『離縁されてよかった。隣国では封印の聖女と呼ばれ、王子に溺愛されています』〜魔力がないと言ったのは、あなたですよね?〜

まさき

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第35章 星降る夜のプロポーズ

第35章 星降る夜のプロポーズ

 その日の夕方、レオナルドから伝言が来た。
 
 
 今夜、庭に来てほしい。
 
 
 それだけだった。
 
 
 マリーが伝言を読んで、目を輝かせた。
 
 
「アリアさん、これは」
「庭に来てほしい、と」
「絶対、プロポーズですよ」
「そうとは限りません」
「限りますよ!!」
 
 マリーが興奮した顔で言った。
 
 
「アリアさん、ドレスを着替えましょう。髪も整えましょう」
「そこまでしなくても」
「します! 絶対します!」
 
 マリーが動き始めた。わたしは少し苦笑しながら、されるがままにした。
 
 
 夜、庭に出ると、星が出ていた。
 春の夜空に、星が散らばっていた。11章の夜営のときより、もっと近く感じた。
 
 
 薔薇の前に、レオナルドが立っていた。
 
 
 いつもより少し、改まった服装をしていた。余計な装飾はないが、きちんとしていた。月の光が金色の髪を照らしていた。
 
 
「来てくれましたか」
「はい」
「待たせてしまいましたか」
「少しだけ」
 
 レオナルドが、わたしを見た。
 
 
「きれいですね」
「マリーが張り切ったので」
「マリーさんに感謝しなければ」
 
 わたしは少し笑った。
 
 
 薔薇が、夜の中で静かに咲いていた。昼間とは違う、落ち着いた美しさだった。
 
 
「アリアさん」
「はい」
「ここに来て、一年以上が経ちました」
「はい」
「あなたが来てから、わたしの毎日が変わりました」
 
 レオナルドが静かに続けた。
 
 
「仕事が楽しくなりました。朝が来るのが、楽しみになりました。あなたと話す時間が、一番大切な時間になりました」
 
 わたしは黙って聞いていた。
 
 
「最初に会ったとき、合格です、と言いました」
「覚えています」
「あのときから、ずっと、あなたのことが気になっていました」
「そうだったのですか」
「ええ。ただ、気になっている、という自覚が遅かっただけで」
 
 わたしは少し笑った。
 
 
「殿下らしいですね」
「そうですか」
「合理的に考えてから、気づくのですね」
「否定はしません」
 
 レオナルドが、少し間を置いた。
 
 
 それから、静かにわたしの前に立った。
 
 
 手に、小さな箱を持っていた。
 
 
 開けると、指輪が入っていた。
 青い石が、月の光に静かに輝いていた。ソレイユ王国の空の色に似た、深い青だった。
 
 
「アリア・ヴェルテ」
 
 初めて、名前だけで呼んだ。
 
 
「わたしの隣に、ずっといてください」
 
 部屋が、いや、庭が静かになった。
 
 
 風が止んだ。
 薔薇が揺れなくなった。
 星だけが、静かに光っていた。
 
 
 わたしは少し、目が熱くなった。
 
 
 泣かなかった。でも、泣きそうだった。
 
 
 一年前、バルドに離縁状を渡されたとき、泣かなかった。
 泣くための感情が見つからなかった。
 
 
 でも今は、あふれそうだった。
 
 
「殿下」
「はい」
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「後悔しませんか」
 
 レオナルドが、静かに答えた。
 
 
「しません」
「わたしは、離縁歴があります。外国人です。魔力がないと言われた女です」
「知っています」
「それでも」
「それでも、あなたがいいのです。何度でも言います」
 
 わたしは少し間を置いた。
 
 
「……はい」
 
 声が、少し掠れた。
 
 
「はい、ということは」
「はい、ということです」
 
 レオナルドが、静かに微笑んだ。
 
 
 それから、指輪をわたしの左手の薬指に通した。
 
 
 青い石が、星の光に輝いた。
 
 
 ソレイユ王国の空の色だった。
 
 
「アリア」
「はい」
「愛しています」
 
 わたしは少し驚いた。
 レオナルドが「愛している」という言葉を使うとは思っていなかった。
 
 
「……殿下」
「はい」
「わたしも」
 
 声が、また掠れた。
 
 
「わたしも、愛しています」
 
 言えた。
 
 
 レオナルドが、そっとわたしを抱きしめた。
 
 
 何も言わなかった。
 ただ、抱きしめていた。
 
 
 24章のときとは、違う抱擁だった。
 あのときは、泣いているわたしを包んでくれた。
 今は、二人で、同じ場所に立っていた。
 
 
 星が、降るように光っていた。
 
 
 薔薇が、また風に揺れ始めた。
 
 
 わたしは目を閉じた。
 
 
 胸の中が、満ちていた。
 
 
 離縁されてから、一年と少し。
 
 
 随分遠くまで来た。
 
 
 でも、ここが、終着点ではなかった。
 
 
 ここから、始まるのだ。
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