異世界で子育てしながら静かに暮らしたい元スパイ

ライカタイガ

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1章

第19話:門の囁き

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村に静寂が戻ったとはいえ、空に口を開いた"門"は依然として不気味な存在感を放ち続けていた。夜ごと微かに揺れ、時折ささやくような風が吹き抜ける。それはまるで、向こう側の何者かがこちらへ語りかけているようだった。

ゼインはその夜、眠れずにいた。小屋の屋根裏に登り、星の瞬きを背に、門の裂け目を見つめる。剣を膝に置きながら、静かに呼吸を整えた。

「眠れないの?」

後ろから声をかけてきたのは、リリィだった。パジャマの上に外套を羽織り、小さなランタンを手にしている。

「少しな。……お前もか」

「うん。門のほうから声がするような気がして……怖いわけじゃないけど、胸がザワザワして、眠れなかった」

ゼインは静かに微笑んだ。

「お前の中の力が、世界の変化を感じ取ってるのかもしれないな」

リリィはゼインの隣に座ると、門をじっと見つめた。

「ねぇ、ゼインおじさん。あの門の向こうにいる人たちって、本当に悪い人たちなのかな?」

「……わからない。でもな、敵だと決めつける前に、確かめる道があるなら、それを選ぶ価値はある」

リリィはこくんと頷いた。

そのとき、ふと風が吹き抜けた。門の裂け目から流れ込む風が、二人の髪を揺らす。その中に、確かに聞こえた。

——たすけて。

ゼインとリリィは同時に顔を見合わせた。

「今の……聞こえた?」

「……ああ。たしかに、誰かの声だった」



翌朝、ゼインはリオとヴァルド、そしてリリィとテオを連れて会議を開いた。

「昨夜、門の方角から“たすけて”という声がした。俺とリリィ、二人で聞いた」

リオが眉をひそめる。

「……門が完全に開ききっていない今、向こうからこちらに届く声は、“共鳴”によってしか成り立たぬ。それは、誰かがこちらと心を繋げようとしている証だ」

「なら、俺たちが向こうへ行って、直接話すという手はあるのか?」

リオはゆっくりと頷いた。

「理論上は可能じゃ。門の力に共鳴できる“器”が二つ以上存在し、そこに調停者が加われば、門の通路を“一時的に安定させる”ことができる」

「器って……」

「リリィと、テオのことじゃ」

ゼインはふたりを見た。リリィはすでに覚悟を決めたように頷き、テオもわずかに唇を噛みながら、それでもまっすぐ前を向いていた。

「……行くよ。誰かが助けを求めてるのに、黙ってるなんてできない」

「うん。僕も行く」

ヴァルドが唸るように言った。

「俺が支援部隊を組む。門の前に防衛線を張って、もしこっちに何かが出てきても対応できるようにしておく」

ゼインは感謝の意を込めて頷いた。

「……ありがとう」



門の前に立つと、空気が震えていた。昼間にもかかわらず、門の周囲だけが薄暗く、光が屈折するように歪んでいる。

リオが魔法陣を描き、リリィとテオの手をそれぞれの“焦点”に導く。

「準備はいいか?」

ゼインが問いかけると、リリィとテオはしっかりと頷いた。

「ここから先は、もう引き返せないかもしれない。それでも行くか?」

「うん」

「行く」

リオが呪文を唱え始めると、地面に描かれた魔法陣が淡く発光し始め、門の裂け目がゆっくりと開いた。中には、淡い白の光に包まれた空間が広がっていた。

ゼインはリリィとテオを抱えるようにして、その光の中へと足を踏み入れた。

——そして、次の瞬間。

彼らは“門の向こう側”へと到達した。

そこは、空も地も、すべてが白く霞んでいた。

音もなく、時間も止まったかのような静寂。

「ここが……“あちら”の世界?」

リリィが呟いたその時、目の前にぼんやりと浮かび上がる影が現れた。

それは、少女だった。リリィと同じくらいの年齢に見える。だがその瞳は深く、底の見えない闇のような色をしていた。

「たすけてくれて、ありがとう」

その声に、テオの目が大きく見開かれる。

「——お姉ちゃんの声……」

ゼインも驚いて、少女を見つめる。

(まさか……あの声は、この少女の中に?)

リリィが震える声で問いかけた。

「あなたは……誰?」

少女はゆっくりと微笑み、こう名乗った。

「私は“門の記憶”。そして……あなたたちの未来の一部」
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