86 / 94
(15)賢者の石⑱
しおりを挟む
その後、夕食時になって、ローズが予定よりも大分早く帰宅してきた。
「姉が帰って来るので早上がりさせてください、ってゴリ押しして来た」と事もなげに言う様子は、早上がりし慣れているのではと推測ができた。
「それで、相談って何だったの?とうとう魔法使いになるの?」
と図星を突かれてカレンは非常に驚いた。
願望を口に出したのは今日が初めてなはずなのに、と混乱するカレンの顔の前で、ローズは
「お姉ちゃんの妹を何年やってると思ってるの。わざわざ帰って来て相談するなんて、結婚か魔法使いしかないじゃない。お姉ちゃん結婚はないから一択だよ」
と人差し指を演技めかして振り、父は同調して笑い出し、母は「結婚で良かったんだけど」と眉を下げた。
4人で食卓を囲むと、皆それぞれ外見は変わっていても、10数年前に巻き戻ったような空気が自然と訪れた。
話題は、久しぶりの会話なこともあり、皆が思い浮かぶままに転々とした。
皆酒を嗜める年齢になったことも、各自の舌を滑らかにした。
カレンは求められて、家を出てからの生活状況や、今まで手がけたものづくりについて話をした。
守秘義務が一応頭にあり、誰の依頼かはもちろん伏せたものの、家族相手という気安さに義務を少し緩めて、カレンが施した魔法の内容を中心に話をした。
幸いなことに家族は、酒なのか、話題がまだまだ数多く待ち受けているせいなのか、世の中には風変わりなものを頼む人がいるもんだ、という程度で、次の話に移っていった。
それからカレンは、妹向けに今回の事態をもう一度説明すると、それを聞いたローズは不合理さに一頻り腹を立てた後で、「それで、賢者の石って作れそうなの」とすとんと質問を転がした。
「分からないなあ、国がいくら鼻息荒くしても、伝説になるくらいのものが今になって成功するとはとても思えないんだよね」
「そうじゃなくて、お姉ちゃんが作れそうかどうかだよ。あの瓶に入ってた液体の材料一緒なんでしょ」
カレンは椅子の背もたれから背中を離して、戸惑いながら「一緒って言っても、元が伝説みたいな内容だよ」と妹を見た。
「そういう説があるっていう記述があるだけで、本当に同じ材料かどうかは確実じゃないよ」
「でもさあ、同じ材料だって気づいてまずいって思ったから慌てたんでしょ。もしかしたらできちゃうかもってちょっとは思ったんじゃないの」
カレンは、酔いが回っている頭の中に、この斬新なアイディアを緩慢に流してみた。
言われてみれば、少しは頭を過った、かもしれない。
液体の材料が賢者の石と同じで、精製するのに錬金術に関係する言葉を唱えている、それらを持ってカレンは、火のない所に煙は立たないと焦ったのだ。
しかし、ものづくりの職業勘は、この2点だけで賢者の石が精製できるという結果を弾き出さなかった。
材料はカレンが真似しただけで、呪文の方は元々言葉には魔法をかける力がない、それで賢者の石がぽんと完成しまうなどという事象は奇跡に属する。
そして奇跡とは、ものづくりにおいてはまず起こらない。
「いや、それはないなあ。同じ材料を使って液体はできちゃってるから、もしかするとって疑われる可能性は高いとは思ってたけど」
「ほらあ、やっぱり」
「でも今実際にできてるのは石じゃなくて液体だし、魔法をかけてる時に金ができちゃったことはないし」
「そりゃそうでしょ、賢者の石は石だもん、固体にしてからじゃないと効果ないんだよきっと」
ローズはくるくるとグラスの中のワインを回し、「あの液体、蒸発させてみたら固体が残ったりするんじゃない」と興味深そうに酒豪の目を向けた。
すかさず母が、「いや、止めておきなさい。ダメダメ、絶対ダメ」とワインの呼吸を吐いた。
「蒸発だけじゃないぞ、他の実験もしない方がいい。万が一作れてしまったら逃げ道がなくなる」と父の忠告もある。
カレンも、もちろんそのつもりはなかった。
第一、仕事と魔法使いのための勉強とどうやって両立するか頭を悩ませる段階にあるのに、賢者の石など考えている暇はないし、カレン自身は賢者の石は自分の立場を危うくするオーパーツとして爪弾きにしたい代物だった。
ローズは父に対してそうだよね、と理解を示しながら、
「でもさあ、錬金術が使える魔法使いって良くない?響きが最強だし最高じゃん」
と家族を見渡した。
すると、「そうねえ、こんな状況じゃなければ良かったんだけどねえ」と母が溜め息混じりに同意を示す。
「アスター家から魔法使いが出た!しかも錬金術も使えるんです!って言えたらねえ」
「うちのお姉ちゃん、賢者の石自作するんです、金作り放題なんです、って言いたいよねえ」
同じ憧憬に心を寄せる母と次女とに、父が、何を言っているんだと呆れ混じりに笑い、カレンは苦笑した。
ローズが、カレンのグラスにワインを注ぎ足しながら小首を傾げる。
「ねえお姉ちゃん、最速で魔法使いになってよね。そしたらきっと布魔法も夢じゃなくなるよ」
幼い頃から全く変わっていないその強請り方は非常に彼女らしく、しかも家族は皆見慣れて効かなくなっている手段であって、カレンは注ぎ返しながら、「あんたは結局それかい」と突いたところ、向かい側に座る父母が声を上げて笑った。
「姉が帰って来るので早上がりさせてください、ってゴリ押しして来た」と事もなげに言う様子は、早上がりし慣れているのではと推測ができた。
「それで、相談って何だったの?とうとう魔法使いになるの?」
と図星を突かれてカレンは非常に驚いた。
願望を口に出したのは今日が初めてなはずなのに、と混乱するカレンの顔の前で、ローズは
「お姉ちゃんの妹を何年やってると思ってるの。わざわざ帰って来て相談するなんて、結婚か魔法使いしかないじゃない。お姉ちゃん結婚はないから一択だよ」
と人差し指を演技めかして振り、父は同調して笑い出し、母は「結婚で良かったんだけど」と眉を下げた。
4人で食卓を囲むと、皆それぞれ外見は変わっていても、10数年前に巻き戻ったような空気が自然と訪れた。
話題は、久しぶりの会話なこともあり、皆が思い浮かぶままに転々とした。
皆酒を嗜める年齢になったことも、各自の舌を滑らかにした。
カレンは求められて、家を出てからの生活状況や、今まで手がけたものづくりについて話をした。
守秘義務が一応頭にあり、誰の依頼かはもちろん伏せたものの、家族相手という気安さに義務を少し緩めて、カレンが施した魔法の内容を中心に話をした。
幸いなことに家族は、酒なのか、話題がまだまだ数多く待ち受けているせいなのか、世の中には風変わりなものを頼む人がいるもんだ、という程度で、次の話に移っていった。
それからカレンは、妹向けに今回の事態をもう一度説明すると、それを聞いたローズは不合理さに一頻り腹を立てた後で、「それで、賢者の石って作れそうなの」とすとんと質問を転がした。
「分からないなあ、国がいくら鼻息荒くしても、伝説になるくらいのものが今になって成功するとはとても思えないんだよね」
「そうじゃなくて、お姉ちゃんが作れそうかどうかだよ。あの瓶に入ってた液体の材料一緒なんでしょ」
カレンは椅子の背もたれから背中を離して、戸惑いながら「一緒って言っても、元が伝説みたいな内容だよ」と妹を見た。
「そういう説があるっていう記述があるだけで、本当に同じ材料かどうかは確実じゃないよ」
「でもさあ、同じ材料だって気づいてまずいって思ったから慌てたんでしょ。もしかしたらできちゃうかもってちょっとは思ったんじゃないの」
カレンは、酔いが回っている頭の中に、この斬新なアイディアを緩慢に流してみた。
言われてみれば、少しは頭を過った、かもしれない。
液体の材料が賢者の石と同じで、精製するのに錬金術に関係する言葉を唱えている、それらを持ってカレンは、火のない所に煙は立たないと焦ったのだ。
しかし、ものづくりの職業勘は、この2点だけで賢者の石が精製できるという結果を弾き出さなかった。
材料はカレンが真似しただけで、呪文の方は元々言葉には魔法をかける力がない、それで賢者の石がぽんと完成しまうなどという事象は奇跡に属する。
そして奇跡とは、ものづくりにおいてはまず起こらない。
「いや、それはないなあ。同じ材料を使って液体はできちゃってるから、もしかするとって疑われる可能性は高いとは思ってたけど」
「ほらあ、やっぱり」
「でも今実際にできてるのは石じゃなくて液体だし、魔法をかけてる時に金ができちゃったことはないし」
「そりゃそうでしょ、賢者の石は石だもん、固体にしてからじゃないと効果ないんだよきっと」
ローズはくるくるとグラスの中のワインを回し、「あの液体、蒸発させてみたら固体が残ったりするんじゃない」と興味深そうに酒豪の目を向けた。
すかさず母が、「いや、止めておきなさい。ダメダメ、絶対ダメ」とワインの呼吸を吐いた。
「蒸発だけじゃないぞ、他の実験もしない方がいい。万が一作れてしまったら逃げ道がなくなる」と父の忠告もある。
カレンも、もちろんそのつもりはなかった。
第一、仕事と魔法使いのための勉強とどうやって両立するか頭を悩ませる段階にあるのに、賢者の石など考えている暇はないし、カレン自身は賢者の石は自分の立場を危うくするオーパーツとして爪弾きにしたい代物だった。
ローズは父に対してそうだよね、と理解を示しながら、
「でもさあ、錬金術が使える魔法使いって良くない?響きが最強だし最高じゃん」
と家族を見渡した。
すると、「そうねえ、こんな状況じゃなければ良かったんだけどねえ」と母が溜め息混じりに同意を示す。
「アスター家から魔法使いが出た!しかも錬金術も使えるんです!って言えたらねえ」
「うちのお姉ちゃん、賢者の石自作するんです、金作り放題なんです、って言いたいよねえ」
同じ憧憬に心を寄せる母と次女とに、父が、何を言っているんだと呆れ混じりに笑い、カレンは苦笑した。
ローズが、カレンのグラスにワインを注ぎ足しながら小首を傾げる。
「ねえお姉ちゃん、最速で魔法使いになってよね。そしたらきっと布魔法も夢じゃなくなるよ」
幼い頃から全く変わっていないその強請り方は非常に彼女らしく、しかも家族は皆見慣れて効かなくなっている手段であって、カレンは注ぎ返しながら、「あんたは結局それかい」と突いたところ、向かい側に座る父母が声を上げて笑った。
0
あなたにおすすめの小説
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる