悪魔の誓い

遠月 詩葉

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カネール

56(side.ディラン)

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銀色に輝くレイピアを閃かせ、こちらに突っ込んでくる敵。だが、彼を覆う魔力がどことなく既視感を僕に与える。間違いなく初対面であるはずなのに。

「チッ、鬱陶しい!」

しかし、そんな違和感を考える余裕は正直言ってない。苛烈な攻撃魔法に加え、縫う様に近付き得物を振るう見事な太刀筋と身のこなし。セインは後方から銃を撃ち込み牽制し、僕は槍を横に薙いで距離をとる。
確かセインは魔法を使えない。ならばこのまま後方射撃に徹してもらい、僕がこいつを退けるしかない…!

「ダーククロー!」
「当たるかよ!」

僕が放つ魔法をことごとく躱し、お返しとばかりに攻撃を繰り出す。動きが速いうえに、魔法の威力も中々に高い。何か、何かないのか。相手の弱点を見極め、的確に突かなければ。幸いセインの後ろに敷かれている魔法陣には到達できていない。このまま僕らが後退せずに戦況を維持出来れば、あるいは…。

「…いや、ダメだ…!」

また、また僕は兄さんに頼るのか?いつもいつも寄りかかってばっかで、物覚えも悪くて、挙句の果てには姉さんに人質に取られ、危うく家族を失うところだった。しかもそんな事にすら気付かず、手のひらの上で踊らされていた。騙されていた。…情けない。そこまで迷惑をかけて、のうのうと生きていて、その上今回も泣きつくのか?

「僕は…兄さんに頼らなくても戦える!」
「はぁ?」
「ファイアストーム!」

意味がわからないと首を傾げる敵を無視し、前方に業火の荒れ狂う竜巻を起こした。火と風、両方の属性を持って敵を焦がし切り裂く昇華魔法。男は一瞬動揺したように身動ぎしたが、それも束の間。左手をこちらに突き出し、魔法陣を出現させた。

「ウォールウェーブ!」

敵の前方に水の壁が立ちはだかり、ファイアストームとぶつかり合う。しまった、水に対して火は余りにも弱い。しかも相手のこの魔法は…!

「やばい!」

ウォールウェーブは術者を水の壁で守った後、そのまま前方に崩れ落ち敵を押し流す魔法だ。水属性の代表的な補助魔法ではあるが、同時に敵の動きを妨害出来る。防いだ術によっては最悪ダメージを受ける。そして僕が放ったのは炎を主体とした攻撃魔法だ。つまり…一瞬にして沸点を超えた水もとい熱湯を浴びれば、軽い火傷じゃ済まないかもしれない。

「行け!」

何より、僕達の後方には魔法陣があるのに。もし魔力がぶつかり合って魔力が相殺されたら、水に潜っている兄さんは…。
また、また間違えた。これは明らかに僕のミスだ。まさか敵がこんな上級魔法を扱うなんて思わなかった…いや、それもただの言い訳でしかない。どうする…僕は防御系の補助魔法は使えない。あれを止める術は無いに等しいのだ。

「くそお…っ!」
「ディランさん!」

後ろからセインが僕を呼ぶ。あぁ、こうしている間にも波は眼前まで迫っている。何処か緩慢とした世界で、僕はただ呆けて見ていることしか出来なくて…。

「アイスロック!」

その瞬間、あんなにグツグツと煮え立っていた波は、瞬きする間もなく…一滴残らず氷漬けになった。
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