地角町図書館の企画展示

蜂須賀漆

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第9話

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「失格、って」

企画展示を開始してから初めての館内放送、しかも不穏な内容に奏太が緊張すると、小夜が

「とりあえず進みましょう。いつまでもここにいると危ないかも」

と促すとともに、先だって迷路の中へと踏み出した。
奏太は追いかけながら今度こそ、「どういうことですか、危ないって。今のって何があったんですか」と背中に問いをぶつけた。
小夜は歩みを止めずに、「今の放送、対象者の近くにいないと聞こえないんです。それが聞こえたってことは、すぐ近くに失格になった人がいます」と答えを返した。

「それって、どういう」

危ないと告げられ、状況が飲み込めない奏太は頭の中で情報を繋げられないでいた。
確か、他者に危害を加えると失格になるというのが事務局説明だった、という記憶を、辛うじて手繰り寄せる。
2人は並んで通れない狭い通路を、右、直進、右、左と躊躇わず進んでいく小夜は、薄く振り返りながら言った。

「失格になったということは、ほとんどの場合、他の参加者を攻撃したんです。企画展示は一度失格になると、二度と参加できません。なのでというか、大体は悪あがきというか……事務局からとにかく逃げようとします」
「そもそも何で攻撃する必要があるんですか。それに逃げるったって、こんな閉鎖空間じゃ逃げ場なくないですか」

成功者数に制限はないとされている、ただし1日の制限数はあるのかないのか。
先程自分がした、助けられておいて、という懸念が、それ以上の問いに急ブレーキをかけ、質問の方向を逸らす。
幸い、小夜は質問の後ろだけを拾って

「ないです、晴山さんの言う通りです。私も理解できません。でも窮鼠猫を噛むというか、自暴自棄になっちゃって、他の参加者を探して道連れにっていうのも前にあったって聞きました。あと人質に取って失格を取り消せ、って脅したりとか」

と答えた。
求めない限り他の参加者とエンカウントしない、裏を返せば、探そうとすれば探し出せるということだ。
放送が聞こえたのは入り口付近だったので、5階に入って行かずに待機していれば、"42番"とは邂逅せずに済むかもしれないが、今度は後ろから悪意を持った誰かが来た場合、出会う確率が跳ね上がることになる。
迷路に紛れて、できるだけ早く、先程の放送が聞こえた場所から遠ざかりながらこの階を抜けるのが最善手だと、静かに角を曲がったところで、小夜が突如として立ち止まった。
すんでの所でぶつかるのは回避したが、反動で腕の痛みが跳ね上がり、それに耐えながら奏太が小夜の肩越しに前を覗くと、通路に倒れている人物がいた。

「っさっきの……!」

それは、開始前に奏太を庇ってくれた眼鏡の塾講師だった。
小夜を押し退けるようにして駆け寄り、肩を揺すってみたが、横向きに倒れている塾講師からは反応が返らない。
うーんという呻きも聞こえず、明らかに意識はないようだったが、胸は微かに上下しており、息はあった。
眼鏡は外れかけ、分厚い『アイスランド・サガ』が1mほど離れた床に、ページが開いた状態で飛んでいる。
何度か声をかけてみたが反応がなく、目が覚める気配がない。

「知り合い、ですか?」
「開始前に助けてもらったんです。……もしかして攻撃、されたんですかね」
「多分そうじゃないかと思いますが……トラップに引っかかった可能性も、一応否定できないので」

出血はなく、目立った怪我はしていないように見える上、周りの本棚に損傷の形成なし、本もずれたり落ちたりしていないため、小夜の答えも曖昧だった。

「この人、この後どうなりますか」
「もしこのまま意識が戻らなければ、リタイア扱いで事務局で救助してくれます」
「救助される前に、誰かに襲われたりは」
「ない、とは、思いたいです。失格のアナウンスがあったってことは、事務局が被害を受けた方のことも監視してるはずなので。ただもしトラップのせいだとすると、気づいてないかもしれないので、早く申告しないと……」

奏太は迷った。
もし頭を打っているならできるだけ動かず、すぐに救急車をというのがベストだが、スマホを回収されているため自力ではできないし、第一ここまで救急隊員が来られるとはとても思えない、事務局に対応を頼むしかないのだろう。
しかし、実は大したことがなく、ただ単に気を失っているだけなら、知らないところで勝手にリタイアにされたら、自分なら何を余計なことをしてんだよと怒る、かもしれない。
動けない奏太の傍を、小夜が失礼します、と通り、『アイスランド・サガ』を丁寧に閉じてから拾い上げた。
そしてそれを身体の前に抱える姿勢を取り、「リタイアしたい時は、こうやって本を抱えて『受理番号何番です、リタイアします』って宣言すると、割とすぐ事務局が迎えに来てくれるんですが、本人以外がやっても有効なのかどうか」と困り顔になった。
小夜には、リタイアさせるという選択肢しかないようだった。
奏太は躊躇いながら口を開いた。

「リタイアって、俺らが決めちゃってもいいもんですかね」

小夜は信じられないことを聞くというように目を丸くした。

「リタイアを決めるじゃなくて、こういう場合、お医者さんにすぐに診てもらう必要があるかどうかじゃないでしょうか」
「でも、大した怪我じゃなかったら、せっかく参加できたのに勝手にリタイアさせられた、ってなりませんか」
「晴山さんはそう思うんですか」
「思う、かもしれないです」

頭の片隅で、まあもうこの人は最終攻略は難しいかもしれないけど、と諦めも抱いてしまい、奏太が目を逸らすと、きっぱりした口調が降って来た。

「大した怪我じゃないかどうか私は見ても分からないので、いいですよね、事務局に申告しますね」

面食らって再度顔を上げた奏太は、憤慨が綯い交ぜになった真剣さにぶつかった。

「私なら大した怪我じゃなくても助けて欲しいです。さっき会ったばかりかもしれないけど、晴山さんこの方と一応はお知り合いなんですよね。私なら、リタイアさせられるよりも、助かる機会があったのに見捨てられる方が嫌です。
いいじゃないですか、後で何で助けたんだって責められても。企画展示は抽選があるから必ずじゃないけど、何度でも参加できます。でもここで一生動けなくなる怪我をしたり、最悪死んじゃったらそこで終わりです。何で助けてくれなかったんだって責められる機会は二度と来ません。
企画展示はイベントです、楽しんでやるものです。これに命を賭けてるって言ってる人、たくさんいますけど、だからって本物の命を賭けたらダメです」

そう言った小夜は改めて『アイスランド・サガ』を胸元に抱えた。
奏太は急激に恥ずかしくなり、咄嗟に「俺がやります、貸してください」と手を伸ばした。
自分が地下2階で腕をやられた時は、続行するかどうかは自分だけの選択だった。
今度の選択は自分のものではない。
庇ってくれた人を見捨てる、という視点は思い浮かばなかった。
塾講師の考えが、奏太と小夜とどちら寄りなのかを確認するのは不可能だし、判明を待ってはいられない。
判明する前に、自分達はこの場を去らなければならないし、あるいは手遅れになる。

「……やりますか?」
「やります」

小夜は、力強く答えた奏太に一瞬警戒と躊躇を見せたが、こちらも思い切ったように、本を奏太に委ねた。
受け取った分厚い本を、胸の前で抱くようにして、そういえばこの人の受理番号を知らないと気がついたところに、

「晴山さん、左!」

左方へと動いた目に上から勢い良く落ちるものが映り、頭を低くするのは全く遅れたが、本棚間よりも落下物の幅が大きかったことが幸いして、それは横板に衝突し、板を多少拉げさせて床に落ちた。
落ちたものを確認し、奏太は驚きのあまり声も出せなかった。
それはどこから現れたのか、ゲームにでも出て来そうな非常に大きな木槌だった。
空中に突然現れて、握る者もいないのに、勝手に振り下ろされたとしか思えないそれは、あろうことか床に横倒しの姿を次第に透明にしていき、ふっ、と見えなくなった。
夢だ、これは夢だと脳は否定したがったが、逃避している場合ではないと現実は冷たく告げて来た。

「何だぁ、さっきの情弱じゃん。座って何してんの、びびってんの?ちびってんの?」

左方の奥から、下卑た笑いを息荒く吐きながら出て来たのは、開始前に奏太をおちょくった鼻デブだった。
奏太の後に出発したはずの鼻デブが、奏太よりも先に進んでいることに、どこで追い越されたのかと衝撃を覚えたが、順番は関係ない、と職員が言っていたのはこういうことか、と奏太は身をもって理解した。
鼻デブは、タイトルは分からないが、御自慢の分厚い本を開き気味に、かなり疲弊して汗を掻いている上に、ところどころに擦り傷切り傷を拵えているようだった。

「今の……あんたが?」
「あ?そう、そうだよ。俺が"召喚した"武器。初めて見たかあ?情弱ちゃん」

召喚、どういうことだろうと奏太が戸惑っているのをにやにやと見ていた脂ぎった鼻デブは、しかし奏太の脇に倒れている身体を見つけて目を剥いた。

「眼鏡野郎じゃねえかよお!クソが!戻って来ちまったのかよ!」

汚く絶叫した鼻デブは、忙しなく左右を確認している。
進路は鼻デブが来た方を除くと3方向、左右と奏太達がいる直進、そして闖入者は容易に進める左右ではなく、よりにもよって障害を蹴散らす選択をした。

「おらぁどけや!てめーも眼鏡野郎みたいになっとくか情弱!そいつも、余計な口出さなきゃこうはなんなかったのによお!」

塾講師の人に危害を加えた容疑者だと自白した、奏太は思わずかっとなったが、立って鼻デブに詰め寄ることはできなかった。
奏太達の頭上に再度、今度は通路に入る幅にぴったりと調整された木槌が実体を取った。

「めんどくせえ、眼鏡もてめーもここで死んでけや!」

嘲る鼻デブは、振り下ろす先を見定めて初めて、通路にいるのが2人だけではないことに気が付いたらしく、「何だ、もう1人いるじゃねーか。女かあ?」と顔を顰めたが、

「げっ」

と焦り声を出して一歩後ずさった。
その、鼻デブの左半身に、金属らしい何かが凄まじい勢いで衝突し、弛んだ身体が、くの字に屈曲した。
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