「前世男の魔王女に転生したら騎士に毎日口説かれているが、前世が男なので無理です。それより妹を紹介しろ」

まさき

文字の大きさ
4 / 4

4話「騎士は今日も口説いてくる——お前が来なければリナともっと話せたのに」  

しおりを挟む
4話「騎士は今日も口説いてくる——お前が来なければリナともっと話せたのに」
 
 
翌朝、私は早くに目が覚めた。
 
 
魔界に朝はない。それでも城の中には一定のリズムがあり、灯火が明るくなる時間というものが存在する。
 
 
その時間よりも早く——私はすでに着替えを終えて、玉座の間に座っていた。
 
 
「……なぜ早く起きた」
 
 
誰もいない空間で、私は自分に問いかけた。
 
 
答えは、わかっていた。
 
 
(リナが今日も城にいる)
 
 
それだけだ。
 
 
それだけのことで——前世からオタクをやってきた私の心が、朝から騒いでいた。
 
 
(落ち着け。魔王女やぞ。魔界最強の魔王女が、騎士の妹一人に朝からそわそわしてどうするんや)
 
 
私は深呼吸をした。
 
 
冷静になれ。
 
 
リナはただの保護対象だ。
 
 
ハーフだから人間界に返せない。だから城で預かっている。
 
 
それだけだ。
 
 
(……全然落ち着かん)
 
 
―――――――――――――――
 
 
政務をこなしながら、私はちらちらと扉の方を気にしていた。
 
 
リナは今頃何をしているだろう。
 
 
図書室に行っただろうか。
 
 
それとも城内を散歩しているだろうか。
 
 
「魔王女様。東の国境から報告が——」
 
 
「わかった」
 
 
(でも朝食はどこで食べるんやろ。誰かが案内したやろか)
 
 
「魔王女様? 聞いておられますか」
 
 
「……聞いている」
 
 
(部下に聞けばわかるか。でも聞いたら変に思われるか)
 
 
「魔王女様!」
 
 
「なんだ!」
 
 
部下がびくりと肩を震わせた。
 
 
「……申し訳ありません。東の国境からの報告を——」
 
 
「わかった。続けろ」
 
 
(落ち着け。政務中やぞ)
 
 
私は気持ちを切り替えようとした。
 
 
しようとした——が。
 
 
扉が開いて、アレンが入ってきた。
 
 
「エルヴィナ様——!!」
 
 
(よりによってこいつか)
 
 
「捕虜が玉座の間に入るな」
 
 
「すみません! でもどうしても言いたくて——」
 
 
「うるさい。出ろ」
 
 
「今日のエルヴィナ様も綺麗ですね!!」
 
 
(聞いてへん……)
 
 
部下たちが困惑した顔で私とアレンを交互に見ている。
 
 
私は深く息を吸った。
 
 
「……全員下がれ」
 
 
「かしこまりました」
 
 
部下が素早く出ていく。
 
 
アレンだけが、嬉しそうな顔で残った。
 
 
「二人きりですね!」
 
 
「喜ぶな。お前に言いたいことがある」
 
 
「はい! なんでも!」
 
 
(この空気の読めなさ、ある意味才能やな……)
 
 
私はアレンをじっと見た。
 
 
銀髪。緑の目。顔は悪くない。
 
 
性格も——根は真っ直ぐで悪い奴ではない。
 
 
ただ——気持ちは完全に男の私には、どう頑張っても無理だった。
 
 
「アレン。一つ聞く」
 
 
「はい!」
 
 
「お前は本気で私のことが好きなのか」
 
 
「はい!!」
 
 
即答だった。
 
 
(……こいつ本当に本気やんか)
 
 
「なぜだ」
 
 
「え?」
 
 
「なぜ私なんだ。会ってすぐだろう。理由があるのか」
 
 
アレンは少し考えるような顔をして——それから、真剣な目で言った。
 
 
「……一目見た時から、目が離せなかったんです」
 
 
「それだけか」
 
 
「死にかけていたのに——エルヴィナ様が近づいてきた時、怖いより綺麗だと思いました」
 
 
「……」
 
 
「殺せと言っておきながら、助けてくれた。道具だと言いながら、様子を見に来てくれた」
 
 
アレンは静かに続けた。
 
 
「本当は優しい人だって——わかったから」
 
 
私は黙った。
 
 
(こいつ……案外ちゃんと見てるやないか……)
 
 
でも——だからといって、どうにもならない。
 
 
「アレン」
 
 
「はい」
 
 
「お前の気持ちはわかった」
 
 
「ほんとですか!!」
 
 
「喜ぶな。わかった上で言う」
 
 
私は静かに、しかしはっきりと言った。
 
 
「——無理だ」
 
 
アレンが固まった。
 
 
「……え」
 
 
「理由は言えない。でも無理だ。これ以上言い寄るな」
 
 
(男やから無理やとは言えんけど……)
 
 
アレンはしばらく固まっていた。
 
 
それから——首を振った。
 
 
「……諦めません」
 
 
「なぜだ」
 
 
「理由を言ってもらえなかったから」
 
 
(こいつ……)
 
 
「言えない理由があるんだ。察しろ」
 
 
「察せないです。俺、空気読むのが苦手で」
 
 
(知っとるわ!!)
 
 
私は額に手を当てた。
 
 
「……出ていけ」
 
 
「はい。でも——」
 
 
アレンは扉の前で振り返った。
 
 
「諦めないことだけは、わかってください」
 
 
扉が閉まった。
 
 
(……なんやあいつ……)
 
 
私は玉座に深く腰を落とした。
 
 
真っ直ぐで、不器用で、空気が読めない。
 
 
でも——嘘はつかない。
 
 
(前世が女やったら、ちょっとくらいは揺れたかもな……)
 
 
でも前世は男だった。
 
 
だから——揺れない。
 
 
(リナは今頃どこにいるんやろ)
 
 
結局そこに戻ってくる自分に、私は静かにため息をついた。
 
 
―――――――――――――――
 
 
昼過ぎ、廊下を歩いていると——図書室の前でリナと鉢合わせた。
 
 
「エルヴィナ様」
 
 
リナが顔を上げた。
 
 
手に分厚い本を抱えている。
 
 
「……図書室に行っていたのか」
 
 
「はい。魔界の歴史を読んでいました」
 
 
(真面目な子やな……)
 
 
「難しくなかったか」
 
 
「少し難しかったです。でも——面白くて」
 
 
リナは本を胸に抱えて、小さく笑った。
 
 
(その笑顔やめてくれ……心臓に悪い……)
 
 
「エルヴィナ様はこの本を読まれたことがありますか」
 
 
リナが本の表紙を見せてきた。
 
 
魔界建国の歴史書だった。
 
 
「……ある。子供の頃に読んだ」
 
 
「そうなんですね。どんなことが書いてありましたか」
 
 
(え、聞いてくるんか……)
 
 
私は少し迷ってから——廊下の壁に背をもたれた。
 
 
「……魔界が最初に作られた時の話だ。初代魔王が荒れた大地を切り開いて——」
 
 
「すごい……」
 
 
リナが目を輝かせた。
 
 
(目を輝かせるな……余計可愛いやろ……)
 
 
「続きを聞かせてもらえますか」
 
 
「……今日の政務が終わったら、時間があれば」
 
 
「本当ですか」
 
 
リナがぱっと顔を輝かせた。
 
 
「楽しみにしています」
 
 
(楽しみにしてます、やと……)
 
 
私は視線を逸らした。
 
 
顔が熱かった。
 
 
「……政務が終われば、の話だ」
 
 
「はい。待っています」
 
 
リナは深々と頭を下げて、廊下を歩いていった。
 
 
その後ろ姿を——私はしばらく見送っていた。
 
 
(政務、今日中に全部終わらせよう)
 
 
これほど政務に対してやる気が出たのは、18年間で初めてだった。
 
 
―――――――――――――――
 
 
夕方、私は政務を全て終わらせた。
 
 
過去最速だったと思う。
 
 
部下が驚いた顔をしていたが——関係ない。
 
 
私は図書室に向かった。
 
 
扉を開けると——リナが窓際の椅子に座って、本を読んでいた。
 
 
灯火の光が黒髪を照らしている。
 
 
(綺麗やな……)
 
 
「エルヴィナ様」
 
 
リナが顔を上げた。
 
 
「来てくださったんですね」
 
 
「……言っただろう。政務が終われば」
 
 
「はい。でも——こんなに早く終わるとは思わなくて」
 
 
「……たまたまだ」
 
 
(たまたまやない。全力で終わらせた)
 
 
私はリナの向かいの椅子に座った。
 
 
「続きを聞かせてもらえますか」
 
 
「ああ。どこまで読んだ」
 
 
「建国の話の途中で——初代魔王が大地を切り開いたところまでです」
 
 
私はそこから、魔界の歴史を話し始めた。
 
 
リナは静かに聞いていた。
 
 
時々、質問をした。
 
 
「その時、人間界との関係はどうだったんですか」
 
 
「……当時はまだ交流があった。今より関係は良かったらしい」
 
 
「そうなんですね。今はどうして仲が悪いんですか」
 
 
「……長い話だ」
 
 
「聞かせてもらえますか」
 
 
(この子、本当に知りたがりやな……)
 
 
(前世の推しは天然だったけど、リナは賢い。そこが違う。そこがいい)
 
 
気づいたら、かなりの時間が経っていた。
 
 
「……もうこんな時間か」
 
 
「エルヴィナ様、長い時間ありがとうございました」
 
 
リナが立ち上がって、頭を下げた。
 
 
「……お前が聞きたがるから、長くなっただけだ」
 
 
「それでも——楽しかったです」
 
 
リナが微笑んだ。
 
 
(楽しかったって言うてくれた……)
 
 
「……私も、悪くなかった」
 
 
精一杯の言葉だった。
 
 
リナはまた微笑んで——図書室を出ていった。
 
 
私は一人で椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。
 
 
(悪くなかった、やない。めちゃくちゃよかった)
 
 
その時——扉が勢いよく開いた。
 
 
「エルヴィナ様ここにいた! 探しましたよ!!」
 
 
アレンだった。
 
 
(……なんでこのタイミングで来るんや……)
 
 
「用がないなら出ていけ」
 
 
「用あります! 今日も好きです!!」
 
 
「それは用じゃない」
 
 
「俺にとっては用です!」
 
 
(……頭痛い……)
 
 
「アレン。一つだけ聞く」
 
 
「はい!」
 
 
「リナは——今日、何をしていた」
 
 
アレンが少し首を傾けた。
 
 
「リナですか? 昼に少し話しました。エルヴィナ様と図書室で話したって、嬉しそうにしてましたよ」
 
 
(嬉しそうに……)
 
 
「……そうか」
 
 
「なんかリナのこと気になってます?」
 
 
「……気になっていない」
 
 
「そうですか? なんか顔が——」
 
 
「出ていけ」
 
 
「はい」
 
 
アレンが出ていった。
 
 
私は一人で図書室に残った。
 
 
灯火が揺れている。
 
 
さっきまでリナが座っていた椅子を、私はじっと見つめた。
 
 
(嬉しそうにしてた、か……)
 
 
前世のオタクだった私が聞いたら、泡を吹いて倒れる情報だった。
 
 
(推しが、俺との時間を嬉しそうにしてた……)
 
 
私は静かに、深く、息を吐いた。
 
 
(完全に堕ちてる。取り返しがつかんくらい堕ちてる)
 
 
でも——それでよかった。
 
 
前世でも今世でも——こんなに誰かのことを考えたことがなかった。
 
 
(お前が来なければ、リナともっと話せたのにな、アレン)
 
 
私は心の中で呟いた。
 
 
廊下の向こうから、アレンの声がまた聞こえた。
 
 
「エルヴィナ様——!! やっぱりもう一回言わせてください!!」
 
 
(うるさい)
 
 
私は図書室の扉を、静かに閉めた。
 
 
―――――――――――――――
 
 
次話「リナと二人の時間——お前は本当に、推しそのものだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

処理中です...