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1章:死後の不在証明

1-12 絶望的な危機

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「ごめんね~レイ君。今は動けないよ。」



ユズキさんはあの時と変わらない明るい調子でそう言った。カナミさんは黙って優子さんの後ろに立っている。



「待ちたまえよ。」



権藤が、ぽんと僕の右肩に手を置く。



「君が協力しないのなら私にも考えがある。まぁ結論から言って仕舞えば、これは脅迫だね。君は先刻私の能力は他人を幽体離脱させるだけだと言ったが、あれは半分正解だ。正しくは『その対象者の魂を消し飛ばすこともできる』だ。そして私はたった今君の体に触れた。対象者の体に一度触れれば、暫くその者の魂は私の思い通りになる。つまり、現状君のことを私はいつでも殺せてしまうわけだ。」



神永から『一線を超える能力者』の話を聞いていたから、何か別のこともできるのではないかという可能性を考え無かったわけではなかった。他人を幽体離脱させるだけでは、やや殺傷性に欠けるからだ。

ただ一つ、それでもわからない事がある。



「な・・・何故・・・彼女達が参加者側に居たんだ・・・。既に僕のことをマークしていたのか?」



金縛りにあっているようで声が出しにくい。なんとかして掠れた声を絞り出す。



「ハハ、まさか。そんな準備が良いわけないだろう。政界進出の影響でね。最近は公安がたまに潜入捜査でやってくるんだよ。彼女達にはそういう怪しい人物の監視兼『処理』をやってもらっている。無論、君と同じ能力者だよ。」



「そーいうワケ!ごめんネ」



ユズキさんが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、両手を合わせる。

状況的に、ユズキさんが金縛りの能力者だろう。金縛りという攻撃性を考慮すると、権藤のように金縛り以上の何かも出来そうだ。恐らく『一線を超える』能力だろう。となるとカナミさんはどういった能力なのだろうか。さっき権藤は『対処』と言っていた。まさか公安職員を殺すワケじゃないだろう。そんな事をすればすぐに足がつく。となると恐らくは、洗脳や記憶を改竄するといった類の能力だろうか。そうすれば穏便に、バレずに職員を「処理」する事が出来る。どちらにせよ、2人とも『一線を超える』能力の持ち主である可能性が極めて高い。

となるとこの状況は非常にまずい。ここでまず協力を拒否するという選択肢はあり得ない。その場合、僕はあっけなく権藤に殺されてしまうだろう。かといって協力しますと言っても、はいそうですかとすぐに解放してくれる筈がない。恐らくはカナミさんの『一線を超える』能力による、洗脳や記憶処理のような危険度の高い仕打ちが待っているだろう。つまりこの状況は完全に詰んでいる。金縛りになっている以上、強引に逃げることも叶わない。

ーーー絶望である。もうどうすることもできない。やはりこんな所には来るべきでなかった。



突然、権藤は固まった僕の体を地面に引き倒した。



「ぐっ・・・!何を・・・」



「早く選べ。協力するのかしないのか。さっさとしないと殺してしまうぞ。」



僕を見下ろす権藤の目はぎらぎらと冷たく光っている。どうやら彼は本気で僕を始末する気があるらしい。



(クソ、もうダメだ!協力するととりあえず言うしか・・・)



僕が同意の意思を示す為に声を出そうとしたその時、突然扉の外が騒がしくなり始めた。



「オイッ!そこは立ち入り禁止だぞ!」

「おい誰か人呼べ!人!」

「ギャァア!!」



そんな声が外から聞こえ、次第にその騒ぎは大きくなっていく。



「・・・なんだ?おいカナミ。ちょっと確認してきなさい。」



頷き、彼女はドアノブに手をつけた。

が、その瞬間大きな音が鳴り唐突に扉は破壊されそうな勢いで開いた。扉にぶち当たりカナミさんは床に勢いよく投げ出される。



「か、神永!?」



そこに立っていたのは制服を着た神永だった。後ろには見覚えのあるポロシャツを着た老人がいる。さらにその後ろに見える通路には、信者と思しき人たちが複数人地面に横たわっている。



「あの時の運転手!」



「何者だ!」



権藤の呼びかけには答えず、神永はポケットからカメラを取り出すと、いきなりカシャカシャと写真を撮り始めた。

部屋にいる人間全員がポカン、とする。



「ハイ、これで犯行現場は抑えたわ。」



そう言い、カメラを運転手に手渡した。それを受け取った運転手は老人に似つかない軽やかなフォームで走り去っていく。陸上経験者を思わせる美しい走りだ。

突然すぎる出来事に、その場の誰もが呆気に取られ、しばらくの間妙な沈黙の間が空いた。が、すぐに権藤が叫ぶ。



「お、おいユズキ!奴を止めろ!」



「いや、でも今レイ君に能力を使ってて・・・。それにもうあの距離じゃ届かないっすよ!」



老人は脅威的なスピードで、既に通路の奥へと消えていた。



「くっ・・・」



「苦虫を噛み潰したような顔をされてるわね。権藤照影さん?お腹でも痛いの?」



残った神永は、お得意の笑顔で権藤を挑発する。しかし権藤も負けてはいない。



「ふん、なんのことやら。私はたった今貧血を起こして倒れている彼を介抱しようとしていたところだよ。この通り、人数を集めて今から救護室へ運び込むところだ。なにに使うか知らないが、あの写真にはなんの意味もないぞ。」



へぇ、と神永は興味なさげに爪先を確認している。



「ちなみに、そこで転がっている男子高校生のスマートフォンのカバーには盗聴器が仕掛けられているわ。そしてその盗聴した内容はリアルタイムで私のパソコンに保存されていく。もし私に何かあった場合はその音声データを警察に届け出るよう、さっきの男には伝えてあるわ。」



それを聞いて、慌てて自分のスマートフォンのカバーを外す。確かに何やら円形の機械のようなものが貼り付けられていた。



「いや・・・お前何勝手な事してんだ!いつからだ!いつのまに盗聴器つけてた!プライバシーの侵害だぞふざけるなこの犯罪者っ!・・・・・・あれ?ていうか体が動くぞ。」



ふとユズキさんに目をやるとかなり動揺しているように見える。集中力が切れると能力が解除される仕組みになっているのだろうか。とにかくこの状況、どうやら僕は神永に助けられたらしい。



「警察関係者にもうちの信者はいる。その気になればそんなものは簡単に揉み消せる!君が何者なのか、何が目的なのかはこの際問わない。だが、先程の会話を全て聞いていたというのなら、君や君の関係者をただで済ますわけにはいかないな。」



権藤は凄むが、神永はそんな脅迫をものともしていないようだ。憎たらしい女だが、今ほど心強い味方はそうそう居ない。



「あら録音されているというのにそんな事を堂々と喋っていいのかしら?あなたが口を開けば開くほど、貴方を糾弾する証拠が増えていくわ。それに言っておくけど、私の父は警視庁長官よ。」



「え、そうなの?」



思わず僕がびっくりする。確かに父は警察関係者、と言っていたが予想の斜め上を行き過ぎだ。分家ですらこの権威か、と僕は感心する。流石は四星財閥だ。警察権力まで思うがままではないか。

権藤はこの日本を支配するなどと言っていたが、既にここまで盤石な基盤を持つ支配者達がいるのだ。彼がこの日本を牛耳るのは能力者ありきといえどかなり難しいのではないだろうか。



「警視庁長官だと?下らない。嘘に決まっている。」



「なら調べてみなさい。なんなら今ネットで調べてみれば良いんじゃない?神永拓郎という仏頂面の白髪頭がヒットするハズよ。まあ、それでもハッタリだと思うなら私を『処理』してみれば?その代わり、エーテル会に今後の未来は無いわよ。」



「・・・・・・・」



どうやらぐうの音も出ないらしい。権藤にとっては不確定な情報が多いが、写真や録音という自分が不利になる情報を握られている事は事実だ。そして神永に乗せられて喋れば喋るほど、自分にとって不利なデータが増えていく。彼としては、これ以上事を荒立てるのは得策ではないだろう。何も喋られなくなった権藤を見て、神永はその様子を満足そうに眺める。



「安心して。別に私はエーテル会を潰す事が目的で来たわけでは無いわ。芹沢百子を使った殺人も、科学的に立証でき無いし。まぁ叩けばいくらでも埃は出てきそうだけど・・・。とにかく、そこの蓮見レイを大人しく私に返してくれれば、特に何もせずに帰るわ。それは既に私が雇っているものなの。横取りされては困る。そして、能力者を使って人を殺すのはもうやめなさい。この2つが私の要求よ。」



権藤は色々と逡巡しているようだが、暫くすると天井を仰ぎ、大きく肩を揺らし始めた。そして、堰を切ったように笑い始めた。その様子をユズキさんとカナミさんが呆気に取られて見ている。



「私を相手に完封勝利だな!素晴らしい!完敗だ!ハハハハハ!!」



権藤は愉快で堪らないといった具合に、どかっとデスクに座り直した。



「まったくたかだか学生2人がよくここまでしたものだ。」



笑顔で彼は僕に語りかける。



「こうまでされてはもう君に手を出す事は出来ないね。そこの女の子を敵に回してまで獲得する程の価値は君には無い。能力者はまた探せば良いからね。よって我々は2度と君に関与しないと誓うよ。」



急に価値がないとか言われると、なんだか少し腹が立ってくる。



「ただし、君も我々には2度と関与するな。君は史上『2人目』のエーテル会追放者だ。あとその神永、とかいう君もだ。君の2つ目の要求は飲んでやるが、もし君が今後我々エーテル会に牙を剥くようであれば、私の全てを持ってして君を消す。警視庁長官の娘であろうとそれは関係ない。それが出来るほどの力が、私にはあることを忘れるな。」



(2度と関わるなだと?そんなものはこっちから願い下げだ!)



「警視庁長官の娘に対して堂々たる脅迫ね。でも良いわ。肝に銘じておきましょう。ただ、これに懲りたら、貴方も少しは大人しくすることね。能力者を使うと、こういう厄介なトラブルを引き寄せることにもなるわよ。」



「黙れ小娘が。」



権藤は不敵に笑った。

大層な自信だ。完璧に能力者をコントロール出来ると思っているのだろう。実際、彼にはそれが出来そうなほどの力がある。ユズキさんとカナミさんをチラリと見て、僕はそんなことを思った。



神永に連れられ、僕は部屋を出て行こうとする。すると、後ろから権藤が一方的に声をかけてきた。



「気をつけ給え。そこの女、碌な事を考えてないぞ。その女に関わっていれば君もきっと碌でもない結末を迎えることになる。これは、私なりの思い遣りだぞ。」



神永は、振り向かない。



「無視か、まあ良い。あとお兄さんのことだがね、私が思うに、君の兄はもう死んでいる。だがそれはきっと彼にとって良い死だったと思うよ。彼自身は、少なくとも納得する死に方を選んだに違いない。」



僕は彼の方に振り向く。



「問題は、君がそれをどう受け取るかだと思うがね。」



最後の嫌がらせといったところか。僕は無言で彼を一瞥し、部屋をあとにした。
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