地角町図書館の企画展示

蜂須賀漆

文字の大きさ
10 / 20

第10話

しおりを挟む
鼻デブが吹き飛び、視界から消えた。
直後、大きな激突と破壊音が場を支配する。
起きたことを理解する前に、ガション、ガションと油差しの悪い、金属が擦れる音が地響きとともに近づき、ぬっ、と現れたのは、天井に頭部、頭と言っていいのか躊躇われるのっぺらぼうだったが、それを歩みに合わせてぶつけている、今度こそロボットではあるが、幻覚でなく夢でもなく今確実に目の前に存在するそれが、得体が知れない危険な規格外の、

(何だよこれ!)

悲鳴が喉に引っかかって、塾講師を手と尻で踏みながら後ずさる奏太と入れ違いに、小夜が立って前に出ていった。

「ちょっ、と……!」
「大丈夫、安全装置です」

何が大丈夫なのか、この人外は、鼻デブを軽々と薙ぎ払った、そして恐らく受け身のない状態で固い本棚に叩き付けた。
ここからでは鼻デブの様子が見えないのが幸いだった、目にしてしまったら想像が現実に追い付いてしまう。
塾講師を行動不能にしたのは鼻デブだというのは、さっきの話から勘づいたが、報いを受けてざまあみろ、とは思えなかった。
分からないことばかり次々と、得体のしれないあれが安全装置?どこが安全?奏太達を襲って来ない保証がどこにある。
しかし小夜は、奏太の混乱と焦りなどどこ吹く風で、ロボットに「あの、すいません!」と声までかけた。
何やってんだ、と内心で絶叫しながら呆然としていると、

「事務局さん、見てますよね?ここの通路に倒れている方がいて、意識がないみたいなので、救助をお願いします」

と続けた。
歩む体制のまま止まったそれが、何も付いていない円柱の頭部をすーと何回転かさせたところで、

ピンポンパンポン

と呼び出しチャイムが近くで鳴り、

『運営事務局からお知らせします。了解しました、通報者はその場から離脱してください』

という放送が入った。

「晴山さん、立ってください。移動しないと」

事務局の言い方と、小夜の促し方から、救助が来るまでここで待つという選択がないことを理解した。
理解はしたが、立って小夜の後ろに続きながら、「今の、説明してもらっていいですか」と状況を読まず、即座に要求せざるを得なかった。
多少は恐る恐る、だがわくわくしながら企画展示はどんなものかと飛び込んだ。
それが、初手で怪我をさせられ、規格外のものばかり押し寄せ、挙句にルール違反で他人を行動不能にし、理不尽なその行いが理不尽な力で潰された。
自分達が進んだのは、塾講師が倒れていた通路の奥だ、鼻デブがどういう状態になったかは見ていない。
初めてだからと言い訳し、少しだけ様子見気分で、でもラッキーで良いところまで行きたい、と思っていたのは滅茶苦茶にされた。
腕はじんじんと痛み続けるし、恐怖の針が振り切れた先には、八つ当たりするくらいしか感情を持って行く先が見当たらなかった。
小夜は、奏太の機嫌が急激に傾いたのに気が付いたようで、足は止めないがスピードを落とし、少しおどおどと、さっきまで何が起こっていたのかを話してくれた。
失格者がその場で待機せず逃げた場合、つまりルール違反者へのペナルティは重い。
先程の安全装置が投入され、違反者を追跡する。
書庫から外には出られないため、ただ逃げているならば、体力の限界が来たところを捕まるだけだが、故意に破壊活動をする、他の参加者に危害を加える、そういう場合は安全装置が"安全装置"としての機能を発揮する。
つまり、確保するのに手段を選ばなくなる、先程のように。
さっきの人、奏太曰くの鼻デブは、塾講師を昏倒させて逃げ、自分達も襲おうとした。
あの力で飛ばされては絶対に無傷で済んでいない、正に勧善懲悪ではあるのだが、やりすぎ感が強い、奏太がショックを受けたのも無理はない、と小夜に控えめに言われ、奏太は急激に申し訳なくなった。
企画展示で起こっていることがことごとく常識外れなのは別に小夜が原因なわけではなく、奏太が無知なのも小夜のせいではない。
奏太は恥ずかしくなって、質問を挟んで空気を和らげようとした。

「誰も抗議しないんですか」
「図書館が訴えられた、って話は聞いたことないです。自分がルール破りだから抗議できないのか、それとも、物理的に言えなくなっちゃってるのか……」
「あっ、あの、安全装置はちゃんとロボットなんですか、ちゃんとっていうか、現実に存在はしてるんですよね」

お前は何を見ていたのか、と内心で自分に突っ込んでしまう間抜けな質問に、しかし小夜は意外と深刻に

「どうだろう……しているとしか思えないんですが、トラップと同じような現れ方をするので……」

と応じた。
トラップ、そうだった、『この階はいろいろ起こる』と言われたことを奏太は思い出した。
もどきの正体もまだあやふやなまま、そういえば鼻デブが中空に"呼び出した"としか思えない巨大木槌のことも聞いていない。

「ああ、あれは、うーん、何て言ったらいいんだろう……」

小夜はしばらく悩んだ後、「本って不思議な力を持ってると思うんです」とちくはぐな答えを口にした。
豆鉄砲を食った奏太が見えていない小夜は、話し続ける。

本に書かれている内容の力、本そのものが持つ力、それから読む者の力。
さまざまな試み、考えが選び抜かれた言葉で紡がれているか、作品・作者の知名度も影響する。
専門書なら知識の正確性と量も要素になる。
また、しっかりと固い表紙や箔押しの装丁、天金加工など。
古ければ知名度は下がりやすく、本自体が劣化していくので必ずしも強いわけではない。
ベストセラーに対しても、売れないが権威ある者による学術書が肩を並べることもある。
そして何より、その本を読む者・持つ者が内容をどれだけ理解し、どれだけ思い入れを持っているかが最も大きな力になる。

「占い師ならよく学んだ占星術の本、法学部生だと何とか憲法、みたいなバイブルがあるそうで、そういう人がその本を持つと強いかもしれません。必ずではないですけど」
「はあ」

と小夜が一旦言葉を切り、左折か直進かを考えるようだった。
本を読まない奏太は、全くピンと来ず生返事をする。

「その本の力が、この企画展示だと具体的になるんです。具体的というか具現化というか、見えるようになるというか」
「見える?」

左折を選んで曲がりかけた小夜が、奏太に顔を向けて頷き、「百聞は一見に如かず、ですかね」とまた正面を向いた。
誘導された視線の先は、そこだけ迷路が解けた小空間になっていたが、中央に一抱えくらいの、鉄色の三角錐が吊られているのでもなく宙に浮いている。
トラップ、と本能が反射的に答えを捉え、さっきの恐怖がぐっとぶり返した奏太は後ずさったが、小夜は逆に一気に前進した。

「ちょ、ちょっと!」
「大丈夫です、見ててください」

三角錐、正体は分からないそれは、近づいて来る小夜を認識し、角の1つで狙いを定めて急に速度を持った。
しかし小夜は三角錐が動き出す前に、手にした全集をぱ、と開いた。
どのページと狙った開き方ではなく、開けたところで開いたという感じだった。
それを胸元まで持ち上げるのは、さっきの鼻デブもそういえば同じように持っていた、と奏太は思い出すうち、小夜は紙面ではなく、三角錐から目を離さないまま、恐らく本の一文を、朗読じみず淡々と、空で読み上げるようにした。

『あなたはよっぽど度胸のないかたですね』

それを"聞いた"三角錐は宙で急ブレーキをかけたような歪み方をして、拉げた。
それから力を失うように、ゆっくりと4枚の三角が剥がれていき、床に届く前にすうっと消失した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!

虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん>< 面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...