妹に婚約者の王太子を奪われたのでクソ王太子の顔面殴ってスカッとしたら、帝国の第二皇子につきまとわれて迷惑です

まさき

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第21話 帝国への招待

第21話 帝国への招待

 翌朝、二人はいつものように朝食を食べた。
 
 
 昨夜のことは、どちらも触れなかった。
 でも、空気が、少し違った。
 
 
 重くはなかった。
 むしろ、柔らかかった。
 
 
 セレナはスープを飲みながら、窓の外を見た。
 今日も、東へ向かう予定だった。
 
 
「セレナさん」
 
 
 ヴァレンが、珍しく先に口を開いた。
 
 
「何ですか」
 
 
「……少し、話したいことがあります」
 
 
「昨夜の続きですか」
 
 
「……いいえ。別の話です」
 
 
 セレナはヴァレンを見た。
 
 
 その顔が、少し硬かった。
 
 
「帝国から、正式な連絡が来ました」
 
 
「戻る時期の件ですか」
 
 
「それだけではありません」
 
 
 ヴァレンはテーブルの上に、封書を置いた。
 帝国の紋章が入った封書だった。
 
 
「帝国の皇帝——私の父が、謁見を求めています」
 
 
 セレナは少し驚いた。
 
 
「皇帝が、直接ですか」
 
 
「ええ。帝位争いに関して、父が直接動くのは異例のことです」
 
 
「それは……重大なことですか」
 
 
「……おそらく、帝位争いの決着に向けて、何かを動かそうとしているのだと思います」
 
 
 セレナは封書を見た。
 
 
「あなたは、帝国に戻らなければなりませんね」
 
 
「……ええ。一ヶ月以内と言われていましたが、それよりも早くなるかもしれません」
 
 
「いつ頃ですか」
 
 
「……二週間以内には」
 
 
 セレナは静かに頷いた。
 
 
 二週間。
 
 
 思ったより、早かった。
 
 
「わかりました」
 
 
「……それだけですか」
 
 
「それだけです。あなたには帝国がある。行かなければならない時が来たということです」
 
 
 ヴァレンは少し間を置いた。
 
 
「……もう一つ、あります」
 
 
「何ですか」
 
 
 ヴァレンはセレナをまっすぐに見た。
 
 
「父の謁見の場に、あなたにも来てほしいと言っています」
 
 
 セレナは、今度こそ驚いた。
 
 
「……私が、帝国の謁見に?」
 
 
「ええ」
 
 
「なぜですか」
 
 
「……ガスパールとの取引の件が、謁見の議題に上がっているようです。あなたを直接確認したいのかもしれない」
 
 
「つまり、私が駒として使われる可能性がある場に、私を連れてこいということですか」
 
 
「……正確には、そうなります」
 
 
 セレナはしばらく、黙っていた。
 
 
 ヴァレンが続けた。
 
 
「断っても構いません。これは命令ではない。あなたに選んでほしかった」
 
 
「選ぶ、とはどういう意味ですか」
 
 
「帝国に来れば、様々なことに巻き込まれる可能性がある。でも、帝国に来なければ、ガスパールとの取引が、あなたの知らないところで進むかもしれない」
 
 
「つまり、来た方が、自分で状況を把握できる」
 
 
「……そういうことです」
 
 
 セレナは封書を見た。
 それから、窓の外を見た。
 
 
 東へ向かう予定だった旅が、また変わろうとしていた。
 
 
「……一つ聞いていいですか」
 
 
「どうぞ」
 
 
「あなたは、私に来てほしいですか」
 
 
 ヴァレンは少し間を置いた。
 
 
「……正直に言います」
 
 
「ええ」
 
 
「来てほしい、と思っています。でも、危険に巻き込みたくない、とも思っています」
 
 
「矛盾していますね」
 
 
「……またそう言われました」
 
 
「あなたはよく矛盾しますね」
 
 
「……否定できません」
 
 
 セレナは少し笑った。
 
 
 それから、静かに決めた。
 
 
「行きます」
 
 
「……いいんですか」
 
 
「ええ。自分の目で見た方が、いいと思います。ガスパールの件も、あなたの帝国のことも」
 
 
「危険があるかもしれません」
 
 
「わかっています。でも、知らないところで話が進む方が嫌です」
 
 
 ヴァレンはしばらく、セレナを見ていた。
 
 
「……ありがとうございます」
 
 
「お礼はまだ早いです。何が起きるかわからない」
 
 
「それでも」
 
 
「行ってから、言ってください」
 
 
「……わかりました」
 
 
―――
 
 
 その日の午後、二人は帝国へ向かう方向に馬を向けた。
 
 
 東ではなく、北だった。
 
 
 街道が変わった。
 景色が変わった。
 
 
 セレナは馬を走らせながら、少し考えた。
 
 
 旅に出た時は、こんな展開になるとは思っていなかった。
 自由を求めて出てきたのに、気づけば帝国の政争に近いところにいる。
 
 
 でも、不思議と、怖くなかった。
 
 
 怖くない理由は、わかっていた。
 
 
 隣に、蹄の音がある。
 それだけで、不思議と、怖くなかった。
 
 
「ヴァレン」
 
 
「はい」
 
 
「帝国には、いつ頃着きますか」
 
 
「……このまま進めば、十日ほどです」
 
 
「そうですか」
 
 
「道中、また様々な景色があると思います」
 
 
「描けますか」
 
 
「……時間の許す限りは」
 
 
 セレナは頷いた。
 
 
「では、描きながら行きます」
 
 
「……そうしてください」
 
 
 ヴァレンが、珍しく即座に答えた。
 
 
 セレナは前を向いた。
 
 
 北へ向かう道が、続いていた。
 
 
 旅は、また新しい方向に動き始めた。
 
 
―――
 
 
 三日目の夜、宿で夕飯を食べながら、ヴァレンが言った。
 
 
「帝国について、少し話しておきます」
 
 
「お願いします」
 
 
「帝国は、大きいです。各地方に領主がいて、それぞれが皇帝に従っています。ただ、今は帝位争いで、各地方が第一皇子派と私の派に分かれている」
 
 
「どちらが優勢ですか」
 
 
「……拮抗しています。でも、最近は第一皇子が有利になってきている」
 
 
「それが、皇帝が直接動いた理由ですか」
 
 
「……おそらく。父は、どちらかを選ぶか、あるいは別の決着をつけようとしているのかもしれない」
 
 
「別の決着、とは」
 
 
「……帝位争いを終わらせるための、妥協点を見つけることです」
 
 
 セレナは少し考えた。
 
 
「あなたが帝位を得る可能性は、今どれくらいですか」
 
 
 ヴァレンは少し間を置いた。
 
 
「……五分五分、といったところです。でも、今の流れでは、少し不利かもしれない」
 
 
「そうですか」
 
 
「ええ」
 
 
「……ヴァレン」
 
 
「はい」
 
 
「帝位を得た場合、あなたはどうしたいんですか」
 
 
 ヴァレンはしばらく、答えなかった。
 
 
「……それを、旅で考えようと思っていました」
 
 
「考えましたか」
 
 
「……少し」
 
 
「少し、とは」
 
 
「帝国をどうしたいか、という理由は、思い出しました」
 
 
「どんな」
 
 
 ヴァレンは窓の外を見た。
 
 
「……帝国は、今、多くの人が不自由に生きています。貴族の思惑に振り回される人間が多い。それを変えたかった。最初は」
 
 
「今は」
 
 
「……今も、それは変わっていません。でも、もう一つ、加わりました」
 
 
「何ですか」
 
 
 ヴァレンがセレナを見た。
 
 
「……自由に生きることが、どういうことか、少しわかった気がします。あなたの旅を見ていて」
 
 
 セレナは少し驚いた。
 
 
「それが、帝国をどうしたいかと、つながりますか」
 
 
「……つながると思います。自由に生きられる帝国を作りたい。それが、今の答えです」
 
 
 セレナはしばらく、ヴァレンを見た。
 
 
「……いい答えだと思います」
 
 
「そうですか」
 
 
「ええ」
 
 
 セレナは視線を料理に戻した。
 
 
 この男は、旅の中で何かを見つけていた。
 自分が旅で何かを見つけたように。
 
 
 それが、少し、嬉しかった。
 
 
―――
 
 
 十日後、帝国の国境が見えてきた。
 
 
 大きな門があった。
 帝国の紋章が刻まれた、重い石の門だった。
 
 
 セレナは馬を止めて、その門を見上げた。
 
 
「……大きいですね」
 
 
「ええ」
 
 
「緊張しますか、帝国に戻ることが」
 
 
 ヴァレンは少し間を置いた。
 
 
「……少し」
 
 
「正直ですね」
 
 
「……あなたがいるから、少しで済んでいます」
 
 
 セレナは少し驚いた。
 
 
 ヴァレンが、珍しく、そういうことを言った。
 
 
「……そうですか」
 
 
「ええ」
 
 
「では、そのままでいます」
 
 
「……ありがとうございます」
 
 
 門番がヴァレンを確認して、門が開いた。
 
 
 二人で、帝国に入った。
 
 
 空が、少し、重くなった気がした。
 でも、隣に蹄の音があった。
 
 
 セレナは前を向いた。
 
 
 旅は、帝国へと続いていた。
 
 
―― 第21話 了 ――
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