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3章: 幽子先輩と、僕の話

3-1 幽子先輩のお誘い(挿絵あり)

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幼い頃から、虫を買うのが好きだった。彼らを仕切られた空間の中に入れ、観察するという事が私は好きだったのだ。

だが次第に私は虫を飼うことに飽きていった。どうにも彼らは行動がワンパターンだ。餌を与えれば食べ、排泄をし、それ以外の行動といえば生殖をするぐらいで何の面白味もない。幼い子供というのは残酷なもので、そのうち箱を振ってみたり、針を刺したりなどしてリアクションを観察してみたが、やはり飽きてしまった。



次に飼い始めたのは猫だった。飼うといっても私の親は猫嫌いだったから、捨てられていた飼育ケージを拾って来て無理やりそこにそこらの野良猫を押し込んだのだった。



それは中々に楽しかった。虫よりも多彩な行動をとってくれる。暫くはその猫を観察するのに夢中になった。

動かなくなるまでは飼ってみたが、二匹目を飼おうとは思わなかった。



もっと多彩なリアクションを。もっと大きな命を。もっと私の支配欲を満たしてくれるものを。



今の私は、あの幼い頃の感情に、囚われたままなのかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あぁ先輩、こんにちは。よかったら一緒に昼ごはん食べませんか?」



昼休み、3年のフロアを徘徊していた僕は、幽子先輩と廊下で出くわした。



「・・・あぁ、レイ君。久しぶりだな。」





後ろから話しかけられた先輩は、声の主である僕の方を振り返る。気のせいだろうか、その声は少し覇気が無いように感じられるし、顔色もいつもにも増して悪い気がする。



「君から誘ってくるのは珍しいなぁ。いつも私の誘いは断るクセになぁ~。」



先ほどの顔から一転してニヤニヤと、先輩は軽く僕の腕をこづく。なんだ、いつもの先輩だ。やはり僕の気のせいだったか。



「いえ、実は聞きたいこともありまして。とりあえず、食堂に行きませんか。」



「聞きたいこと?まぁ、良いけど。」



僕達2人は歩き出す。暫くして突然、すれ違った人懐こそうな女子生徒に幽子先輩が話しかけられた。恐らく、オカ研の後輩だろう。



「あれ、ゆうちゃん先輩珍しいですね。彼氏さんとデートですかぁ~?」



「あははは。そうだよ。」



「違います。美術部の後輩です。」



「え~凄い仲良さそうじゃないですかぁ。ゆうちゃん先輩もそういう所あるんですねぇ。」



随分馴れ馴れしい態度だが、かなり親しい間柄なのだろうか。こういう仲良さげな交友関係が彼女にもあるのだな、と少し意外に思った。それに彼女の事を本当に「ゆうちゃん先輩」と呼ぶ後輩が存在したことにも驚きだ。あんなものは先輩の妄想だと思っていた。



(面倒くさいな。早めに終わらそ。)



「本当に違いますよ。幽子先輩もふざけないでください。すいません、美術部の事で顧問に呼び出されているんです。すぐに行かなくちゃ。」



それを聞いた彼女は申し訳なさそうにあぁ、ごめんなさいと慌てて謝る。去り際に「頑張ってください!」と幽子先輩に目配せをして足早に去っていった。

再び廊下を歩いて暫く、僕はため息をついた。



「女子ってなんでも色恋に繋げますよね。そういうところ本当に面倒です。」



「おや、君の周りの女の子は皆んなあんな感じなのかい?それはさぞかし面倒だろうねぇ。」



そう言われて、ふと頭に浮かんだ2人を思い返し、苦笑した。



「いえ、そういうわけじゃないですけどね。」



目の前の、2人の内の1人である狂人を見て更に苦笑し、僕は自分の特殊な環境を憂いた。



「ていうか、先輩思ったより慕われてるんですね。」



「思ったよりとはなんだ。オカ研のリーダーかつ、美術部の部長である私が、後輩達に慕われていないわけがないだろう。」



先輩はふふん、と得意げな顔をする。



「いや3年生が幽子先輩しかいないからでしょ。むしろ先輩は忌み嫌われてそう・・・あ、食堂の席空いてますね。良かった。」



それでも結構後輩達には頼りにされてるんだけどなぁ、とぼやく先輩を無視して、僕は1番席の空いている席に座った。周りは既に食事を始めている学生達の談笑で賑やかである。

お互い持ってきた弁当を机に広げた。早速、食事を始めようと箸を持ったその時、先輩が話しかけてきた。



「・・・ねぇ、レイ君。もしかしてその弁当は自分で作ったのかい?」



「・・・作りましたね。どうして分かったんです?」



「いや、作ったっていうか、適当に買った惣菜をそのまま突っ込んでるだろ。」



そう言われ、僕は自分の弁当を見直してみる。



「あと肉ばっかじゃないか。不健康だぞ。そういうところを注意するのは、慕われる先輩である私だからこそするべきだと思うんだ。」



確かに、言われてみれば白と茶色しかない。改めて見ると殺風景な弁当箱だ。かといって、僕に料理の心得はないし。いつもはコンビニで適当に買ったおにぎりやサンドイッチを食べているのだが、今日はなんとなく弁当箱に入った昼食を食べたい気分だったのだ。母に作ってもらうわけにはいかないから、スーパーで適当に食べたいもの買って突っ込んだらこうなってしまった。でも別に良いじゃないか。正直、こういうのは腹に入って仕舞えば同じだと思うのだ。



「まぁ、いいじゃ無いですか。先輩の弁当は、確かに栄養バランス良さそうですね。自分で作ったんですか?」



彼女の弁当は、僕のものとは違って丁寧に作られたものだと感じられた。栄養バランスを考えられた食材もそうだし、その食材の配置にも気を配っているように見える。

先輩は首を振った。



「いや、これは私の母が作ってくれたものだよ。」



「そうですか。それは良い事です。先輩のお母さんの愛情がよく伝わってくる弁当ですね。」



本当に、心からそう思う。僕とは大違いだ。乱雑に作られた惨めな僕の弁当との差が、そのまま親の愛情の差に表れている。



「・・・。それで、話ってなんだい?ついにオカ研に入る決心がついたのかな?」



「いいえ。聞きたいのは僕の兄のことについてなんですよ。」



ピクリ、と先輩の食材を掴む箸の手が止まった。

僕の兄は失踪する前からこの学校では有名人だったらしい。スポーツ万能、成績優秀。おまけに性格も良い。絵に描いたような完璧人だったから、校内ではそれなりに名が知れていたのだ。それ故に、その兄が失踪したことを僕よりも上の代は皆んな知っている。そして、その彼の弟が僕であることも、大体の生徒には知られている。



「まぁ、逆にいつ聞かれるのかなと思ってたぐらいさ。君ってお兄さんのこと全然喋らないから、もしかしたら仲が悪かったんじゃないかと思ってたよ。」



(それは実際そうだけど。)



「で、ハジメ君の何が聞きたいの?私はあんまり彼のこと好きじゃ無かったけど、それでもそれなりに彼のことは知ってるよ。なんせ私は彼と同じクラスだったからね。」



なんでも聞いてくれ、と先輩は胸を張った。



「え、同じクラスだったんですか?」



「えぇ・・・逆に知らないで私に聞いてきたのかい?」



先輩が兄と同じクラスだったというのは初耳だった。それなら今まで一度ぐらいは、彼女から僕の兄の話題について触れてきそうなものだが、それをしなかったということは、彼女なりに僕に気を遣ってくれていたのだろうか。



「だって、3年生の知り合いは幽子先輩しかいませんから。でもこれは幸運ですね。僕が聞きたいのは『兄に彼女がいたか』という事なんです。」



以前の「報酬」で、神永から受け取った情報。「兄には彼女がいたらしい」。これは兄のことを知っている重要参考人を割り出せる大きなチャンスである。



「なんだよその質問。うーん・・・彼女、ねえ。悪いけどいたかどうかは分からないな。」



早々にしてあっさりと僕の希望は打ち砕かれる。思わず肩を落とした。これは困った。もう幽子先輩以外に兄のことを聞ける人がいない。



「まぁ、彼モテてたから、いても別におかしくないとは思うよ。でもそんなこと聞いてどうするの?」



咄嗟に僕は誤魔化す。



「あぁ・・・それは・・・、なんとなく気になったからですかね。」



「あぁ、その彼女とやらからハジメ君の事を聞こうということか。」



(バレてる・・・。まあ別にバレてもいいんだけど。)



「悪いねえ、力になれなくて。でも、どういう風の吹き回しなんだい?君、今まで彼のことには一切興味無さげだったけど。」



もっともな疑問だろう。何故、と改めて問われると、いったい何故なんだろう。

僕は兄のことが嫌いだった。それは今も変わらない。彼が何かをうまく成し遂げる度に、僕という劣等感の塊が浮き彫りになった。彼の人間性というより、彼の存在自体が邪魔でしょうが無かった。これが逆恨みだということはとうに気づいている。そんな事は自覚した上で、それでも僕は彼を嫌悪した。

そしてその逆恨みの対象が消えた後、僕の手に残る不明な感情が、僕にこのサイコメトリーの能力をもたらした。最初はそんなこと知るか、と言わんばかりにこの能力を僕の趣味の為に使っていた。でも今では、この能力を兄の跡を追う為に使っている。そして不思議で、不愉快なことに、僕はその使い方が1番僕の中でしっくりきている。



兄のあの幻影を消すため。兄の生死を知るため。兄の自殺願望の動機を知るため。単純に何故、と問われるとそれらの理由が挙げられる。



ーーーでも僕の心は、一体何を求めているんだろう。



「・・・まぁ、そういうプライベートな事はあんまり聞かない方がいいね。悪い悪い。」



僕が黙ってしまったのを見て、先輩はそう謝ってきた。彼女にしては珍しく僕に気を遣っている。



「いや、別に僕は・・・」



「お詫びと言ってはなんだけど、私と心霊トンネル探索ツアーに出かけないか?」



「ハァ~~~・・・」



僕はその時、人生で1番大きなため息をついたかもしれない。珍しく気を遣われたと思った途端にこれだ。



「アンタそればっかりですか。流石に怒りますよ!」



「まぁまぁ~良いじゃないか~。こうやって可愛い先輩が君の昼飯にも付き合ってあげたわけだしさぁ。」



彼女はニヤニヤと笑っている。この人も本当に懲りない人だ。



「それに今回は危険とかないって。絶対。だってただのトンネルだよ、トンネル。入口と出口があるだけの穴さ。危険な目に遭いようがないよ。」



「・・・・・・」



少しではあるが、思ったより彼女には、僕に対して気を遣わせていたことが分かった。それに、僕は彼女とはそれなりに親しい間柄だと思っている。学校内でうまくやって行くために、クラスの同級生とはそれなりに関係を築いてはいるが、心を許して会話できる相手は多分、幽子先輩ぐらいしかいない。どこかネジが外れてしまっている彼女には「別にこの人にはどう思われても構わない」という気軽な気分で話しができるのだ。それにあんまり断り続けてもバツが悪い。



10分ほど、僕は弁当を食べながら悩んだ。



「・・・・・・・・・・・・っぐうぅぅ・・・わかりましたっ!行きましょう!」



決意を固め、宣言する僕におぉ~とぱちぱち拍手をする先輩。



恩返しや、そういった理由含め、僕は覚悟を決めて行くことにしたのだった。
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