一話完結ストーリー集

遠月 詩葉

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ホラー系

※マグネット

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それはいつからそこにいたのか。遡る事は不可能だった。
ただ気付いた時には、逃れられない所まで追い詰められていたのだ。

「ヴ…ァ゛…」

彼が履いている濃紺色の靴下が、更に昏く染まる。元の世界を侵食せんとする、粘り気のある赤。
それの正体を、認めることを本能が拒否する。脳みそがゴウゴウと煮え渡る。内側から警鐘が鳴り響き、天井が、床が、身体の感覚が宙へと投げ出された。

「な、んで…」

己の右手に握られている、硬い感触。鈍色に輝く刃先。つま先から体温を奪うソレと、同じモノで身を包んでいる。

カシャンッ!
握っていた包丁を落とした。いやらしいほどに、金属音が空間を満たす。自分の意思とは関係なく、重力に従って床を転がる刃。それが、目の前の惨状を現実だと突き付ける。

「か、母さ…父さ…」
「ァ゛…」

微かな呻き声をあげる、肉塊。コヒュー、コヒュー。乾いた音。風穴から、僅かに残された灯火が漏れ出ているのだと、遅れて気付く。

「ち、違う…違うっ!僕はこんな、こんな…!は…はは…夢だ…こんなの夢に決まって…」

ピチャッ。手で顔を反射的に覆うと、自分以外の何かに触れる。
恐る恐る手に取って、ゆっくりと視線を下げた。
ブヨブヨとした、真っ赤に染まった物体。同時に、己が全身に被った鉄臭い液体へと意識が移る。

「あ…?」

目をこらせば、同じようなものがそこら中に落ちている。

ダメだ、理解してはいけない、ダメだダメだダメだ…!

だが、脳みそは本能を嘲笑い、正常に情報を処理していく。
辺り一面に飛び散った、母の欠片。壁に吊るされた、父の命の残骸。

「あ…ア…ッ!」

ダメなのに。理解してはいけないのに。分かってしまった。
ブワッと広がる吐き気と、何かに支配される感覚。
つい先程も経験した、あの不快な感覚。心臓が痛いほど跳ねた瞬間、血液が全身を駆け巡る。

「ァァァアアアアアハハハハハハ!!」

そして、不快感から悦へと変わる、快感が血液を追いかける。
喉から締め出すような悲鳴から、突如として歓喜一色の笑い声に変貌を遂げた。

「ハハハハハッッ!!ざまぁみろ!」

本当に喋っているのは自分なのか。そんな疑問が片隅で湧き上がる。だがそんな違和感すらも、すぐに呑み込まれた。

「ずっとずーーーっと!俺は耐えてきた!耐えてきたんだよ!!こんな…こんな楽しい事、ずっと我慢してきたの俺。偉いよなぁ?」

いつの間にか本棚から落ちていた、分厚い冊子…いや、日記か。それに気づき、拾い上げた男はパラパラと過去へと遡る。何気ない出来事、一緒に出かけたピクニック。毎年の誕生日パーティ。どれも喜び溢れる文面で埋め尽くされていた。

「…ハッ、俺を否定したクセに?随分楽しんでたみたいじゃん?」

もはや生きているのかすら定かではない、親だった物体に近寄る。しゃがみ込みながら愛おしそうに目を細め、グチャリ…と手をうずめた。

「うんうん、だったらさぁ、そろそろ俺も、楽しんで良いよな?」

ブシャッ!力いっぱい抱き締め、握り締め、最期の抵抗すらも抑えつけながら、床に転がった包丁を拾い上げる。

「本当はもう少し、楽しませて欲しかったんだけどさぁ~。コイツがやかましかったから、残る一人に期待するわ。」

コイツ、と言いながら己の頭を指さす。恐怖で染まりきった目玉を見つめながら、左手を掲げた。

「サヨナラ。もう1人の子供も、もうすぐ送ってやるから、安心しなよ。」

とても楽しそうな、無邪気な顔で、無慈悲に刃を振りかざした。
その勢いから生まれた風に、床に転がった日記が捲られる。

ーー19XX年X月XX日
私達の子供がおかしい。元々残酷な一面はあったが、今日はとうとう自分の妹を殺しかけた。
古くからの知り合いである霊能者に相談すると、「本当の子の魂は別のところにいる」と言われた。
私たちは何でもするからと、解決策を教えてもらった。準備には少し時間がかかるらしい。
どうやら鏡がキーワードのようだ。
待っててね、お母さん達が必ず助けてあげるからーー
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