立ちはだかるは魔獣の王から毒親まで⁉︎ 少年剣士と翼の少女と仲間たちの、絆と成長の物語 ー鋼魂戦記(こうごんせんき)ー

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空輸任務編

第41章 ヘクター・スカーフェイス

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医務室では、ヘクター・スカーフェイスが眉間に皺を刻んでいた。
黒衣の袖に指を食い込ませながら、診断画像を食い入るように見つめている。モニターに映し出されているのは、ティルの検査結果だった。魂気に目覚める前は医師を生業とし、鋼魂精鋭隊に入ってからも数々の負傷者の治癒を行ってきた彼にとっても、今のティルの置かれた状態は初めて目にするものであった。

「体の傷は、私の『リペアボディ』で十分に修復した。にも関わらず、意識が戻らない。考えられるとすれば、『リペアボディ』の力が及ばない脳のダメージによるものか、あるいは・・・。」

確かに、救助隊に回収された際のティルは、脳にダメージを受けていた。 
 
「脳のダメージの原因は恐らく・・・」

スカーフェイスの思考がくぐもった呟き声となり無意識に漏れ出す。

「『魂気の譲渡』をハイリスクな条件で行ったこと。そう考えてるんだね。スカーフェイス先生。」

自らも考えていたことを先取りして読み上げる声。
顔を上げると、傍にシェリー・ハイボールの姿があった。

「シェリーか。ここに入る時は、ノックはしてほしいな。」

「ノックはしたよ、気づかないなんて先生らしくもない。」

「そうか。いささか、考え込んでいたかもしれんな。」

スカーフェイスはスキンヘッドをコツコツと叩き、ゴリゴリと音を立てて首を回すと、再び口を開いた。

「さっきの話だが、確かに脳のダメージは『魂気の譲渡』によるものだろう。自分の魂気が空っぽになるまで戦ったところに、波長が異なる他者の魂気を大量に受け取れば、それぐらい起きても不思議はない。魂気の操作には高い集中力が求められるからな。状況的に、ティルがメタルの魂気を使って落下を乗り切っていたのは間違いないだろう。」

『魂気の譲渡』は、両者の間に強い『合意形成』がなされたときに、魂気を相手に分け与えることができるというものだったが、リスクもあった。
魂気の波長は使い手1人1人で異なるため、他者の魂気を体に受け入れる側には、相応の負担がかかるのであった。

「だが、それだけじゃ説明がつかないんだ。
確かにティルには、過集中で脳を酷使した形跡はあったが、検査の結果を見る限り、昏睡に陥るほどのものじゃあない。何か他にあるんだ。私の『リペアボディ』が及ばない原因が。」

スカーフェイスは気炎を吐く。

「今回の件は、我々のミスだ。空輸任務にはS級戦士も帯同するべきだった。空路は、特にあの空域は危険が少ないとたかを括っていた。」

「・・・そうだね。」

シェリーも顔を落とした。
確かに、あのルートに現れる魔獣は、強くてもせいぜいロックバードのB級個体だった。
最重要物質オルハン鉱石の護衛とはいえ、A級隊員4人を配置したことは、十分すぎるほどの布陣であるはずだった。

「(悔やんでも仕方ないけど、敵の新たな脅威まで想定が及んでいなかった。)」

自分も出向いていれば、若い命を危険に晒さずに済んだかもしれないという思いが、内側から彼女を責め立て始めていた。
居酒屋『イオリ』で女子会になったとき、クルクルと表情を変えながら話に花を咲かせていたティルの姿が蘇る。次いで、蝋人形のように冷たく病室に横たわるティルの顔が浮かぶ。

その時、胸の内にしまい込んで鍵をかけていた『あの日』の光景が、にわかに顔を覗かせる。
・・・響き渡る悲鳴、血の匂い、自らの腕の中で冷たくなって行く小さな命・・・

「(何故、今この光景が・・・?)」

頭に響き始めた耳鳴りを噛み潰すかのように、シェリーは目を固く閉じてかぶりを振る。

「(大丈夫だよ。私は私の力を正しく使ってみせるさ。)」

深く息をつき、早まりそうになる鼓動を抑えた。

我に返ると、スカーフェイスが怪訝な視線を寄越していることに気が付く。
話を紛らわそうと、ふと目についた、デスクの上に無造作に置かれた写真を指差した。

「あの写真、スカーフェイス先生の家族?奥さんと、息子さんかな?」

穏やかに微笑む1人の女性と、その両脇から顔を覗かせる2人の男の子の姿が、フレームに収められていた。子供2人の歳は、どちらも5、6歳といったところだろうか?

「・・・ああ。職場に個人的なものは出さないようにしてるんだが、今日はついな。」

スカーフェイスは、伏目がちに言い淀みつつ、答えた。

「いいのかい、こんな時間まで帰らなくて。みんな待ってるんじゃないの?」

何の気はなしに発した言葉だった。刹那、スカーフェイスの顔に刻まれる影が深くなったような気がしたが、その変化は灯りの微かな揺らぎとほとんど区別できないほど小さなもので、すぐに医務室の静寂の中に溶けて消えた。

「だったらいいんだがな・・・。まぁ、確かにだいぶ夜も更けた。シェリー、お前こそ大丈夫か?顔色が優れないようだが?」

古傷で引き攣るまぶたをわずかに細めながら、スカーフェイスはシェリーの顔をのぞいた。

「・・・大丈夫さ。行きつけで1杯やったら、すぐ治るよ。」

「ほどほどにな。」

努めて張りのある声で答えたシェリーを医務室から見送ると、スカーフェイスは机の上の写真を手に取り、小さくつぶやいた。

「こいつらも、今も生きていれば、ティルたちと同じぐらいの歳・・・か。」
 
どれだけ時を経ても変わることのない家族の笑顔を、そっと引き出しの奥へと滑り込ませると、書架からあふれんばかりの資料の海へと手を伸ばした。
まだ職場を後にするつもりも、その必要も、彼にはなかったのだった。

あの日のことが、スカーフェイスの脳裏をよぎる。

・・・

8年前、スカーフェイスは情熱に満ちあふれた外科医だった。キャリアはまだまだ道半ばだが、手技のレベルと情熱では誰にも負けない。

「オレの手で1人でも多くの患者を救ってみせる。」

ヘクター・スカーレット。当時の彼の名前だった。
傷ひとつない端正な顔立ちの若き天才医師は、白衣をはためかせ、来る日も来る日も志の宿る瞳で患者と向き合っていた。

当時の彼には、すでに妻と2人の息子がいた。
医師の仕事に寝食を忘れ没頭し、時に帰宅もままならない程に多忙な日々を送ってはいたが、心の真ん中には常に家族の姿があり、限られた時間の中であっても、かけがえのない思い出を積み重ねてきた。

そんな一家が魔獣の襲撃を受けたのは、また1つ新しい思い出をと、家族旅行で訪れた隣国の街中でのことだった。
当時は魔獣の攻勢が今ほど取り沙汰されることはなかったが、軍事大国ガンダラを一歩踏み出したその先で、彼らは突如現れた手配モンスターの手にかかった。

その頃、魂気に目覚めてすらいなかった当時の彼には、なす術はなかった。身を挺して家族を守ろうとし、真っ先に全身と顔面を引き裂かれ、動けなくなった彼の目の前で、愛する家族もまた魔の手にかかり、声を上げる間もなく無惨な肉塊へと姿を変えてしまった。

「許せない、愛する者を奪った魔獣という生き物が。そして・・・守る力を持っていなかった自分自身が・・・!」

家族を失った瞬間、何かのタガが外れたように彼は魂気に目覚めた。そのオーラの力強さは、つい先ほどまで戦闘の素人だった者とは到底思えないほどすさまじく、手配モンスターを一瞬で殲滅した。彼の中に眠り続けていた才能が、比類なき怒りをきっかけに解放されたのだった。

彼は呪った。己の運命を。

旅行など計画しなければ。
行き先にこの街を選んでいなければ。
あと少し、この力が早く目覚めていたならば・・・
死なせずに済んだ。

その後、魂気使いとしての道を歩む中で、彼は治癒能力『リペアボディ』を修めた。
脳や脊髄は対象外という制限は残りながらも、破格の肉体の修復性能を誇る。
それは、自分自身には決して治療を施さない、という決意に裏打ちされたものだった。

戒めに残した傷跡と黒衣を纏い、彼は今日まで、ガンダラの戦士として、そして1人の医師として、戦い続けてきた。

・・・

いつしか時計の針は日をまたいでいたが、なおも医務室から漏れる明かりが、暗い通路に差し込んでいた。

「S級になるようなやつは、皆何かしら狂っている。才能か、理性のタガか、それとも運命の歯車か・・・。」

薄明かりの元で資料をめくりながら、つぶやく。
「気」「肉体」「脳」「魂」・・・ざらついた紙に並んだ文字が、指先でページを繰る度に夜の闇へと流れて行く。
今、スカーフェイスの乾いた瞳には、己の運命を狂わせた存在に対する憎しみと、命を賭して希望を繋いだ若き戦士を自分の手で救うという決意が、静かに燃えていた。


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