異世界で子育てしながら静かに暮らしたい元スパイ

ライカタイガ

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1章

第21話:原初の樹の試練

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巨大な原初の樹の前に立つと、空間の空気が一変した。凍るような静寂、吸い込まれそうな深い響き。樹の根元に近づくだけで、胸の奥が重くなる。

ゼインは剣の柄に手を添えながら、周囲を警戒していた。リリィとテオは、少女——“門の記憶”の後ろに控え、無言で立ち尽くしている。

「この樹は、世界の“始まり”を見てきた存在。すべての理と記憶が、今もなお幹の内に脈動している」

少女の声に、リリィが小さく息を呑んだ。

「ここが……理の核心」

「ええ。そして、ここに入る者は“試練”を受けねばならない。それは力でも戦いでもない。——あなた自身の“記憶”に触れること」

テオが不安そうに問うた。

「それって……どうなるの?」

「過去、未来、可能性、失われたもの。あなたたちの魂に刻まれた、すべての記憶の中から、“本当の自分”を知るための旅になる」

ゼインが少女を見た。

「危険は?」

「乗り越えられなければ、心が壊れる。でも、ここまで来たあなたたちなら——きっと大丈夫」

それを聞いたリリィは、一歩前に出て、頷いた。

「やるよ。逃げないって決めたから」

テオも続いた。

「僕も……ちゃんと知りたい。僕がどうして“調停者”になったのか」

少女は二人に手を差し伸べる。

「それでは、扉を開きましょう」

原初の樹の根元が淡く光り、中心に縦長の裂け目が現れる。それはまるで大きな瞳がゆっくりと開くようで、見る者に畏怖を与えた。

「ゼイン、ここから先は——」

「もちろん、俺も行く。お前たちが進む道なら、俺はその横を歩く」

三人は、ゆっくりとその光の中へと歩みを進めた。



次の瞬間、それぞれは別の空間に立っていた。

ゼインは、薄暗い部屋の中にいた。そこは、かつて彼が任務を遂行していたスパイ機関の本部。壁には任務記録、監視カメラの映像、仲間たちの声。

「——ゼイン、君はもう“感情”に左右されている。任務を離れろ」

上官の冷たい声が響く。

ゼインはその言葉に抗うように叫んだ。

「違う!感情がなければ、誰も守れない!」

その言葉に、自分自身の幻影が立ち上がる。銃を手にした、かつての“冷たいゼイン”。

「守る? それが任務より大事か?」

「今の俺には、守るべきものがある」

幻影が銃を構える。その先には、リリィとテオの姿があった。

ゼインは剣を抜いた。

「お前はもう“俺”じゃない」

斬り結ぶ刹那、ゼインはすべての迷いを振り払った。幻影が砕け散ると、部屋の奥に光が現れた。



一方、リリィは古い記憶の中にいた。

小さな村。母の声。抱きしめられたぬくもり。けれど、その温もりはやがて冷たくなる。

「お願い、リリィ。この子を守って」

母の最期の言葉。そして、手を引いた幼いテオの小さな体温——

「私は……怖かった。何もできなかった。でも……」

記憶の中の少女は、涙を流しながら立ち上がった。

「それでも、手を離さなかった」

目の前に現れたのは、今の彼女自身。少し成長した“未来の自分”。

「あなたが恐れを乗り越えてきたから、今の私がいる」

リリィはその手を取り、光の中へと歩み出した。



テオの目の前には、無数の鏡が並んでいた。鏡の中には、違う選択をした彼が映っている。

ひとつは、リリィを置いて逃げた自分。

もうひとつは、誰かを傷つけて力を振るう自分。

「これが……“可能性”」

その中で、中央にひとつだけ、何も映っていない鏡があった。

テオはその前に立ち、深呼吸した。

「僕は……僕の選んだ未来を映す」

鏡に光が灯り、自分の姿が浮かび上がる。

それは、リリィとゼインと手をつなぎ、笑っている未来の姿だった。

「……これが、僕の“答え”」

光に包まれ、テオの足元に道が現れた。



三人が再び出会ったのは、原初の樹の中心——空に浮かぶ一枚の“記憶の書板”の前だった。

そこには、それぞれの記憶が刻まれていた。

少女が現れ、静かに告げる。

「あなたたちは、自分自身の“真実”を受け入れた。では今——その記憶を、理へと織りなおしなさい」

リリィとテオが手を取り合い、ゼインがその間に立った。

三人の光がひとつに重なった瞬間、“原初の樹”が揺れ、枝葉が空を包み込むように広がっていった。

それは、新たな世界の息吹のようだった。

——そして、“扉”が開く音がした。
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