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最終話
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わたくしの婚約が正式に破棄されたのは、会議室での話し合いから二週間後のことだった。
事情を知ったお父様は烈火のごとく怒り狂い、ベッケル子爵家に対して多額の賠償と違約金請求を行った。当然ながらベッケル子爵家に即金での支払い能力はなく、すべて当家への借金で賄われるになった。しばらくは極貧生活を送ることになるだろう。
子育てを失敗したせいとはいえ、少し可哀想に思った。
これまでベッケル子爵夫妻とわたくしは、とても良好な関係を築いてきていた。なんとか便宜を図ってくれるようお父様にお願いすると、綿花事業における取引は、これまでと変わることなく継続することを約束してくれた。
ヴィルバルト様は子爵家から勘当され、放逐されることになった。貴族籍を抜けて平民となった彼は、成績が悪いせいで特別奨学生にもなれず、学園をすぐに退学させられた。今はどこでどう暮らしているのか分からない。
キャリリン嬢も成績不振から特別奨学生としての資格を失ったらしく、ヴィルバルト様の後を追うように学園から姿を消した。お腹の子のこともあるのだし、ヴィルバルト様と二人、仲睦まじく素晴らしい家庭を築いてくれたらいいと思う。
元々は成績優秀な二人なのだ。やる気を出せばなんだってできるだろう。今後の人生投げやりにならず、ぜひ頑張って幸せになって欲しいものだ。そうでなければ、わたくしも後味が悪くて仕方がない。
あの婚約破棄事件の後、わたくしは若干のうつ状態に陥った。
自分の判断や選択に自信が持てなくなったことが理由だと思う。
わたくしが好きになった人は、素晴らしい人だと長年信じ続けていた人は、とんでもないロクデナシだった。
誠実だったことは確かだ。しかし、それは婚約者のわたしに対してではなく、将来自分のものとなる予定のアクス侯爵家にのみ向けられていた。お父様の目から見ても、領地運営については真面目に勤勉に学んでいたらしい。それをわたくしが勝手に、自分に対する愛情からだと勘違いしていただけだ。
すべてわたくしが悪い。人を見る目もなければ、自分本位に物事を捉えてしまう甘さがあったことが、今回の事件の発端なのだから。
だから自分が信じられなくなった。人との接触が怖くなった。
いつまた間違った判断をしてしまい、悪人を善良な人だと思込むかもしれない。それが周囲の人間に多大な迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。
一人娘であるわたくしは、将来女侯爵としてアクス家の頂点にたつ定めを持っている。けれど、わたくしにそれほどの大任が務まるのか。また人を見誤り、領地領民を不幸にしてしまうのではないだろうか。
そんな不安に苛まれ、寝込んでしまったわたくしの元に、ラファリック殿下は毎日欠かさずお見舞いに来てくれた。花束や菓子などの手土産を持って来ては、いつも楽しい話を聞かせてくれることでわたくしを和ませ、労り、そして、慰め続けてくれた。
「エレオノーラ、大丈夫だ。おまえは間違っていない。人を好きになることは素晴らしいことだ。今回は相手が悪かったかもしれない。けれど、それはエレオノーラのせいじゃない。おまえはただ、好きになった人を真摯に想い続けただけだ。それが罪なはずがない」
「殿下……」
「好きだ。誰よりも大切に想っている。おまえは、俺が好きになった人を信用できない人間だと言うのか? この国の第二王子である俺の判断が間違っていると?」
そんな言い方をされたら、否定できるはずがない。
殿下はそんな風に、わたくしが自信を取り戻す手伝いをし続けてくれた。
「好きだ、心から愛している」
そして、まるで呪文のように、会うたびに愛の言葉を繰り返し囁くのだ。
わたくしの凍てついた心は少しずつ溶けていき、元気を取り戻し、一日一日とラファリック殿下への特別な想いが育まれていった。
一才年下の殿下は、幼い頃からずっと弟のような存在だった。元気で腕白で実直でかわいらしい、庇護すべき存在だと思っていた。
けれど、今はもうその認識はない。
いつの間にか彼はわたくしにとって、この世で最も頼りになる、愛おしくて大切な人となっていた。
両手に抱えきれないほどの花束を持ち、真摯な瞳で結婚の申し込みをしてくれた殿下に、わたくしは喜びのあまり泣きながら抱きついてしまった。その広い胸に顔を埋め、嬉しくてたまらないとわんわん泣いた。
淑女としては恥ずべき行為であるが、我慢することができなかった。
殿下も嬉しそうに、そんなわたくしを抱きしめ返してくれた。
なんて幸せなのだろうと思った。
この世にこれほどの幸せがあるなんて、思ってもみなかった。
「かわいい俺のノーラ。愛している。世界中の誰よりも」
「ありがとうございます。わたくしも愛しています、ラフィ様」
わたくしたちはそっと口づけを交わし、互いを宝物のように大切に抱きしめ合った。その時に感じた幸せは、言葉では表現できないほどの満ち足りたものだった。
ラフィ様といると世界が輝いてみえる。
一人でだと不安なことも、ラフィ様と一緒ならば必ず乗り越えられる。そう信じることができた。
あれから時は流れ、わたくしは学園を卒業した。その翌年にはラフィ様も学園を卒業した。
それから更に三ヵ月。
わたくしは今、王都を離れてアクス侯爵領に戻ってきている。
明日、この地の教会で、わたくしはこの世で最も幸せな花嫁となる。
end
事情を知ったお父様は烈火のごとく怒り狂い、ベッケル子爵家に対して多額の賠償と違約金請求を行った。当然ながらベッケル子爵家に即金での支払い能力はなく、すべて当家への借金で賄われるになった。しばらくは極貧生活を送ることになるだろう。
子育てを失敗したせいとはいえ、少し可哀想に思った。
これまでベッケル子爵夫妻とわたくしは、とても良好な関係を築いてきていた。なんとか便宜を図ってくれるようお父様にお願いすると、綿花事業における取引は、これまでと変わることなく継続することを約束してくれた。
ヴィルバルト様は子爵家から勘当され、放逐されることになった。貴族籍を抜けて平民となった彼は、成績が悪いせいで特別奨学生にもなれず、学園をすぐに退学させられた。今はどこでどう暮らしているのか分からない。
キャリリン嬢も成績不振から特別奨学生としての資格を失ったらしく、ヴィルバルト様の後を追うように学園から姿を消した。お腹の子のこともあるのだし、ヴィルバルト様と二人、仲睦まじく素晴らしい家庭を築いてくれたらいいと思う。
元々は成績優秀な二人なのだ。やる気を出せばなんだってできるだろう。今後の人生投げやりにならず、ぜひ頑張って幸せになって欲しいものだ。そうでなければ、わたくしも後味が悪くて仕方がない。
あの婚約破棄事件の後、わたくしは若干のうつ状態に陥った。
自分の判断や選択に自信が持てなくなったことが理由だと思う。
わたくしが好きになった人は、素晴らしい人だと長年信じ続けていた人は、とんでもないロクデナシだった。
誠実だったことは確かだ。しかし、それは婚約者のわたしに対してではなく、将来自分のものとなる予定のアクス侯爵家にのみ向けられていた。お父様の目から見ても、領地運営については真面目に勤勉に学んでいたらしい。それをわたくしが勝手に、自分に対する愛情からだと勘違いしていただけだ。
すべてわたくしが悪い。人を見る目もなければ、自分本位に物事を捉えてしまう甘さがあったことが、今回の事件の発端なのだから。
だから自分が信じられなくなった。人との接触が怖くなった。
いつまた間違った判断をしてしまい、悪人を善良な人だと思込むかもしれない。それが周囲の人間に多大な迷惑をかけてしまうことになるかもしれない。
一人娘であるわたくしは、将来女侯爵としてアクス家の頂点にたつ定めを持っている。けれど、わたくしにそれほどの大任が務まるのか。また人を見誤り、領地領民を不幸にしてしまうのではないだろうか。
そんな不安に苛まれ、寝込んでしまったわたくしの元に、ラファリック殿下は毎日欠かさずお見舞いに来てくれた。花束や菓子などの手土産を持って来ては、いつも楽しい話を聞かせてくれることでわたくしを和ませ、労り、そして、慰め続けてくれた。
「エレオノーラ、大丈夫だ。おまえは間違っていない。人を好きになることは素晴らしいことだ。今回は相手が悪かったかもしれない。けれど、それはエレオノーラのせいじゃない。おまえはただ、好きになった人を真摯に想い続けただけだ。それが罪なはずがない」
「殿下……」
「好きだ。誰よりも大切に想っている。おまえは、俺が好きになった人を信用できない人間だと言うのか? この国の第二王子である俺の判断が間違っていると?」
そんな言い方をされたら、否定できるはずがない。
殿下はそんな風に、わたくしが自信を取り戻す手伝いをし続けてくれた。
「好きだ、心から愛している」
そして、まるで呪文のように、会うたびに愛の言葉を繰り返し囁くのだ。
わたくしの凍てついた心は少しずつ溶けていき、元気を取り戻し、一日一日とラファリック殿下への特別な想いが育まれていった。
一才年下の殿下は、幼い頃からずっと弟のような存在だった。元気で腕白で実直でかわいらしい、庇護すべき存在だと思っていた。
けれど、今はもうその認識はない。
いつの間にか彼はわたくしにとって、この世で最も頼りになる、愛おしくて大切な人となっていた。
両手に抱えきれないほどの花束を持ち、真摯な瞳で結婚の申し込みをしてくれた殿下に、わたくしは喜びのあまり泣きながら抱きついてしまった。その広い胸に顔を埋め、嬉しくてたまらないとわんわん泣いた。
淑女としては恥ずべき行為であるが、我慢することができなかった。
殿下も嬉しそうに、そんなわたくしを抱きしめ返してくれた。
なんて幸せなのだろうと思った。
この世にこれほどの幸せがあるなんて、思ってもみなかった。
「かわいい俺のノーラ。愛している。世界中の誰よりも」
「ありがとうございます。わたくしも愛しています、ラフィ様」
わたくしたちはそっと口づけを交わし、互いを宝物のように大切に抱きしめ合った。その時に感じた幸せは、言葉では表現できないほどの満ち足りたものだった。
ラフィ様といると世界が輝いてみえる。
一人でだと不安なことも、ラフィ様と一緒ならば必ず乗り越えられる。そう信じることができた。
あれから時は流れ、わたくしは学園を卒業した。その翌年にはラフィ様も学園を卒業した。
それから更に三ヵ月。
わたくしは今、王都を離れてアクス侯爵領に戻ってきている。
明日、この地の教会で、わたくしはこの世で最も幸せな花嫁となる。
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