拝啓私の愛する旦那様へ

あはははは

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「旦那様、離婚しましょう?」

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「旦那様、離縁しましょう?」
久しぶり、実に半年ぶりに屋敷に顔を出した旦那様に私はそう言った。
「そうか」
旦那様は表情をピクリとも動かさずにたったそれだけ言って立ち去って行った。
仮にも夫婦だというのに離婚すらたった一言、この会話だけで終わってしまうのか。
結局それだけの関係だったのか、しょせん愛のない政略結婚だったのだ、そう痛感した。
これでも私は彼を旦那様を愛していた。結局今日まで伝えることはできなかったけど。
私はもう決して帰ってくることのない一方通行のこの気持ちに嫌気がさしてしまったのだ。もう疲れてしまったのだ。離婚したら、田舎にでも引きこもって穏やかに暮らそう。どうせ離婚したというレッテルを張られた私をめとろうとするものなどいやしない。
そもそも私はどうしてこんなところにいるのだろう。もっといろいろな生き方があったはずなのに。
これもすべてこの『愛』のせい。彼に、旦那様に恋をしてしまった私の失敗。
考えれば考えるほど私の気持ちはどろどろと救いようのない沼に落ちていく…

一年前
私、ソアラ・サングリア第一王女は隣国。ムーンライト帝国の第二王子に嫁いだ。
夢にまで見た彼との生活に胸をときめかせて。
「ソアラ、つらかったら帰ってきておいで。」
少し寂しそうに、でも笑ってそういった父。
「わたくしたちはソアラの味方ですからね。」
目元をハンカチでしきりにおさえる母。
それがどんなに難しいことかわかっているのにそう言ってくれた両親のやさしさが私はとてもうれしかった。両親を見ていたら私も堪えられなくって、
「お父様、お母様、大好きです。私、頑張ってきますからね。だから…どうか今だけは別れを惜しませてください。」
みんなで抱き合って泣いた。
「王妃様、王様、姫様、そろそろお時間でございます。」
馬車に乗って、長年過ごしたこの国をついにさることになった。
「ソアラ、ハイルから手紙だ。あいつも来れたらよかったのだがな。」
「本当に…」
この国の王太子、私の兄は国境の見回りに出かけていて不在だ。最後に会いたかったなあ…
深呼吸をして気持ちを落ち着かせて…
「ではお父様、お母様いってまいります。」
私は精一杯笑顔でそう言った。最後は笑ってみんなを安心させたい。だけどそれを見て両親だけでなく使用人まで悲しそうな顔をしたのだ。
「皆さんも笑ってください。最後がこんなじゃ私、安心できないわ。」
みんなが悲しい顔をするから、せっかく笑ったのにまた泣きたくなってしまう。
「そうだな。みんなソアラが安心していけるように笑おう。」
「ええ、ええ、そうしましょう。」
そうして私は隣国の初恋の彼のもとに旅立った。
結婚式はすでに行っていて彼とは結婚式以来に会うことになる。
そうして長いこと馬車のゆれに身を任せた。
そうして彼の住む屋敷についた。たくさんの使用人に出迎えられた。
けれど、そこに彼、旦那となる人はいなかった。使用人は悲しそうに、申し訳なさそうに眉を下げた。だけど誰も旦那様がどこで何をしているか言ってくれなかった。
白い上質なネグリジェを着せてもらい、夫婦の寝室に入った。
「きっと旦那様急がしいのだわ。でも、きっと帰ってきてくれるわよね。」
だけど旦那様は帰ってはこなかった。
旦那様を待つ私を照らすのは月だけで。その日はとても美しい満月で。だけどその時の私にはその月でさえもこの私のことを
「無様だな」
そう馬鹿にしてる気がした。ふつうは初めて屋敷に来る妻のことは出迎えるものだし、初夜に顔を出さない、なんてこともあり得ないのだ。貴族は自分の血筋を残さないといけないものだし、普通なら政略結婚でも、いくら相手が嫌いでも、初夜はあるのに。

そして今に至る。
あの後も毎日旦那様を待ったけど、結局旦那様は寝室に入ってくることはなかった。
しかも私たちが結婚式以来顔を合わせたのは約半年後のことだった。
その時旦那様は忙しいからと、寝室にはこなかった。
そして結局私たちは白い結婚となった。
どうやら旦那様には思いを寄せる女性がいるらしく、私と結婚した後もその人のもとに通っていたらしい。何度その人が死んでしまったら、そう思ったことか。でもきっとその人がいなくなっても旦那様の関心は私には向かないでしょう。そうわかっているから余計に悲しかった。なんど人目を忍んで声を殺して泣いたことか。
「私は何のためにここにいたの?」
考えてもそんなのわからない。わかるわけがない。わかりたくないのだから。
私のハンカチは濡れてしまって。どうして濡れたかなんて、私にはわからない。
最後くらいせめて最後くらい私の気持ちを旦那様に伝えても罪にはならないはず。
どうせもうすぐさよならするのだから。
「ねえ、アンナ、旦那様がどこにいらっしゃるか知ってるかしら?」
この屋敷の侍女頭にそう聞いた。この一年間私のことを心配してくれた優しい侍女だ。
「旦那様なら、執務室にいらっしゃるかと。」
「ありがとう。」
生まれて初めて執務室の前まで来た。奥からは話し声がして、確かにそこに旦那様がいるんだな、そう思った。
どうしましょう。仕事中かしら。迷惑よね…
そんなことを考えてる私が本当にバカみたいだ。
しばらくすると、部屋から執事のイルが出てきて、私にこう言った。
「今、旦那様はお一人ですよ。」
「そうなのね…」
彼はそう言って出て行った。声が聞こえたのだろうか。
「そこに誰かいるのか?イルか?用事があるなら入ってこい。」
旦那様がそういった。さあ、私、ノックをして、ソアラですっていうのよ。
すーはーすはー。深呼吸をして…
コンコン
「失礼します。ソアラです。」
「⁈」
明らかに驚いた顔をする旦那様。別に妻が執務室に来ることくらい普通だと思うのに。
…私たちは普通なんかじゃなかったわね。
覚悟を決めて
「旦那様、お話があります。」
「なんだ、離婚の話ならさっき承諾したはずだが。」
顔をしかめて旦那様は言った。
「いえ、それとは別の話です。」
「なんだ。」
そこまで露骨にめんどくさがらなくてもいいと思うのですがね…
明らかにいやそうな顔をした旦那様の顔をみてそう思った。
「私たち離婚しますよね。」
「そういう話になっているな。」
「最後に私が一言、旦那様に伝えたいことがあるのです。」
「なんだ。」
わかっていたけれど、覚悟していたけれど。やっぱりその冷たい関心のない目をされるのはつらいな。それでも私は…
「私は、私は…」
泣くな私。こういう時こそ笑って。
「私は旦那様のことを愛しています。心からお慕いしております。」
「では。」
反応なんて、怖くて見れない。私は逃げるように執務室を後にした。
「まて、ソアラ!!待ってくれ。」
いやだ、旦那様に好きな人がいるのはわかっていますから。わかってるの!
もう何もわからない。呼吸が苦しい。視界が回る。
私は旦那様に愛されたかった…
「奥様!!」
「ソアラ!」
悲鳴が聞こえる…どうしたのかしら。
もう、私疲れちゃった。もう、休んでもいいよね。
私はそのまま意識を失った。
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