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第18話(1)
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自分への処罰はどうなるのだろうかと震えるリーディアに、アレクサンドラは、さすがに心配するなとまでは言い兼ねて、今日は状況を聞いただけだからと何とか宥めすかして、リーディアを退出させた。
そしてそのまま客間のソファで考え込み始めた。
事件は起こった。
その結果は同じだが、過程が巻き戻る前と異なる。
複数の目で確認をする点に関してルール違反はあった、そこは同じだが、ピョートルからの一応の支援を受けたという事実は前はなかったはずだ。
そして彼の支援があってもミスが起こり、かつ誤った認証は、リーディアしか確認を取らなかった案件で起きた。
あり得ないとは言わないが、随分な偶然ではないか。
アレクサンドラは胸中を通り過ぎようとしていた疑惑を掴み、ソファからさっと立ち上がった。
彼女は廊下に控えていたメイドに声をかけ、台帳管理の責任者を呼んで来るよう頼んだ。
程なくして、ドアの前までばたばたと勢い良く、対照的に至極ゆっくりと入って来た責任者に、他の職員には気づかれないように、今回の誤認証が起きた台帳を見せて欲しいと頼んだ。
責任者はすぐに厚手の紙を1枚持って来た。
認証ミスが発覚した場合、どの案件か尋ねられた時すぐに提示できるよう、該当ページを台帳から外して確保するのが慣習になっているという。
紙には、件の商人の名前と住所、印章、それらの下に、職員2人の署名が綴られていたが、リーディアの証言とは異なり、台紙は綺麗で、汚れなどどこにも見当たらなかった。
「署名を書いてから押印をするため、もし汚れれば別な紙に最初から書き直すことになっております。押印がずれた時も同じでございますな。もし汚れていれば、後から誰かが狼藉をした以外あり得ません」
責任者は胸を張って言ったが、アレクサンドラはそれを話半分に聞いていた。
彼女の目は、署名のうち1つに釘付けになっていたからだ―――ピョートル・アリョシュコフ。
*
どういうことなのか、疑問点に何一つ説明を付けられないまま、アレクサンドラは父伯爵へ、とりあえずの報告を終えた。
支援に入ったのも、印章の台帳に元々の署名をしているのも、ピョートルであることの意味は何なのか、
本当に偶然なのか強く疑われるところだったが、それを晴らすのは後回しだった。
虚偽認証が起きた原因が何かに関わらず、公証は、それにより生じた賠償の責任は負うのだ。
平素と同じに装いながら、目の下を色濃くしている父伯爵の様子を見、アレクサンドラは両手をきゅっと握り込む。
巻き戻る前は、領地の森を、相当な面積手放して賄った。
今回もそうせざるを得ないだろうし、そこはアレクサンドラが口を出せる領域ではない。
相手方への謝罪には、来なくてよいときっぱりと言われた。
父の"来なくてよい"は、"来てはいけない"という命令であった。
謝罪には補佐も同行するのが当然にもかかわらず、アレクサンドラを苦痛から遠ざけるという配慮なのだろう、アレクサンドラは悔しかったが、長の判断に逆らうことはできなかった。
逆らえば父伯爵に余計な心労をかける。
大人しく引き下がったアレクサンドラは、やはり真相を知りたい、と再び思考を巡らせた。
リーディアは、あまりに気が急いていて、台帳と書類をきちんと見比べなかったのかもしれない、と泣いた。
本人がそう言うのだからそうかもしれない、しかしアレクサンドラには2つの偶然がどうしてもしっくり来ない。
それに、管理責任者が教えてくれたもう1つの要素が、疑いの濃度を上げていた。
署名をしていたもう1人は、当の商人の血縁である。
台帳への登録は、上役が目視確認して決裁を行った後、2人の署名により完了するのだから、そのうち1人が親戚でもそこに忖度が生じようもないため、特に担当から外したりはしないことになっており、それ自体は問題ではない。
ただ、どうしても引っかかりが取れない。
取れないまま邸宅に帰って来た娘を出迎えた母夫人は、ひどく青い顔をしていた。
大きな不祥事であるとはいえ、前はここまで蒼白だっただろうか、とアレクサンドラが驚いていると、母夫人は震える声で、
「今日、皇后陛下に拝謁したのだけれど」
と驚愕の内容を娘に伝えた。
そしてそのまま客間のソファで考え込み始めた。
事件は起こった。
その結果は同じだが、過程が巻き戻る前と異なる。
複数の目で確認をする点に関してルール違反はあった、そこは同じだが、ピョートルからの一応の支援を受けたという事実は前はなかったはずだ。
そして彼の支援があってもミスが起こり、かつ誤った認証は、リーディアしか確認を取らなかった案件で起きた。
あり得ないとは言わないが、随分な偶然ではないか。
アレクサンドラは胸中を通り過ぎようとしていた疑惑を掴み、ソファからさっと立ち上がった。
彼女は廊下に控えていたメイドに声をかけ、台帳管理の責任者を呼んで来るよう頼んだ。
程なくして、ドアの前までばたばたと勢い良く、対照的に至極ゆっくりと入って来た責任者に、他の職員には気づかれないように、今回の誤認証が起きた台帳を見せて欲しいと頼んだ。
責任者はすぐに厚手の紙を1枚持って来た。
認証ミスが発覚した場合、どの案件か尋ねられた時すぐに提示できるよう、該当ページを台帳から外して確保するのが慣習になっているという。
紙には、件の商人の名前と住所、印章、それらの下に、職員2人の署名が綴られていたが、リーディアの証言とは異なり、台紙は綺麗で、汚れなどどこにも見当たらなかった。
「署名を書いてから押印をするため、もし汚れれば別な紙に最初から書き直すことになっております。押印がずれた時も同じでございますな。もし汚れていれば、後から誰かが狼藉をした以外あり得ません」
責任者は胸を張って言ったが、アレクサンドラはそれを話半分に聞いていた。
彼女の目は、署名のうち1つに釘付けになっていたからだ―――ピョートル・アリョシュコフ。
*
どういうことなのか、疑問点に何一つ説明を付けられないまま、アレクサンドラは父伯爵へ、とりあえずの報告を終えた。
支援に入ったのも、印章の台帳に元々の署名をしているのも、ピョートルであることの意味は何なのか、
本当に偶然なのか強く疑われるところだったが、それを晴らすのは後回しだった。
虚偽認証が起きた原因が何かに関わらず、公証は、それにより生じた賠償の責任は負うのだ。
平素と同じに装いながら、目の下を色濃くしている父伯爵の様子を見、アレクサンドラは両手をきゅっと握り込む。
巻き戻る前は、領地の森を、相当な面積手放して賄った。
今回もそうせざるを得ないだろうし、そこはアレクサンドラが口を出せる領域ではない。
相手方への謝罪には、来なくてよいときっぱりと言われた。
父の"来なくてよい"は、"来てはいけない"という命令であった。
謝罪には補佐も同行するのが当然にもかかわらず、アレクサンドラを苦痛から遠ざけるという配慮なのだろう、アレクサンドラは悔しかったが、長の判断に逆らうことはできなかった。
逆らえば父伯爵に余計な心労をかける。
大人しく引き下がったアレクサンドラは、やはり真相を知りたい、と再び思考を巡らせた。
リーディアは、あまりに気が急いていて、台帳と書類をきちんと見比べなかったのかもしれない、と泣いた。
本人がそう言うのだからそうかもしれない、しかしアレクサンドラには2つの偶然がどうしてもしっくり来ない。
それに、管理責任者が教えてくれたもう1つの要素が、疑いの濃度を上げていた。
署名をしていたもう1人は、当の商人の血縁である。
台帳への登録は、上役が目視確認して決裁を行った後、2人の署名により完了するのだから、そのうち1人が親戚でもそこに忖度が生じようもないため、特に担当から外したりはしないことになっており、それ自体は問題ではない。
ただ、どうしても引っかかりが取れない。
取れないまま邸宅に帰って来た娘を出迎えた母夫人は、ひどく青い顔をしていた。
大きな不祥事であるとはいえ、前はここまで蒼白だっただろうか、とアレクサンドラが驚いていると、母夫人は震える声で、
「今日、皇后陛下に拝謁したのだけれど」
と驚愕の内容を娘に伝えた。
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