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第2話:絶望の森の狼煙(のろし)
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気がつくと、俺は暗い森の中にいた。
湿った土の匂いと、嗅いだこともない獣の体臭が鼻をつく。
「……ここ、どこだよ」
さっきまで、俺はいつも通り営業回りの途中で、地下鉄のホームにいたはずだ。
だが、今の俺が着ているのは見覚えのない粗末なチュニック一枚。手元には、何故か古びた一冊の本――『世界辞書』だけが転がっていた。
「異世界転生……ってやつか? 笑えねえ……」
周囲からは、ギリ、ギリ、と木々をなぎ倒すような不気味な足音が近づいてくる。
暗闇に光る無数の赤い目。魔物だ。しかも一匹や二匹じゃない。
武器もない、魔法の使い方も知らない。あるのは、ただ一つ。脳内に直接響いてくる、無機質なスキルの声だけだった。
【警告:周囲にランクB以上の魔獣『餓狼』を多数検知。生存確率は0.01%以下です】
「……おい、辞書。助かる方法はねえのかよ!」
【回答:貴方の体内には無限の魔力が充填されています。生存本能に従い、全力を『解放』してください】
全力を解放? どうやって?
魔物たちが一斉に飛びかかってくる。鋭い牙が、俺の喉元に迫る。
死の恐怖が全身を駆け抜けた瞬間、下腹部――魔力の源泉が、焼けるような熱さに襲われた。
心臓の鼓動に合わせて、熱い質量が内側から何度も突き上げてくる。それは血管を引き裂き、全身を白濁した熱で塗りつぶさんとするほどの、圧倒的な「圧」だった。
「出る……溢れ出しちまうッ!!」
俺は、むき出しの生存本能のままに、限界まで膨れ上がった下腹部の熱を解き放った。
その瞬間。
ドォォォォォォォォンッ!!!
爆音と共に、俺の奥底から放たれたのは、ただの魔力ではなかった。
それは圧縮された純粋エネルギーの巨大な奔流。夜の闇を真っ二つに引き裂く、極太の白いレーザーだ。
「……あ?」
それは「魔法」などという生易しいものではなかった。
あまりの出力に、空間そのものが悲鳴を上げて軋んでいる。
レーザーは飛びかかってきた魔物たちを一瞬で蒸発させ、その背後に広がる原生林を数キロにわたって消し飛ばした。
さらには、遥か彼方にそびえ立っていた山の山頂をドロドロに溶かし、空に漂う分厚い雲を円形に蒸発させて、巨大な「穴」を開けたのだ。
数秒間。
森は、昼間よりも明るい、白一色の眩い世界に包まれた。
光が収まると、そこには何一つ残っていなかった。
俺の目の前には、扇状に広がる「何も存在しない空白の地」が、地平線の彼方まで続いていた。
魔物の死体どころか、土すらも熱でガラス状に固まっている。
静まり返った森の中で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
下腹部にはまだ、出し切った後の痺れるような余韻が残っている。
「……出しすぎだろ、これ」
【報告:周辺の敵対個体の完全消滅を確認。現在、貴方の魔力残量は――『100%』です】
「……減ってないのかよ。あんなに、全てを使い果たすつもりでブチまけたのに」
俺は、自分の身の内に宿った、世界を滅ぼしかねない「異常なエネルギー」の正体に、初めて恐怖を覚えた。
絶大な破壊の跡を前に、俺はガクガクと震える膝をついた。
荒い息を吐くたび、肺の奥まで焼けた空気の匂いが染み渡る。自分の手を見ると、指先がまだ痺れたように震えていた。
ふと、足元に魔法陣の残骸のような光の輪が、泥にまみれて消えかかっているのが見えた。
「……誰かが、俺を呼んだのか?」
【回答:肯定的です。本世界における『聖女連合』による大規模召喚術式が実行されました】
脳内に響く辞書の声は、温度を感じさせないほどに冷たい。
「聖女? そいつらが、魔物だらけのこんな場所に俺を放り出したのかよ」
【回答:召喚の目的は『純粋魔力の抽出』です。貴方はこの世界において、自発的に高密度のエネルギーを生成し続ける「永久機関」として定義されています。通常、召喚体は魔力を一滴残らず絞り尽くされた後、一時間以内に生命活動を停止します】
「……は? 一時間で死ぬ? 俺は、ただの使い捨ての電池だってのか?」
辞書の解説によれば、この世界の聖女たちは、枯渇したエネルギーを補うために、異世界から「魔力の塊」を呼び寄せ、その命を限界まで燃やし尽くして国家の灯火にしているのだという。
本来なら、俺も今ごろ、どこかの祭壇で全エネルギーを奪われ、干からびて死んでいるはずだった。
「……じゃあ、なんで俺は生きてる。なんで、あんなデタラメな力が……内側から溢れ出して止まらないんだ」
【回答:貴方の保有する固有スキル『無限供給』が、世界の因果律を上回ったためです。抽出速度よりも生成速度が数億倍速かったため、搾取のための術式そのものが過負荷(オーバーロード)で崩壊。貴方は意図せず『絶望の森』へと転送されました】
その言葉に、俺の背筋に冷たい何かが走った。
つまり、俺を縛り、吸い尽くそうとした「世界の理」そのものを、俺の中にあるこの熱量が、内側から食い破ったということか。
「……なるほどな」
俺は鼻で笑った。
救世主として呼んだんじゃない。ただの燃料として、俺の命を盗もうとしたわけだ。
今ごろ王都では、召喚に失敗した聖女たちが、逃げ出した「至高のエネルギー体」の行方を追って、血眼になっているに違いない。
「面白いじゃねえか。俺を殺して中身を奪おうとした聖女たちが、今度は一滴の雫を求めて、俺の前に跪くことになるんだからな」
下腹部に残る熱い疼きを意識しながら、俺は立ち上がった。
俺を電池として捨てた世界に、今度は俺が「供給」の主導権を突きつけてやる番だ。
俺は鼻で笑った。
「救世主として呼んだんじゃない。ただの燃料として、俺の命を盗もうとしたわけだ」
辞書によれば、今ごろ王都では、召喚に失敗した聖女たちが「次の生贄」を探して、あるいは俺が放ったあの光の正体を追って、血眼になっているはずだ。
「……面白いじゃねえか。俺を殺して中身を奪おうとした聖女たちが、今度は一滴の雫を求めて、俺の前に跪くことになるんだからな」
森を少し歩くと、ツタに覆われた古い石造りの小屋を見つけた。
かつては魔導師の隠れ家だったのか、中には埃を被った机や、古びた椅子、そして――いくつもの**「空のガラス瓶(ボトル)」**が、乱雑に転がっていた。
俺はその中でも、一際なめらかな曲線を持つ椅子に深く腰掛けた。
小屋の隅に転がっていたのは、一見すればただのガラス瓶だ。だが、手に取ると奇妙な違和感がある。ガラスの中には血管のように緻密な魔導回路が刻まれており、その口の部分には、かつて厳重に施されていたであろう封印(バリシール)の跡が、虚しく残っていた。
「辞書、この瓶は何だ? ただの酒瓶じゃねえな」
【回答:それは『規格化魔力貯蔵瓶(スタンダード・ボトル)』です。この世界における、唯一にして絶対の通貨であり、生存権そのものです】
辞書の説明は、この世界の残酷な現実を暴き出す。
自然界の魔力が枯渇したこの世界では、生活のすべて――明かりを灯すことも、病を治すことも、このボトルに詰められた「高純度魔力」がなければ叶わない。
ボトルを満たすエネルギーは聖女連合が独占管理し、民衆には「納税」や「奉仕」の対価として、極少量ずつ配給される。
そして、ボトルが空になることは、文明社会からの追放、あるいは「エネルギー不足による死」を意味していた。
「……つまり、この世界の人間は、常にこの瓶を『満たしてほしい』という飢えと、空になる恐怖に怯えて生きてるってわけか」
俺は空のボトルを指先でなぞった。
この滑らかなガラスの器が、人々の欲望と絶望を吸い込んでいる。
「このボトルが空になれば、誇り高い聖女様とやらも、ただの『飢えた女』に成り下がる。……だったら、俺がその器を、真っ白な魔力で溢れるほどに満たしてやろうじゃないか。俺の要求する『対価』と引き換えにな」
俺は、手元の空のボトルを指先で愛でるように眺めながら、下腹部に宿る疼くような熱を意識した。
先ほど森を焼き尽くしたあの奔流は、まだ俺の中に渦巻く膨大な熱量のごく一滴に過ぎない。
「辞書、俺の一回分の『出力』で、このボトルは何本分埋まる?」
【回答:比較不能です。貴方の純度は既存の『聖女』が生成する魔力の数万倍。一回の供給で、この小屋にある数千本のボトルを全て満たしても、貴方の魔力量は一パーセントも減りません】
かつて、この小屋の主は、必死にかき集めた魔力をこのボトルに詰め、細々と命を繋いでいたのだろう。
だが、今の俺にとっては、これはただの**「貢ぎ物を受け取るための器」**に過ぎない。
「聖女たちは、民に魔力を分け与える『慈悲の象徴』として崇められている……。だが、その実態は、空のボトルを人質に取った独裁者だ」
俺はニヤリと笑い、空のボトルを机に置いた。硬い音が静かな小屋に響く。
「面白い。これからは、その聖女たちが空のボトルを持って、俺の機嫌を伺いに来る番だ。……この透明な器が、俺の魔力で白く濁るたびに、彼女たちの誇りが汚され、世界の権威が崩れていくんだな」
俺は意識を集中し、眼前に浮かび上がるステータスを確認した。
【個体名:俺(召喚個体)】
【ジョイント・クラス:無限供給の源泉(ワールド・ブレイカー)】
■ 保有魔力量:∞ / ∞(無限)
(※この世界の最大貯蔵施設を『コップ一杯』とするなら、貴方は『無限に湧き出る大海』です。貴方が一回放出するだけで、この世界の魔力通貨価値は暴落し、経済は麻痺します)
■ 固有スキル:
『無限供給(エナジー・インフィニティ)』:
【特性:絶対的資源優位】外部からの補給を一切必要とせず、無限に魔力を生成・放出する。解き放たれる『純白の魔力』は、枯渇した世界のあらゆる魔導機器を強制的に限界突破(オーバークロック)させ、快楽的なまでの過負荷を与える。
『絶対防御(ロイヤル・ガーター)』:
あらゆる攻撃・干渉を無効化する。エネルギー不足のこの世界において、貴方に牙を向くことは「自らの寿命(魔力ボトル)をドブに捨てる」のと同義である。
『世界辞書(ワールド・アナライザー)』:
対象のステータス、弱点、**「何を対価にすればプライドを捨てて膝を屈するか」**という取引条件を完全可視化する。
【警告:第一会敵対象(営業エース)が接近中。彼女の目的は貴方の独占管理です。なお、彼女の保有ボトルは『残量五パーセント』。……エネルギーの欠乏により、彼女の精神と肉体は非常に強く『飢えて』います】
脳内に響く無機質な声が、獲物の接近を告げた。
俺は、中指で空中に浮かぶステータス画面を無造作に弾き飛ばした。光の粒子が火花のように散り、視界が晴れる。
「……無限供給、か。この世界じゃ、俺は歩く国家予算どころか、神様以上の価値があるってわけだ」
俺を使い捨ての電池として召喚し、ゴミのように魔境へ放り出した聖女たち。
だが、その中の一人が、俺という「打ち出の小槌」――いや、永遠に枯れることのない至高の源泉を独占しようと、今まさにドアの前に立っている。
「辞書、あいつのボトルの残量は五パーセントだったな。……一国の命運を背負う営業のエース様が、その五パーセントの渇きを癒やすために、どんな顔で俺に縋ってくるか。じっくりと拝ませてもらおうか」
俺は、小屋の主が残した古びた机の上に、わざとらしく空のボトルを転がした。
カラン……と、空虚な音が室内に響き渡る。
コン、コン、コン――。
控えめだが、その奥に隠しきれない傲慢さと焦燥が透けて見えるノックの音。
恐らく彼女は今、ドアの向こうで聖女としての仮面を整え、乱れた呼吸を必死に抑え込んでいるはずだ。エネルギーの枯渇が、彼女の冷静さを内側から蝕んでいることも知らずに。
俺は椅子に深くふんぞり返り、尊大に足を組んでニヤリと笑った。
「入れよ。……商談の時間だ」
その瞬間、重厚な木製のドアがゆっくりと開き、一筋の光と共に、清楚な法衣に身を包んだ「獲物」が姿を現した。
湿った土の匂いと、嗅いだこともない獣の体臭が鼻をつく。
「……ここ、どこだよ」
さっきまで、俺はいつも通り営業回りの途中で、地下鉄のホームにいたはずだ。
だが、今の俺が着ているのは見覚えのない粗末なチュニック一枚。手元には、何故か古びた一冊の本――『世界辞書』だけが転がっていた。
「異世界転生……ってやつか? 笑えねえ……」
周囲からは、ギリ、ギリ、と木々をなぎ倒すような不気味な足音が近づいてくる。
暗闇に光る無数の赤い目。魔物だ。しかも一匹や二匹じゃない。
武器もない、魔法の使い方も知らない。あるのは、ただ一つ。脳内に直接響いてくる、無機質なスキルの声だけだった。
【警告:周囲にランクB以上の魔獣『餓狼』を多数検知。生存確率は0.01%以下です】
「……おい、辞書。助かる方法はねえのかよ!」
【回答:貴方の体内には無限の魔力が充填されています。生存本能に従い、全力を『解放』してください】
全力を解放? どうやって?
魔物たちが一斉に飛びかかってくる。鋭い牙が、俺の喉元に迫る。
死の恐怖が全身を駆け抜けた瞬間、下腹部――魔力の源泉が、焼けるような熱さに襲われた。
心臓の鼓動に合わせて、熱い質量が内側から何度も突き上げてくる。それは血管を引き裂き、全身を白濁した熱で塗りつぶさんとするほどの、圧倒的な「圧」だった。
「出る……溢れ出しちまうッ!!」
俺は、むき出しの生存本能のままに、限界まで膨れ上がった下腹部の熱を解き放った。
その瞬間。
ドォォォォォォォォンッ!!!
爆音と共に、俺の奥底から放たれたのは、ただの魔力ではなかった。
それは圧縮された純粋エネルギーの巨大な奔流。夜の闇を真っ二つに引き裂く、極太の白いレーザーだ。
「……あ?」
それは「魔法」などという生易しいものではなかった。
あまりの出力に、空間そのものが悲鳴を上げて軋んでいる。
レーザーは飛びかかってきた魔物たちを一瞬で蒸発させ、その背後に広がる原生林を数キロにわたって消し飛ばした。
さらには、遥か彼方にそびえ立っていた山の山頂をドロドロに溶かし、空に漂う分厚い雲を円形に蒸発させて、巨大な「穴」を開けたのだ。
数秒間。
森は、昼間よりも明るい、白一色の眩い世界に包まれた。
光が収まると、そこには何一つ残っていなかった。
俺の目の前には、扇状に広がる「何も存在しない空白の地」が、地平線の彼方まで続いていた。
魔物の死体どころか、土すらも熱でガラス状に固まっている。
静まり返った森の中で、俺は呆然と立ち尽くしていた。
下腹部にはまだ、出し切った後の痺れるような余韻が残っている。
「……出しすぎだろ、これ」
【報告:周辺の敵対個体の完全消滅を確認。現在、貴方の魔力残量は――『100%』です】
「……減ってないのかよ。あんなに、全てを使い果たすつもりでブチまけたのに」
俺は、自分の身の内に宿った、世界を滅ぼしかねない「異常なエネルギー」の正体に、初めて恐怖を覚えた。
絶大な破壊の跡を前に、俺はガクガクと震える膝をついた。
荒い息を吐くたび、肺の奥まで焼けた空気の匂いが染み渡る。自分の手を見ると、指先がまだ痺れたように震えていた。
ふと、足元に魔法陣の残骸のような光の輪が、泥にまみれて消えかかっているのが見えた。
「……誰かが、俺を呼んだのか?」
【回答:肯定的です。本世界における『聖女連合』による大規模召喚術式が実行されました】
脳内に響く辞書の声は、温度を感じさせないほどに冷たい。
「聖女? そいつらが、魔物だらけのこんな場所に俺を放り出したのかよ」
【回答:召喚の目的は『純粋魔力の抽出』です。貴方はこの世界において、自発的に高密度のエネルギーを生成し続ける「永久機関」として定義されています。通常、召喚体は魔力を一滴残らず絞り尽くされた後、一時間以内に生命活動を停止します】
「……は? 一時間で死ぬ? 俺は、ただの使い捨ての電池だってのか?」
辞書の解説によれば、この世界の聖女たちは、枯渇したエネルギーを補うために、異世界から「魔力の塊」を呼び寄せ、その命を限界まで燃やし尽くして国家の灯火にしているのだという。
本来なら、俺も今ごろ、どこかの祭壇で全エネルギーを奪われ、干からびて死んでいるはずだった。
「……じゃあ、なんで俺は生きてる。なんで、あんなデタラメな力が……内側から溢れ出して止まらないんだ」
【回答:貴方の保有する固有スキル『無限供給』が、世界の因果律を上回ったためです。抽出速度よりも生成速度が数億倍速かったため、搾取のための術式そのものが過負荷(オーバーロード)で崩壊。貴方は意図せず『絶望の森』へと転送されました】
その言葉に、俺の背筋に冷たい何かが走った。
つまり、俺を縛り、吸い尽くそうとした「世界の理」そのものを、俺の中にあるこの熱量が、内側から食い破ったということか。
「……なるほどな」
俺は鼻で笑った。
救世主として呼んだんじゃない。ただの燃料として、俺の命を盗もうとしたわけだ。
今ごろ王都では、召喚に失敗した聖女たちが、逃げ出した「至高のエネルギー体」の行方を追って、血眼になっているに違いない。
「面白いじゃねえか。俺を殺して中身を奪おうとした聖女たちが、今度は一滴の雫を求めて、俺の前に跪くことになるんだからな」
下腹部に残る熱い疼きを意識しながら、俺は立ち上がった。
俺を電池として捨てた世界に、今度は俺が「供給」の主導権を突きつけてやる番だ。
俺は鼻で笑った。
「救世主として呼んだんじゃない。ただの燃料として、俺の命を盗もうとしたわけだ」
辞書によれば、今ごろ王都では、召喚に失敗した聖女たちが「次の生贄」を探して、あるいは俺が放ったあの光の正体を追って、血眼になっているはずだ。
「……面白いじゃねえか。俺を殺して中身を奪おうとした聖女たちが、今度は一滴の雫を求めて、俺の前に跪くことになるんだからな」
森を少し歩くと、ツタに覆われた古い石造りの小屋を見つけた。
かつては魔導師の隠れ家だったのか、中には埃を被った机や、古びた椅子、そして――いくつもの**「空のガラス瓶(ボトル)」**が、乱雑に転がっていた。
俺はその中でも、一際なめらかな曲線を持つ椅子に深く腰掛けた。
小屋の隅に転がっていたのは、一見すればただのガラス瓶だ。だが、手に取ると奇妙な違和感がある。ガラスの中には血管のように緻密な魔導回路が刻まれており、その口の部分には、かつて厳重に施されていたであろう封印(バリシール)の跡が、虚しく残っていた。
「辞書、この瓶は何だ? ただの酒瓶じゃねえな」
【回答:それは『規格化魔力貯蔵瓶(スタンダード・ボトル)』です。この世界における、唯一にして絶対の通貨であり、生存権そのものです】
辞書の説明は、この世界の残酷な現実を暴き出す。
自然界の魔力が枯渇したこの世界では、生活のすべて――明かりを灯すことも、病を治すことも、このボトルに詰められた「高純度魔力」がなければ叶わない。
ボトルを満たすエネルギーは聖女連合が独占管理し、民衆には「納税」や「奉仕」の対価として、極少量ずつ配給される。
そして、ボトルが空になることは、文明社会からの追放、あるいは「エネルギー不足による死」を意味していた。
「……つまり、この世界の人間は、常にこの瓶を『満たしてほしい』という飢えと、空になる恐怖に怯えて生きてるってわけか」
俺は空のボトルを指先でなぞった。
この滑らかなガラスの器が、人々の欲望と絶望を吸い込んでいる。
「このボトルが空になれば、誇り高い聖女様とやらも、ただの『飢えた女』に成り下がる。……だったら、俺がその器を、真っ白な魔力で溢れるほどに満たしてやろうじゃないか。俺の要求する『対価』と引き換えにな」
俺は、手元の空のボトルを指先で愛でるように眺めながら、下腹部に宿る疼くような熱を意識した。
先ほど森を焼き尽くしたあの奔流は、まだ俺の中に渦巻く膨大な熱量のごく一滴に過ぎない。
「辞書、俺の一回分の『出力』で、このボトルは何本分埋まる?」
【回答:比較不能です。貴方の純度は既存の『聖女』が生成する魔力の数万倍。一回の供給で、この小屋にある数千本のボトルを全て満たしても、貴方の魔力量は一パーセントも減りません】
かつて、この小屋の主は、必死にかき集めた魔力をこのボトルに詰め、細々と命を繋いでいたのだろう。
だが、今の俺にとっては、これはただの**「貢ぎ物を受け取るための器」**に過ぎない。
「聖女たちは、民に魔力を分け与える『慈悲の象徴』として崇められている……。だが、その実態は、空のボトルを人質に取った独裁者だ」
俺はニヤリと笑い、空のボトルを机に置いた。硬い音が静かな小屋に響く。
「面白い。これからは、その聖女たちが空のボトルを持って、俺の機嫌を伺いに来る番だ。……この透明な器が、俺の魔力で白く濁るたびに、彼女たちの誇りが汚され、世界の権威が崩れていくんだな」
俺は意識を集中し、眼前に浮かび上がるステータスを確認した。
【個体名:俺(召喚個体)】
【ジョイント・クラス:無限供給の源泉(ワールド・ブレイカー)】
■ 保有魔力量:∞ / ∞(無限)
(※この世界の最大貯蔵施設を『コップ一杯』とするなら、貴方は『無限に湧き出る大海』です。貴方が一回放出するだけで、この世界の魔力通貨価値は暴落し、経済は麻痺します)
■ 固有スキル:
『無限供給(エナジー・インフィニティ)』:
【特性:絶対的資源優位】外部からの補給を一切必要とせず、無限に魔力を生成・放出する。解き放たれる『純白の魔力』は、枯渇した世界のあらゆる魔導機器を強制的に限界突破(オーバークロック)させ、快楽的なまでの過負荷を与える。
『絶対防御(ロイヤル・ガーター)』:
あらゆる攻撃・干渉を無効化する。エネルギー不足のこの世界において、貴方に牙を向くことは「自らの寿命(魔力ボトル)をドブに捨てる」のと同義である。
『世界辞書(ワールド・アナライザー)』:
対象のステータス、弱点、**「何を対価にすればプライドを捨てて膝を屈するか」**という取引条件を完全可視化する。
【警告:第一会敵対象(営業エース)が接近中。彼女の目的は貴方の独占管理です。なお、彼女の保有ボトルは『残量五パーセント』。……エネルギーの欠乏により、彼女の精神と肉体は非常に強く『飢えて』います】
脳内に響く無機質な声が、獲物の接近を告げた。
俺は、中指で空中に浮かぶステータス画面を無造作に弾き飛ばした。光の粒子が火花のように散り、視界が晴れる。
「……無限供給、か。この世界じゃ、俺は歩く国家予算どころか、神様以上の価値があるってわけだ」
俺を使い捨ての電池として召喚し、ゴミのように魔境へ放り出した聖女たち。
だが、その中の一人が、俺という「打ち出の小槌」――いや、永遠に枯れることのない至高の源泉を独占しようと、今まさにドアの前に立っている。
「辞書、あいつのボトルの残量は五パーセントだったな。……一国の命運を背負う営業のエース様が、その五パーセントの渇きを癒やすために、どんな顔で俺に縋ってくるか。じっくりと拝ませてもらおうか」
俺は、小屋の主が残した古びた机の上に、わざとらしく空のボトルを転がした。
カラン……と、空虚な音が室内に響き渡る。
コン、コン、コン――。
控えめだが、その奥に隠しきれない傲慢さと焦燥が透けて見えるノックの音。
恐らく彼女は今、ドアの向こうで聖女としての仮面を整え、乱れた呼吸を必死に抑え込んでいるはずだ。エネルギーの枯渇が、彼女の冷静さを内側から蝕んでいることも知らずに。
俺は椅子に深くふんぞり返り、尊大に足を組んでニヤリと笑った。
「入れよ。……商談の時間だ」
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