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3章: 幽子先輩と、僕の話
3-2 災いを呼ぶ女、音無幽子(挿絵あり)
しおりを挟む何故幽子先輩が「災いを呼ぶ女」としてオカ研と僕の間で知られているかを、まずは説明しなくてはならないだろう。
彼女はその性格故に、何か物騒なウワサのある場所には好んで行く習性がある。それが転じて彼女はオカルト研究会に入ったわけだ。だがそれは当然、オカルト研究会の生徒同士でそういった心霊スポット等に行くということになる。
そこで初めて彼女の異常性は発見されたのだ。
最初は皆、きっとたまたまだろうと思った筈だ。「幽子がいる時は決まって何故か危険な目に遭う。でもそれは偶然だ。何よりそんな事を言っては彼女が可哀想だ。」全員がそう思ったに違いない。しかし何度も繰り返す中で、その疑念は次第に確信に変わって行く。「この女はおかしい。性格もなんだか変だ。彼女とそういう場所に行くのは絶対にやめた方が良い。」誰しもが最終的にはこうなる。かくいう僕も、彼女の天性とも言えるトラブルを引き寄せる力をこの身で実感してきた。
あれはまだ、僕がこの高校に入ったばかりの頃だった。その時の僕は、もうすでに両親からは見捨てられていたこともあり、自由に部活を選ぶことができた。
といっても、とくに入りたいと思う部活も無く、あんまりめんどくさい事はしたくない。なんなら帰宅部でも良い。ただこの学校は、必ず1人1個、部活に入らなくてはならないという面倒な決まりがあった。そこで僕が目をつけたのが美術部である。聞くところによると、そこはまともに活動していないし、顧問もかなり放置気味らしいとのことだった。つまり僕のような「なんでも良いけどめんどくさいのは嫌」と思っている奴の受け皿的な存在が、美術部だったのだ。
そんなわけで早速美術部に入り、そこで僕は幽子先輩に出会った。最初は、彼女の方から一方的に話しかけてきた。何故かは知らないが、彼女は僕のことを気に入ったらしい。出会う度に僕に何かと話をかけてきた。最初は適当に流していた僕も、次第に彼女とは会話をするようになった。そうしてある程度親しくなった時に、彼女はこう提案してきた。
「実は今度オカ研でとある樹海に行こうという話があがってるんだ。別に入れとは言わない。ただ、体験入会がてらにどうだい?」
僕はそれに賛成した。オカ研に興味はなかったが、別に断る理由は無かったし、運が良ければ死体が見つかるかもしれない。それは僕の趣味にも繋がることだ。僕にとってはプラスしかないので、参加することを決めた。
「オッケー。じゃあ集合場所は□○駅で、午前10時集合ね。動きやすい格好で来るんだよ。」
簡単な説明を受け、後日僕は指定された駅に時間通り到着した。
「おぉ、来たねぇ。それじゃあ、行こうか。」
僕はあたりを見回す。
「いや、まだ僕と幽子先輩しか来ていませんが・・・」
「あぁ、君と私しか来ないよ。今回は。あと私のことは『ゆうちゃん先輩』と呼びなさい。さぁ、行こうか。」
さらっと彼女はそう答え、戸惑う僕の手を引いてずんずんと歩き始めた。その時の僕は、2人しかいなかったことを不思議にはあまり思わなかった。同好会だし、単にメンバーの予定が合わなかったということだろうと思ったのだ。しかし今にして思えば、それは当然のことだった。
樹海に入った僕と幽子先輩は、ものの5分で自殺した遺体を見つけた。
今でもあの時の光景を僕は鮮明に覚えている。
木の側には梯子が無造作に転がされており、首が不自然に長く伸びた死体が、木の枝に括り付けられた麻のロープに吊り下げられている。よく見ると、恐らく女性だ。死後かなり日数が経過しているようで、ほぼミイラ化しているような状態だった。
それを見て幽子先輩は言った。
「お~思ったより早かったなぁ。よし!まずは色々物色しないとね。警察に電話するのはそれからさ!」
吊り下がった女性の遺体を背に、ニコニコと僕に笑いかける彼女を見て思った。「あぁ、この女は頭がおかしいんだ」と。
死体が見つかったらラッキーなどと考えてはいたが、下手に触ると後々警察が来た時に面倒になる。幽子先輩にもそれを伝え、渋々承諾した彼女はすぐに警察を呼んだ。
面倒だったのはそこからだった。色々と煩雑な調書を取らされたのはまだ良いにしても、親を呼び出されたのは流石にこたえた。オカ研で樹海を探索していたと説明した僕に対して浴びせられた「お前は一体何をやっているんだ」という冷たい両親の視線が、その時は1番きつかった。
次に誘われたのはそれから1週間後のことだった。
「今度は『みんな』でとある廃墟に行こうと思ってるんだ。君もどう?」
あんなことがあった後によく平気で誘えるな、と思ったが僕はそれを承諾した。理由は1回目の時と同じである。別に断る理由はない。前回はあんなことがあったが、それが断る理由にはならない。
夜、指定された集合場所に行ってみるとまたもや先に幽子先輩が到着していた。
「よし、じゃあ行こうか!」
「いや、まだ皆さん来てませんけど?」
「ああ、大丈夫。今回は君と私しか来ないから。」
1週間前と同じ発言。僕はその時にやや嫌な予感を感じた。そしてそれは見事に的中することになる。
目的の廃墟は5階建ての廃ビルだった。中は真っ暗で、1寸先も光がないと暗闇で何も見えない。暗闇というのは生物の根源的な恐怖を煽るものなのだろう。僕はその中の様子を見て、少し入るのを躊躇った。
「よーし、ワクワクするね。」
その場で立ちすくむ僕を追い越し、懐中電灯を照らしながら、ずんずんと前を先行する先輩。この人に恐怖という感情はないのだろうか、とその時は思った。
1階、2階、3階、4階を見て回った僕たちは、残すところ5階と屋上のみとなった。それまで特に何が起こるでもなく、単なる夜の廃ビル探索といった感じだった。
「あれ~?今回は何も起きないねぇ。ああいや、起きなくて良いか。」
そんな彼女の発言の意図を特に深く考えることもなく、僕たちは5階に足を踏み入れた。今にして思えば、その時の彼女の発言をもっと深く考えるべきだったと反省している。
そして、そこで僕達は目撃してしまう。
顔や腕に和彫りの入れ墨が入り、明らかにカタギではない服装と顔をした男達が、何やら怪しげな白い粉を受け渡しているところを。
漫画やドラマなどでよくある定番の光景であるが、現実で見かけると洒落にならないことが起きる。
特に警戒もせずその場に足を踏み入れてしまった僕達は、完全にその男達と目が合ってしまった。
暫く流れる沈黙。
そして無言で近づいてくるスキンヘッドの男。間違いなく僕達に「何か」を今からしようという確かな足取り。
僕達は逃げた。それはもう全力で逃げた。後ろから数人の走る足音が聞こえてきたが、振り返らずに走った。あの時だけなら箱根駅伝の1区間新記録が出せたのではないかと思う。幽子先輩もよく僕についてこれたものだ。僕は幼い頃から色々なスポーツをしていたので、体力と足の速さには元々自信があった。そして、僕は彼女の事など考えもせず、ただ自分が生き残ることだけを考えて走ったわけだが、それでも彼女は僕が急いで乗り込んだ電車と同じ電車に少し遅れて駆け込んできた。
「イヤ~、スリルあったねぇ!」
息を切らしながら清々しい笑顔で彼女は汗を拭い、僕の肩を軽く叩いた。まるでマラソンでもした後のような充足感を感じているようだ。しかも、僕が彼女を置いて先に逃げた事を微塵も気にしていない。
今思えば、幾度となくこういった場面を経験してきたのだろう。だから彼女の逃げ足は異常に速かったのだ。
「今度はオカ研のみんなで廃工場に行こうと思うんだ。君もどう?」
1週間もすると、彼女はまたもや平気な顔をして誘ってくる。「オカ研のみんな」とやらは本当に存在しているのか、とその時は疑問に思ったものだ。
そうして懲りずに3回目、4回目と誘いに乗った僕は、それ以来心に強く誓ったのだ。もう2度と彼女の誘いには乗らない。同じ過ちは繰り返さない、と。毎回オカ研のみんなとやらが存在しない理由も、それでよく理解できた。
しかし、喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、またしても僕は、今回の彼女の誘いに乗ってしまったのだった。
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