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2章: リンドウの花に、口づけを

2-4 片腕の男(挿絵あり)

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2つ目、3つ目をユズキさんと回り、残すところは4件目のアパートの一室のみとなった。2件目と3件目は1件目と同様、屋外での犯行であり、覗き見た記憶も1件目と似たようなものだった。突然突き飛ばされ、そして透明な電車に轢かれる。片腕の男は突き飛ばした後すぐに逃げてしまうので、そこまではっきりと外見を捉えられているわけではないが、体格は細めだという事がわかった。つまり最悪、暴力で対応する事も不可能では無いという事だ。もちろん、そんな事にはなって欲しくない。

今回行く4件目はこの一連の事件の中で唯一屋内での犯行である。ある程度犯人の能力については分かってきているが、他3件のケースとは状況が違うので、この4件目はその全貌がハッキリする重要なものだと思っている。

神永から貰った情報では、被害者の女子高生は、一人暮らしをしておりそこをあの片腕の無い男に狙われたという事だ。



「最近のマンションはオートロックが多いじゃん?入れるのかな?」



アパートに続く道を歩きながら、ユズキさんが尋ねる。


「被害者の女の子が住んでいたマンションは比較的安いマンションだったので、オートロックはないらしいです。今は当然ですが空き部屋なので、部屋に入ることができます。ただ、他の住人に見つかると厄介なので見つからないように入れ、と神永からは言われていますね。」



「うげ~、年頃の女の子がオートロックなしのマンションに一人暮らしとかマジあり得ないわ~。親も金出してあげなよ~。」



そうこう話していると目的のマンションにたどり着いた。



小さい、二階建てのアパートだ。近くには駐車場もある。比較的安い立地にあるので、他の家との距離が離れている。これだと怪しげな男が夜にこのアパートに近づいていても、近くの住人は気付きにくいかもしれない。ただ隣の部屋はすぐ近くにあるので、何か物音なり悲鳴なり聞こえればすぐに気付きそうだ。実際、通報が入ったのはこのマンションの住人からだった。



問題の部屋は僕たちのすぐ目の前の一階にある。



「人気もないんで、今のうちにさっさと入っちゃいましょう。」



住人に気づかれないよう、なるべく小声で彼女に伝え、2人足音を立てないようにこっそりドアに近づく。ゆっくり音を立てないようにドアノブを回し、素早くドアを開いてすぐにドアを閉める。素早く音を立てずに部屋に入り込むコツは、病室に忍び込む時に培った。これに関しては慣れたものである。

玄関に入ってまず目に飛び込んできたのは、部屋に続く廊下の壁にべったりとついた赤黒いシミであった。よく見ると廊下の床にも赤黒く変色した血痕が付着している。どうやら被害者は廊下で死んだらしい。



「うげ、エグいんですけどぉ~。ていうか、ちょっと臭うかも・・・」



ユズキさんが小声でつぶやく。確かに、気のせいかもしれないが、なんとなく死臭のようなものがしているかもしれない。流石の僕も気分が悪い。



「さっさと済ませます・・・」



ゆっくり土足のまま廊下を歩き、血痕のついた壁の前まできた。改めて見ると、かなりの出血量である。人間の体はこれだけの量の血液を体に内包しているのかと、改めて実感させられる。さらによく観察してみると、壁がやや凹んでいるように見えた。



「能力使った後あんまり物音立てないようにね。住人に気づかれちゃうから。」



「それは・・・まぁ努力しますよ。」



ふぅ、と息を吐き出し、さっそく僕は壁に手を触れた。



ドアを開くと、後ろから突き飛ばされる。驚嘆。よろめき、ふりかえる。誰かが走り去っていく。恐怖。慌ててドアを閉め、後ずさる。荒くなる呼吸。ふと視界が青く染まる。見上げると照明が点滅しながら青く染まっている。警笛音。列車の近づく音。驚き。動転。恐怖。せわしなく辺りを見回す。突如横からの衝撃。激痛。耳鳴り。吹き飛んだ体が壁に強く激突し、そこでぶつりと意識が途切れた。



「ぐっ、ぐぅぅ・・・!」



記憶から戻ってきた僕は、胸を抑え、なるべく咳き込まないようにする。



「ハァ・・・!ハァ・・・!はぁ・・・」



ぐったりと廊下に横になる。気分の悪さを無理やり抑え込もうとすると、余計に体力を消耗する。
額の汗を拭い、廊下の天井を見上げると、確かにそこには先程見た照明部分があった。しかし、あるはずの部分に蛍光灯はない。恐らく警察が鑑識のために持ち帰ったのだろう。

彼女もまた、訳もわからないまま死んでしまったようだ。こういう記憶は見ていて何の面白味もない。被害者が即死してしまい、死の恐怖に怯える感情やその他諸々の走馬灯が少ないからだ。僕は基本的に自殺や病死といった記憶を好む。交通事故のような突然死は見どころが少ないのであまり好きではないのだ。



「いや、あの・・・そこの床、結構血ぃついてるけど・・・」



「うわっ!」



それを聞いて急いで立ち上がる。言われてみれば床が少しざらついていた気がする。



「ちょっと、服とかについてないですよねぇ!?」



「シィ~!」



ユズキさんが慌てて人差し指を口に当てる仕草をする。僕も慌てて口を塞いだ。

とにかく、これで現状全ての被害者の記憶チェックは済んだ。2人で、再びなるべく物音を立てないように、細心の注意を払って部屋を後にした。



「これでどうかな?ターゲットを捕まえられそう?」



帰りの道中、ユズキさんが尋ねてきた。



「さぁ、それはどうでしょう。作戦はこれから立てます。それにはまず、状況整理からする必要がありますね。」



「うん。」



「では参考のために、まずはユズキさんの能力について色々聞かせてくれませんか?多分、金縛りだけがユズキさんの能力じゃないですよね?まあ目的は生捕りなので、使う予定の能力は金縛りのみですが。」



ユズキさんは驚いた表情をする。



「えっ気づいてたの?やっぱりレイ君って、凄く頭良いよねぇ。あの神永ちゃんも中々ヤバそうだけど、君も結構ヤバいよねえ~。」



素直にそう褒められると照れくさい。他人に褒められる経験に乏しい僕には、少し眩しい言葉だ。



「そうだね。いざとなれば動きを止めるだけじゃなく、殺せちゃうよ。止める対象を心臓に限定すれば、一発だね。」



彼女の声のトーンが少し低くなる。

つまりこんなユズキさんでも、過去に人を殺めたことがあるということか。その時一体どういう状況で、彼女は何を感じたんだろうか。こんな彼女でも人を殺してしまうほどの理由が何なのか、少し興味が湧いたが聞くわけにもいかない。



「それは、凄いですね。止める対象を体全体から心臓に変えるということですか。それって、無機物にも効果あるんですか?例えば、落ちてる物体を空間に固定するとか。」



「むきぶつ?物ってこと?それはムリだね。ちなみに動物とかにもかけられないよ。」



あくまでも対象は人間のみに限られるということか。

しかし、そんな危ない能力に自分がかけられていたと考えるだけでもゾッとする。下手すると僕はあの時死んでいたわけだ。改めて、とんでもない話である。



「ちなみに発動条件は?」



「あぁ、『能力をかけたい相手と言葉を交わすこと』だね。一方的に話しかけてもダメだよ。ちゃんと『会話』しないと能力をかけられない。私が話しかけて、相手がそれに応答する。その逆でもいいけどね。つまり、今のレイ君にはアタシいつでも能力かけられちゃうよぉ~」



襲い掛かる動作をし、悪戯っぽく笑みを浮かべる彼女。



「マジで勘弁してください・・・。洒落になってないですよ・・・。」



一線を超える能力であれ、超えない能力であれ、共通するのは発動条件があるという事。神永は「目を合わせる」僕は「死者の持ち物か血痕に触れる」権藤は「対象に触れる」ユズキさんは「対象と会話する」。いずれも例外なく条件があり、それをクリアしないと能力を使えない。つまりあの片腕の男にも発動条件があると考えるのが普通だ。今までの事件現場巡りは、もちろん犯人の特徴を確認するという意味もあったが、何よりこの条件を見極めることが目的だった。それが分からないことには作戦の立てようがない。



「今まで被害者の記憶を見てきた中で共通するのは『突き飛ばされた』ということです。恐らく、触れるだけではダメなんです。触れるだけで良いならもっと気づかれにくい方法をとれるはずだから。それに『照明が近くにあること』も恐らく条件に関係していますね。」



「へぇ、どうして?」



「例外なく被害者の近くには証明があったというのもそうですが、ここに来る道中、街灯を見かけませんでした。こんな人気の少ない住宅街の中、街灯が無いのは危険ですが、それが発動条件を特定する助けになってくれましたね。恐らく、後をつけてみたは良いものの、人の目がないタイミングとめぼしい照明がなかったから、被害者が家に着いた時にしか能力を使えなかったんでしょう。だから彼女だけ犯行が屋内になった。」



「なるほど・・・。まるで探偵さんみたいだね。でも、どうしてその男は照明を青色に変えるんだろう、名探偵レイ君。」



「さぁ。単なる能力の特徴ですからね。名探偵でも流石にそれは分かりませんよ。ただ・・・」
  


「ただ?」



「・・・ただ『列車』に『青いライト』というのは、ホームに設置された自殺防止用の青いライトを連想させます。」



ユズキさんが、キョトンとした顔をする。彼女の表情は非常に変化に富んでいる。神永とは大違いだ。



「なにそれ、そんなライトあるの?アタシ電車よく乗るけどみたことないよ?」



「あまり意識してみないだけじゃないですかね?今度探してみてください。駅によっては取り付けられてますよ。」



心が落ち着く青い色のライトで、駅の自殺発生率を下げることができる。日本の鉄道会社はかつて、そんな考えに行き着いたようだ。青い光は人の精神を落ち着ける効果があるという科学的な実験結果に基づいた理由ではあるが、それが実際に効果があるのかは眉唾ものだ。それにむしろそれを知ってしまったがために、僕は駅のホームでそのライトを見かけるたびに死を連想する様になった。

死に関心のある者はこういう話題に敏感である。この話が広まってしまったが故に、このライトの効果はむしろ逆の効果を帯びてしまったのではないかと思う。



「とにかく、犯人は列車に何か思い入れがあるのかもしれませんね。まぁそんな情報は別にどうでも良いですが。重要なのは『照明が近くにあって』なおかつ『突き飛ばさないと』能力が発動しないということです。もし犯人と対面するようなことがあれば、そのどちらかの条件を潰して仕舞えば良い。」



「突き飛ばされないようにうまく立ち回るとか?」



「もしくは照明を石か何かで割ってしまうとか。」



彼女はまた笑った。



「アハハ、乱暴~。で、条件は分かったわけだけど、問題はどうやってその片腕の男を捕まえるかだよね。居場所がわかれば話は早いんだけど。片腕がないってのも結構な特徴だし、そこら辺は神永ちゃんの情報網でなんとかならないの?」



「一度そこらへんの相談については神永にしてみます。今日はとりあえず解散しましょう。おそらく次集まる時が、彼を捕まえる時ですかね。」



「おぉ~、ついに私の出番ってわけだね!任せなさい!」



彼女はどんっと胸を叩き、にっこりと笑った。最初はこんなので大丈夫かと思っていたが、能力とこの性格含め、今では心強い味方だと認識している。いざとなれば相手を殺せてしまうのも大きい。



以前と同様、駅で彼女と別れた後、僕はすぐに神永に電話をかけた。
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