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転生したら俺だった件
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※「これは、異世界転生という名の『自分探し』の物語」
転生したら俺だった件
プロローグ
目を開けると、そこは見慣れない天井だった。
いや、正確には見慣れないわけではない。この木目の天井、この優しい光の差し込み方。全て記憶にある。三十八年前の記憶に。
「うわああああん!」
自分の口から赤ん坊の泣き声が漏れる。違和感しかない。俺は、いや、俺だった男は、つい先ほどまで三十八歳の会社員だった。妻と二人の子供がいて、平凡だが幸せな……いや、本当に幸せだったのか?
車に轢かれた。横断歩道を渡っている時に、スマホを見ていたトラックが突っ込んできた。そして気づけばここにいる。
「転生、したのか?」
心の中でそう呟いた瞬間、全てを理解した。これは転生だ。異世界転生だ。最近流行りの、あの──
しかし、見える世界は妙に既視感がある。母親の顔、父親の顔、この家の間取り。全部知っている。なぜなら、これは俺の生まれた家だからだ。俺の両親だからだ。
「まさか」
嫌な予感がした。もしかして、これは異世界ではなく、ただの……俺自身への転生なのか?
第一章:前世の記憶
五歳になって、その予感は確信に変わった。
この世界、確かに「魔法」という概念がある。魔力が存在し、人々はそれを日常的に使っている。しかし、よくよく観察してみると、この魔力というのは前世で言うところの「電力」とほぼ同じものだった。
魔法の明かり?ただの電灯だ。魔力で動く箱?冷蔵庫だ。魔力通信機?スマートフォンそのものじゃないか。
モンスターはいない。ダンジョンもない。勇者もいなければ魔王もいない。ただ、エネルギー源が「魔力」と呼ばれているだけの、前世と全く同じ世界。
つまり、これは異世界転生ではなく、ただの人生やり直しだ。
「よし、今度こそ」
俺は決意した。前世の記憶がある。三十八年分の人生経験がある。ならば、今度こそ理想の人生を送ってやる。金持ちになって、美女と結婚して、誰もが羨む人生を──
小学校では、前世の知識を駆使して学年トップを維持した。国語のテストで出る問題も、算数の解き方も、全て覚えている。クラスメイトから「天才」と呼ばれ、教師たちからは将来を期待された。
「すごいね!」
「また百点?本当に頭いいね!」
周りの賞賛が心地よかった。前世では平凡な学生だった。勉強は人並み、運動も人並み。特に秀でたものもなく、ただ流されるように生きていた。
だが今は違う。俺には三十八年分のアドバンテージがある。
中学、高校と進むにつれて、しかし、そのアドバンテージは徐々に薄れていった。
確かに中学までは無双できた。テストは常に上位、部活動でも前世の経験を活かして活躍できた。しかし、高校に入ると、周りも本気で勉強を始める。特に進学校に入った俺の周りには、本物の天才たちがいた。
「前世の記憶があっても、結局は暗記していた範囲まで。それ以上の応用問題になると、地頭の良さが必要になる」
高校三年生になる頃には、俺はクラスで「まあまあ頭いいよね」程度の評価になっていた。前世と比べれば確かに成績は良い。でも、圧倒的な差ではない。
第二章:繰り返される運命
大学受験。前世では浪人して中堅私立大学に合格した。今回は国立大学を狙った。前世の知識があるのだから、もっと上を目指せるはずだ。
結果は、不合格。
「なんで……」
部屋で一人、合格発表の画面を見つめながら呆然とした。確かに勉強した。前世よりも遥かに勉強した。それなのに、結果は………。
浪人することになった。予備校に通い、必死に勉強する日々。そんな中で、彼女ができた。
予備校の講師だった。前世でも彼女は予備校講師で、俺の初恋の人だった。二十三歳の彼女に、十九歳の俺は恋をした。前世でも同じように告白し、付き合うことができた。
しかし前世では、一ヶ月で振られた。
「ごめんなさい。あなたはまだ子供すぎる」
そう言われて、あっさりと別れを告げられた。あの時の悔しさ、情けなさは今でも覚えている。
「今回は違う。俺には三十八年分の人生経験がある」
彼女との会話では、前世の知識を総動員した。人生の深い話、哲学的な議論、社会問題についての考察。十九歳の若者とは思えない大人びた会話を繰り広げた。
彼女は驚き、感心し、俺に惹かれていった。
「あなたって、本当に不思議。まるで何度も人生を経験してきたみたいな話し方をするのね」
交際は順調だった。一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月と続いた。前世では一ヶ月で振られたのに、今回は違う。やはり、中身が大人なら関係も続くのだ。
そう思っていた半年後、彼女から別れを告げられた。
「ごめんなさい。やっぱり私たち、合わないと思う」
「どうして?前よりずっと、いや、俺たち上手くいってるじゃないか」
「上手くいってる?そうかな。確かにあなたは大人びているわ。でもね、時々すごく無理してるように見えるの。本当のあなたを見せてくれてない気がする」
彼女の言葉が胸に刺さった。
前世の知識、経験、それらを駆使して「大人」を演じていた。でも、心の奥底では十九歳の若者として、もっと素直に甘えたかった。もっと等身大の自分を見せたかった。
結局、付き合った期間は前世より長かったが、別れるという結末は同じだった。
第三章:見えない力
浪人の末、俺は前世と同じ中堅私立大学に合格した。国立は落ちた。前世の記憶があっても、結局同じ大学だ。
「まあ、いいか。大学は同じでも、人生は変えられる」
大学時代、俺は株式投資を始めた。前世の記憶がある最大のアドバンテージだ。これから起きる経済の変動、ヒット商品、企業の浮き沈み、全て知っている。
最初は小さく始めた。アルバイトで貯めた十万円を元手に、これから株価が上がることを知っている企業の株を買った。
予想通り、株価は上昇した。十万円が十五万円になった。その十五万円を次の確実な投資先に移す。二十万円になった。
「これだ!これで億万長者になれる!」
興奮した。前世では一度も株式投資などしたことがなかった。リスクが怖くて、貯金ばかりしていた。でも今は違う。未来を知っているのだから、リスクなんてない。
しかし、不思議なことが起き始めた。
確実に上がるはずの株が、なぜか思ったほど上がらない。前世の記憶では三倍になったはずの株が、二倍までしか上がらない。絶対に暴落しないはずの時期に、なぜか小さな下落が起きる。
「おかしい……記憶と違う」
それでも、全く儲からないわけではない。むしろ、普通の大学生が株で稼ぐ額としては十分すぎるほど儲かった。バイトをしなくても生活できるくらいには。
でも、仕事を辞めて株だけで生活できるほどではない。億万長者になるほどではない。まるで何か見えない力が、俺が大金を手にすることを妨げているかのようだった。
大学卒業後、俺は前世と同じIT企業に就職した。
「違う会社を選べばいいじゃないか」
そう思って、他の企業の面接も受けた。大手企業、外資系企業、ベンチャー企業。しかし、なぜか前世で入った会社以外は全て不採用だった。
面接では完璧に答えられたはずなのに。前世の経験を活かして、面接官が求める答えを全て用意していたのに。
「不思議だな……」
まるで、俺の人生には決められたレールがあって、そこから外れることが許されないかのようだった。
第四章:運命の再会
入社して三年目の春、俺は彼女と再会した。
前世の妻だ。
社内の別部署に配属されてきた新人として、彼女は現れた。前世と同じタイミング、同じ状況で。
「はじめまして」
彼女の笑顔を見た瞬間、胸が締め付けられた。懐かしさと、そして複雑な感情が入り混じった。
前世で俺たちは、出会って二年後に結婚した。そして十二年間の結婚生活を送った。幸せだったか?と聞かれれば、まあまあだったと答えるだろう。大きな喧嘩もなく、かといって特別な感動もなく、平凡な夫婦生活だった。
「今度は違う人生を」
そう思った。彼女とは付き合わない。もっと別の、理想の女性を探そう。美人で、スタイルが良くて、性格も完璧な──
でも、なぜか俺は彼女に惹かれていた。彼女の笑顔、話し方、仕草。全てが懐かしく、そして心地よかった。
「いや、ダメだ。前世と同じ人生を繰り返してはいけない」
必死に抵抗した。合コンに行き、マッチングアプリを始め、色々な女性と出会った。中には彼女よりずっと美人で、スタイルの良い女性もいた。
でも、どの女性と一緒にいても、心から落ち着けなかった。会話が弾まない。笑いのツボが合わない。価値観が違う。
一方で、仕事で彼女と関わるうちに、自然と距離が近くなっていった。ランチを一緒に食べるようになり、仕事終わりに飲みに行くようになり、休日に二人で出かけるようになった。
「あなたって、不思議な人ですね」
ある日、彼女が言った。
「何が?」
「なんというか、安心するんです。初めて会った気がしないというか。昔からずっと知ってる人みたいな」
その言葉を聞いて、俺は観念した。
抵抗するのをやめよう。前世と同じ人生でもいいじゃないか。彼女は良い女性だ。一緒にいて楽だ。それで十分じゃないか。
俺たちは付き合い始め、前世と同じように二年後に結婚した。
第五章:変わらない日常
結婚生活は、前世とほぼ同じだった。
妻は優しかった。料理が上手で、家を綺麗に保ち、俺の帰りを笑顔で迎えてくれた。俺も前世の経験を活かして、良い夫であろうと努めた。
前世では家事を手伝わなかった。でも今回は違う。積極的に皿洗いをし、掃除を手伝い、ゴミ出しも欠かさなかった。
前世では妻の話を適当に聞き流していた。でも今回は違う。彼女の話に真剣に耳を傾け、共感し、アドバイスをした。
前世では記念日を忘れることが多かった。でも今回は違う。結婚記念日、誕生日、初めて出会った日、全てカレンダーに記録し、プレゼントを用意した。
「本当に優しくなったわね」
妻は喜んでくれた。前世よりも、確かに夫婦関係は良好だった。
でも、何かが変わったわけではなかった。
仕事は相変わらず平凡だった。前世の経験があっても、劇的に出世できるわけではなかった。確かに、前世よりは早く昇進した。でも、同期の中でトップというわけでもなく、ただ「まあまあ優秀」程度の評価だった。
株式投資も続けていた。確実に利益は出た。でも、会社を辞められるほどではない。家族を養うための副収入程度だった。
「なんなんだ、この見えない力は」
夜、眠れずにベッドで考えた。どんなに頑張っても、前世と大きく変わらない人生。確かに細かい部分は改善されている。夫婦関係は前世より良好だし、収入も少し多い。でも、根本的に何かが変わったわけではない。
まるで、人生には決められた枠があって、その中でしか動けないかのようだった。
長女が生まれた。前世と同じ年に、同じ病院で。
「可愛い……」
新生児室のガラス越しに、小さな娘を見つめながら涙が溢れた。前世でも同じように感動したことを覚えている。でも、今回の感動は前世以上だった。
なぜなら、俺は知っているからだ。この子がどんな風に育つのか。どんな笑顔を見せてくれるのか。どんな言葉を話し始めるのか。
「今度こそ、良い父親になる」
前世では仕事ばかりで、子供との時間をあまり取らなかった。娘が「パパ」と初めて言った瞬間も、仕事で不在だった。小学校の運動会も、出張で見に行けなかった。
でも今回は違う。可能な限り定時で帰り、子供との時間を大切にした。絵本を読み聞かせ、公園で遊び、寝かしつけも積極的にした。
「パパ、大好き!」
娘の笑顔が、何よりも嬉しかった。
三年後、長男が生まれた。これも前世と同じタイミングだった。
家族四人の生活が始まった。平凡だが、幸せな日々。朝起きて、子供たちに朝食を食べさせて、保育園に送って、仕事をして、帰ってきて、夕食を食べて、お風呂に入れて、寝かしつけて。
前世と同じような日常。でも、今回は全てに感謝しながら過ごした。この当たり前の幸せが、どれだけ尊いものか知っていたから。
第六章:気づき始める違和感
子供たちが小学生になった頃、俺は気づき始めた。
「結局、何も変わってないじゃないか」
前世よりも良い夫、良い父親であろうと努力した。確かに家族との関係は前世より良好だ。でも、それ以外は?
仕事は相変わらず平凡。前世では課長になれなかったが、今回は四十歳で課長に昇進した。でも、それだけだ。部長になれる見込みはない。
株式投資での収入も、相変わらず副業程度。一度、大きく賭けてみようと思った。確実に十倍になる株があることを知っていた。全財産を注ぎ込もうとした。
でも、どうしてもできなかった。まるで見えない手が俺を止めているかのように、注文ボタンを押す直前で躊躇してしまう。結局、安全な範囲での投資しかできなかった。
「なんなんだ……」
転生して三十五年。前世の記憶を持って生まれ変わったのに、人生は大きく変わらない。
いや、細かく見れば変わっている。夫婦関係は前世より良好だし、子供たちとの時間も前世より多く取れている。収入も少し増えている。
でも、「転生」という大きなアドバンテージを持っているのに、この程度の変化しかないのか?
俺が求めていたのは、こんな人生じゃない。もっと劇的な成功。億万長者になって、豪邸に住んで、高級車に乗って。そんな人生を夢見ていたのに。
「でも……」
ある日、娘が言った。
「パパって、幸せそうだよね」
「え?」
「だって、いつも笑ってるもん。ママとも仲良しだし、私たちと遊ぶの楽しそうだし」
息子も頷いた。
「パパは世界一のパパだよ!」
その言葉を聞いて、胸が熱くなった。
そうだ。俺には家族がいる。愛してくれる妻がいて、可愛い子供たちがいる。これって、幸せなことじゃないのか?
でも、心の奥底では、まだ満足できない自分がいた。
「もっと上があるはずだ。もっと良い人生があるはずだ」
前世の記憶がある以上、普通の人生じゃ満足できない。そんな傲慢な気持ちが、心のどこかにあった。
第七章:時間の流れ
時は流れ、俺は前世と同じ年齢に近づいていった。
三十八歳。前世で死んだ年齢だ。
その日は覚えている。二月の寒い朝、通勤途中で交通事故に遭った。トラックに轢かれて、即死だった。
「今回も同じように死ぬのか?」
二月が近づくにつれ、恐怖が募った。運命は変えられないのか?どんなに頑張っても、同じ結末を迎えるのか?
二月の朝、俺は車で通勤することにした。前世では電車通勤だったが、今回は車にした。事故を避けるために。
「これで大丈夫だ」
そう思った。でも、運命は残酷だった。
車で走行中、信号待ちをしていた時、突然後ろからトラックが突っ込んできた。ブレーキが故障していたらしい。
「またか……」
意識が遠のく中、俺は笑ってしまった。やっぱり、運命は変えられないのか。
でも、不思議なことに、恐怖はなかった。後悔もなかった。
走馬灯のように、人生が蘇る。
転生して最初の記憶。この世界が前世と同じだと気づいた時の落胆。それでも頑張ろうと決意したこと。
小学校でトップを取った時の喜び。でも、高校で普通の生徒になった時の挫折。
予備校の先生との恋愛。前世より長く続いたが、結局は別れたこと。
株式投資での成功と、それでも億万長者になれなかったこと。
妻との再会。抵抗したが、結局は前世と同じように結婚したこと。
娘と息子の誕生。前世以上に良い父親であろうと努力したこと。
家族四人での日常。平凡だが、温かい日々。
「ああ……」
走馬灯の中で、気づいた。
俺は、幸せだったんだ。
億万長者にはなれなかった。出世もそこそこだった。夢見ていた華やかな人生は送れなかった。
でも、愛する家族がいた。毎日笑顔で「おかえり」と言ってくれる妻がいた。「パパ大好き」と抱きついてくれる子供たちがいた。
それって、最高の幸せじゃないか。
前世では、この幸せに気づけなかった。いつも上を見ていた。金持ちを羨み、成功者を妬み、自分の人生に不満ばかり抱いていた。
でも今回は違う。転生という経験を通して、何が本当に大切なのか学べた。
「ありがとう。君たちと過ごせて、本当に幸せだった」
心の中でそう呟いた時、意識が完全に途切れた。
第八章:神との対話
気づくと、俺は真っ白な空間にいた。
「ここは……」
周りを見渡すが、何もない。ただ白い空間が無限に広がっているだけ。
「目が覚めたかね」
声がした。振り返ると、そこに人影があった。いや、人ではない。輪郭が曖昧で、光り輝く存在。
「君は……」
「私は神だ」
淡々とした口調で、その存在は言った。
「神?まさか、俺を転生させた?」
「その通り」
神は頷いた。
「なぜ?なぜ俺を転生させた?しかも、異世界でもなく、ただ自分自身への転生なんて」
「君が望んだからだ」
「望んだ?」
「君は死の間際、こう思っていた。『もう一度やり直せたら、もっと良い人生を送れたのに』と」
確かに、前世で死ぬ瞬間、そう思った。もっと勉強しておけば良かった。もっと投資しておけば良かった。もっと家族を大切にすれば良かった。
「だから、チャンスを与えた。もう一度、人生をやり直すチャンスを」
「でも……」
俺は言葉を詰まらせた。
「でも、何も変わらなかった。どんなに頑張っても、前世とほぼ同じ人生になった。まるで、見えない力が働いているかのように」
「その通り」
神は肯定した。
「見えない力は、確かに働いていた。それは『運命』だ」
「運命?」
「人の人生には、変えられる部分と変えられない部分がある。君がどんなに頑張っても、大枠は決まっている。生まれる家族、出会う人々、寿命。これらは変えられない」
「じゃあ、転生の意味はなかったのか?」
絶望的な気持ちで尋ねた。
「いや」
神は首を振った。
「二回目の人生はどうだった?」
「どうって……」
戸惑いながら答える。
「確かに、億万長者にはなれなかった。出世も限定的だった。でも……」
思い出すのは、家族との日々。
「家族との時間は、前世より大切にできた。妻を前世以上に愛せた。子供たちともっと向き合えた。そして……」
言葉が詰まる。
「死ぬ間際、後悔はなかった。むしろ、満足していた」
「そうだろう」
神は優しく微笑んだ。
「では、なぜ一回目の人生を送っている時は、不満だらけだったのだ?」
「それは……」
「同じ人生ではなかったのか?同じ妻、同じ子供、同じ仕事。それなのに、一回目は不満で、二回目は満足だった。なぜだ?」
その問いに、俺は言葉を失った。
確かに、大枠は同じだ。妻と結婚し、娘と息子が生まれ、平凡な会社員として働き、三十八歳で死ぬ。
でも、一回目は不満だらけだった。もっと金が欲しい、もっと出世したい、もっと綺麗な女性と結婚したかった。そんな不満ばかり。
一方、二回目は満足だった。同じ人生なのに。
「わかった……」
ゆっくりと、理解が深まっていく。
「問題は、人生そのものじゃなかった。俺の、心の持ち方だった」
「その通り」
神は頷いた。
「一回目の人生、君は目の前の幸せに気づかなかった。いつも上を見て、持っていないものばかり数えていた。金持ちを羨み、成功者を妬み、自分の人生を卑下していた」
「でも、二回目は違った。転生という経験を通して、何が本当に大切なのか学んだ。だから、同じ人生でも満足できた」
その通りだった。
前世で、俺は幸せだったんだ。愛する妻がいて、可愛い子供たちがいて、安定した仕事があって。それだけで十分幸せだったのに、気づけなかった。
上ばかり見て、隣の芝生ばかり羨んで、目の前にある宝物に気づかなかった。
「俺は……愚かだった」
涙が溢れた。
「あんなに愛してくれていたのに。毎日笑顔で接してくれていたのに。それなのに、俺は不満ばかり言って……」
「気づけて良かった」
神は優しく言った。
「多くの人間は、気づかないまま一生を終える。君は運が良い。二度目のチャンスを得て、真実に気づけた」
「でも、もう遅い。俺は死んだ」
「本当にそうかな?」
神は微笑んだ。
「君はまだ、三回目のチャンスがある」
「三回目?」
「今から君を送るのは、一回目の世界だ」
「一回目の……」
「そう。君が最初に生きた世界。電気がある世界。魔力ではなく、電力で動く世界」
神の姿が薄れていく。
「次の人生では、幸せになることを願う」
「待ってくれ!まだ聞きたいことが──」
声が届く前に、神の姿は完全に消えた。
第九章:目覚め
目を開けると、天井が見えた。
白い天井。蛍光灯の光。機械音。
「ここは……病院?」
体を動かそうとするが、思うように動かない。体が重い。
「あ、目を覚ました!」
慌ただしい足音。看護師が駆け寄ってくる。
「先生!患者さんが目を覚ましました!」
医師が来る。色々な検査をされる。意識レベルを確認され、質問に答えさせられる。
「奇跡だ……一年間も昏睡状態だったのに」
医師の声が聞こえる。
一年間?昏睡状態?
「あなた、交通事故に遭ったんですよ。トラックに轢かれて、頭部に重傷を負って。ずっと意識が戻らなかったんです」
看護師が説明してくれる。
交通事故。トラック。
「あれは、夢じゃなかったのか?」
転生した二回目の人生。あれは昏睡中に見た夢だったのか?
でも、あまりにもリアルすぎた。三十八年間の人生を、確かに生きた実感がある。
扉が開いて、妻が飛び込んできた。
「良かった……本当に良かった……」
泣きながら、俺の手を握る妻。その手は温かく、そして震えていた。
「パパ!」
「パパ!」
娘と息子も駆け寄ってくる。二人とも泣いている。
「一年間、ずっと待ってたんだよ」
妻が涙声で言う。
「医師からは、もう目覚めないかもしれないって言われた。でも、私は信じてた。絶対に戻ってきてくれるって」
「毎日、病院に来たんだよ」
娘が言う。
「パパに絵本読んであげたり、学校であったこと話したり」
「僕も!僕もいっぱいお話ししたよ!」
息子も言う。
「早く目を覚ましてって、毎日お祈りしたんだ」
家族三人の顔を見て、胸が締め付けられた。
一年間。俺が昏睡している間、家族はずっと待っていてくれた。看病し、祈り、諦めずに待っていてくれた。
「ありがとう……」
涙が溢れた。止まらない。
「本当に、ありがとう」
前世で、いや、一回目の人生で、俺は何を不満に思っていたんだろう。
こんなに愛してくれる家族がいるのに。こんなに温かい家庭があるのに。
転生という経験を通して、俺は学んだ。
幸せは、遠くにあるものじゃない。金や名声や権力の中にあるものじゃない。
幸せは、すぐ隣にある。目の前にある。この手の中にある。
三人の顔を見つめながら、俺は言った。
「俺は、世界一幸せな男だ」
妻が不思議そうな顔をする。
「急にどうしたの?」
「いや、なんでもない」
俺は笑った。
「ただ、改めて思ったんだ。君たちがいてくれて、本当に良かったって」
妻が泣き笑いをした。
「ばか。そんなの、当たり前じゃない」
当たり前。
そう、当たり前のことなんだ。でも、その当たり前のことに、俺は気づいていなかった。
エピローグ
病院を退院して、一ヶ月が経った。
リハビリを続けながら、少しずつ日常生活に戻っていく。体はまだ本調子ではないが、家族と一緒にいられることが何よりも嬉しい。
ある日、妻が言った。
「ねえ、事故の後、何か変わったわよね」
「変わった?」
「うん。なんていうか、前より優しくなったというか。家族を大切にしてくれるようになったというか」
「そうかな」
笑いながら答える。
確かに、変わったかもしれない。いや、変わった。
昏睡中に見た夢。転生した二回目の人生。あれが夢だったのか現実だったのか、今でもわからない。
でも、あれが教えてくれたことは確かだ。
人生の幸せは、外側にあるものじゃない。内側にある。心の持ち方次第だ。
「パパ、一緒に遊ぼう!」
息子が走ってくる。
「いいぞ、何して遊ぶ?」
「公園!公園行きたい!」
「じゃあ、みんなで行こうか」
妻と娘も加わって、家族四人で公園に向かう。
道を歩きながら、俺は思う。
この平凡な日常。何の変哲もない、ごく普通の家族の時間。
でも、これこそが最高の幸せなんだ。
空を見上げると、雲の合間から光が差し込んでいた。
「ありがとう」
心の中で呟く。
神様に。転生という経験を与えてくれたことに。気づきを与えてくれたことに。
そして、何より。
「君たちに出会えて、本当にありがとう」
手を繋ぎながら、俺たち家族は公園へと向かった。
平凡だが、温かい。普通だが、かけがえのない。
そんな日常を、心から愛しながら。
あとがき
この物語を書いた理由は、今の時代に生きる人々へのメッセージだ。
異世界転生。現実逃避。「もし○○だったら」という空想。
確かに、現実は厳しい。思い通りにいかないことばかり。不公平で、理不尽で、辛いことも多い。
でも、本当に大切なものは、遠くにあるものじゃない。
高級車でもない。豪邸でもない。地位や名声でもない。
大切なものは、すぐ隣にある。
家族。友人。平凡な日常。当たり前の幸せ。
それに気づけるかどうかが、人生の幸福度を決める。
「自分なんて、どうせこんなもん」
そう思っている人に言いたい。
いや、違う。あなたは素晴らしい。あなたの人生は、かけがえのない。
「もっと上がいる」「あの人が羨ましい」
そう思っている人に言いたい。
上を見るのは悪いことじゃない。でも、目の前の幸せを見落とさないで。
お金があれば幸せ?
違う。
心の豊かさこそが、本当の幸せだ。
いくつになっても、人は変われる。気づける。成長できる。
この物語の主人公のように、二度の人生を経験する必要はない。
ただ、視点を変えるだけでいい。
持っていないものではなく、持っているものを数える。
上を見るのではなく、周りを見る。
そうすれば、あなたの人生は今日から変わる。
転生しなくても、異世界に行かなくても。
今、この瞬間から、幸せになれる。
なぜなら、幸せは外側にあるものじゃないから。
幸せは、あなたの心の中にあるから。
【完】
転生したら俺だった件
プロローグ
目を開けると、そこは見慣れない天井だった。
いや、正確には見慣れないわけではない。この木目の天井、この優しい光の差し込み方。全て記憶にある。三十八年前の記憶に。
「うわああああん!」
自分の口から赤ん坊の泣き声が漏れる。違和感しかない。俺は、いや、俺だった男は、つい先ほどまで三十八歳の会社員だった。妻と二人の子供がいて、平凡だが幸せな……いや、本当に幸せだったのか?
車に轢かれた。横断歩道を渡っている時に、スマホを見ていたトラックが突っ込んできた。そして気づけばここにいる。
「転生、したのか?」
心の中でそう呟いた瞬間、全てを理解した。これは転生だ。異世界転生だ。最近流行りの、あの──
しかし、見える世界は妙に既視感がある。母親の顔、父親の顔、この家の間取り。全部知っている。なぜなら、これは俺の生まれた家だからだ。俺の両親だからだ。
「まさか」
嫌な予感がした。もしかして、これは異世界ではなく、ただの……俺自身への転生なのか?
第一章:前世の記憶
五歳になって、その予感は確信に変わった。
この世界、確かに「魔法」という概念がある。魔力が存在し、人々はそれを日常的に使っている。しかし、よくよく観察してみると、この魔力というのは前世で言うところの「電力」とほぼ同じものだった。
魔法の明かり?ただの電灯だ。魔力で動く箱?冷蔵庫だ。魔力通信機?スマートフォンそのものじゃないか。
モンスターはいない。ダンジョンもない。勇者もいなければ魔王もいない。ただ、エネルギー源が「魔力」と呼ばれているだけの、前世と全く同じ世界。
つまり、これは異世界転生ではなく、ただの人生やり直しだ。
「よし、今度こそ」
俺は決意した。前世の記憶がある。三十八年分の人生経験がある。ならば、今度こそ理想の人生を送ってやる。金持ちになって、美女と結婚して、誰もが羨む人生を──
小学校では、前世の知識を駆使して学年トップを維持した。国語のテストで出る問題も、算数の解き方も、全て覚えている。クラスメイトから「天才」と呼ばれ、教師たちからは将来を期待された。
「すごいね!」
「また百点?本当に頭いいね!」
周りの賞賛が心地よかった。前世では平凡な学生だった。勉強は人並み、運動も人並み。特に秀でたものもなく、ただ流されるように生きていた。
だが今は違う。俺には三十八年分のアドバンテージがある。
中学、高校と進むにつれて、しかし、そのアドバンテージは徐々に薄れていった。
確かに中学までは無双できた。テストは常に上位、部活動でも前世の経験を活かして活躍できた。しかし、高校に入ると、周りも本気で勉強を始める。特に進学校に入った俺の周りには、本物の天才たちがいた。
「前世の記憶があっても、結局は暗記していた範囲まで。それ以上の応用問題になると、地頭の良さが必要になる」
高校三年生になる頃には、俺はクラスで「まあまあ頭いいよね」程度の評価になっていた。前世と比べれば確かに成績は良い。でも、圧倒的な差ではない。
第二章:繰り返される運命
大学受験。前世では浪人して中堅私立大学に合格した。今回は国立大学を狙った。前世の知識があるのだから、もっと上を目指せるはずだ。
結果は、不合格。
「なんで……」
部屋で一人、合格発表の画面を見つめながら呆然とした。確かに勉強した。前世よりも遥かに勉強した。それなのに、結果は………。
浪人することになった。予備校に通い、必死に勉強する日々。そんな中で、彼女ができた。
予備校の講師だった。前世でも彼女は予備校講師で、俺の初恋の人だった。二十三歳の彼女に、十九歳の俺は恋をした。前世でも同じように告白し、付き合うことができた。
しかし前世では、一ヶ月で振られた。
「ごめんなさい。あなたはまだ子供すぎる」
そう言われて、あっさりと別れを告げられた。あの時の悔しさ、情けなさは今でも覚えている。
「今回は違う。俺には三十八年分の人生経験がある」
彼女との会話では、前世の知識を総動員した。人生の深い話、哲学的な議論、社会問題についての考察。十九歳の若者とは思えない大人びた会話を繰り広げた。
彼女は驚き、感心し、俺に惹かれていった。
「あなたって、本当に不思議。まるで何度も人生を経験してきたみたいな話し方をするのね」
交際は順調だった。一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月と続いた。前世では一ヶ月で振られたのに、今回は違う。やはり、中身が大人なら関係も続くのだ。
そう思っていた半年後、彼女から別れを告げられた。
「ごめんなさい。やっぱり私たち、合わないと思う」
「どうして?前よりずっと、いや、俺たち上手くいってるじゃないか」
「上手くいってる?そうかな。確かにあなたは大人びているわ。でもね、時々すごく無理してるように見えるの。本当のあなたを見せてくれてない気がする」
彼女の言葉が胸に刺さった。
前世の知識、経験、それらを駆使して「大人」を演じていた。でも、心の奥底では十九歳の若者として、もっと素直に甘えたかった。もっと等身大の自分を見せたかった。
結局、付き合った期間は前世より長かったが、別れるという結末は同じだった。
第三章:見えない力
浪人の末、俺は前世と同じ中堅私立大学に合格した。国立は落ちた。前世の記憶があっても、結局同じ大学だ。
「まあ、いいか。大学は同じでも、人生は変えられる」
大学時代、俺は株式投資を始めた。前世の記憶がある最大のアドバンテージだ。これから起きる経済の変動、ヒット商品、企業の浮き沈み、全て知っている。
最初は小さく始めた。アルバイトで貯めた十万円を元手に、これから株価が上がることを知っている企業の株を買った。
予想通り、株価は上昇した。十万円が十五万円になった。その十五万円を次の確実な投資先に移す。二十万円になった。
「これだ!これで億万長者になれる!」
興奮した。前世では一度も株式投資などしたことがなかった。リスクが怖くて、貯金ばかりしていた。でも今は違う。未来を知っているのだから、リスクなんてない。
しかし、不思議なことが起き始めた。
確実に上がるはずの株が、なぜか思ったほど上がらない。前世の記憶では三倍になったはずの株が、二倍までしか上がらない。絶対に暴落しないはずの時期に、なぜか小さな下落が起きる。
「おかしい……記憶と違う」
それでも、全く儲からないわけではない。むしろ、普通の大学生が株で稼ぐ額としては十分すぎるほど儲かった。バイトをしなくても生活できるくらいには。
でも、仕事を辞めて株だけで生活できるほどではない。億万長者になるほどではない。まるで何か見えない力が、俺が大金を手にすることを妨げているかのようだった。
大学卒業後、俺は前世と同じIT企業に就職した。
「違う会社を選べばいいじゃないか」
そう思って、他の企業の面接も受けた。大手企業、外資系企業、ベンチャー企業。しかし、なぜか前世で入った会社以外は全て不採用だった。
面接では完璧に答えられたはずなのに。前世の経験を活かして、面接官が求める答えを全て用意していたのに。
「不思議だな……」
まるで、俺の人生には決められたレールがあって、そこから外れることが許されないかのようだった。
第四章:運命の再会
入社して三年目の春、俺は彼女と再会した。
前世の妻だ。
社内の別部署に配属されてきた新人として、彼女は現れた。前世と同じタイミング、同じ状況で。
「はじめまして」
彼女の笑顔を見た瞬間、胸が締め付けられた。懐かしさと、そして複雑な感情が入り混じった。
前世で俺たちは、出会って二年後に結婚した。そして十二年間の結婚生活を送った。幸せだったか?と聞かれれば、まあまあだったと答えるだろう。大きな喧嘩もなく、かといって特別な感動もなく、平凡な夫婦生活だった。
「今度は違う人生を」
そう思った。彼女とは付き合わない。もっと別の、理想の女性を探そう。美人で、スタイルが良くて、性格も完璧な──
でも、なぜか俺は彼女に惹かれていた。彼女の笑顔、話し方、仕草。全てが懐かしく、そして心地よかった。
「いや、ダメだ。前世と同じ人生を繰り返してはいけない」
必死に抵抗した。合コンに行き、マッチングアプリを始め、色々な女性と出会った。中には彼女よりずっと美人で、スタイルの良い女性もいた。
でも、どの女性と一緒にいても、心から落ち着けなかった。会話が弾まない。笑いのツボが合わない。価値観が違う。
一方で、仕事で彼女と関わるうちに、自然と距離が近くなっていった。ランチを一緒に食べるようになり、仕事終わりに飲みに行くようになり、休日に二人で出かけるようになった。
「あなたって、不思議な人ですね」
ある日、彼女が言った。
「何が?」
「なんというか、安心するんです。初めて会った気がしないというか。昔からずっと知ってる人みたいな」
その言葉を聞いて、俺は観念した。
抵抗するのをやめよう。前世と同じ人生でもいいじゃないか。彼女は良い女性だ。一緒にいて楽だ。それで十分じゃないか。
俺たちは付き合い始め、前世と同じように二年後に結婚した。
第五章:変わらない日常
結婚生活は、前世とほぼ同じだった。
妻は優しかった。料理が上手で、家を綺麗に保ち、俺の帰りを笑顔で迎えてくれた。俺も前世の経験を活かして、良い夫であろうと努めた。
前世では家事を手伝わなかった。でも今回は違う。積極的に皿洗いをし、掃除を手伝い、ゴミ出しも欠かさなかった。
前世では妻の話を適当に聞き流していた。でも今回は違う。彼女の話に真剣に耳を傾け、共感し、アドバイスをした。
前世では記念日を忘れることが多かった。でも今回は違う。結婚記念日、誕生日、初めて出会った日、全てカレンダーに記録し、プレゼントを用意した。
「本当に優しくなったわね」
妻は喜んでくれた。前世よりも、確かに夫婦関係は良好だった。
でも、何かが変わったわけではなかった。
仕事は相変わらず平凡だった。前世の経験があっても、劇的に出世できるわけではなかった。確かに、前世よりは早く昇進した。でも、同期の中でトップというわけでもなく、ただ「まあまあ優秀」程度の評価だった。
株式投資も続けていた。確実に利益は出た。でも、会社を辞められるほどではない。家族を養うための副収入程度だった。
「なんなんだ、この見えない力は」
夜、眠れずにベッドで考えた。どんなに頑張っても、前世と大きく変わらない人生。確かに細かい部分は改善されている。夫婦関係は前世より良好だし、収入も少し多い。でも、根本的に何かが変わったわけではない。
まるで、人生には決められた枠があって、その中でしか動けないかのようだった。
長女が生まれた。前世と同じ年に、同じ病院で。
「可愛い……」
新生児室のガラス越しに、小さな娘を見つめながら涙が溢れた。前世でも同じように感動したことを覚えている。でも、今回の感動は前世以上だった。
なぜなら、俺は知っているからだ。この子がどんな風に育つのか。どんな笑顔を見せてくれるのか。どんな言葉を話し始めるのか。
「今度こそ、良い父親になる」
前世では仕事ばかりで、子供との時間をあまり取らなかった。娘が「パパ」と初めて言った瞬間も、仕事で不在だった。小学校の運動会も、出張で見に行けなかった。
でも今回は違う。可能な限り定時で帰り、子供との時間を大切にした。絵本を読み聞かせ、公園で遊び、寝かしつけも積極的にした。
「パパ、大好き!」
娘の笑顔が、何よりも嬉しかった。
三年後、長男が生まれた。これも前世と同じタイミングだった。
家族四人の生活が始まった。平凡だが、幸せな日々。朝起きて、子供たちに朝食を食べさせて、保育園に送って、仕事をして、帰ってきて、夕食を食べて、お風呂に入れて、寝かしつけて。
前世と同じような日常。でも、今回は全てに感謝しながら過ごした。この当たり前の幸せが、どれだけ尊いものか知っていたから。
第六章:気づき始める違和感
子供たちが小学生になった頃、俺は気づき始めた。
「結局、何も変わってないじゃないか」
前世よりも良い夫、良い父親であろうと努力した。確かに家族との関係は前世より良好だ。でも、それ以外は?
仕事は相変わらず平凡。前世では課長になれなかったが、今回は四十歳で課長に昇進した。でも、それだけだ。部長になれる見込みはない。
株式投資での収入も、相変わらず副業程度。一度、大きく賭けてみようと思った。確実に十倍になる株があることを知っていた。全財産を注ぎ込もうとした。
でも、どうしてもできなかった。まるで見えない手が俺を止めているかのように、注文ボタンを押す直前で躊躇してしまう。結局、安全な範囲での投資しかできなかった。
「なんなんだ……」
転生して三十五年。前世の記憶を持って生まれ変わったのに、人生は大きく変わらない。
いや、細かく見れば変わっている。夫婦関係は前世より良好だし、子供たちとの時間も前世より多く取れている。収入も少し増えている。
でも、「転生」という大きなアドバンテージを持っているのに、この程度の変化しかないのか?
俺が求めていたのは、こんな人生じゃない。もっと劇的な成功。億万長者になって、豪邸に住んで、高級車に乗って。そんな人生を夢見ていたのに。
「でも……」
ある日、娘が言った。
「パパって、幸せそうだよね」
「え?」
「だって、いつも笑ってるもん。ママとも仲良しだし、私たちと遊ぶの楽しそうだし」
息子も頷いた。
「パパは世界一のパパだよ!」
その言葉を聞いて、胸が熱くなった。
そうだ。俺には家族がいる。愛してくれる妻がいて、可愛い子供たちがいる。これって、幸せなことじゃないのか?
でも、心の奥底では、まだ満足できない自分がいた。
「もっと上があるはずだ。もっと良い人生があるはずだ」
前世の記憶がある以上、普通の人生じゃ満足できない。そんな傲慢な気持ちが、心のどこかにあった。
第七章:時間の流れ
時は流れ、俺は前世と同じ年齢に近づいていった。
三十八歳。前世で死んだ年齢だ。
その日は覚えている。二月の寒い朝、通勤途中で交通事故に遭った。トラックに轢かれて、即死だった。
「今回も同じように死ぬのか?」
二月が近づくにつれ、恐怖が募った。運命は変えられないのか?どんなに頑張っても、同じ結末を迎えるのか?
二月の朝、俺は車で通勤することにした。前世では電車通勤だったが、今回は車にした。事故を避けるために。
「これで大丈夫だ」
そう思った。でも、運命は残酷だった。
車で走行中、信号待ちをしていた時、突然後ろからトラックが突っ込んできた。ブレーキが故障していたらしい。
「またか……」
意識が遠のく中、俺は笑ってしまった。やっぱり、運命は変えられないのか。
でも、不思議なことに、恐怖はなかった。後悔もなかった。
走馬灯のように、人生が蘇る。
転生して最初の記憶。この世界が前世と同じだと気づいた時の落胆。それでも頑張ろうと決意したこと。
小学校でトップを取った時の喜び。でも、高校で普通の生徒になった時の挫折。
予備校の先生との恋愛。前世より長く続いたが、結局は別れたこと。
株式投資での成功と、それでも億万長者になれなかったこと。
妻との再会。抵抗したが、結局は前世と同じように結婚したこと。
娘と息子の誕生。前世以上に良い父親であろうと努力したこと。
家族四人での日常。平凡だが、温かい日々。
「ああ……」
走馬灯の中で、気づいた。
俺は、幸せだったんだ。
億万長者にはなれなかった。出世もそこそこだった。夢見ていた華やかな人生は送れなかった。
でも、愛する家族がいた。毎日笑顔で「おかえり」と言ってくれる妻がいた。「パパ大好き」と抱きついてくれる子供たちがいた。
それって、最高の幸せじゃないか。
前世では、この幸せに気づけなかった。いつも上を見ていた。金持ちを羨み、成功者を妬み、自分の人生に不満ばかり抱いていた。
でも今回は違う。転生という経験を通して、何が本当に大切なのか学べた。
「ありがとう。君たちと過ごせて、本当に幸せだった」
心の中でそう呟いた時、意識が完全に途切れた。
第八章:神との対話
気づくと、俺は真っ白な空間にいた。
「ここは……」
周りを見渡すが、何もない。ただ白い空間が無限に広がっているだけ。
「目が覚めたかね」
声がした。振り返ると、そこに人影があった。いや、人ではない。輪郭が曖昧で、光り輝く存在。
「君は……」
「私は神だ」
淡々とした口調で、その存在は言った。
「神?まさか、俺を転生させた?」
「その通り」
神は頷いた。
「なぜ?なぜ俺を転生させた?しかも、異世界でもなく、ただ自分自身への転生なんて」
「君が望んだからだ」
「望んだ?」
「君は死の間際、こう思っていた。『もう一度やり直せたら、もっと良い人生を送れたのに』と」
確かに、前世で死ぬ瞬間、そう思った。もっと勉強しておけば良かった。もっと投資しておけば良かった。もっと家族を大切にすれば良かった。
「だから、チャンスを与えた。もう一度、人生をやり直すチャンスを」
「でも……」
俺は言葉を詰まらせた。
「でも、何も変わらなかった。どんなに頑張っても、前世とほぼ同じ人生になった。まるで、見えない力が働いているかのように」
「その通り」
神は肯定した。
「見えない力は、確かに働いていた。それは『運命』だ」
「運命?」
「人の人生には、変えられる部分と変えられない部分がある。君がどんなに頑張っても、大枠は決まっている。生まれる家族、出会う人々、寿命。これらは変えられない」
「じゃあ、転生の意味はなかったのか?」
絶望的な気持ちで尋ねた。
「いや」
神は首を振った。
「二回目の人生はどうだった?」
「どうって……」
戸惑いながら答える。
「確かに、億万長者にはなれなかった。出世も限定的だった。でも……」
思い出すのは、家族との日々。
「家族との時間は、前世より大切にできた。妻を前世以上に愛せた。子供たちともっと向き合えた。そして……」
言葉が詰まる。
「死ぬ間際、後悔はなかった。むしろ、満足していた」
「そうだろう」
神は優しく微笑んだ。
「では、なぜ一回目の人生を送っている時は、不満だらけだったのだ?」
「それは……」
「同じ人生ではなかったのか?同じ妻、同じ子供、同じ仕事。それなのに、一回目は不満で、二回目は満足だった。なぜだ?」
その問いに、俺は言葉を失った。
確かに、大枠は同じだ。妻と結婚し、娘と息子が生まれ、平凡な会社員として働き、三十八歳で死ぬ。
でも、一回目は不満だらけだった。もっと金が欲しい、もっと出世したい、もっと綺麗な女性と結婚したかった。そんな不満ばかり。
一方、二回目は満足だった。同じ人生なのに。
「わかった……」
ゆっくりと、理解が深まっていく。
「問題は、人生そのものじゃなかった。俺の、心の持ち方だった」
「その通り」
神は頷いた。
「一回目の人生、君は目の前の幸せに気づかなかった。いつも上を見て、持っていないものばかり数えていた。金持ちを羨み、成功者を妬み、自分の人生を卑下していた」
「でも、二回目は違った。転生という経験を通して、何が本当に大切なのか学んだ。だから、同じ人生でも満足できた」
その通りだった。
前世で、俺は幸せだったんだ。愛する妻がいて、可愛い子供たちがいて、安定した仕事があって。それだけで十分幸せだったのに、気づけなかった。
上ばかり見て、隣の芝生ばかり羨んで、目の前にある宝物に気づかなかった。
「俺は……愚かだった」
涙が溢れた。
「あんなに愛してくれていたのに。毎日笑顔で接してくれていたのに。それなのに、俺は不満ばかり言って……」
「気づけて良かった」
神は優しく言った。
「多くの人間は、気づかないまま一生を終える。君は運が良い。二度目のチャンスを得て、真実に気づけた」
「でも、もう遅い。俺は死んだ」
「本当にそうかな?」
神は微笑んだ。
「君はまだ、三回目のチャンスがある」
「三回目?」
「今から君を送るのは、一回目の世界だ」
「一回目の……」
「そう。君が最初に生きた世界。電気がある世界。魔力ではなく、電力で動く世界」
神の姿が薄れていく。
「次の人生では、幸せになることを願う」
「待ってくれ!まだ聞きたいことが──」
声が届く前に、神の姿は完全に消えた。
第九章:目覚め
目を開けると、天井が見えた。
白い天井。蛍光灯の光。機械音。
「ここは……病院?」
体を動かそうとするが、思うように動かない。体が重い。
「あ、目を覚ました!」
慌ただしい足音。看護師が駆け寄ってくる。
「先生!患者さんが目を覚ましました!」
医師が来る。色々な検査をされる。意識レベルを確認され、質問に答えさせられる。
「奇跡だ……一年間も昏睡状態だったのに」
医師の声が聞こえる。
一年間?昏睡状態?
「あなた、交通事故に遭ったんですよ。トラックに轢かれて、頭部に重傷を負って。ずっと意識が戻らなかったんです」
看護師が説明してくれる。
交通事故。トラック。
「あれは、夢じゃなかったのか?」
転生した二回目の人生。あれは昏睡中に見た夢だったのか?
でも、あまりにもリアルすぎた。三十八年間の人生を、確かに生きた実感がある。
扉が開いて、妻が飛び込んできた。
「良かった……本当に良かった……」
泣きながら、俺の手を握る妻。その手は温かく、そして震えていた。
「パパ!」
「パパ!」
娘と息子も駆け寄ってくる。二人とも泣いている。
「一年間、ずっと待ってたんだよ」
妻が涙声で言う。
「医師からは、もう目覚めないかもしれないって言われた。でも、私は信じてた。絶対に戻ってきてくれるって」
「毎日、病院に来たんだよ」
娘が言う。
「パパに絵本読んであげたり、学校であったこと話したり」
「僕も!僕もいっぱいお話ししたよ!」
息子も言う。
「早く目を覚ましてって、毎日お祈りしたんだ」
家族三人の顔を見て、胸が締め付けられた。
一年間。俺が昏睡している間、家族はずっと待っていてくれた。看病し、祈り、諦めずに待っていてくれた。
「ありがとう……」
涙が溢れた。止まらない。
「本当に、ありがとう」
前世で、いや、一回目の人生で、俺は何を不満に思っていたんだろう。
こんなに愛してくれる家族がいるのに。こんなに温かい家庭があるのに。
転生という経験を通して、俺は学んだ。
幸せは、遠くにあるものじゃない。金や名声や権力の中にあるものじゃない。
幸せは、すぐ隣にある。目の前にある。この手の中にある。
三人の顔を見つめながら、俺は言った。
「俺は、世界一幸せな男だ」
妻が不思議そうな顔をする。
「急にどうしたの?」
「いや、なんでもない」
俺は笑った。
「ただ、改めて思ったんだ。君たちがいてくれて、本当に良かったって」
妻が泣き笑いをした。
「ばか。そんなの、当たり前じゃない」
当たり前。
そう、当たり前のことなんだ。でも、その当たり前のことに、俺は気づいていなかった。
エピローグ
病院を退院して、一ヶ月が経った。
リハビリを続けながら、少しずつ日常生活に戻っていく。体はまだ本調子ではないが、家族と一緒にいられることが何よりも嬉しい。
ある日、妻が言った。
「ねえ、事故の後、何か変わったわよね」
「変わった?」
「うん。なんていうか、前より優しくなったというか。家族を大切にしてくれるようになったというか」
「そうかな」
笑いながら答える。
確かに、変わったかもしれない。いや、変わった。
昏睡中に見た夢。転生した二回目の人生。あれが夢だったのか現実だったのか、今でもわからない。
でも、あれが教えてくれたことは確かだ。
人生の幸せは、外側にあるものじゃない。内側にある。心の持ち方次第だ。
「パパ、一緒に遊ぼう!」
息子が走ってくる。
「いいぞ、何して遊ぶ?」
「公園!公園行きたい!」
「じゃあ、みんなで行こうか」
妻と娘も加わって、家族四人で公園に向かう。
道を歩きながら、俺は思う。
この平凡な日常。何の変哲もない、ごく普通の家族の時間。
でも、これこそが最高の幸せなんだ。
空を見上げると、雲の合間から光が差し込んでいた。
「ありがとう」
心の中で呟く。
神様に。転生という経験を与えてくれたことに。気づきを与えてくれたことに。
そして、何より。
「君たちに出会えて、本当にありがとう」
手を繋ぎながら、俺たち家族は公園へと向かった。
平凡だが、温かい。普通だが、かけがえのない。
そんな日常を、心から愛しながら。
あとがき
この物語を書いた理由は、今の時代に生きる人々へのメッセージだ。
異世界転生。現実逃避。「もし○○だったら」という空想。
確かに、現実は厳しい。思い通りにいかないことばかり。不公平で、理不尽で、辛いことも多い。
でも、本当に大切なものは、遠くにあるものじゃない。
高級車でもない。豪邸でもない。地位や名声でもない。
大切なものは、すぐ隣にある。
家族。友人。平凡な日常。当たり前の幸せ。
それに気づけるかどうかが、人生の幸福度を決める。
「自分なんて、どうせこんなもん」
そう思っている人に言いたい。
いや、違う。あなたは素晴らしい。あなたの人生は、かけがえのない。
「もっと上がいる」「あの人が羨ましい」
そう思っている人に言いたい。
上を見るのは悪いことじゃない。でも、目の前の幸せを見落とさないで。
お金があれば幸せ?
違う。
心の豊かさこそが、本当の幸せだ。
いくつになっても、人は変われる。気づける。成長できる。
この物語の主人公のように、二度の人生を経験する必要はない。
ただ、視点を変えるだけでいい。
持っていないものではなく、持っているものを数える。
上を見るのではなく、周りを見る。
そうすれば、あなたの人生は今日から変わる。
転生しなくても、異世界に行かなくても。
今、この瞬間から、幸せになれる。
なぜなら、幸せは外側にあるものじゃないから。
幸せは、あなたの心の中にあるから。
【完】
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