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(15)賢者の石⑰
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しかし、父の納得は得られないようで、
「試験には実技があるんじゃなかったか。職人の仕事を続けていた方が魔法を使う感覚が保てていいんじゃないのか」
「それは、実技で何をするのかは事前に決められるから、決めたものを練習すれば十分かなと」
「そうなのか。それにしても」
父は腕を組み直して質問を続けた。
「そもそもカレンは、魔法使いになりたいから目指すことにしたのか、それとも国なり組合なりの追及から逃げるために魔法使いしか手段がないから目指しているだけなのか」
「そうそう、その辺が私も分からないのよね」
母からも父への同意を示され、思いがけない問いにカレンは言葉に詰まった。
カレンが実家に持ち込んだのは、確かに逃亡手段としての魔法使いであり、後ろ暗さなしに国外に出るにはそれしか方法がないのは紛れもない事実だった。
しかし、
それだけが理由だと言い切るのは間違っている気がしたし、何よりも寂しかった。
魔法使いを羨ましく思った最初は、魔法を操る頂点へのぼんやりとした憧れだったが、国外に出られる特権を知ると、カレンが今まで受けた注文を通して知った他国の姿を、文字や絵から飛び出した現実のものとして肌で感じたいという思いに変わっていった。
動機はそっちではないのか、とカレンの胸がノックされる。
何も言えなくなってしまったカレンに、父が言葉を重ねた。
「魔法使いを目指すなら、日常的に魔法を使い続けていなければダメじゃないのか。受かったところで名ばかりになってしまう、名前だけが欲しいわけではないんだろう」
「そうそう。家事だってやらないでいるとだんだんできなくなるのよ、特に料理。調味料は何を入れてたかしらとか」
母も頷きながらそれに加勢し、カレンは何と返していいものか迷っていると、母の話は「というかそもそも、どうして大事なところを全部決めちゃってから来るのよ」と続いた。
「もっと前の段階で相談しに来れたでしょう、忙しければ手紙とか」
「いや、まさかこんな状況になるとは思ってなくて……」
「全くもう、大事なことは早めに相談しなさいよね。こんなどうしようもなくなってからじゃ、選択肢がないじゃないの。いずれにせよ、魔法使いになったら国外に出るつもりなんでしょう。そしたらもう自由に帰って来られなくなるじゃない」
母の語尾は涙声になり、父は「何泣いてるんだ、気が早い」と少し茶化す調子で窘めた。
カレンは頭を殴られた気になった。
最速で魔法使いの試験を通過し、国外に出る、それしか考えずに立てた計画は、立てた時には綿密だと感じていたが、肝心なところが穴だらけなことを思い知らされた。
出国した後どう生きていくつもりかは考えておらず、追及を避けるつもりの出国ならこの国には基本戻れないだろうことは想像すらしていなかった。
親の涙は子には堪え、涙は移るものだ。
「こら、泣くのは後にしなさい。話が進まないだろう」
呆れた父の声に、母が「だって」と情けない声で鼻を啜る。
カレンはその間に袖で乱暴に目を擦った。
「それで、どうする。とりあえず両立で始めてみたらどうだ」
「ええと」
滅多に泣かないカレンは、少しの時間でも頭痛がする上に、思考が混乱して定まらなくなるんだな、とぼんやりと感心した。
父は、そんな娘を知ってか知らずか、
「今ここで決めなくてもいいから、まあ考えてみなさい。でもできれば両立から始めてみた方がいいと思うがね。できなかったらその時にまた相談すればいい」
「そうよ、一生に一回くらい、必死になって勉強してもいいのよ」
「母さんはしょっちゅうローズに同じこと言ってるんだよ。もう口癖になってるなそれ」
ハンカチで涙を忙しなく拭いながら言う母に、父がやれやれと指摘をするのに、「でももう働いてるんだから、勉強って言ったって」とカレンが自ずと微笑んだ。
「だってまだパートタイムなのよ、踊りの道に行きたいからって。でも別に一生懸命練習するわけじゃないし、今からでも勉強すれば魔法利用者になれそうなのに」
「相変わらず、その日暮らしを徹底してるんだね」
「あんたの爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
「いや、カレンの爪の垢を飲ませたら、相談しないで勝手に決める娘が2人になるじゃないか」
「嫌だダメだわ、じゃあやっぱりなし」
カレンは今度はきちんと笑いながら、こっそりと涙を拭った。
「試験には実技があるんじゃなかったか。職人の仕事を続けていた方が魔法を使う感覚が保てていいんじゃないのか」
「それは、実技で何をするのかは事前に決められるから、決めたものを練習すれば十分かなと」
「そうなのか。それにしても」
父は腕を組み直して質問を続けた。
「そもそもカレンは、魔法使いになりたいから目指すことにしたのか、それとも国なり組合なりの追及から逃げるために魔法使いしか手段がないから目指しているだけなのか」
「そうそう、その辺が私も分からないのよね」
母からも父への同意を示され、思いがけない問いにカレンは言葉に詰まった。
カレンが実家に持ち込んだのは、確かに逃亡手段としての魔法使いであり、後ろ暗さなしに国外に出るにはそれしか方法がないのは紛れもない事実だった。
しかし、
それだけが理由だと言い切るのは間違っている気がしたし、何よりも寂しかった。
魔法使いを羨ましく思った最初は、魔法を操る頂点へのぼんやりとした憧れだったが、国外に出られる特権を知ると、カレンが今まで受けた注文を通して知った他国の姿を、文字や絵から飛び出した現実のものとして肌で感じたいという思いに変わっていった。
動機はそっちではないのか、とカレンの胸がノックされる。
何も言えなくなってしまったカレンに、父が言葉を重ねた。
「魔法使いを目指すなら、日常的に魔法を使い続けていなければダメじゃないのか。受かったところで名ばかりになってしまう、名前だけが欲しいわけではないんだろう」
「そうそう。家事だってやらないでいるとだんだんできなくなるのよ、特に料理。調味料は何を入れてたかしらとか」
母も頷きながらそれに加勢し、カレンは何と返していいものか迷っていると、母の話は「というかそもそも、どうして大事なところを全部決めちゃってから来るのよ」と続いた。
「もっと前の段階で相談しに来れたでしょう、忙しければ手紙とか」
「いや、まさかこんな状況になるとは思ってなくて……」
「全くもう、大事なことは早めに相談しなさいよね。こんなどうしようもなくなってからじゃ、選択肢がないじゃないの。いずれにせよ、魔法使いになったら国外に出るつもりなんでしょう。そしたらもう自由に帰って来られなくなるじゃない」
母の語尾は涙声になり、父は「何泣いてるんだ、気が早い」と少し茶化す調子で窘めた。
カレンは頭を殴られた気になった。
最速で魔法使いの試験を通過し、国外に出る、それしか考えずに立てた計画は、立てた時には綿密だと感じていたが、肝心なところが穴だらけなことを思い知らされた。
出国した後どう生きていくつもりかは考えておらず、追及を避けるつもりの出国ならこの国には基本戻れないだろうことは想像すらしていなかった。
親の涙は子には堪え、涙は移るものだ。
「こら、泣くのは後にしなさい。話が進まないだろう」
呆れた父の声に、母が「だって」と情けない声で鼻を啜る。
カレンはその間に袖で乱暴に目を擦った。
「それで、どうする。とりあえず両立で始めてみたらどうだ」
「ええと」
滅多に泣かないカレンは、少しの時間でも頭痛がする上に、思考が混乱して定まらなくなるんだな、とぼんやりと感心した。
父は、そんな娘を知ってか知らずか、
「今ここで決めなくてもいいから、まあ考えてみなさい。でもできれば両立から始めてみた方がいいと思うがね。できなかったらその時にまた相談すればいい」
「そうよ、一生に一回くらい、必死になって勉強してもいいのよ」
「母さんはしょっちゅうローズに同じこと言ってるんだよ。もう口癖になってるなそれ」
ハンカチで涙を忙しなく拭いながら言う母に、父がやれやれと指摘をするのに、「でももう働いてるんだから、勉強って言ったって」とカレンが自ずと微笑んだ。
「だってまだパートタイムなのよ、踊りの道に行きたいからって。でも別に一生懸命練習するわけじゃないし、今からでも勉強すれば魔法利用者になれそうなのに」
「相変わらず、その日暮らしを徹底してるんだね」
「あんたの爪の垢を煎じて飲ませたいわ」
「いや、カレンの爪の垢を飲ませたら、相談しないで勝手に決める娘が2人になるじゃないか」
「嫌だダメだわ、じゃあやっぱりなし」
カレンは今度はきちんと笑いながら、こっそりと涙を拭った。
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