続・公証長サーシャの通過点―巻き戻れなくとも自分に負けずに生きる

蜂須賀漆

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第16話(2)

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W公爵夫妻とは後でまた言葉を交わしたい、と心に留めながら、彼らはU侯爵を探そうとしたが、主催への挨拶が済みその場を離れたニコライの周囲に、公爵位に降りて以来、初めて華やかな場に現れた第1王子とお近づきになりたいと、挨拶を求める者が殺到した。
必然的にその妻であるアレクサンドラも傍らで挨拶を受けることとなり、義務とはいえ少し困惑しながら、微笑みを保ち略礼を繰り返しながら、周囲にU侯爵の姿がないかをさりげなく探した。

(いた)

ニコライとアレクサンドラの周囲にできている崩れ気味の集団、そのすぐ外側を行き過ぎようとしているU侯爵の姿を、アレクサンドラは捕らえた。
しかし彼が伴っているのは夫人ではなく、明らかに夫人ではない、少女から抜け出したかどうかという年頃の女性であった。
侯爵には、社交界デビューしたばかりの娘がいるはずであり、彼女がその娘だということは容易に推察できたが、そうするとU侯爵はこの集団に加わらないだろうとアレクサンドラは内心慌てた。
舞踏会は出会いの場として利用される。
年頃の未婚の娘を伴い、限られた時間の中で年の合う家への挨拶を優先するのが当然であった。
それに、目的の誰かと踊れれば十分と、途中で帰ってしまう可能性もある。
しかしまさか、アレクサンドラだけこの場を離れてU侯爵を追うというはしたない真似はできない。

(焦ってはいけない)

アレクサンドラは、夫から受けた戒めを心の中で唱え、そこから得られた自制心で応対をこなし切った。
夫の戒め方はごく軽い口調だったのに、こうして逸る気持ちを抑え込む効果があることを不思議に思いながら、アレクサンドラは朗らかなまま社交を終えかけているニコライを盗み見た。



U侯爵を探し出す前に開会宣言がなされて音楽が始まってしまい、まもなく第1ダンスが始まるとなっては、一旦はU侯爵を諦めざるを得なかった。
娘が同伴していたようだと聞いたニコライは思案の後に言った。

「ではU侯爵は踊らないでしょうから、ダンスの合間でも最中でも手が空いているでしょう。どこにいるか探して機会を狙いたいですが、踊りながらでは娘さんを探す方が早いかな。サーシャ、顔は分かりますか」
「踊り、ながら?」
「そうです。第1ダンスは踊らねばなりませんし、第2ダンスも、まあ踊るものでしょうね」

大事なことが頭から完全に抜けるのはこれで何度目だろうか。
アレクサンドラは自分の迂闊さが情けなく、化粧をした顔が蒼く、赤くなった。
舞踏会に足を運んで、どこの夫人・令嬢が1曲も踊らないというのか。
もちろん相手がうまく見つからずに踊れなかったということは起こるが、アレクサンドラのように既婚者で、夫に伴われている者が踊らないということは非常識に属した。
もちろん、ダンスの習得は淑女たる条件であり、アレクサンドラとて踊り方は完璧に分かっていたが、実際に踊るのはデビュタント以来初めてだった。
それほど社交を避けて来たという恥ずべき事実はもちろんのこと、今夜に備えて踊り方を練習するなどは一切していない彼女が、このような半ば公の場所で粗相をしては恥だと、冷静さを欠いたまま、ドレスの中で足の動かし方をこっそりと浚(さら)っていると、唐突にニコライが吹き出した。

「お笑いにならないでくださいませ」
「い、いや、申し訳ない。どうして悲愴な顔をなさったのかと思ったら、まさかそういうこととは思わなかったので」

男性は扇を持たず隠すものがないため、ニコライの破顔は衆目を集めた。
アレクサンドラが悄然としかけているところに、夫は至極上機嫌に言った。

「いや、でも良かった。私と踊るのが嫌なのかと思って絶望しかけたのです」
「そんな、嫌などということがございましょうか」

そう思わせてしまったことは心外であり、弁解に走ろうとしたアレクサンドラの手を、ニコライが「大丈夫ですよ」と取った。
何がどう大丈夫なのかを問いたげな妻に、ニコライは

「女性が踊りやすくするためのリードですよ。私がリードしていて失敗するなどあり得ません、お任せ下さい」

と得意げに言いながら、音楽が一度止み、間もなく1曲目が始まるという合間に、他の客達とともにボールルームの中央付近へと彼女を誘った。

「ああ、貴女と堂々と踊れる機会がやっと巡って来ました」

爽やかに笑うニコライに背を支えられ、確かにそうだったと、何となく落ち着かない気持ちでアレクサンドラが夫の右腕に手を添える。

「デビュタントでまだ令息だったO侯爵にエスコートされていたでしょう」
「そう、でございましたかしら」

"2回目"のデビュタントでは、公証の補佐から何とか逃れられないかと心痛が重なっていて、人疲れもあり1曲で場を辞した。
それにO侯爵と言えば、観劇の際にその夫人から苛烈な視線を投げ付けられた記憶が新しく強すぎて、エスコート相手であった現O侯爵のことはもはやうろ覚えになっていて、観劇でも顔は合わせたはずなのに、記憶を探っても明確なイメージを取り出すことは難しかった。
はきはきとしない妻にニコライは笑みを深め、

「彼が酷く羨ましく妬ましかったのです。私ならもっと巧みにリードできるのに、ってね」

と奏でられ始めたワルツに合わせて、1歩目を踏み出した。
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