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第3話:どん底の元夫と、美しき救世主(?)
第3話:どん底の元夫と、美しき救世主(?)
「待ってくれ! 嘘だと言ってくれ、ミラ!」
差し押さえが始まってから、わずか数時間。
かつての愛の巣は、無機質な執行官たちによって徹底的に「清算」されていた。
ライアンは、下着同然の格好で庭先に放り出され、隣で同じように震えているミラにすがった。
「うるさいわね! あんたが『エレーナはバカだから全財産を置いていった』なんて言うから信じたんじゃない!」
「き、君だって喜んでサインしただろう!?」
「私は騙されたのよ! こんな借金まみれの男と知ってたら、不倫なんてしなかったわ!」
昨夜まで「真実の愛」を誓い合っていた二人は、今や見る影もなく罵り合っている。
そこへ、追い打ちをかけるように執行官が冷淡な声をかけた。
「ちなみにライアン様。ミラ様に譲渡された資産だけでは、負債の一割も返済できておりません。残りの九千万ゴールドについては、あなたのご実家……ベルモンド男爵家へ請求が行くことになります」
「なっ……実家に!? やめてくれ、父上に知られたら勘当どころか殺される!」
「残念ながら、魔法契約はすでに実家の血統魔法ともリンクしております。逃げられませんよ」
ライアンはその場に崩れ落ち、泥だらけの地面を叩いて号泣した。
そんな彼らを冷ややかに見つめる野次馬たちの中に、かつて彼らが馬鹿にしていた近所の住人たちが混じっていることに、今の二人は気づく余裕もなかった。
一方その頃、エレーナは兄たちに連れられ、公爵家の本邸へと向かっていた。
道中、美しい湖のほとりで馬車を止め、休息をとることになった。
「エレーナ、少し風にあたってくるといい。ここは我が家の私有地だから、変な虫(男)も寄ってこないよ」
長兄カイルの言葉に甘え、エレーナは一人で湖畔を歩く。
澄んだ空気と静寂。不倫夫の罵声に怯えていた日々が、遠い昔のことのように感じられた。
(……ようやく、自由になれたんだわ)
そう実感して小さくため息をついた時、背後から低い、けれど耳に心地よい声が響いた。
「――そんなに悲しい溜め息をついては、湖の妖精が逃げてしまいますよ」
驚いて振り返ると、そこには見上げるほど背の高い、豪奢な毛皮を羽織った男が立っていた。
銀色の髪に、吸い込まれそうなほど深い蒼の瞳。
その立ち振る舞いだけで、彼がただの貴族ではないことがわかる。
「失礼いたしました。……どなた様でしょうか。ここは我が家の私有地のはずですが」
エレーナが警戒して一歩下がると、男は優雅に、かつ完璧な所作で頭を下げた。
「これは失礼。私はこの先の国境警備を任されている者です。……といっても、今はただの迷子のようなものですがね。あまりに美しい女性の後ろ姿が見えたもので、つい声をかけてしまいました」
男はエレーナの顔をじっと見つめると、その瞳に微かな驚きと、それ以上の熱を帯びさせた。
「……なるほど。噂に聞く『幸運の女神』、エレーナ・公爵令嬢ですね」
「私のことをご存じなのですか?」
「ええ。ある馬鹿な男が、国宝級の宝物をドブに捨てたと話題になっていましたから。……捨てた主は今頃地獄でしょうが、拾う側にとっては、これ以上の幸運はありません」
男はエレーナの細い手を取り、指先に軽く唇を寄せた。
「私はアルベルト。……エレーナ様、もしよろしければ、その『借金』よりも重い私の『愛』を、受け取っていただけませんか?」
「なっ……!? いきなり何を……!」
エレーナが顔を赤くして手を引こうとした瞬間、背後から殺気立った兄たちの声が響いた。
「おい、そこをどけ! うちの妹に触れていいのは公爵家の人間だけだ!」
カイルとセドリックが、剣を抜きん出んばかりの勢いで駆け寄ってくる。
しかし、アルベルトと呼ばれた男は余裕の笑みを浮かべたまま、エレーナにウィンクをして見せた。
「またお会いしましょう、私の女神」
男は影に溶けるようにその場を去っていった。
残されたエレーナは、高鳴る鼓動を抑えながら、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
「待ってくれ! 嘘だと言ってくれ、ミラ!」
差し押さえが始まってから、わずか数時間。
かつての愛の巣は、無機質な執行官たちによって徹底的に「清算」されていた。
ライアンは、下着同然の格好で庭先に放り出され、隣で同じように震えているミラにすがった。
「うるさいわね! あんたが『エレーナはバカだから全財産を置いていった』なんて言うから信じたんじゃない!」
「き、君だって喜んでサインしただろう!?」
「私は騙されたのよ! こんな借金まみれの男と知ってたら、不倫なんてしなかったわ!」
昨夜まで「真実の愛」を誓い合っていた二人は、今や見る影もなく罵り合っている。
そこへ、追い打ちをかけるように執行官が冷淡な声をかけた。
「ちなみにライアン様。ミラ様に譲渡された資産だけでは、負債の一割も返済できておりません。残りの九千万ゴールドについては、あなたのご実家……ベルモンド男爵家へ請求が行くことになります」
「なっ……実家に!? やめてくれ、父上に知られたら勘当どころか殺される!」
「残念ながら、魔法契約はすでに実家の血統魔法ともリンクしております。逃げられませんよ」
ライアンはその場に崩れ落ち、泥だらけの地面を叩いて号泣した。
そんな彼らを冷ややかに見つめる野次馬たちの中に、かつて彼らが馬鹿にしていた近所の住人たちが混じっていることに、今の二人は気づく余裕もなかった。
一方その頃、エレーナは兄たちに連れられ、公爵家の本邸へと向かっていた。
道中、美しい湖のほとりで馬車を止め、休息をとることになった。
「エレーナ、少し風にあたってくるといい。ここは我が家の私有地だから、変な虫(男)も寄ってこないよ」
長兄カイルの言葉に甘え、エレーナは一人で湖畔を歩く。
澄んだ空気と静寂。不倫夫の罵声に怯えていた日々が、遠い昔のことのように感じられた。
(……ようやく、自由になれたんだわ)
そう実感して小さくため息をついた時、背後から低い、けれど耳に心地よい声が響いた。
「――そんなに悲しい溜め息をついては、湖の妖精が逃げてしまいますよ」
驚いて振り返ると、そこには見上げるほど背の高い、豪奢な毛皮を羽織った男が立っていた。
銀色の髪に、吸い込まれそうなほど深い蒼の瞳。
その立ち振る舞いだけで、彼がただの貴族ではないことがわかる。
「失礼いたしました。……どなた様でしょうか。ここは我が家の私有地のはずですが」
エレーナが警戒して一歩下がると、男は優雅に、かつ完璧な所作で頭を下げた。
「これは失礼。私はこの先の国境警備を任されている者です。……といっても、今はただの迷子のようなものですがね。あまりに美しい女性の後ろ姿が見えたもので、つい声をかけてしまいました」
男はエレーナの顔をじっと見つめると、その瞳に微かな驚きと、それ以上の熱を帯びさせた。
「……なるほど。噂に聞く『幸運の女神』、エレーナ・公爵令嬢ですね」
「私のことをご存じなのですか?」
「ええ。ある馬鹿な男が、国宝級の宝物をドブに捨てたと話題になっていましたから。……捨てた主は今頃地獄でしょうが、拾う側にとっては、これ以上の幸運はありません」
男はエレーナの細い手を取り、指先に軽く唇を寄せた。
「私はアルベルト。……エレーナ様、もしよろしければ、その『借金』よりも重い私の『愛』を、受け取っていただけませんか?」
「なっ……!? いきなり何を……!」
エレーナが顔を赤くして手を引こうとした瞬間、背後から殺気立った兄たちの声が響いた。
「おい、そこをどけ! うちの妹に触れていいのは公爵家の人間だけだ!」
カイルとセドリックが、剣を抜きん出んばかりの勢いで駆け寄ってくる。
しかし、アルベルトと呼ばれた男は余裕の笑みを浮かべたまま、エレーナにウィンクをして見せた。
「またお会いしましょう、私の女神」
男は影に溶けるようにその場を去っていった。
残されたエレーナは、高鳴る鼓動を抑えながら、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
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