくても苦ではなかった。
ずっとやりたかったことが叶うのだ。気合いも違うし、思い入れだって今までにないくらいに違う。それはきっと伊月も同じだろう。
俺たち2人のステージがようやく現実として形作られて楽しみじゃないわけがない。何をどうするかを一緒に考えながら作っていくだけで既に楽しい。
踊る時に伊月が隣に居る状況はダンススクールや養成所時代の思い出が甦り、懐かしい気分もあった。




「リオンのデータ全部送ってください。ボツも含めて、撮ったやつ全部」


だから余程の迷惑を掛けない限り、多少のことは目を瞑ろうと思っている。
が、仕事に託つけて個人的な欲望を満たすのは本気で恥ずかしいからやめてほしい。
けれど悲しいことにそれで伊月のやる気や仕事のクオリティが上がるなら…と喜んで渡してしまうのがうちの事務所である。自社タレントに自社タレントを売らないでくれ頼むから。




伊月とのコラボに関しては留学中から色々と動いていたのもあって進捗は順調。お互い積極的に意見を出して構想を詰めていき、自分たちの納得できるレベルにまでなるのは早かった。
ソロのステージの方もバックダンサーを勤めてくれる研修生の子たちとの連携が仕上がって、あとは精度をひたすらに上げていくだけの段階に入った。
ここまで軌道に乗れば張り詰めていた肩の力も少しは抜けるというもの。
SNSに上げたダンス動画も概ね好評で、自分がアイドルとして再始動している実感がここに来てようやく湧いてくる。



長いこと伊月とは同じステージに立つことは無かったが、伊月は昔から俺がここで決めにいきたいなと思うタイミングや、欲しいと求める瞬間に求めている以上のものを事前に打ち合わせしなくても合わせてくれるので、最初からとてもやりやすかった。
伊月は元々察しのいいタイプでもあり、幼い頃から常日頃一緒に居るからこそ、言わずともわかるというやつなのかもしれない。今まで一緒に踊ってきた人の中の誰よりも伊月が1番踊りやすいのは変わらなくて、それが何だか嬉しかった。




衣装については、俺はてっきり歴代の先輩たちの使っていた衣装のサイズを直したものを着ると思っていたのだが、どうやら俺の留学中の間に新しい衣装を仕立てていたらしい。
ステージ衣装とMV撮影で着用する衣装は別で用意されており、MV撮影では4着の衣装があった。
衣装の分だけセットの違う撮影があり、セットも明らかに予算掛けてますといった壮大なもので、全てに於いて力の入れ具合が如実に物語られている。


ソロステージで着用する衣装は赤シャツに黒ジャケット、黒ネクタイのスーツだった。
白ベースに青や紫の組み合わせが多い俺にしては珍しい色の組み合わせである。今までと違う自分を見せていけということなのだろう。
似合うか不安だったが、いざ合わせてみると変ではなかった。お褒めの言葉をスタイリストさんたちから頂いたし、気に入らなければすぐに意見する伊月が真剣な顔でスマホを構えて連写しているのがそれを証明しているから悪くはないのだろう。
黒×赤というダークな色合いは選曲した曲にも合っているので文句のつけようもなかった。


コラボステージの衣装はロング丈タイプのタキシードで、俺はいつも通りの白を基調とし、伊月は黒を基調とした色違いとなっている。
ジャケットはモーニングコートと呼ばれる前身頃の裾が丸くカットされたデザインで、どちらの衣装も細部までしっかりとした細かい金刺繍が施されている。ライトに照らされて反射した際の輝きは華やかで、ステージ映えすること間違い無しのものだろう。俺にとってこういう系の衣装はデビューしてからずっと着てきたので馴染み深いものでもある。



逆に伊月はアイドルを実質引退してからはこういった衣装と縁遠かったこともあり、見慣れないせいか、何だか新鮮だった。整った顔をしていると何を着ても似合うからズルい。
黒髪を流す程度に軽く撫で付けてセットされたオールバックに加え、そこから長めの前髪をアシメに分けてふわりと垂らした髪型は倍増した色気の中に男らしさがどこか滲んでいて、不覚にもちょっとキュンとしてしまった。
どの角度から見ても見た目は完璧で卒のないイケメンだな、としみじみ思う。中身はかなり残念な奴だけれど。まあそれも長い付き合いになってくると愛嬌に思えてくるから不思議なもので。
遠目から見る限りは性格の悪さなんて誰もわからないし、多少の粗は顔で何とでもカバーされてしまうからイケメンという人種は人生に於いて本当に得だ。調子に乗るので絶対に本人には言ってやらないけど。



ちなみに俺は留学中に髪が伸びたのもあって、この際バッサリ切るか、がっつりツーブロックとかに刈り上げてみようかな?と思っていたのだが、顔と衣装に合わないから本気でやめてくれ!と事務所総出で止められてしまった。
そうだった。俺、イメージが崩れるからスポーツ青年とかワイルドな輩系みたいな短髪や刈り上げ全般は禁止されてるんだった…と、そこで思い出す。グループを抜けてその制約も無効になったと勝手に思っていたが、全然俺個人に有効だったらしい。説得に社長まで出て来られたら諦めるしかなかった。


なので少しだけ整えて長さはミディアムをキープのまま、緩めのスパイラルパーマをかけることになった。
ゆるふわミディアムマッシュウルフ莉音くんの完成である。プリンになった頭は帰国してから伊月が染め直すのを手伝ってくれたので、そのまま現状の暗めの茶髪を維持することになり、カラーに関しては変更は無い。
そして伊月の強い要望でコラボの髪型はそれをベースに片側を編み込んだサイドアップに決定した。何でお前が決定そっち側なんだおかしいだろ、とツッコむも、衣装と合わせたら社長含むその場にいる全員に大絶賛されたので俺はもう何も言えなくなった。俺以外の全員の"世界の崩壊を止めてやりましたよ…!"みたいな、ひと仕事終えました感がすごい。俺が髪型を冒険するのは厄災か何かなの?
自分のことなのに決定権が全く無いことにちょっと複雑になった。



身に付けるアクセサリーも全て色違いのお揃いで統一されており、違うのは髪色と髪型くらいだろうか。
このステージ用の衣装だけ見てもそれなりの金額をかけているのが窺えて、更にMVでの衣装や撮影シーンのセットなどを考えると、こういう所で事務所が自分たちにどれだけ期待してくれているのかがわかる。
その期待に、期待以上の最高の結果で応えたいと思う。


だけどそれはそれとして、俺だけ衣装さんから新郎と言われるのには納得がいかないし、断固として抗議したい。誰と結婚するんだよ。相手がいねぇよ。
すると耳聡くそれを聞いていた伊月が突然「新郎は俺!莉音は嫁!」と韻を踏みながらまたもやアホなことを言い出した。何言ってんだコイツ…と白けた視線を送るも、確かに白ってまずウエディングドレスを連想するからこの場合はお嫁さんの方が合ってるかも…?と衣装さんたちが妙に説得されてしまったのが恐怖のメモリアル。




慌しいスケジュールでの準備も終わり、本番まで残すところもあと2日。
本番を前提として通すリハーサルもソロとコラボ両方共に問題無く、準備や練習の短さを考えれば完成度はかなりのもので充分と言えよう。
様子を見に来た社長からも太鼓判を押してもらい、モチベーションとコンディションの維持も上々。本番当日にトラブルが起きないことを祈りながら、あとは全力で挑むだけ。

疲労的な大変さはあれど、全てに於いてそれを上回るくらいに楽しみで仕方なかった。どこか遠足前で浮かれている子供みたいな気分で、何より、久しぶりに観客の前に出て新しい自分を披露できるということにとてもワクワクしている。


俺たちの想いを詰め込んだ歌とダンスが全ての人に届くといいな。

そんなことを想いながら俺たちは本番当日を迎えた。





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