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1章:死後の不在証明

1-11 両者、相対する

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館内を暫く歩いた後、ある一室に通された。木製の荘厳な作りのドアには「立ち入り禁止」の表札がかけられていた。

中に入ると、権藤が部屋の向かい側でデスクに座っていた。その手前には椅子が用意されている。



「座りたまえ。」



笑顔で権藤が促した。先程案内した信者は一礼したあと、部屋をから出ていった。今は権藤と僕の2人しかいない。警戒しながら、ゆっくりと僕は促されるままに椅子に座った。



「早速本題に入るが、実は私は彼のこと、まぁつまり蓮見ハジメ君のことを覚えているんだ。」



まさか、いきなり嘘である事を告白するとは。いよいよもって僕の警戒心はMAXになった。



「ただ、彼の弟と言う君に興味があってね。長めに2人で話してみたいからあの場ではああいった返答をしたんだ。済まないね。」



余裕のある感じで淡々と彼は喋っている。 



「そうでしたか。いえ、それは構いません。」



ふふっと彼は笑う。



「堂々としているね。それで、彼の何が聞きたい?まぁといっても、彼とは少し話した程度だがね。」



「では、兄とは何を具体的に話されたんですか?それに、兄はなぜ権藤様と直接話すに至ったのですか?恥ずかしながら、家族でありながら兄の失踪には全く心当たりがないのです。どんな些細なことでも良いので、是非兄について色々とお聞かせ願いたいです。」



「ふーむ。君、歳の割にしっかりしているな。その優秀さは兄譲りかね?」



「・・・ありがとうございます。」



「ガハハハ!そういうところだよ!」



「・・・・・・・・・」



「あぁ、失敬。ハジメ君と何を話したかだったね?彼もまた救いを求めて私のところにやってきたのだよ。他の信者達と同様にね。しかし彼は最終的に私が『追放』した。」



救いを求めて、ということは魂や死といった概念に興味があったのだろうか。



「追放?それは・・・」



「追放だよ。文字通り、このエーテル会から締め出したんだ。」



「それは何故です?」



「彼は死の恐怖に怯えていたのでは無い。死を『求めていた』。故に、救済は必要ないと判断し、彼は我々のエーテル会から追放したのだよ。」



「死を求めていた、とはどういうことでしょう?文字通り自殺願望があったということでしょうか。彼がそんな事を考えているとは微塵も感じ取れませんでしたが。」



「感じ取ろうとしていなかった、の間違いではないかね?」



鋭い。慧眼である。僕はそもそも彼を見ようともしていなかった。仮に彼に自殺願望があったとしても、それを見抜けるはずもない。僕はただ、彼の才能や環境に嫉妬するだけだったのだから。



「まあ自殺願望、といえばそうなんだがね。率直に言って、私は彼の事が気に入らんのだよ。彼の思想は我々の思想とは相反するものだった。君は今、健気にも兄を理解しようとしている様だが、君に兄は理解できないだろうね。きっと多くの人間は彼の思想を理解できない。私や私に付き従う者の様な人間は尚更、ね。」



自殺を扇動していたような人間の思想と相反する?意味がわからない。兄が自殺願望を抱いていたというのなら、むしろ同じような思想だと思うのだが。



「まぁそんなわけで、私は彼の事がよく印象に残っているし、そんな彼の弟である君にも『色々な意味で』興味があったわけだ。」



イヤな予感がするキーワードが耳に入った。よせば良いのに、僕はそのキーワードに触れてしまう。



「色々な意味、とは?」



「あぁ、ところで君、妙な能力に目覚めているだろう。」



「ーーー!!」



「先程の君の魂には妙な違和感があった。『何度か体験した事のある』違和感だ。」



やはり嫌な予感がする。これから一体何が起きるのだろう。この男はなんの意図があってそれを僕に伝えてきたのだろう。



「・・・えぇ確かにそうです。そうですが、それが一体なんだと言うんです?」



僕は震える声で返答した。



「聡明な君のことだ。君も薄々気付いているんじゃないか?あのダーマの儀の意味を。あれはもちろんデモンストレーションという意味もあるが、もう一つの意味がある。それは『能力者探し』だよ。私はあの儀式をすることで、能力者を探し当てているんだ。まぁ数ある山々の中から金鉱脈を掘り当てるようなもので、かなりの低確率だがね。それ故にわざわざ私は色々な場所に直接出向いて、ああして能力を披露しているのさ。」



「能力者を集めてどうするおつもりですか?」



どうせロクな事を考えてないだろう。



「決まっている。この国を支配するのが私の最終目標だ。最近我々が政界に進出してきているのは、ニュースでも取り上げられていることだろう?最終的に、我々はこの日本を牛耳るのだ。」



両手を広げ、権藤は笑った。あの豪胆で実直さを感じさせる笑顔から、悪意に満ちた笑みへと変化している。日本を支配とは、また大きく出たものだ。



「・・・それはまた壮大なお考えだとは思いますが、僕の能力はきっとそのお役には立てませんよ。たかだか死者の記憶を限定的に読み取るだけのものですから。」



「あぁ、構わん。『問題ない』。だから我々の仲間になりなさい。別に悪い話ではないだろう?待遇もかなり良いぞ?」



確かに、待遇は良さそうだ。僕のこの能力をどう役立てるつもりか知らないが、能力者ともなれば相当なポストが用意されるだろう。それなりの報酬も期待できる筈。だが・・・



「では一つ、質問させて下さい。何故芹沢百子に『あんな事』をさせていたのですか?」



「・・・ほぉ、その死者の記憶を読み取る能力とやらで突き止めたのだね?なんの意図があって突き止めたのかはまあ、後で聞くことにしよう。」



「・・・・・・・・」



「あれは、私の思想によるものだ。君は、私を単に日本を牛耳りたいだけの野心家だと思っていないかね?それは違うぞ。『死の恐怖からの救済』というのは単なる後付けではなく、私の本心からくるものだ。この能力を得たことはすなわち、そういった使命なのだ。他のどんな宗教家よりも、私の方が人々を安寧に導ける。ならば私がやらずして誰がやるというのだ。」



「死の恐怖からの救済が目的なら、わざわざ自殺を促す意味はあったんですか?」



「生が希望であるのなら死もまた希望でなくてはならない。生に希望を持てないのならせめて死に希望を持てなくてはならない。でなければ我々は永遠に心の安寧を得られないからだ。彼らがこの世に希望を持てないというのであれば、せめてあの世に希望を持たせるというのは道理だろう。実際、彼ら彼女らは救われたと私は思うよ。死に希望を持つ事で踏ん切りがつき、この世のしがらみから解放されることができたんだ。」



さも、尊いことのように彼は高説を垂れている。それに少し苛立ちを覚えた僕は、悪戯心に彼の本性を暴くことにした。



「はぁ、そうですか。でも、偽りの希望でしょ?あの世があるなんて嘘じゃないですか。貴方の能力は単なる幽体離脱。死後の世界なんて見れない。そうでしょ?」



今までの余裕のある顔から一転して権藤の顔は真顔に変化する。



「・・・何故そう思うんだい。」



「貴方はおそらく他人を幽体離脱させる事はできても自分が幽体離脱する事はできない。でなければ、わざわざ芹沢百子を使って自殺を誘導する意味がないからです。それだけ強い思想をお持ちなら、自分がやれば良い。それをしないのは、それが出来ないから。違いますか。」



彼は腕を組み、深く椅子に座り直す。



「そしてご自分で幽体離脱出来ないのなら、当然死後の世界を見たというのも嘘になる。これらは当然の帰結です。嘘をついて自殺を扇動し、それで『救済』とは面白い冗談です。」



「・・・ますます君を手駒に加えたいとおもったよ。確かに、わたし自身は幽体離脱出来ないし、ましてや死後の世界など見たことも無い。だが、偽りの希望と言ったな?よく聞きたまえ、蓮見レイ。そもそも宗教の存在意義とはそういうものだ。」



権藤は身を前に乗り出し、語り始めた。



「まず教えを広める教祖や司教ですら、神や死後の世界の存在を証明する事は出来ない。ただ彼らは受け継がれてきた教えを盲信しているにすぎない。そして教えを受ける人々もまた存在するかどうかもわからない神や死後の世界を盲信する事で、死の恐怖を回避し心の安寧を得てきた。それ故に無神論者は宗教や盲信する信者を愚かだと言って鼻で笑い、己の達観的な姿勢を誇示するものだ。『自分はちゃんと現実が見えている分、奴らよりも賢いぞ』と彼らは言いたいのだ。だがそんな彼らもいざ自分の死期が近くなるとあわてて何かしらの宗教観を心の拠り所にしようとする。また身近で大切な人が亡くなれば、その時だけあの世というものを信じ、そして故人の来世での安寧を願う。人間とはそういう都合のいい生き物であり、その生き物が心の安寧を作り出すために産み出した都合の良い道具、それが宗教なのだよ。」



これを聞いて、僕は思わず吹き出した。目の前で語るこの男が、これで「教祖」と名乗っているその滑稽さに。



「冒涜的ですね、あまりにも。傲岸不遜にして背信的で、とても宗教団体の教祖とは思えない発言です。貴方のような方が教祖を名乗っているという事実そのものが、宗教に対する最大の皮肉ですよ。」



権藤は不敵に笑う。



「『皮肉』ではない『事実』だ。私はただ単に宗教の本質を正直に話しただけだ。私ですら、死後の世界があるかどうかなど知らない。だがそれで良い。それで人々が救われるのであれば、私はこれからも嘘をつき続けよう。多くの宗教家がそうであるようにな。そして、その嘘でゆくゆくはこの日本を世界最大の宗教国家にして見せる。それが日本国民全員の幸福にも繋がるのだ。」



この男、正気だろうか。本当にそんな考えでこの国民が、人間が救えると思っているのか。



「全員、ですか。それはどうですかね。現に、僕の兄は救ってないじゃないですか。それにそのままじゃ『貴方自身』も救われないということになるでしょう。自分自身を嘘で騙すことは出来ませんからね。僕からすると、それは少し貴方が哀れに思えます。」



権藤の眉間に、僅かに皺が寄った。



この男の思想が、どうにも僕は好きになれない。宗教に対して冒涜的だからではない。死そのものに対する向き合い方が気に入らない。死後の世界を偽ってまで、死の恐怖から逃げさせようとする。死そのものを見せようとはせず。それは本当の救済ではなく、単なる一時凌ぎにすぎない。死とは恐ろしいものだ。どんなに理屈をこねようと、どんなに幻想を抱こうと、生物である以上その根源的な恐怖を避ける事は出来ない。芹沢百子も結局のところ、最期には恐怖を感じていた。ありもしない幻想を盲信して死の恐怖から逃げようとするのは無意味だ。数々の死者の記憶を視てきた中で、僕は死の恐怖とは避けられないものであり、受け入れなければならないものだと感じた。そしてこれは個人的な趣向になるが、僕は死の恐怖にもがく人間が好きだ。それが堪らなく尊くて、いじらしくて、美しいものだと感じる。だから僕はこうして死者の記憶を嬉々として覗いてきたのだ。それを台無しにしようとする彼の思想を、この僕が受け入れられるはずがない。



「とにかく、貴方の事はよくわかりました。そして僕は貴方には協力しない。結局兄がその後どうなったかも知らないんでしょう?ならもう帰りますね。ありがとうございました。」



僕は足早に席を立ってその場から立ち去ろうとした。もう彼と話すことはない。



「待ちたまえ!」



後ろから権藤が呼びかけるが無視をしてそのまま歩き出す。が、僕の眼前には見覚えのある人物が前を塞ぐようにして立っていた。



「え、なんでーー」



扉の前には、いつの間にかユズキさんとカナミさんが立っていた。



思わず後退りをしそうになり、僕は咄嗟に異変に気づく。体が動かないのだ。文字通り、体が石のようになって動かせなくなっている。
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