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聖域の断罪
第一話:白昼の処刑台
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第一話:白昼の処刑台
PM 1:15 光の監獄
午後の日差しが、ホテルのスイートルームの白いシーツを、目に痛いほど焼き付けていた。
遮光カーテンの隙間から漏れる光は、まるで不純な二人を暴き立てるスポットライトのようだ。
室内には、空調の低い唸りと、重く湿った吐息だけが満ちている。
「……っ、……あ、……今日は、一段と激しいのね」
女は乱れた髪を枕に散らし、必死に酸素を求めて喘いだ。
視界が熱に浮かされ、男の輪郭が歪んで見える。
目の前にいるのは、朝、玄関で見送った穏やかな「夫」ではない。
冷徹な眼差しで自分を見下ろし、獲物を解体するようにその身体を貪る、名もなき「雄」だった。
「……黙れと言ったはずだ。……今は、ただの愛人だろう」
男の低い声が、女の鼓膜を震わせる。
その手は、女の細い手首をベッドのヘッドボードへ押し付けていた。
家庭で見せる、壊れ物を扱うような優しさは、この部屋のドアを開けた瞬間に捨ててきたのだ。
「……そうね。……私は、あなたの……はしたない愛人。……奥様に隠れて、こんな風に、……乱暴にされている……」
「……そうだ。……お前をこうして組み伏せている間だけ、俺は、あの退屈な日常を忘れられる」
男の指先が、女の首筋をなぞり、わずかに力を込めた。
首を絞められる恐怖と、それ以上に込み上げる熱い昂ぶり。
女は、男の肩に深く爪を立てた。
家庭であれば、「大丈夫?」「痛くない?」と気遣うはずのその傷さえ、今は二人の背徳を深めるための勲章に過ぎない。
「……もっと、……もっと、壊して。……私を、あなたの『妻』だなんて、思い出せないくらいに……!」
「望み通りにしてやる」
男は女の身体を強引に裏返し、その背に自身の熱を押し当てた。
無機質なホテルの壁に、二人の重なり合う影が、一匹の獣のように映し出される。
そこには名前も、戸籍も、約束された未来もない。
ただ、互いの肉体を処刑台にして、倫理を焼き尽くすためだけの交わり。
PM 2:30 死後の静寂
嵐が過ぎ去った後の室内は、死んだように静まり返っていた。
男は先にベッドを出て、バスローブを羽織り、ライターで火を灯す。
紫煙が、西日に透けて頼りなく揺れた。
「……終わったのね」
女はシーツに身を包んだまま、虚ろな目で天井を見つめていた。
肌には、男の指の跡が赤く残り、下腹部にはまだ、痺れるような感覚が燻っている。
「ああ。……次は、三日後だ。……その時までは、お互い、赤の他人だ」
男は一度も振り返らず、ビジネスバッグからスマートフォンの電源を入れた。
画面には、会社からの通知や、あるいは「家庭」という名のシステムからの連絡が入っているのだろう。
男の背中は、すでに有能な社会人の、そして誰かの夫のそれに戻りつつあった。
女は、サイドテーブルに置かれた自分のバッグから、小さな鏡を取り出した。
乱れた髪、滲んだアイライン、そして自分でも驚くほど蕩けた、情欲の残り香が漂う顔。
「……鏡を見て。……あなたの愛人が、こんなに酷い顔をしてるわよ」
女の挑発に、男は煙草を灰皿に押し付け、ようやく振り返った。
その瞳は、先ほどまでの凶暴さを綺麗に拭い去り、ガラス玉のように冷たく澄んでいる。
「……いい女だ。……だが、俺が今夜抱くのは、この女じゃない。……俺を、温かい食事で迎えてくれる、しとやかな妻だ」
「……ふふ。……そうね。……私も、今夜抱かれるのは、あなたじゃないわ。……私を一番に愛してくれる、優しい旦那様よ」
二人は、鏡越しに視線をぶつけ合い、そして同時に冷ややかに笑った。
この「白昼の処刑」があるからこそ、夜の「聖域」を守り通すことができる。
自分たちを汚せば汚すほど、家庭という名のフィクションは、より純白に輝くのだ。
PM 3:00 脱獄の準備
女はシャワーを浴び、丁寧に石鹸で「男」の匂いを洗い流した。
昼間の記憶を排水溝に流し込み、肌に香水を一吹きする。
それは、男が結婚記念日に贈ってくれた、清潔感のあるフローラルの香り。
鏡の中の女は、もう愛人ではない。
誰からも愛される、非の打ち所がない「妻」の顔をしていた。
「……お先に失礼するわ。部長」
ホテルのエントランス。
女は、一歩後ろを歩く男に向かって、事務的な一礼をした。
「……ああ、お疲れ様。……明日の会議の資料、頼んだぞ」
「承知いたしました」
二人は別々の方向へ歩き出す。
すれ違う人々は、この二人が数分前まで、同じベッドで獣のように求め合っていたなどとは、夢にも思わないだろう。
西日に照らされた女の薬指には、外していた銀色の指輪が、静かに戻されいた。
PM 1:15 光の監獄
午後の日差しが、ホテルのスイートルームの白いシーツを、目に痛いほど焼き付けていた。
遮光カーテンの隙間から漏れる光は、まるで不純な二人を暴き立てるスポットライトのようだ。
室内には、空調の低い唸りと、重く湿った吐息だけが満ちている。
「……っ、……あ、……今日は、一段と激しいのね」
女は乱れた髪を枕に散らし、必死に酸素を求めて喘いだ。
視界が熱に浮かされ、男の輪郭が歪んで見える。
目の前にいるのは、朝、玄関で見送った穏やかな「夫」ではない。
冷徹な眼差しで自分を見下ろし、獲物を解体するようにその身体を貪る、名もなき「雄」だった。
「……黙れと言ったはずだ。……今は、ただの愛人だろう」
男の低い声が、女の鼓膜を震わせる。
その手は、女の細い手首をベッドのヘッドボードへ押し付けていた。
家庭で見せる、壊れ物を扱うような優しさは、この部屋のドアを開けた瞬間に捨ててきたのだ。
「……そうね。……私は、あなたの……はしたない愛人。……奥様に隠れて、こんな風に、……乱暴にされている……」
「……そうだ。……お前をこうして組み伏せている間だけ、俺は、あの退屈な日常を忘れられる」
男の指先が、女の首筋をなぞり、わずかに力を込めた。
首を絞められる恐怖と、それ以上に込み上げる熱い昂ぶり。
女は、男の肩に深く爪を立てた。
家庭であれば、「大丈夫?」「痛くない?」と気遣うはずのその傷さえ、今は二人の背徳を深めるための勲章に過ぎない。
「……もっと、……もっと、壊して。……私を、あなたの『妻』だなんて、思い出せないくらいに……!」
「望み通りにしてやる」
男は女の身体を強引に裏返し、その背に自身の熱を押し当てた。
無機質なホテルの壁に、二人の重なり合う影が、一匹の獣のように映し出される。
そこには名前も、戸籍も、約束された未来もない。
ただ、互いの肉体を処刑台にして、倫理を焼き尽くすためだけの交わり。
PM 2:30 死後の静寂
嵐が過ぎ去った後の室内は、死んだように静まり返っていた。
男は先にベッドを出て、バスローブを羽織り、ライターで火を灯す。
紫煙が、西日に透けて頼りなく揺れた。
「……終わったのね」
女はシーツに身を包んだまま、虚ろな目で天井を見つめていた。
肌には、男の指の跡が赤く残り、下腹部にはまだ、痺れるような感覚が燻っている。
「ああ。……次は、三日後だ。……その時までは、お互い、赤の他人だ」
男は一度も振り返らず、ビジネスバッグからスマートフォンの電源を入れた。
画面には、会社からの通知や、あるいは「家庭」という名のシステムからの連絡が入っているのだろう。
男の背中は、すでに有能な社会人の、そして誰かの夫のそれに戻りつつあった。
女は、サイドテーブルに置かれた自分のバッグから、小さな鏡を取り出した。
乱れた髪、滲んだアイライン、そして自分でも驚くほど蕩けた、情欲の残り香が漂う顔。
「……鏡を見て。……あなたの愛人が、こんなに酷い顔をしてるわよ」
女の挑発に、男は煙草を灰皿に押し付け、ようやく振り返った。
その瞳は、先ほどまでの凶暴さを綺麗に拭い去り、ガラス玉のように冷たく澄んでいる。
「……いい女だ。……だが、俺が今夜抱くのは、この女じゃない。……俺を、温かい食事で迎えてくれる、しとやかな妻だ」
「……ふふ。……そうね。……私も、今夜抱かれるのは、あなたじゃないわ。……私を一番に愛してくれる、優しい旦那様よ」
二人は、鏡越しに視線をぶつけ合い、そして同時に冷ややかに笑った。
この「白昼の処刑」があるからこそ、夜の「聖域」を守り通すことができる。
自分たちを汚せば汚すほど、家庭という名のフィクションは、より純白に輝くのだ。
PM 3:00 脱獄の準備
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それは、男が結婚記念日に贈ってくれた、清潔感のあるフローラルの香り。
鏡の中の女は、もう愛人ではない。
誰からも愛される、非の打ち所がない「妻」の顔をしていた。
「……お先に失礼するわ。部長」
ホテルのエントランス。
女は、一歩後ろを歩く男に向かって、事務的な一礼をした。
「……ああ、お疲れ様。……明日の会議の資料、頼んだぞ」
「承知いたしました」
二人は別々の方向へ歩き出す。
すれ違う人々は、この二人が数分前まで、同じベッドで獣のように求め合っていたなどとは、夢にも思わないだろう。
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